第二講 種は蒔かれた

種は蒔かれた 壱

 理人 りひと 第一研究棟


「れみ様~!どこですかーっ!?」


 いなくなったれみ様を探すため、廊下を走らないギリギリの速度を維持して研究棟を駆け回る。


 もぅっ!なんで研究棟でいなくなるの!?外だったら剛連で探せるのに!


「あっ、ふうかちゃん様!」

「ごきげんよー!」


 れみ様を探す道中、三年生のお姉さん達に挨拶された。


「ご、ごきげんよう!」


 学年はわたしが先輩だけど、年齢は向こうの方がお姉さん。


 お姉さん達に話しかけられるのってやっぱり緊張するなぁ。


 れみ様だったらこんなことないのに。


「あのっ!れみ様を見ませんでしたか!?」

「筆頭?見てないなぁ」

「何?また迷子?」

「はいっ。ちょっと目を離した隙に…」

「筆頭補佐も大変だねぇ~」


 後輩のお姉さん達と話し込んでいたちょうどその時、わたしの拳砲が誰かの巫力を捉えてわたしの巫力と共鳴し始めた。


「あっ!すみません!」


 断りを入れて白衣のポケットから拳砲を取り出し、銃口を引き伸ばしてカバーを開く。


 そして信話のボタンを押して拳砲を耳に当てた。


「はい。ふうかです」

(こちら柄口つかぐち


 信話の相手は理人の学家長、柄口先生だった。


(学園長より通達。これより緊急学家会議を開催。筆頭、並びに筆頭補佐はただちに校街大講堂に向かわれたし)

「えぇっ!?会議ですかぁっ!?」


 そんな!早くれみ様を見つけなきゃ遅刻しちゃう!


 それにしても、緊急会議だなんて何があったんだろう?


「すみませんっ!れみ様は今迷子でして…」

(れみは確保した。ふうかも大講堂に向かってくれ)

「はっ、はいっ!」


 そこで信話は切れた。


 学家長、話が早いんだけどちょっと怖い…。


「すみません!会議に出席することになったので失礼します!」





 妖怪を倒してめでたく心努の一員となった私。


 学家の皆から歓迎され、興奮冷めやらないまま床に就いて今日一日を終えるのだった。


 …なんてことにはならなかった。


「大丈夫?辛いなら戻ってもいいよ」


 ふみえ様が心配そうに私の顔を覗き込む。


「ご心配なく。鍛えてますから…」


 本当はすごく疲れてる。今すぐにでもお布団に潜り込みたいくらい。


 私達は今、金比羅歯の背に乗って再び校街へと向かっている。


 あの時と違うのは私が心努の一員だってこと、そして…


「ごめんねぇ。疲れてるだろうに無理させちゃって」


 さっき助けた黒髪の女の子が一緒にいることくらい。


 ふみえ様曰く空席になっている筆頭補佐の代理らしい。


「お気遣いありがとうございます。えっと、うみか様?でいいんでしょうか?」

「そっ。木崎きのさきうみか。六年だよ」

「閑戸しょうこと申します。本日より心努に入家した四年生です」

「よろしくね、しょうこ」

「はいっ」


 うみか様と自己紹介を済ませている間に校街へと到着する。


 事の発端はついさっきのこと。


 土蜘蛛を討伐し、避難した生徒達の無事を確認しに行こうとした私達の前に高速で回転する風車のようなものがついた丸い剛連が飛んできた。


 そしてその剛連はなんと学園長の声で喋り出したのだ。


『協議の末、貴女方が討伐した妖魔の件で緊急会議を開催することとなりました。つきましては心努の筆頭、ならびに本件の重要参考人であるしょうこさんにも参加して頂きます。お疲れのところ誠に申し訳ありませんが、校街の大講堂にてお待ちしています』


 そんな伝言を残して剛連は去って行った。


 その後、迎えに来たうみか様と一緒に近くにあった一年生が寝泊りする長屋に向かった。


 激戦を終えた私達は服も体も泥だらけ。とても人前に出られる状態じゃない。


 そこで水浴びして汚れを清め、傷だらけの着物にかわってうみか様が持ってきた替えの制服に着替えた。


 そして今に至る。


「こんな形で制服に袖を通すなんてね…」


 初めて着た心努の制服を改めて観察する。


 誰かのお古らしいそれは私には少し大きく、手が少し隠れるのがちょっと気になる。


 襟元と袖周り、袴は群青。


 それ以外は白を基調とした鮮やかな色合いの着物で、胸元には赤い布が結ばれている。


 うみか様曰くりぼんというのだとか。


 そういえば、うみか様のりぼんは黄色でふみえ様のものは青色だ。


 もしかして、学年によって色が違うのかな?


「ごめんねぇ。初めてがお古で」


 不満を持っていると勘違いしたんだろう。うみか様が両手を合わせて頭を下げた。


「いえ。一足早く着られて嬉しいです」

「いい子だねぇ…」


 制服にはそこまでこだわりはなかったから嘘はついてない。それよりも気になるのはこの制服から漂うとても懐かしい香りだ。


「ふみえもごめんね。すぐ着れそうなのこれしかなくって…」

「いいんです。役に立った方がやちよ様も喜ぶでしょうし」


 やっぱりこれは姉様の…。


 つんと熱を帯びた目頭を隠すために顔を伏せる。


 突然降ってきた熱に驚いたのか、苹果が振り向いた。


「みんなが無事で本当に良かったです」

「私は結構危なかったけどねぇ…。あっ、そうそう。学家長は事後処理があるから欠席するって」

「そうですか。それなら、みんなのことは学家長先生にお任せしちゃいましょう」


 姉様はこれを着て心努で暮らしていたんだろう。


 ふみえ様やうみか様、まだ会ったこともない心努の人達と私に話してくれたような幸せな日々を送っていたんだ…


 父上が病気と偽らせて呼び戻さなければ、私に今日のような力があれば…。


 姉様は今もここで笑って生きていられたんだ…!


「ごめんなさい…!」



 金比羅歯の背に揺られてたどり着いたのは校街にある見上げるほど大きな異国風の建物。


 ここが学園長が言っていた大講堂なんだろう。


 心努用の馬留めに金比羅歯達を留め、ふみえ様達の案内で建物の中に入る。


「心努筆頭、富久原ふみえです。こちらは筆頭補佐代理の木崎うみか様と本件の重要参考人の閑戸しょうこさんです」

「学生証認証開始…。認証完了。コチラヘドウゾ」


 大講堂の大きな扉を開き、玄関にいた剛連に学生証を見せると剛連がある部屋へと案内してくれた。


「ここは?」

「控え室。まっ、あんま長居できないけどね」


 刀を剛連に預け、控室に入る。


 真ん中にちゃぶ台が置かれた畳張りの部屋はとても居心地が良く、私達は吸い寄せられるように畳みに腰をおろす。


「あぁ~、根付いちゃうー」

「わかります!一回座ったらおしまいですよね」


 お二人が言うように一度座ると体が休息を求めてどんどん重くなる。


 思えばタカマに来てからここまでまともに休んでなかった。


 駄目…!意識すると眠気が…!!


「失礼します」


 お二人に悟られないよう必死に睡魔と戦っていると控え室に誰かが入ってきた。


 さっき校街で見た白い羽織のような制服を着た生徒だ。


「支度が整いました。皆々様、会議室にお越し下さいませ」


 それだけ言って女の子は去っていく。


「時間かぁ。あーっ!ここで昼寝したーい!」

「もぅっ、うみか様ったら…。行くよ、しょうこちゃん」

「…むぇっ!?はっ、はいっ!!」


 危うく沈みかけていた意識を無理矢理引っ張り上げて立ち上がる。


 ふみえ様がじっと見てたけど気付かれてない…よね?



種は蒔かれた 弐


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087325131440

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