#1.11. Siren [Michelle]

 次世代駆逐艦の設計計画を提出しに、第二海軍工廠に来ていた。最前線に投入する予定のヴァルキリーValkyrie級駆逐艦と、量産性を考えた二線級のエインヘリアルEinherjar級駆逐艦のうち、エインヘリアルの船体設計だ。

 パクス・ネヴィシオンシスPax Nevisionsisを実現しようとしている連合帝国は、戦闘艦の頭数を増やそうと計画を進めている。最新鋭艦ばかりで艦隊を構成するとコストが高騰するため、大半は価格を抑えた設計の艦艇で補填するとか。

 燃費や居住性を考えた設計は、案外と民間企業のほうが得意だったりするので、わたしのところにも声がかかった。


 さて、業務上の目標は果たした。次はわたしのプライベートな目標だ。


 エンジェルAngel級駆逐艦がドック入りしているのを見下ろしながら、坂の上にある駐車場に向かった。




ミシェルMichelle・アルバーンだ。この基地のルナ・アルバーン兵曹に会いたいんだが”

“ルナ・アルバーンですね。少々お待ちください”


 正門の詰所にいた若い女性水兵に、姪の居場所を尋ねる。ダンが死んでから独り立ちするまで家で世話を焼いていた子だ。ルンの唯一の肉親はわたしということになる。

 ただルンは潜水艦乗りか何かなのか、家族にも所属を明かせない部隊にいるらしく、どこにいるかも分からないことが多い。戦地から帰ってくる時はこの基地の兵舎にいるから、ここで問い合せたほうが話が早いのだ。

 長期休暇になると、だいたいわたしの家に帰ってくるんだが。


“すみませんミシェルさん。ルナ・アルバーン一等兵曹は現在ここにおりません”

“そうか。残念だ。戻ってくる時期は分かるかい?”

“えっと……、来年の――”

“来年?”


 クレオール人のこの水兵は、何か気まずそうな顔をする。

 少しの間言い淀んだのち、探るように尋ねてきた。


“ミシェルさんは一等兵曹のご親族ですか?”

“ああ、伯母だ”


 “伯母かあ”と少し悩んだ水兵は、周りの様子を伺いながら小声で伝えてきた。


“実はルナ一等兵曹、1年の停職処分を受けておりまして。停職処分中は兵舎を使えないので、ここには当分戻ってこないです”


 思わず頭を抱えた。

 何をやっているんだあの子は。




 駐車場の車に乗り込み、姪に電話をかける。しかしいくら待っても出ず、コールが鳴り終わってしまった。

 戦地にいることも多いから、そういう時は電話に出られないとしてもいい。でも今は海軍にいないんだから、電話に出られない訳じゃない。

 2回目にコールすると、やっと懐かしい声が聞けた。


「マイク、久しぶり」


 ルンはわたしのことをいつもマイクと呼ぶ。男みたいな振る舞いをするからだろうが、レオもそうだった。

 わたしも成人するまでは瑞穂に暮らしていたし、ルンも瑞穂語のほうが馴染むということで、わたしたちは瑞穂語で会話する。


「聞いたよ。海軍から追い出されたって?」

「……追い出されてはいないよ。1年後には戻る話だし」

「停職中は基地の中にいられないんだろ? なら同じだ」

「うっ……」


 困っているならわたしに言ってくれればいいのに。何を遠慮しているのか。


「それで、今どこにいるんだい? 迎えに行ってやる」

「……えっと、ディニティコス研究所の前のカフェなんだけど……」

「何だい里帰りしていたのか?」

「違っ……。そういうことにしておいて」


 また隠し事か。でもこの感じだと、ルンが言いたくないのじゃなくて、言ったらいけない事情なのだろう。


 それにしても。あの研究所の前のカフェと言えばヴァニーユVanilleだ。ダンが好んで通っていた店だ。特にバルコニー席は見晴らしがいい店で、ルンの携帯電話が大通りのバイクの音を拾った。居場所の想像がつく。


「まさかルンが里帰りするなんて、意外だな」

「わたしも、ここに帰ってくるなんて思っていなかったよ」

「でもそれはルンが過去と向き合っている証拠じゃないか」


 ルンはレオを激しく憎んでいる。子ども心に植え付けられたその感情は根深いもので、下手にレオを話題にするとそれだけで怒り出す。

 しかし意外なことに、今回はルンからレオの話を切り出した。


「マイクは、あいつのことを恨んでいないの? だってお母さんを、自分の妹を死なせた男だよ?」


 実はこの質問は、何回か繰り返し論争している。大抵わたしがレオの話をして、ルナが怒り、この話題になるのだ。そのたびそのたびに答えが変わってしまっていたが、最近は答えもまとまっている。


「そりゃあ、わたしの妹を泣かせた男だからね。ダンを道連れにしたことは、わたしも割り切れない。ダンが衰弱していくのは、見ていられなかったさ」


 ダンといえば、元気で子煩悩、レオが大好きで、夫婦でいる時はいつも彼にくっついていた。いつもそんな姿を思い浮かべる。

 その妹が、魂を抜き取られたようになった晩年の姿は、わたしにとっても辛かった。


 でも、どれだけ酷い男だとしても、わたしたち姉妹の幼なじみで、一つ屋根の下で共に暮らしてきた仲だ。心の底から恨むことはできない。


「それだとしても、ダンが心から慕っていた男だ。レオを失ったショックで死んだようなものさ。ダンが本気で愛した奴を、嫌いにはなれないな」

「でもさ、結局はわたし、捨てられたんだし、マイクも大変だったでしょ?」

「そりゃあ困ったさ。独身だし、子育てなんか分からないもんだから、ルンには不便をさせたと思っている。

 でも、レオは何かに追い詰められていた。死を選ぶほどに。遺書を残していない以上、何を悩んでいたのかは知らない。だが、あいつは理由もなく死ぬ男じゃない。

 その理由が分からないならば、勝手に理由をでっち上げても仕方がないじゃないか。

 わたしは、故人を悪く言いたくないよ」


 電話越しに、「ふーん」と聞こえた。


「さすがマイク。わたしより大人だね……」

「ルンより28年歳上なんだ。ナメるな?」


 ふと年子の妹が生きていればと思いを馳せる。つまり今生きていれば51歳か。


「ところで、いい男のは見つかった?」


 こいつ、またからかいやがって。


「男の娘じゃない。可愛い男だ。そこは間違えるな」

「でも女装が似合うような男って言ったら、世間では男の娘と言うと思うよ?」

「わたしの考える定義とはかけ離れている。自ら女装する男は違うんだよ」

「熟女好きな男の娘がいればいいね」

「電話を切っていいか?」


 ルンはしんみりした話を切り上げようと、わたしの地雷を踏んで遊んでいるようだ。


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ヴァルキリー級駆逐艦――現在ネヴィシオン海軍が採用を目指している最新鋭駆逐艦。次世代のレーダーや防空システム、ステルス性の向上を目指している。建造計画では戦闘駆逐艦と定義されている。

エインヘリアル級駆逐艦――ネヴィシオン海軍が採用予定のもう一つの艦級。脅威レベルの高くない海域での運用を考慮し、量産性、整備性、また運用コストの削減を重視した駆逐艦。建造計画では巡洋駆逐艦と定義されている。

パクス・ネヴィシオンシス――直訳すると「ネヴィシオンの平和」。ネヴィシオンの勢力圏にいる住民は平和に暮らせるという意味。別の言い方をすれば「ワシらのシマでゴタを起こすな」。世界の海の覇権を握る規模の艦隊を設ける計画だが、ほかの国家勢力から警戒されている。

エンジェル級駆逐艦――現在運用している駆逐艦。対潜攻撃能力や対艦攻撃能力も一級で、さらに防空システムは他国の追随を許さない。しかし設計の古さが問題視されており、新設計の駆逐艦を採用する計画が進行中。

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