ささやきの森へ

 カイを見送った後軽く片付けを済ませて手早くサンドイッチの用意をすると、ささやきの森へ行く準備を始めた。今日はポーションの材料となる薬草を採取したいと思ってる。


 次に着替えをする。ベースとなるのは、いつもの白い錬金術師の白衣。複数のポケットには筆記用具、採取ナイフ、小型スコップ、そしていくつかの空の小瓶が入っている。足元は革製のブーツ。森の中を歩くには動きやすさが重要だからね。鞄は空間拡張や軽量化出来る素材が使われたリュックサック。見た目以上に多くの素材を収納できる優れものだ。


 次に道具の準備。リュックサックには水筒、お昼ご飯、ポーション、薬草を採取するためのナイフ、採取した素材を入れるための袋、そして素材を種類ごとに分けて入れるための麻布の袋を数枚入れておく。


 更に護身用のアイテムとして閃光弾をポケットに忍ばせる。ささやきの森は基本的に安全な場所だけど、用心するに越したことはない。最近は魔物も活発化しているらしいしね。最後に水筒に冷えたハーブティーを入れて準備完了。


「こんなものかな」


僕は軽く身支度を確認してから、工房の扉に鍵をかけ、店の看板を「外出中」に切り替えてささやきの森へと続く東門を出発した。


 ドアを開けるとすぐに石畳の道が続き、家々が立ち並ぶ。家の壁は白やクリーム色で塗られていて、窓辺には色とりどりの花が飾られている。家と家の間を抜ける細い路地には、子供たちが楽しそうに遊んでいる姿も見えて微笑ましい。



 東門を出て15分ほど歩くと道の両側に畑や牧場が広がり始める。黄金色の小麦畑や緑の牧草地が太陽の光を浴びて輝き、のどかな風景が広がっていて心地よい。農家の人々が汗を流しながら畑仕事をする姿や、羊飼いが羊の群れを追う姿も見えた。



 更に15分ほど歩くと緩やかな丘陵地帯になり、道は森の中へと入っていく。道は綺麗に舗装されていて歩きやすい。

 森の入り口に差し掛かると木々の間から、陽光が差し込み辺り一面が薄緑色に染まる。空気がひんやりとしていてとても気持ちがいい。


「よし、今日の採取も頑張ろう」


僕はウキウキしながら森の中へと足を踏み入れた。


 今日の目標はポーションの材料となる「ヒーリングハーブ」と「マナフラワー」。どちらもE級素材でこの森にはたくさん自生している。ささやきの森は魔物もスライムぐらいしかいないから安全だし、錬金術師が採取に来るには丁度いい場所だ。


 森に入ってしばらく進むと、前方に2匹のマッドスライムが跳ねているのが見えた。マッドスライムはスライムの名前の通り、ゼリーみたいでぷるぷるしていてちょっと可愛い。


「マッドスライムだ。丁度いい、練習相手になってもらおう」


リュックサックを地面に置き、身構える。師匠にルーン魔術を積極的に使うようにと言われている。


 ルーン魔術とは、ルーン文字を書き魔力を流すことで様々な効果を発動させる魔法。文字には一つ一つに精霊が宿っていると言われている。ルーン文字は配置や順序、例えば幾何学的な模様や星座を模した配置、自然現象をイメージしたものなど、使う術式によって最適な配置を選ぶ必要もある。まあ基礎は直線状、三角形、円形でシンプルな配置になるんだけど。


 ルーン魔術は杖を使うことも、宙に描いて素早く詠唱して発動することもできる。どちらもメリットデメリットがあるから使い分ける必要があるけどね。


 と、まずは精神を集中し、目の前に浮かび上がるようにルーン文字をイメージする。


「まずは……火『Fehu』」


ルーン文字を素早く描きイメージしたら手のひらを突き出して魔力を流し込む。手のひらから小さな火花が散り、マッドスライムの1匹に向かって飛んでいく。


ブシュッ!


火花は命中し小さな炎を上げて燃え上がる。マッドスライムは熱さに悶え苦しみながら溶けていく。スライム相手には火属性の攻撃が効果的な事が多い。火属性のスライム以外は、だけど。


「次は……氷『Isa』」


今度は氷属性のルーン文字を描き魔力を流し込む。手のひらから冷気が放たれ、もう1体のマッドスライムを包み込む。


バリッ!


マッドスライムは一瞬にして凍りつき、氷の塊と化した。


「さすがに基礎は大丈夫だ」


とはいえしっかりと魔術を発動できると嬉しいし、使うことで魔力量や精度も上がるはず。


 次は薬草採取をしよう。

 ルーン魔術の練習を終えて薬草採取を始めることにした。ささやきの森にはポーションの材料になる薬草がたくさん自生している。


(今日はたくさん採取して新しいポーションの開発をしたいな)


 気分よく森の中を歩き始める。木々の間から差し込む木漏れ日がキラキラと輝き、小鳥のさえずりが心地よく響く。

 しばらく歩くと遊歩道の少し森に入ったところで群生しているヒーリングハーブを見つけた。小さな白い花を咲かせ、爽やかな香りが漂っている。ヒーリングハーブは傷薬や回復ポーションなどの材料になる、基本的な薬草。それでも森で採取したものは質がいいので重宝するのだ。


(これはたくさん採取しておこうかな)


 リュックから麻袋を取り出し、丁寧にヒーリングハーブを採取していく。花の部分を傷つけないように摘み取り、葉や茎の部分も必要な分だけ切り取る。採取ナイフの切れ味がいいので綺麗に切ることが出来た。


(よし、ヒーリングハーブは十分。次はマナフラワーを探そう)


 素材を入れた麻袋をリュックにしまい再び歩き始める。マナフラワーは淡い青色の花びらを持つ可憐な花。魔力を少しだけ回復させる効果があるので重宝する。最近は魔術師のお客さんが増えてきたから多めに採取しておきたい。


 しばらく森の中を歩いていると、川の近くでマナフラワーを見つけた。


「お、たくさんある。運がいい」


 嬉しくなって駆け寄りマナフラワーを丁寧に採取していく。夢中になって採取していると、あっという間に袋がいっぱいになった。


「これでマナフラワーも十分。今日はすぐに集まったなあ」


僕は満足げに頷きながら辺りを見回す。


「そろそろ昼だし食べようかな」


 リュックから水筒とサンドイッチを取り出す。水筒には冷えたアップルミントティー。サンドイッチはハムとチーズとトマトレタス。食材は前世のものもいっぱいあってとても嬉しい。アップルミントティーはカフェ「グリーンリーフ」で買ってきて冷やしておいたもの。森の中で食べるご飯はいつもより美味しく感じる。


 食事を終えて再び採取を始めようとすると、近くの茂みから微かな音が聞こえた。


(……なんだろう?)


音のする方へそっと近づいていくと、茂みの奥に何かが倒れているのが見える。


(もしかして、動物?)


 茂みの奥に倒れていたのは、真っ黒な毛並みを持つ猫だった。そういえばこの世界で初めて猫を見た気がする。


「大変だ! 大丈夫?」


慌てて猫に駆け寄りそっと抱き上げてみる。体は冷たく呼吸も弱々しい。怪我をしているのかもしれない。


(どうしよう……このままじゃ危ない)


ポーションを飲ませようにも意識がないから難しいし、ルーン魔術もちゃんと回復したかわからず不安だ。


(教会に行こう)


 僕は急いで立ち上がり教会へ向かうことにした。司祭は医学の知識もあるので見てもらう方が安心できる。幸いささやきの森は教会からそう遠くない。


(でもこの猫、ずっと抱えて行くのは大変そうだ。ルーン魔術を使おう)


リュックからペンを取り出す。そして、手のひらに「力」を意味するルーン文字「Uruz」を書いた。


(これで少しは軽くなるはず)


 ルーン文字に魔力を込めると、体中に力がみなぎってくるのを感じる。再び猫を抱き上げると先ほどよりもずっと軽く感じた。

 よし、これで大丈夫! 急ぎ足で街に戻り教会への道を歩き始める。


 教会へ続く道は人で賑わっていた。市場へ買い物に行く人、仕事へ向かう人、冒険者ギルドへ向かう冒険者。人混みを避けながら足早に教会へと向かう。



 10分ほど歩くと白い壁と尖塔が見えてきた。セラフィナ教会だ。教会の入り口に続く階段を駆け上がり、大きな扉を開けて中に入った。教会の中は静かで厳かな雰囲気が漂っている。ステンドグラスから差し込む光が柔らかく床を照らしている。祭壇の前には数人の信者が祈りを捧げていた。


 僕は受付の人に声をかけた。


「すみません、怪我をした猫を保護したのですが司祭に取り次いでもらえないでしょうか」


「あらリオ君。大変、すぐにヨハン司祭を呼びますね。そこで少し待っててくださいね」


受付の人は笑顔で対応してくれ、すぐに奥へと消えていった。


 少し待つと白いローブをまとったヨハン司祭が現れた。彼は街の人々から「癒やしの光」と呼ばれ、その温厚な人柄で多くの人に慕われている。よく教会に聖水や薬草などを寄付しているのでそれなりに親しい。教会の司祭も聖水を作るけど、量は必要だし、僕の作る聖水は不思議と効果が高いらしい。


「リオ、久しぶりですね。怪我をした動物を連れてきたとか」


「森で倒れていた猫を保護したんです」


「見せてください」


慌ててヨハン司祭に猫を手渡す。医学の心得もある彼は、猫を優しく撫でながらその様子をじっと観察していた。そして穏やかな口調で言った。


「軽い疲労と少しの怪我ですね。すぐに治癒魔法をかけましょう」


ヨハン司祭は猫に優しく手を当て癒やしの呪文を唱え始めた。すると猫の体からかすかに光が放たれ、傷口が塞がっていくのが見えた。


「これで大丈夫でしょう。少し休めば元気になるはずです」


「ありがとうございます。本当に助かりました!」


「どういたしまして。困ったことがあったら、いつでも教会へお越しください」


 ヨハン司祭に礼を言い猫を抱えて教会を後にした。司祭には仕事もあり、魔力は有限なので、本当はこんなに簡単に治癒をしてもらうことは難しい。次に多めに聖水を作って持っていくことでお礼することにする。


 猫はまだ眠っているけれど呼吸は落ち着いていて体温も上がっている。安心した僕は工房へ連れて帰り、二階の寝室の柔らかい毛布の上に寝かせた。


「ゆっくり休んで元気になって」

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