どうも、乙女ゲームの案内モブです。……たぶん

あまNatu

第1話

「やあ、今日もセレナはかわいいね。え? デリック殿下なら裏庭にいたよ」





 通算何回目の言葉だろうかと、ルナはため息をつく。

 毎回毎回毎回、放課後のこの時間に、ルナはこの中庭を見下ろせる二階の廊下にある窓際で、この物語の主人公であるセレナから、攻略対象の今いる場所を聞かれ答えるというのを繰り返している。

 ルナの役割はある意味、それだけなのだ。

 主人公の友人というポジションはあるものの、やることはただそれだけ。

 まあある意味楽かと、走り去っていくセレナの後ろ姿を見ながら思う。

 ここまで言えばわかるだろう。

 これはとある乙女ゲームの世界でのことである。

 タイトルがなんだったかは忘れたが、ヒロインであり主人公であるセレナ・マクベスと攻略対象が愛だの恋だのを繰り広げていく学園ストーリーなのだ。

 物語の最後は卒業式後のパーティー。

 そこで断罪イベントというものが起こり、ヒロインをいじめ続けていた悪役令嬢がその罪を白日の元に晒されてこの物語は終わるらしい。

 断罪イベントが最大の見せ場なこのゲームの中で、そんな終わりのためにもルナはここで己の任務を全うすればいいだけだ。

 セレナが行ってしまったらあとは暇だなぁ、なんて中庭で語らう生徒たちを眺めていると、ふと横から見知った女性が目元に涙を浮かべながらやってきた。


「――クリスタ侯爵令嬢」


「――っ! あ、あなた、なぜここに……っ」


 慌てて涙に濡れる目元を拭いつつも近づいてきたのは、攻略対象であるデリック王太子殿下の婚約者であり、さらにはこのゲームの悪役、クリスタ・マクラーレン侯爵令嬢である。

 彼女は目元を赤くしつつもつんっと顔を横に背けた。


「こんなところでなにをなさっているのかしら。……まさか、わたくしを笑い物にしようとでも?」


「…………すごい卑屈だなぁ。クリスタ侯爵令嬢は人に笑われるようなこと、なに一つないでしょう。美しく気高い。あなたは理想的な御令嬢だ」


「――…………は、はぁ!?」


 泣いてたと思ったら今度は赤くなって、そしてまた顔を背けた。

 まあ見えている耳が赤いため、なに一つ隠せていないのだが。

 気高く、そして誇り高い侯爵令嬢は思ったよりも可愛らしい人なのかもしれない。

 クリスタはちらちらとこちらを見た後、なぜか隣へとやってきた。


「……わたくし、あなたのこと勝手にマクベス男爵令嬢の味方なのだと思っていましたわ」


 マクベス男爵令嬢とは、ヒロインであるセレナのことだ。

 まあ確かにルナはセレナの友人として力になれる時はなるが、だからと言って別に全面的にセレナの味方というわけではない。

 時折おや? と思う時はある。

 ゲームとはいえ婚約者のいる相手を狙うのはどうなのか、とか。


「マクベス男爵令嬢はなぜ、デリック様に近づくのかしら? ……やはり、彼女はデリック様のことを――」


 まあ気になるのはそこだよなと、ルナは前を向いた。

 窓の外、その先にある裏庭では今頃、デリックとセレナは仲を深めているのだろう。

 婚約者であるクリスタを忘れて。

 流石にこの世界で生きてきたルナにとって、婚約というのがどれほど大切なものかはわかっている。

 お互いの未来を決めるそれは、当人同士の問題だけでは済まされない。

 実際クリスタとデリックが婚約破棄したら、その余波を受けるのは当人たちだけではないだろう。

 クリスタの家を支持するものたちも、かなりの痛手を負うはずだ。

 それがわかっているからそこ、なるべくならセレナには別の人を選んで欲しいのだが……。

 しょせん自分は居場所を伝えるだけのモブでしかない。

 物語に干渉することなんてほぼ不可能だ。

 だからこそここでこうして人々の動向を監視する日々だったのだが。

 思えばこれはイレギュラーだ。

 ヒロインの友人でありながらもモブであるルナが、悪役令嬢であるクリスタとこんな話をするなんて。


「セレナがデリック殿下を好きかどうかは、あまり関係ないのでは? どちらかというとデリック殿下とクリスタ嬢の気持ちの問題なのでは?」


「…………気持ち? わたくしと、デリック様の?」


「そうでしょう? 二人が愛し合っているのなら、セレナがデリック殿下のことを好きでも関係ないですよ」


 まあ多少は嫌な思いはするかもしれないが、お互いの気持ちが通い合っているのならなにも問題はないはずだ。

 ……もちろん、この後の展開を知っているルナからすれば、それが難しいことなのだと理解している。

 実際、クリスタとデリックの仲は正直よくないらしい。

 だからこそ突然現れたセレナにデリックは目を引かれ、クリスタはそんなデリックに不信感を持っているのだろう。

 うまくいかないものだなと思っていると、隣にいるクリスタが大きく目を見開きながらぼそぼそと呟き始めた。


「…………好き? ……いえ、……そんなことは…………でもっ」


「どうかしました?」


「――! な、なんでもありませんわ」


 ふいっと顔を背けたクリスタは、しかし思うところがあるのかそのまましばし考えるように顎に手を当て、そして思いついたようにルナの方を振り返った。


「――……」


「な、なんですか?」


「…………わたくし、デリック様のこと、好きなのかしら?」


「…………えぇぇ」


 どういうことだ。

 てっきりクリスタはデリックに好意を持っていると思っていたのに。

 まさかの返答にルナは思わず頬を引き攣らせた。


「いやいや! 好きなんじゃないんですか? だからセレナが嫌だったのでは!?」


「……今思うと、婚約者のいる男性に言い寄るという非常識な行動に怒りを覚えはいましたし、そんな彼女を許すデリック様にも同様の感情を抱いてはおりましたが……。二人が仲睦まじくしている姿を見てもなんとも……」


「なんとも……って」


 つまり二人があまりにも非常識だったから怒りをあらわにしただけで、冷静になって考えてみればそれ以外に二人に突っかかる理由はないと……。

 それってかなり不味くないか? とルナは顔を青くする。

 だって本来のストーリーなら、クリスタはデリックを愛するがあまりセレナに嫌がらせをして、それが原因で卒業式の日に断罪されるのだ。

 このままではストーリー通りにいかなくなってしまう。

 それってとてもまずくないだろうか?


「え、で、でもお二人は将来結婚するんですよね? なら……」


「結婚……するのでしょうか?」


「いやするんですよね!? だって婚約なさってますし!」


「……婚約…………。デリック様がマクベス令嬢をお好きなら、わたくしは身を引いた方がいいのでしょうね…………。ええ、そうね。そうですわね!」


 なにかを思いついたように手を叩いたセレナは、そのまま何度も頷いた。

 まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔で、彼女はルナへと体を向ける。


「ありがとう、メルーナ伯爵令嬢。あなたのおかげで自分のことがわかった気がするわ! またお話に来てもいいかしら?」


「え? ええ、まあ……。私は放課後だいたいここにいるので」


「じゃあまたここにきますわ。本当にありがとう。あなたのおかげで、わたくしの人生が変わる気がします」


 にこにこと微笑んだクリスタは嬉しそうにこの場を後にした。

 その足取りは軽やかで、彼女の中でなにか重いものから解き放たれたのだろう。

 それはよかった。

 よかったのだが……。


「……だ、大丈夫なのか?」


 この世界にある絶対的な物語。

 そこから外れてしまう気がして、ルナは一人青ざめたのだった。

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