種は蒔かれた 伍

「異論のある方はおりますか?」


 学園長の問いに会場はしんと静まり返る。しばしの沈黙の後、美麗な神楽鈴の音が会議室に響き渡った。


「では、その方向で審議を進めたいと思います。賛成の方は拍手を」


 学園長が言い終えるよりも早く力強く拍手を打つ。


 すると、私のものだけだった拍手が一つ、二つと少しずつ増えていき…瞬く間に万雷の喝采が巻き起こった。


「会議はこれにて閉幕です。皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました」


 籠の近くに控えていた剛連達が籠を担いで会議室を後にする。


 籠が見えなくなった瞬間、会議室に張りつめていた緊張が霧散するのが見えた気がした。



 心努 寄合所


「それでは!閑戸しょうこさんの編入兼妖怪撃退を祝して…かんぱーーい!!」

「かんぱーい!」

「兼ねんな!?」


 会議を終え、心努に帰ってきた私達はうみか様の案内で心努の土地、寮地にある寄合所という場所に案内された。


 そこで待っていたのは大勢の心努の生徒と先生らしき若い女性、そして美味しそうな料理の数々だった。


「心努へようこそ。私は学家長の会沢佳奈美です。よろしくねっ」

「閑戸しょうこです。こちらこそ…」


 先生との自己紹介を終えたところでうみか様が近づいてきた。


「本日の主役であるしょうこさん!一言お願いします!」

「いや無茶振りぃっ!」


 初めてここに来た時に会った女の子、あやめ様がつっこみを入れる。


 …ううん。りぼんの色が私と同じだから同級生かな?


「えぇっ!?えーっと…」


 うみか様が話を私に振ったことで心努の生徒達の視線が一斉に注がれる。


 うぅ…、さっきのふみえ様みたいな勇気が欲しい。


「は、はじめまして…。本日よりこちらでお世話になるゆき…閑戸しょうこと申します。右も左も分からない新参者ですが、皆様どうかご指導、ご鞭撻よろしくお願いします」

「…」


 皆の視線に縮こまり、しどろもどろになりながらもなんとか挨拶を済ませる。


 でも、その反応は予想に反してとても静かなものだった。


「えっ?」


 話を振ってきたうみか様はもちろん、ふみえ様なんて押し黙って顔を伏せている。


「あのっ、もしかして何か粗相を…?」

「…いい」

「はいっ?」


「かわいいーーーっっ!!!」

「きゃあっっ!?」


 突然両手を広げて抱きついてきたふみえ様。


 全身がふみえ様の香りと温もりに包まれ、頭に回された手が私の髪を撫でるように梳く。


 誰かに頭を撫でられるなんていつ以来だろう?なんだか心が安らぐ…


「さっきはあんなに強くてかっこよかったのに、こんなにかわいいなんて反則だよぉ~!」

「はっ、はいっ!?」

「怖がらなくていいんだよぉ~。わたしもみんなもしょうこちゃんの味方だからねぇ~」


 そう言って私の頬に頬擦りするふみえ様。


 頬がおもちみたいにふっくらもちもちしてて柔らかい…。


「ちょっ、ふみえ様!やめ…!」

「はいはーい。イチャコラはそこまで」

「えぇ〜!」


 うみか様に引き剥がされたふみえ様は不満げに唇を尖らせる。


 助かったけど、ちょっとだけ名残惜しい。


「まだまだ話しておきたいことはあるけどまぁあれよ。…食って騒げ!!」

「いぇーーーっっ!!」


 かくして、うみか様の音頭によって私の歓迎会が始まった。


「どれも美味しそう…!」


 丸太を削り出して作ったような長机に並ぶのは歓迎会のために作られた料理の数々。


 土鍋の中で湯気を立てる真っ白でツヤツヤな銀シャリ、それに山菜や漬物などを混ぜ込んだおにぎり、ごぼうや人参等を煮込んだ煮物もある。


 それだけでも十分立派なのに厚切りの燻製肉や香ばしく焼かれた焼き魚、見たこともない白い蒲鉾のようなものまであった。


「よぉっ」


 どれにしようか悩んでいるとあやめさんが声をかけてきた。


「えっと、あやめ…様?」

「様はいらねぇ。タメだ」

「うん。よろしくね、あやめ」


 敬語なしで人と話すなんていつ以来かしら?思えばタカマに来てから会った人は皆目上の人だったわ。


 あやめはさっき目についた白い蒲鉾のようなものを私の平皿に入れた。


「食ってみな。うめぇぞ」

「あっ、ありがとう」

「それはこっちの台詞だ。うみか様を助けてくれてありがとな」

「私だけの手柄じゃないわ。ふみえ様のお力添えのおかげよ」

「そうかよ。…おっ、きりこ様も礼が言いたいらしいぜ」

「えっ?」


 突然背後に大きな影が差す。気配に振り返ると短い水色の髪の女の子が立っていた。


 ゆえ様ほどじゃないけど大きい。五尺七寸(約172cm)ほどはあるんじゃないかしら?


「紙澤《かみさわ》きりこ…」

「えっ、あぁ…。閑戸しょうこです」

「お姉様を守ってくれてありがとう。これ…」


 きりこ様は深々と頭を下げ、私の平皿に茶色いおにぎりを置いて去っていった。


「あ、ありがとうございます。…なにこれ?」


 細かく切られた蕎麦のようなものが混ぜ込まれたおにぎりは今まで見たことがないもので、食欲をそそる香ばしい匂いが漂っている。


「おっ、そばめしにぎりじゃねーか。よかったな」

「そば…?」

「食ってみな」


 あやめに促されて一口齧ってみる。


「っっ!?美味しい!」

「だろー?」


 見た目はちょっと独特だけど、ごはんと麺の組み合わせは思ったより悪くない。


 何より、食べる手を引き止めてやまないのはおにぎり全体にかかった甘辛く刺激的なタレ。


 醤油のようでほのかに味噌のようでもあるそれは私の舌を刺激して離さない。


 そんなタレの味を引き立ててくれるのは心努のお米。


 ふわふわで甘みのあるお米と硬めの麺がタレとよく絡み合って深いコクと余韻を醸し出す。


「美味しかったぁ…」


 気づけばあっという間に食べてしまっていた。


「あったりめぇだ!なんたってうちの人気商品なんだからな!」

「人気?」

「おぅっ!たまに作って購買に置いてもらってんだ。並べた瞬間売り切れるんだとよ。んで、こっちは外でも売ってもらってる新商品だ」


 あやめが指差したのはさっきあやめが皿に入れた白い蒲鉾のようなもの。


 箸で摘んで口に運ぶ。


「っっっ!?!?」

「うめーだろ?」


 これ…蒲鉾じゃない!牛乳だ!!


「すっごく美味しい!とっても濃厚でコクがあって…牛乳を食べているみたい!」

「そいつはだ」

「そ?」

「牛乳を煮詰めて固めた料理なんだとよ」


 牛乳を煮詰める!だからこんなに濃厚な味になるのね!


「はむっ、んむっ…」


 蘇をおかわりして極上の未知を味わう。


 ごはんにはあんまり合わないけど、焼き魚とかそこの燻製肉には合いそう。


 お野菜や果物と一緒に食べても…


「よーっす!いい食いっぷりだね!」

「ひゃあっ!?」


 蘇に合う料理は何かと考えていた私の肩にうみか様の腕が回る。


「妹達ともう仲良くなったの?嬉しいねぇ」

「…妹?」

「うん。きりこは私の、あやめはきりこの妹。私ももうお婆ちゃんだよぉ…」


 そう言ってプルプルと震えてお婆ちゃんのように振る舞ううみか様。


「ふふっ!なんですかそれぇ…」

「妹の妹は孫って言うの。だからあやめにとって私はお婆ちゃんってわけ。…あっ!忘れてた!みんなーー!!」


 うみか様の呼びかけに料理に舌鼓を打っていた生徒達が一斉にうみか様を見る。


「なんだかー!ふみえがー!すっごくいいこと話したがってるぞーー!!」

「なんですかー?」

「よっ!筆頭!!」

「筆頭のぉー、ちょっといいとこ見てみたいーー!!」


 生徒達が沸き立ち、寄合所全体が異様な盛り上がりを見せる中、ふみえ様は堂々と上座に立つ。


 流石はふみえ様。挨拶一つで緊張してた私とは大違い。


「この場を借りて皆様にご報告したいことがあります。私事ですが…なんと!私に妹ができました!!」

「イェーーーーっっ!!!」

「フゥーーーーッッ!!!」

「はぁっ!?マジかよ!?」


 ふみえ様の発表によって盛り上がりは最高潮。その興奮さめやらぬまま皆がふみえ様に詰め寄る。


「誰ですか!?」

「どこの学家!?わたしの知ってる人!?」

「可愛い系!?かっこいい系!?」

「んー、そうだねぇ…。かわいくてかっこよくて、みんなも知ってる心努の子だよ」


 そう言いながら私に近づいてくるふみえ様。そして、私に抱きついて意気揚々と宣言した。


「ご紹介します!私の妹、閑戸しょうこちゃんです!」

「…はっ?」

「「「はあぁぁぁぁぁぁっっっっ!?!?」」」




種は蒔かれた 陸


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087332736061

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