第6話

「こんにちは、ルナ」


「やあ、今日もセレナはかわいいね。…………え?」


 いつも通りの日常。

 毎日の繰り返し。

 そう思って口を開いたのだが、なんとも言えない違和感に思わず声を上げていた。

 そう、いつもと同じ繰り返しなはずなのに、それはいつもとは違うものになっていた。

 セレナはいつもここにきてこう言う。


「こんにちは、ルナ。デリック様がどこにいるか知らない?」


 と。

 それにルナは応える。


「やあ、今日もセレナはかわいいね。え? デリック王太子殿下になら音楽室にいたよ」


 と。

 なのに今の彼女は誰かの居場所を問うことはしなかった。

 つまり彼女がここに来たのは攻略対象に会うためじゃない。

 ルナに会うために、やってきたのだ――。


「……セ、レナ? 今日は、誰に会いに行くつもりだい?」


「あら、今日はルナに会いにきたのよ?」


「…………そっか。嬉しいな! 君が私に会いにきてくれるなんて、こんなに光栄なことはないよ!」


 にこにこしながらも、内心はとても焦っている。

 背中に嫌な汗が流れているほどだ。

 だってこんなこと、本来ならありえない。

 セレナがルナの元を訪ねるとき、それは攻略対象を探しているときだけだ。

 だというのにセレナはなんてことないようにルナに近づくと、他の人と同じように隣に立った。


「ふふ。ルナはいつだって私が嬉しくなることを言ってくれるのね」


「もちろん。可愛いセレナが喜んでくれることが私の喜びだからね」


「そうよね。ルナってそういう人よね」


 ふわりと花綻ぶように微笑むセレナは、本当に美しくそして愛らしい。

 胸の奥をぎゅっと掴むような、そんな魅力的な微笑みにルナはやはり彼女が主人公であることを改めて認識した。

 誰からも愛される優しく尊い女性。

 セレナ・マクベス。


「ならなんで私のものに色目使うのよ」


 その偶像は、脆くも崩れ去った。


「…………え?」


「あなたはモブ。私の友人で攻略対象の場所を言うだけの存在。それをちゃんと理解してるのかしら?」


 優しい笑みは消え失せて、ルナを見上げる目元はひどく冷たい。

 憎い相手を睨むように見られて、たまらず上半身を少しだけ後ろに反らした。


「――してないわよね? してたらあんなことしないものね? あなたが邪魔をするから、攻略が全然上手くいかないじゃない」


 とんっと胸に彼女の小さくて可愛らしい桜色の爪が刺さる。


「いい? あなたは私を案内するだけのモブなの。余計なことしてしゃしゃり出てこないでよ」


「……セレナ、私は――」


「モブはモブらしくしてて。主役は私よ」


 セレナはそれだけいうと踵を返し去っていく。

 甘くも爽やかな花の香りだけを残して。

 そんなセレナの後ろ姿を、ルナは震える瞳でじっと見つめた。

 まさかこんなことになるなんて。

 頭が痛い。

 上手く思考が回らない。

 セレナに説明しなくてはと焦る気持ちとは裏腹に、先ほどから体がうまく動いてくれないのだ。

 ツキツキと痛む頭を抑えつつも、ルナはうるさく騒ぐ心臓を抑えるため、深く息を吸い込む。

 セレナの甘い、香水の香りと共に。

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