種は蒔かれた 弐

 「心努筆頭、入ります」


 控え室を出て少し歩いたところにある荘厳な意匠の戸の前でふみえ様が宣言する。


 すると、戸は独りでに開き、会議室の全貌が露になった。


「…!」


 そこは家が一軒入るんじゃないかというくらい大きな部屋で、赤、青、緑、茶色の四色で彩られた椅子の群れが東西南北に綺麗に分かれた一風変わった場所だった。


 私達が入った場所には茶色の椅子がたくさん並んでいて、既に先生らしき人達が着席している。


 心努の学家印が茶色だったから多分茶色が心努の色なんだろう。


「そこ座って」

「はいっ」


 ふみえ様の隣を勧められて恐る恐る座る。椅子に座るなんて初めてだ…。


「私らが最後みたいだね」


 うみか様の言葉に前を向くと他の席には既にたくさんの先客がいた。


 まず部屋の中心にある質素な籠とその傍に控えた剛連達。


 あれは多分学園長だろう。


「…っ!大きい…!!」


 次に目を引いたのは赤い椅子が並ぶ場所に座す黒髪の女性。


 異国の服のような制服の上からでもわかる鍛え上げられ隆起した筋肉。


 七尺(約2m10cm)はあろうかという巨躯。


 それらを兼ね備えた女性が腕組しながらその時を静かに待っていた。


 確かあれは士を重んじる学家、『佐武頼さぶらい』だったっけ?


 一番強い人が筆頭になれるって姉様が言ってたな。


ってことはあの人が一番強い人?


 確かに、あの豪傑なら怪力自慢の妖怪、豪莉羅ごうりらにも勝てそう。


「うっ…!あの人も怖そう…」


 次に目についたのは緑の席。


 そこに座す緑の羽織を着た濃い茶色の髪の女の子は佐武頼の筆頭さんとは逆で会議前でも忙しなく動いていた。


 近くにいた白い羽織の女の子と何かを話したり、机に広げた書類とにらめっこしながら帳面に何かを書き込んだり…


 あれは商を重んじる『阿婆羅堂あばらどう


 あの緑の法被の人が多分筆頭さんなんだろう。こんな時までお仕事なんて大変だなぁ…。


 最後は…


「HAHAHA!!あれをもう読んでいるなんてお目が高い!…yeah。ワタシもそれは気になったわ。確かに、理論は面白いけどもっと不確定要素をCrushできるはずよね。それに引用文献と臨床データの数も…」


 あれは恐らく工を重んじる『理人りひと


 本音を言うとここに入って最初に目についてた。


 白い制服を着た紫色の髪の女の子が談笑する声もずっと聞こえていた。


 けど、今の今まで言及は避けてきた。


 というか関わりたくなかった。


 だって…


「Excellent!あなたとはもっと語り合いたいわ!」


 だってあの人、観賞用の盆栽と話してるんだもん!


 私の勘違いであってほしいんだけど、もしかしてあれが理人の筆頭さん!?


「だから五徹明けで会議なんて無理だって言ったんですよぉ~!」


 白熱する盆栽との議論を同じ制服を着た小さな子が止めようとする。


 良かった!あれが普通じゃないんだ!!


「ふみえ!」


 あまりにも濃すぎる他の学家の方々を観察していると後ろから声がした。


 みんなで振り向くと阿婆羅堂の赤い法被を着た水色の髪の女の子の姿が。


「みつね様!」


 みつねと呼ばれた女性はふみえ様を見るや安堵の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「無事で本当に良かった!体は大丈夫?怪我してない?」

「さっすが阿婆羅堂。もう耳に入ってら」

「はいっ。しょうこちゃんが守ってくれましたから」

「しょうこ?」


 ふみえ様が様付けするということは六年生なんだろう。


「君がしょうこさん?」

「はいっ。閑戸しょうこと申します」

亜理磨ありまみつねよ。よろしく」


 そう言って左手を差し出してくるみつね様。


「…!」


 その手を取ってしばし感心してしまう。何度も剣を振り、研鑽を重ねた剣士の手だったからだ。


「ふみえを助けてくれてありがとう」

「当然のことをしたまでです」


 挨拶が済んだところでみつね様は手を離し、改めてふみえ様に向き直る。


「貴女の玉の肌に何かあったらと思うと気が気じゃなかったの。会議がなかったらまっすぐ心努に向かっていたわ」

「お気遣いありがとうございます!」

「タカマも大変なことになるかもしれないけど、何かあったらいつでも言って。全力で力添えするわ」

「はいっ!その時は是非!」


 そこで話は終わり、みつね様は手を振って席を離れた。


「ふみえ様とみつね様、仲が良さそうね…」

「外での幼馴染らしいよ」

「ひゃあっ!?」


 独り言のつもりだったけど、うみか様に聞かれていたらしい。


「幼馴染?」

「おっ?みつねが気になる?」

「いえっ、そういうわけでは…」

「あいつだけはやめときな」


 意味深にそう言って顔を近づけてきたうみか様。


 そして私にだけ聞こえるくらいの小さな声でそっと耳打ちした。


「あいつ、気に入った子はパクっといっちゃうからね」

「はっ、はい?パクっ?」

「今ので気に入られちゃったかもねぇ」


 耳から顔を離し、意地悪そうな笑みを浮かべる。


 パクって、どういう意味なのかしら?


 意味が分からず悶々としていると、会議室に神楽鈴のような美しい音色が鳴り響いた。


「始まるよ」

「はいっ」


 ざわついていた会場がしんと静まりかえる。


 盆栽と話してた人は…


「お、重いぃ…!」


 小さな女の子の膝を枕にぐっすり眠っていました。



種は蒔かれた 参


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087325306203

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