第5話

「やあ、今日もセレナはかわいいね。え? アッシュ・ルーベル子爵なら馬小屋にいたよ」


 やはり本命はアッシュなのかと、今日も走って去っていくセレナの背中を見ながら思う。

 まあデリカシーというものを母親のお腹に忘れたような男ではあるが、惚れた女なら絶対に守り抜く気概はあるはずなので、なんだかんだオススメな人ではある。

 まあそれはデリックもレオも変わらないのだが。

 みないい人なので幸せになってほしいとは思いながらも、最終的に結ばれるのは一人なんだよなと世界の厳しさに打ちひしがれる。

 セレナはいい子だ。

 かわいいし優しい。

 そんな子を好きになる気持ちはわかるけれど、彼らのうち最低でも二人はフラれるわけで……。

 想像しただけで悲しくなったので即座に考えることをやめた。

 自分はしょせんモブだ。

 これ以上関わるのはやめようと決め頷いていると、またしても来客が訪れた。


「ごきげんよう、メルーナ伯爵令嬢。お元気かしら?」


「――これは、クリスタ侯爵令嬢。ごきげんよう。ありがとうございます、元気ですよ」


 まさかまたここで会うことになろうとは。

 このゲームの悪役であるはずのデリック王太子の婚約者、クリスタ・マクラーレンが美しい髪をなびかせやってくる。

 彼女は慣れたように隣に立つと、外を見るルナとは反対を向きながら背中を窓枠へと預けた。


「あなたに話したいことがあったのだけれど……あなたって人気者なのですね? 昨日も一昨日も殿方といらっしゃったでしょう?」


「昨日も一昨日も会いに来てくださったんですか? ありがとうございます。そしてご足労をおかけしたようで申し訳ない。気にせず声をかけてくださったらよかったのに」


「…………そこまで無粋ではありませんわ」


 実際別に声をかけてくれて大丈夫だったのだが、はたから見たら大切な話をしているように映っていたのだろうか?

 気をつけなくてはと思っていると、クリスタがちらちらとルナのことを見てきた。

 彼女は視線をあちこちへと向けたあと、今度は己の手元を見つつ口を開く。


「とはいえ話したいことは確かにありますので、隙を見て話しかけさせていただきますわ。……恋人、というわけではないのでしょう?」


「え? もちろん。昔からの知り合いと従兄弟ですよ。残念ながら恋人はいません」


 肩をすくめつつ答えればクリスタは不思議そうに小首をかしげた。


「婚約者もいらっしゃらないの?」


「いません。私のような者を婚約者にしたいなんて変わり者、そうそういないですよ」


 婚約者を探すにしても、まずは髪が伸びないと話にならない。

 ほぼ無意識に伸びた手が襟足を撫でる。

 それを横目で見ていたクリスタが、なぜか不服そうに腕を組む。


「あなたのそれは個性でしょう。だいたい女性は髪を伸ばさなきゃいけないなんて法律はありませんわ。そんなあなたもまるっと受け入れる殿方を見つけるべきです。わざわざ埋もれる必要はございませんわ」


 なぜか怒ったように言うクリスタは、鼻をふんふんと鳴らしている。

 いつも人々の手本となるように完璧な笑みを浮かべていた令嬢と一緒とは思えない様子に、ルナは思わず笑ってしまう。

 まさか彼女のそんな姿が見れるなんて嬉しくて、ルナはくすくすと笑いながらも少しだけ顔を斜めにし、クリスタを見つめる。


「あなたは優しいですね。じゃあもし、そんな男性が現れなかったら、あなたが名乗り出てくださいますか?」


「――…………は、はあ!? な、なにを言っていますの!? わ、わたくしは、べ、べつにそんなっ!」


 顔を真っ赤にして慌てるクリスタの様子が可愛らしくて、ルナはもっと笑ってしまう。

 あたふたしているクリスタをもっと見ていたいと思うけれど、流石にこれ以上はかわいそうだと口を開いた。


「冗談ですよ。クリスタ嬢は未来の王太子妃なのですから」


「――…………どうかしら。最近はいろいろ考えるの。本当にこのままでいいのかしら、って」


「…………」


 上手くいっていないのか、とデリックのことを思い浮かべる。

 彼はクリスタとの婚約を解消しようとしているようだが、そのことについて彼女はどう思うのか。

 できるなら傷ついては欲しくないのだが、難しいよなと目を細めた。


「……クリスタ嬢は、デリック殿下のこと」


「以前も言いましたけれど、最近ちゃんと考えて気がつきましたの。デリック様のこと友人としての気持ちはありますがそこに愛や恋はない気がします。……ですので、デリック様がマクベス男爵令嬢を好きならば、わたくしは大人しく身を引きますわ」


「…………そうですか」


 どうやらルナの心配は無意味だったらしい。

 どことなくスッキリしたような表情をするクリスタを、ルナもまた似たような顔で見つめた。


「クリスタ嬢は見た目も中身もお美しい。あなたのような人に愛される人はきっと幸せでしょうね」


「……そう、思いますか?」


「ええ。けれど相手だけを幸せにするのはダメですよ。二人で……あなたも幸せになるべきです。まあクリスタ嬢は神に愛されているので、きっと幸せになれますよ」


 悪役令嬢なんてとんでもない運命を押し付けられたのだから、その後の人生くらいは幸せにしてもらわないと困る。

 この世界に神がいるのならどうか、彼女の今後は幸せにしてほしい……と願った時にあれ? と思う。

 これってもしかして、クリスタとデリックは卒業式パーティーでは婚約破棄をしない可能性がでてきていないか?

 つまり断罪イベントは起きないわけで……。


「あなたって本当に面白い人ですわね。そんなふうに言われるなんて、なんだかとってもむず痒いですわ。……でも、ありがとうございます」


 そうと決まれば有言実行、と両手を強く握って頷くクリスタをルナは呆然と見つめた。

 もしかしてこれ、かなりまずいのでは……?



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