Prototype
#2.01. Banshee [Milan]
我が
この礼拝堂も、焼け落ちてから少しは持ちこたえていたが、数年前に屋根を支えていた梁が折れ、連鎖的に周りの壁も崩れた。
今では、聖像も雨風に晒されている。来るたびに苔が生えていて、恐れながらわたしがそれを取り除いている。
我が主に対して、せめてもの償いとして。
眼孔の闇の中に浮かぶ赤い瞳に、じっと見据えられる。
当然、この聖像は無機物だ。主はこの大理石像に宿っている訳ではない。しかしその瞳が、わたしを責めているように見えてならない。
その青い舌で
死者の魂を喰らう死神。わたしのような
結果として、白百合修道院には火が放たれた。異端者を浄化するという大義名分のもと。
火に焼かれながらも孤児を逃した主祭たちと、焼き討ちにより人が死んだことを隠しながら、正義は自分たちにあると信じて疑わない八百万教の司教たち。
教理の違いが対立を招いたことも分かるのだが、人の命を奪うほど異端的だろうか。
死後も冥界で魂が生き続けると教える八百万教と、死は魂の終焉であり、死は無に帰することだと教える死新教。死に対する見解の決定的な違いが、和を重んじる八百万教の聖職者から受け入れられなかったということだ。
なぜわたしが、八百万教の枢機卿に従っているのか。難しい話ではない。もう慕っていた主祭がいないからだ。
守ってくれる人間は、わたしを従えた敵のほかにいないのだ。
わたしの女神の
コバルトブルーの血が流れているという主の肌は、文字通り青い。
青い大理石を削り出したその聖像はかなり風化が進んでいる。しかし幼心に教えこまれた畏怖の念は、今も色あせていない。
命の在り方を重んじる主に、まさにわたしたちが命を弄んでいることを、また懺悔する。
背後で、砕けたガラスを踏んだ音がした。
「あのステンドグラス、割れちまったのか」
「『色は匂えど、散りぬるを』だ」
礼拝堂に入ってきた男は、右サイドの髪を白く脱色している。50歳を目前にしているが、鍛えられた肉体が彼を若く見せている。女遊びが激しいのも、彼が男らしくいられる要因だろう。決して褒められたことではないが。
主祭の説教を聞きながらも、身が入らない時は、その白百合のステンドグラスを見上げていたものだ。
しかし、そんな華やかなガラス細工も、また風化していく。
今は、抜け落ちた屋根から日が差し込む。礼拝堂は、蔦や雑草が生い茂る植物園になっていた。
「主なる女神は、
「罪人の祈りは聞かれないかもしれない。しかし、願い求めるほかない。産まれてくる子どもたちが、あまりに不憫だ」
わたしたち死新教の信者は、決してその女神の名を呼ばない。その名は聖典に記されているが、彼女の名を発音すると、間もなく死を迎えるという。
いわゆる、
迷信と言われればそれまでだが、信仰を持っている以上、神聖な名を口には出せない。
礼拝堂を出ると、海風が直接吹き付ける。春とはいえ、風は冷たい。
この礼拝堂は小高い山の頂上にある。風を遮る物もない。
礼拝堂を囲む桜並木は、ところどころ不格好に枝を伸ばしている。焼き討ちで、樹が火傷したのだ。
桜の樹も逞しいもので、焼け残ったほうの幹や枝が、炭化した側を囲むように伸びていく。その姿には、勇気づけられるものだ。
今は、五分咲きといったところか。
その桜の向こう側には、いつもより強い風に煽られ、白波が立っている海が見える。
この海が、子どもたちにとっては結界とも言えるだろう。
「思えば、白百合修道会がこの島を選んだのは、本土での迫害から逃れるためだったな。それが今、子どもたちを逃さないための島になっている。
いつまで血を血で洗う業を続けないといけないのか……」
「ルルー、ほかに道はない。俺たちができるのは、未来を信じて道を進み続けるということだけさ。大冒険さ」
水平線から島の岸辺に視線を移すと、黒々した艦艇がある。オイルフェンスに囲まれた範囲内は、どこからか漏れた燃料の禍々しい虹色に染まっている。
「そういえばグァルディーニ。連帝軍がわたしたちの研究に気付いたと聞いたが」
「ああ。誰かが連帝軍に救助を要請したらしい。俺たちの試作品に関わる以上、奪われないように護らないとな」
わたしたちは礼拝堂を後にし、山を降りる。
島の研究所に続く、獣道を通って。
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