第2話

「やあ、今日もセレナはかわいいね。え? アッシュ・ルーベル子爵なら修練場にいたよ」


 今日も今日とて同じセリフ。

 楽しそうに去っていくセレナの後ろ姿を確認した後、ルナはいつものように中庭を眺める。

 どうせこれしか役目がないのなら、これで解放してくれたらいいのに。

 展開によっては一日に二度三度とやってくるセレナのため、ここで待ち続けなくてはならないのだ。

 まあ日に当たってぼーっとするのは嫌いじゃないのでいいかと、大きくため息をついた。


「……今日はアッシュか」


 どうやらセレナは順調に攻略キャラと仲を深めているようだ。

 一人と仲を深めているような様子もないため、みんなと仲良くする大団円か、はたまた修羅場逆ハーレムルートのどちらかを狙っているのだろうか?

 どちらにしても卒業式後のパーティーで、断罪イベントを見たらそれで終わりだ。

 早くこの退屈な日々から解放されたいと思っていると、またしても招かれざる客がやってきた。


「やあ、ルナ。元気かい?」


「――これは。デリック王太子殿下にご挨拶申し上げます」


「やめてくれ。そんなふうにかしこまる必要はないさ」


 やってきたのはまさかの相手。

 ルナたちが暮らすこの王国の次期国王。

 王太子であるデリックだ。

 彼はルナの隣にやってくると、窓に手を置き頬を撫でる風を楽しむ。


「君がそうやってかしこまるから、なんだか簡単に会いに来てはいけないように思えたんだ」


「……実際そうですよ。私はただの伯爵令嬢。殿下の友人としては不釣り合いです」


「……幼馴染でも?」


「父が国王陛下より恩恵を賜っているだけで、私が殿下と親しくする理由にはなりません。……それに、十を過ぎる頃にはお会いする機会もなかったではないですか」


「それは……っ、」


 そう、デリックが十歳になる頃、クリスタとの婚約が発表された。

 父であるメルーナ伯爵は、ルナとデリックが変な噂の的になることを危惧し会うことを禁止したのだ。

 だからこの学園にやってくるまで、その後会うこともなかった。

 学園で再会しても相手は王太子。

 そばには婚約者である侯爵令嬢や地位の高い子息たちがいて、近づくこともできなかった。

 いや、近づこうともしなかったのだ。

 だって彼は、攻略対象だから。


「……クリスタと話したんだろう? 彼女の口から君の名前を聞いて…………ずるいなって思ってさ。私だってずっと……君と話したかった」


 どうしてクリスタといいデリックといい、こんなモブ的存在を気にするのだろうか?

 そもそもだ。

 そもそもモブであるルナに、王太子と幼なじみなんて盛大なバックボーンをつける必要なかったのではないか?

 謎だ、と思いつつもルナははぁ、とため息をついた。


「クリスタ令嬢は本当にたまたまですよ。それより……彼女とのこと、真剣に考えたほうがいいですよ。……お節介なのは重々承知しているので、無視していただいても構いませんので……」


「無視なんてしないよ。君と一緒にいれるのなら、耳の痛い話でも受け入れる」


「……そう、ですか」


 なんだか調子が狂う。

 彼はなぜここまでルナに注目するのだろうか?

 まあ幼馴染でありながら、過去予期せぬ形で決別した友と話せる機会があるのなら、こうなってもおかしくないかと納得することにした。


「なら、参考までに。クリスタ令嬢と結婚する気があるのなら、よそに目を向けるべきではないですし、他の人を想うのなら、クリスタ令嬢とは話をつけるべきです。……難しいのは理解してますが、このままでは誰も幸せになれないかと」


 ああ、本当に余計なことを言っているなと、口にしつつも後悔する。

 ここでルナがなにを言っても物語は変わらないはずなのに、お節介の極みだ。

 彼は間違いなくセレナを選ぶ。

 そしてクリスタを断罪し、幸せな未来を掴むはずなのに。

 少しでも関わってしまったクリスタが、むやみやたらに傷つくところは見たくない。

 モブがなにしてるんだと軽く頭を振ると、デリックはそんなルナを見てからそっと顔を伏せた。


「……他の人を想うなら、か。…………確かにその通りだ。私は、ずっと…………」


「………………殿下?」


 なんだろうか?

 なにかを言おうとしていたのに、言葉を止めた感じだ。

 ここにはルナとデリックの二人しかいないのだから、なんだって言ってくれて構わないというのに。

 大丈夫だろうかとデリックを見ていると、彼は勢いよく顔を上げた。


「――っ、そうだ。君の言うとおりだ! なんとかしなきゃ……。ありがとう、覚悟が決まったよ」


「そ、そうですか」


 やはり余計なことをしてしまっただろうかとひっそり慌てていると、そんなルナをデリックはじっと見つめてきた。


「……もし、もしさ。ルナが私と同じ立場だったら……どうする?」


「殿下と同じ立場、ですか?」


「うん……。婚約者がいるのに、他の人のことを好きになったら……君ならどうする?」


 ということはやはり、デリックはセレナのことが好きなのだろう。

 一体セレナは何人の男を落としているのだろうかと頭の片隅で考えつつも、彼からの問いに答えるため束の間思考を恋愛方向に向けた。


「…………まあ、私なら婚約者には頭を下げてでも破棄しますかね? だってそうでもしないと婚約者にも想い人にも誠実じゃないでしょ? 私自身誠実じゃない人って苦手なので」


「――そ、うか…………」


 なんだか傷ついたような顔をしたデリックは数秒ののち、深く息を吸い込みゆっくりと吐き出した。


「わかった。ちゃんとするよ。……君に嫌われたくはないからね」


 デリックはそれだけいうと踵を返し、廊下を後にした。

 なにやら吹っ切れたような背中を見つつ、ルナはゆっくりと首を傾げる。


「いや、私は関係ないんじゃ……?」

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