第3話
「やあ、今日もセレナはかわいいね。え? レオナルド・ガーヴェル男爵なら庭園にいたよ」
そろそろ慣れすぎてこのセリフもなんとも思わなくなってきたな、なんて考えながら今日もまた青々とした空を眺める。
今日はレオか。
前回のアッシュとは一体どうなったのだろうか?
やはりこのまま大団円ルートに行くのだろうかと考えていると、またしても予期せぬ来客が訪れた。
「こんなところにいたのか」
「――アッシュ」
そう、そこにいたのはついさっきまで頭に思い浮かべていた相手。
攻略対象者であるアッシュ・ルーベルだ。
彼は不機嫌な顔を隠しもせず、近づいてきた。
「お前、なぜ訓練場に顔を出さない。俺をバカにしているのか?」
「そんなわけないだろう? そもそも私はただの令嬢だぞ? そんなところに行けるわけがないだろう」
「――やはり俺をバカにしているんだなっ。お前に負けた俺を!」
熱を帯びてきた彼の様子に、ルナはたまらずため息をついた。
この学園にきてからというもの時折こうして絡まれているのだが、面倒なことこの上ない。
そもそも彼が負けたのだって、もう五年以上前の話だ。
そんなことを根に持ってもらっては困ると、彼の目の前に手のひらを突き出してやった。
「見てみろ。まめも薄く痕が残っているくらいで、この数年木剣すらまともに握っていない手だ。筋力だって落ちた。今では棒切れもまともに振れないさ」
子どものころのルナは、騎士になりたかった。
父に連れられ王宮に行っていたとき、王族を警護する騎士のかっこよさに憧れたのだ。
凛と立ち常に目を光らせ、大切な誰かを守ろうとするその姿が今でもこの目に焼き付いている。
だから剣を握った。
いつか彼らのようになれると信じて。
――でも現実は残酷で。
どれほど剣の才能があろうとも、この身が女であるだけで未来はない。
何人もの男を倒したけれど、それは幼い頃の話。
十をすぎる頃には身長も体格もどんどん突き放されて、気がついたときにはもう遅かった。
父からもいい加減淑女としての自覚を持てとこの学園に送られたのだ。
ここでは女性が剣を振るうことは許されないから。
でもいい機会だった。
これで諦められると思ったのだ。
けれどどこかでその夢はまだ残っていて……。
だから髪も伸ばすことができないのだと、短い髪とともにうなじをそっと撫でた。
アッシュとはその時からの仲で、ときおり共に訓練をしていたのだ。
もちろんルナの全勝。
当時の彼は悔しそうに尻もちをつき、ルナを恨めしそうに睨みつけてきていた。
まああのまま勝ち逃げのようになってしまったので、彼の不完全燃焼は納得できるが、だからといってもう相手をすることもできない。
諦めてくれと伝えようと手のひらを見せたのだが、その手を瞳に写した彼の顔は今にも泣き出しそうだった。
「――……お前は、それでいいのか? 夢だったんじゃないのか? ……俺は、お前と一緒に…………っ」
「…………夢は夢だ。私は令嬢として、いつか誰かに嫁ぐことになるだろう。家のためにも、そうするより他にない」
もう完全に諦められたのだ。
だからほっといてくれとそう伝えれば、アッシュの瞳が大きく見開かれた。
「…………嫁ぐ? お前が?」
「言っただろう? 私だって令嬢だ。そりゃ髪も短いし背も高い。この学園でも男のように扱われているが……。父から髪を伸ばすよう言われた。あと数年もしたら多少見れるようになるから、その時にでも――」
もう一度髪に触れようとしたその手を突然アッシュが掴む。
急に触れられたことに驚き慌てて振り払おうとするが、力が強く彼の腕はびくともしなかった。
「いるのか、結婚相手」
「はぁ!? 今の話聞いてたかい? 後数年したらって……」
「婚約者は!?」
「――い、いないよ。私のような男みたいな女の婚約者になってくれる人なんていないさ。だから髪を伸ばせって父が……」
「必要ない」
「君が決めることじゃないだろ」
なんなんだこの男は。
なぜルナの結婚事情に首を突っ込んでくるのか、まったくもって理解できない。
もう一度勢いよく腕を振り払えば、今度こそ思ったよりも簡単に解けた。
「じゃあ君は、私が行き遅れればいいと言うんだね? なんてひどいやつなんだ」
そんなに憎いか、と唇を尖らせつつ顔を背ければ、アッシュはルナの腕を掴んでいた方の手のひらをじっと見つめていた。
人の話を聞いているのか? と怒りに拳を握りしめていると、アッシュの瞳がゆっくりとルナを写す。
「…………女、なんだな」
「…………………………は?」
なんだその発言は。
確かに女に見えないかもしれない。
学園でも女子に人気があるけれど、だからって今この発言はどういう意味なのだ。
やはりこの男は殴っても怒られないのでは? と拳を振り上げたその時。
アッシュはただまっすぐ、ルナを真剣な眼差しで見つめてきた。
「髪を伸ばすのはやめろ。そんな無駄なことをするな」
「ねぇ。これやっぱり殴っても怒られないよね?」
失礼すぎる。
なにもルナだって好き好んでやるわけではないのに、なんでそんなことを言われなくてはならないのか。
もういい。
あとで父からお叱りの手紙がこようが知ったことか。
もう一度腕を振り上げたが遅く、その頃にはアッシュは踵を返していた。
「俺は髪の長い女は好かん」
「………………はぁ?」
それだけ言うとアッシュはその場を後にした。
一体彼の言動にはどんな意味があったのか、全くもってわからない。
なんなのだあの男はと、その場には怒りに震え拳を握りしめるルナだけが残された。
「…………髪の短い女がこの国のどこにいるっていうんだ」
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