#1.08. Kobold [Mirai]

「ねえ未来みらいちゃん、今日のお客様の案内、お願いできる?」


 リネン室で洗濯物の仕分けをしていたら、葛城かつらぎさんが声をかけてきた。

 珍しい。若葉家に来客がある時は葛城さんが率先して遅番をしてくれるのに。


「いいですけど、葛城さんは9時までのシフトじゃなかったっけ?」

「それがねえ、うちの旦那が風邪をひいたみたいで。ほらぁ、まだインフル流行ってるでしょう。なんでもなかったらいいんだけど、運転ができないって言うの」

「あのしんちゃんが!?」


 部屋の奥で作業をしていた霧島きりしまさんが、葛城さんのご主人の様子に驚いたみたいだ。

 葛城さんのご主人はよく釣りに行くアウトドア好きだ。その旦那さんが運転を躊躇うなんて、かなり体調が悪いのだろう。


「分かりました。お大事にされてください」

「ありがと。今日のお客様、若い人みたいだから、ウチみたいなおばさんよりもあなたみたいな若い子がいいかも!」

「そうよ。それに佐渡さどさんなら面倒見もいいし、安心よ」


 長い間ここで働いている二人から褒められて、ちょっと照れくさい。いくら否定しても、「美人さん」とか「可愛い」という声がやまない。過大評価されちゃって、肩がすくむ。


「未来ちゃん、後は頼むわね。客室は綺麗にしておいたけど、また気になるところがあったら直しておいて。信濃しなのさんには伝えてあるから。それじゃ」


 お話好きの彼女が帰るのは少し寂しい。娘さんとわたしの歳が近いこともあって、よく面倒を見てもらっているし。



 若葉家の使用人はすごく仲がいい。経験に差があっても気兼ねなく話し合えるし、それぞれがフォローし合うような関係だ。役割分担もとても緩いから、執事の信濃さんと料理長の加賀かがさんくらいしか肩書きはない。

 霞さんの人柄もあるだろうけど、すごく和やかな職場だ。



 お客様が出発されたと連絡があり、簡単な支度をしてから、出迎えるためにエントランスに降りる。

 あれ、早めに出てきたつもりなのに、もうゲートのところに誰かいる。天城あまぎさんが通すということは、あの人がお客様だ。


 バイクに乗ったその人は、敷地に入って駐輪場に向かうまでの間もスピードを出す方のようだ。


「ようこそおいでくださいました。本日案内を務めます佐渡未来です。よろしくお願いいたします」

「わたしはルナ。しばらく泊めてね」


 バイクを停めた女性を迎える。ヘルメットを脱いだ彼女は、すぐに長い金髪を高く一つに結わえた。ネイヴィス人らしいその黒い肌と金髪のコントラストが素敵な方だ。

 クロップド丈のカーゴパンツや厚手のアウターシャツにはアクティブな印象がある。ブーツスニーカーはミリタリー系のブランドで見た気がする。

 機能性があるものが好きみたいで、バイクに乗せていたダッフルバッグも防水で、ポケットが沢山ある。


「荷物をお預かりいたします。……これだけですか?」

「うん、そうだよ」


 ダッフルバッグは大きさの割に軽かった。何週間か泊まるかもしれないと聞いていたのに、荷物が少ない。

 バイクに乗っていた時からずっと担いでいるバッグを預けるよう促しても、ルナさんは自分で持ちたがる。


ロフバーグLofbergはわたしの商売道具だからね」


 有名なメーカーの楽器だろうか。結構長さがあるケースだ。


「どのようなものなんですか?」

「どのようなって、ショットガン」




 とりあえず、銃は裏庭の倉庫の金庫に預けてもらった。


 男の人がいて助かった。天城さん、警察隊にいたなんて初めて聞いた。

 わたしがびっくりして騒いでしまったから、ルナさんにも気を悪くさせてしまった。


「弾は抜いてあるのに」

「すみません……」

「サバイバルナイフくらい返してくれない?」

「それは駄目です! お仕事の時には返しますから、家の中に武器を持ってこないでください!」


 散弾銃以外にも、ルナさんは拳銃やナイフをアウターの下に隠し持っていた。ネヴィシオン軍の人だとは聞いていたけど、まさか人の家に武器を持ってくるとは思っていなかった。


「厳しいんだね」

「危険なものですし、当然です」

「何かあったらどうやって自分を守るのさ」

「危ないところには行かないですから」


 外交官を泊めることもあるから、カルチャーショックを受けることは初めてではない。でも、今回のはかなり強烈かも。



 館内を一通り案内して、ルナさんを泊める客室の前まで来た。


「ここがルナさんの部屋です。内線の9番を押してもらえば、わたしやほかの夜勤してくれている人に繋がります。洗濯物があれば、ランドリーバッグに入れてお預けください。翌日の夕方にはお返しできます。ほかにも何かあれば遠慮なく仰ってください」

「オッケー。ありがとうね」


 ルナさんは気さくに挨拶をして部屋に入ろうとされる。その後ろ姿を見て、大事なことを思い出す。


「すみません、シャンプーとトリートメントにこだわりはありますか?」

「ん? なんで?」


 彼女は大きな目をパチクリとした。


「海外の人には瑞穂のメーカーのシャンプーが合わないことがあるみたいなんです。綺麗な髪をされているし、もしかしたら、いつも使われているシャンプーのほうがいいかと思いまして」

「えっ? あの基地何使ってるんだろ……。官給品だからよく分かんない。いつもシャンプー使わないし……」


 衝撃的事実を聞いた気がするけど、そういえばルナさんは軍人だった。さっきもジャングルでの苦労話をしていた。


「では、備え付けのシャンプーでよろしければそのままお使いください」

「了解。じゃ、おやすみ」


 疲れた様子を見せないルナさんは、手を振って扉を閉めた。

 わたしは一礼して、自分の部屋に戻ることにする。


 廊下を進みつつ、ルナさんが不思議な方だと思い返す。代々外務大臣をしている枢機卿の家に来られる方は、やはり名の知れた方ばかり。そうした人たちと比べて、ルナさんは拍子抜けするほどにフレンドリーだ。


 銃を持っていたのには驚いちゃったけど、バイクに乗っている姿は様になっていた。鮮やかな金髪のポニーテールも格好よかったし。ちょっと憧れるなぁ。

 でもわたしが頑張って真似したところで、一世代前のギャルと言われるのがオチな気がする。


 自分に自信を持っているのって、やっぱりすごい。そうじゃないとどうしても不格好になるよね。



 わたしは自室に戻りながら、明日もルナさんの世話係を担当させてもらおうと考えていた。

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