種は蒔かれた 肆
突然紫髪の女の子が飛び起きた。
「ひゃあっ!?」
「聞いてふうか!さっき夢でいいideaを見たの!こうしちゃいられないわ!早速検しょ…」
そこまで言いかけて言葉が止まる。流石に今の状況を理解したんだろう。
女の子は会議室を見渡すとふうか様に手を差し出した。
「議事録」
「はっ、はいっ!」
渡された紙にさっと目を通してふうか様に返し、学家長と何やら話し始める。
それが終わると女の子は私達を見据えて堂々と宣言した。
「
な、ないっ?
「けい。外部の手を借りるというideaには賛成よ。でも、いくら国難だからってはいっ!わかりました!と簡単に受け入れてくれるかしら?」
「仰っている意味が分かりかねます」
それを聞いたれみ様は制服の小物入れから手帳を取り出してものすごい早さで何かを書き始め…
「ふうか」
「えぇっ!?」
ふうか様に投げ渡して着席した。
「え、えーっと…。タカマと幕府は長らく不可侵協定を結んでおり、これまでも相互不干渉を貫いてきました」
そうなの!?
幕府とそんな約束を交わしてるなんてすごい。
「なのにこちらの危機だからと助力を乞うのは些か虫が良すぎるのではないか?仮に力を借りられたとして、些事のうちから援助してもらったとなればタカマは幕府に贔屓されていると反感を買うのではないか。とのことです」
「現時点での救援要請はタカマがいらぬ反感を買う要因になりかねない、ということですか?」
「ウィ」
頷いたれみ様がふうか様に続きを読むよう促す。
「なので、我々理人は幕府に助力を乞うのではなく、恩を返させる形で救援を要請することを提案します」
「恩返し?」
「昭令の飢饉、知ってる?」
それなら聞いたことがある。私が生まれる大分前にあったという飢饉だ。
「勿論。我々阿婆羅堂の先達も関わっていたのですから」
「飢饉の際、タカマは心努の備蓄米と作物、阿婆羅堂の伝手で仕入れた食料、そして理人謹製の保存食を幕府に提供しました」
「その恩を返すという名目での援助であれば角が立たないと?その手柄ごと幕府に提供したことをお忘れですか?」
「えっ、えーーっと…れみ様ぁーーっ!!」
「そうね。でも、その際に幕府と取り交わした証文が残っているわ。それをちらつかせれば向こうも無下にはできないはずよ」
「…それは最早脅迫では?」
…か、会話についていけない!!
筆頭って毎日こんなに難しいこと考えて生きてるの!?
ふみえ様にも私には到底思いつかないようなお考えがあるのかしら?
そう思って横を見ると、思いつめたような表情で会議を拝聴するふみえ様がいた。
その手は固く握りしめられ、心なしか震えている。
ふみえ様にも腹案があるのかしら?でも、あんな話をしている中に割って入るのはすごく勇気がいるんだと思う。
「…」
私には難しいことなんて分からない。
正直、筆頭の皆さんが何を言ってるのかさっぱりだし、頭を捻ったってタカマを守る妙案なんて浮かばない。
でも…!
「っ!?」
ふみえ様の手に自分の手を乗せる。ふみえ様は驚いたような顔で私を見た。
それを考えられる人が、
私はその人の考えが聞きたい!その上で信じて進みたい!!
「あのっ!発言、よろしいでしょうか!」
ふみえ様が勢いよく立ち上がる。
「どうぞ」
学園長の許可を得たふみえ様が私に視線を向ける。その目にはもう迷いはないように見えた。
「恐れながら申し上げます!皆様方、第一に優先するべきはタカマに暮らす人達の安心ではないでしょうか!」
その言葉に筆頭達の視線がふみえ様に注がれる。
「皆様の仰る通り、妖怪を倒し、原因の大元を断つことも重要だと思います。ですが、妖怪に怯える皆を安心させ、妖怪のせいで崩れてしまった平和を再び取り戻すこともタカマを守ることに繋がるのではないでしょうか?」
「えらい抽象的やなぁ」
ゆえ様が威圧を込めた眼光を放つ。でも、ふみえ様は目を逸らさない。
「具体的な施策はあるんどすか?」
「はいっ。と言っても、皆様の案をまとめただけですが…」
そこで置かれていたお茶を一口飲み、呼吸を整えて腹案を話し始める。
「まず、けい様の仰るようにタカマ全体の警備を強化し、どの学家の生徒もなるべく単独行動を避け、複数で行動することを提案致します。そして、万が一また妖怪が現れた際の対処として全生徒に各学家の避難経路の通達
を徹底。可能であれば避難訓練を実施していただければ幸いです」
各学家の筆頭に囲まれても物怖じせず、土蜘蛛と戦った時のような毅然とした態度で話を進めるふみえ様。
その輝きはまるで演劇の花形役者のよう。
私の目はふみえ様に釘付けになり、心臓が大きく高鳴っていた。
「次に、ゆえ様とけい様の仰った案を統合し、佐武頼と阿婆羅堂の生徒が合同で情報収集に当たることを提案致します。これにより情報収集の安全性を高めつつ、佐武頼の生徒が実地を回ることで敵陣に切り込む際の予行になるのではないかと具申します」
さっきまで鋭い眼光を向けていたゆえ様も口を挟まずふみえ様の話に耳を傾けている。
正直何を言ってるかほとんど分からない。
けど、ふみえ様が皆を納得させられるほどの妙案を出していることだけは分かる。
流石ふみえ様…!
「Hey!ワタシ達のIdeaは?」
「理人さんの案は最終手段に取っておくべきだと考えております。確かに、幕府の御力を借りられれば百人力です。ですが、ち…将軍様はタカマの独立性をあまり良く思ってはおりません。恩をちらつかせても何かしらの条件をつけて干渉してくる可能性があります。そうなればタカマの安全は守られてもこれまで通りのタカマではいられなくなるかもしれません…」
「随分お詳しいようで。将軍様とお話でもされたんどすか?」
ゆえ様の思わぬ横槍に黙り込むふみえ様。
確かにお姫様のように可憐な御方だけど、流石に将軍様とお話ができるような身分の方がこんなところにいるはずがない。
「発言、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
沈黙を破ったのはけい様。
「幕府に助力を乞えばそれを交渉材料にタカマに干渉してくる可能性がある。それ故に幕府への救援要請はこちらが不利益を被る危険性が高く、可能であれば最終手段として用いたい。ということでよろしいでしょうか?」
「はいっ!」
「…」
けい様は口元に手を置いてしばし考え込むような素振りを見せた後、再び学園長に挙手した。
「学園長。しばし私的な会話をお許し下さい」
「えぇ。構いません」
「ありがとうございます」
深く頭を下げたけい様は一呼吸置いて…
「ふみえ…。とてもいい案だったわ」
会議中の険しい顔つきがまるで芝居だったかのような優しく柔和な笑みを見せた。
「ありがとうございます!」
「でも、一つ大事なことを忘れているわ」
「大事なこと?」
けい様は深く頷き、会議室を視線で一巡する。
「優先するべきはタカマに暮らす皆の安心。それはここにいる皆が思っていることよ」
「…っ!」
「私もれみもゆえも…りずとなつみだってそう。タカマに住む皆の安全を守り、安心して暮らせる場所を作っていきたいって考えは皆同じ」
そこで言葉を切り、けい様は恥ずかしそうに頬を掻く。
「でも、そうね…。早くなんとかしたいって焦りすぎてたみたい。案が飛躍し過ぎたのは認めるわ。…ごめんなさい」
「いっ、いえ!わたしの案はお姉様達の案あってこそ。皆様の熱意がなくては思いつかなかったものです」
「ありがとう…。それじゃあ、ビシッと決めてきなさい!」
「はいっ!!」
会議室に集まった人達の視線がふみえ様に注がれる。
その期待と重圧がどれほどのものかなんて私には分からない。
でもこの人は、この人達は…!それを背負い立ってなお、もっといい方法はないかとその期待を更に上回ろうと進み続けている。
これが、タカマを背負う筆頭達…!
「我々心努は先述した通りの方法で地盤を固め、生徒達の安全と安心して暮らせるタカマを取り戻した上で事態に対処することを提案致します!!」
種は蒔かれた 伍
https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087332272429
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