#1.07. Titan [Luna]
なんで外務省が親父の故郷にあるのだろう。
外務省と親父の職場、実家が同じ都市区画にあるなんて、嫌な巡り合わせだ。
外務省の会議室は、思ったよりもシンプルだ。白を基調にしていて、スタイリッシュと言えば聞こえがいいだろうけど、飾り気がないほどだ。
敬虔な宗教国家だから、瑞穂の官公庁は聖堂を庁舎としていることが多いけど、外務省は異教の外交官に配慮して宗教色を出さないようにしているのだとか。
でも何もない広い会議室に三人だけ放っておかれると、なんとも寂しいものだ。しかもこの二人は知り合いらしいから、わたしは独りぼっちということになる。
「どうなんだ? 後遺症は」
「治りはしたけどよ。お前がダムダム弾なんか使うから腹の中がボロボロになったぜ。腎臓の片方と大腸の一部は持っていかれた」
「それは悪かった。けど君だって僕の肺を撃ち抜いたじゃないか。乳首が1個増えた」
「銃痕をそんなふうに表現するな」
会話の内容を聞いていると物騒で意味不明だ。
推測する限り殺し合いをしていた二人だが、今は仲直りした、といったところだろうか。
内蔵を摘出されたと言っている男は、ガタイが良くて体力がありそうだ。オールバックで基本的に黒髪なのだが、少し長めの襟足を青く染めている。ブランド物を好むのか、ジャケットは光沢のある素材でシャツも胸元が見えるまで開襟している。
肺を撃たれた男は、もう一人と比べて痩せている。スリーピースのスーツを乱れなく着こなし、フレームレスの眼鏡もよく似合っている。黒髪も長めだがよく整えているから、ハードボイルドな印象のもう一人と比べるとインテリといった印象。
会話の内容からして、二人とも銃に心得がある。瑞穂は銃規制が厳しいから、銃を持つ資格がある役職は限られる。警察をはじめとした逮捕権がある公務員か、もしくは猟師だ。競技用の銃に限ればもう少し範囲が広がるかもしれないけど。
でも雰囲気からして、この二人は非合法だろうな。
大尉がなかなか来ない。
会議室の入り口を見ているのに飽きて二人に目線を移すと、目が合ったハードボイルドにアルビオン語で話しかけられた。
“なあ、今回の話、かなりヤバそうだがお前何か聞いているか?”
「ヒューマノイドの救出作戦とは聞いているけど、作戦の詳細は知らないよ」
わたしが瑞穂語で答えたことに、インテリが興味津々に尋ねてきた。
「君ってネヴィシアンだよね? だけどアクセントにも癖がない。瑞穂に暮らしていたことがあるのか?」
「産まれは瑞穂。だから第一言語は瑞穂語だよ。8歳までいたんだけど、両親が二人とも死んじゃって、ネヴィシオンの親戚に引き取られた訳。バイリンガルだよ」
「なるほど、そういうことか」
あっ、こいつ、嫌いかもしれない。
何も同情を求めていた訳ではないけど、今の話は笑うところではない。なのに冗談を軽く流すような反応をした。
眼鏡の奥の瞳が、突然冷たく見えてきた。
会議室の空気が固まりそうになったが、ドアが開いてその空気が入れ替えられた。
コナー大尉が白髪の青年を連れて部屋に入ってきた。
“遅くなりました。集まっていただき感謝いたします”
大尉がうやうやしく挨拶する横に青年が立つ。
雪のように白い肌と、一点の曇りもない白い長髪。まるで異世界の住人のようだ。
八百万教の聖職者らしく白い服だから、会議室の白い壁に溶け込みそうだ。紫水晶と思われる勾玉の首飾りと菫色の瞳くらいしか色がついていない。
黒人で金髪のわたしからすれば、対極の属性を持っている相手だと思える。白と黒。銀と金。
でも瑞穂人は基本的に、肌の色は薄くても黒髪や茶色の眼をしている。おそらく彼はアルビノだと思う。
“この作戦はネヴィシオン連合帝国海軍ヴィオラ・ラングレー大佐の指揮のもと遂行いたします。しかし大佐は本国の特殊作戦艦隊本部から司令されるため、現場の監督として若葉司祭にご協力いただくことになりました。司祭は政治的な判断ができる立場にもいらっしゃいますので、瑞穂国内では彼が作戦メンバーのリーダーです”
“若葉さつきと申します。普段は外務大臣補佐官をしております。
大和がインテリのほう、武蔵がハードボイルドのほうらしい。
“アルバーン一等兵曹も、どうかよろしくお願いいたします”
“ルナでいいよ。名前で呼ばれるほうが好き”
“では、ルナさん、よろしくお願いいたします”
この礼儀正しさは彼の美点なのだろうが、あまりにかしこまられるとわたしは距離を感じる。
彼のマナーは完成している。さすが若葉家の人間だ。
瑞穂の聖職者は教理上家督制度がないとは言うが、名家は事実上家父長制で司教座を継いでいる。司教自らが後継者を任命する仕来りなのだが、ほとんどの司教が自分の息子を選ぶかららしい。
特に国の重要なポストは名のある家系が任じられる。外務大臣はここ100年近く「若葉」大臣しかいないそうだ。
さつきが挨拶を終えたのを見計らい、大尉がわたしを三人に紹介する。
“こちらが我が軍の一等兵曹、ルナ・いぶき・アルバーン。作戦に参加するため一時的に軍務を離れていますが、通信特技兵です。では
こいつ、わたしに話させないつもりか。
結局わたしが発言しないまま、橘武蔵と
二人とも若葉
武蔵は元黒百合会で内情に詳しいから、大和は黒百合会ではないが、完全共和主義過激派に所属していたことがあり、裏社会の事情が分かるから選ばれたらしい。
後で聞いたところでは、二人がそれぞれの組織に所属していた時に抗争になったことがあったそうだ。そして相打ちになり、病院に担ぎ込まれた流れで保護されたそうだ。
わたしを信頼していない大尉は、長い前置きを終えやっと本題に入る。
“大佐が立案された作戦
“アイ?”
“字面で見ると、これが“1”を指すのか“わたし”を指すのか、ただの1本の縦棒にも見える文字だということで、大佐はアルファベット一文字で作戦名を決められました”
武蔵の疑問に大尉が答え、大理石のテーブルに資料を滑らせる。
作戦資料の表紙には、マジックペンで書いたような縦線が1本描かれていた。
“I”、ねえ。
いつもミドルネームを“I”と書くか略しているが、さっき大尉はわたしのミドルネームをこの場の三人に公表してしまった。
なぜわたしがミドルネームを略すかって?
親父が付けた名前なんか使いたくないからだ。
“今回、η-3と名乗る人物からの告発があり、九州の西方にある離島にて遺伝子組み換えヒューマノイドの研究が行われているとのことです。真偽は不明だが、現段階で矛盾した情報はありません”
島の衛星写真とともに、メールの本文や親父の論文の要約が資料になっていた。
“これって白百合修道会が拠点にしていた島じゃねえか”
武蔵が島の写真を見て何か気付いたようだ。
“ええ。警察省が国有化するまで、白百合修道会の修道院があったことを確認しております。何かご存じなのですか”
“この島は
ルルーは黒百合会のボスだ。黒百合会のメンバーは髪に白いメッシュを入れる特徴があるのだが、彼は右の眉を白くしている。ほとんど表に出ることはないが、黒百合会内では彼の命令は絶対だ。
“ルルーのおっさんは、本来この手の話を嫌がると思う。彼にとっての聖地を、荒らされたくないはずだ”
“そもそも、黒百合会は武器密輸や闇金融が専門だったよね? 何かを研究開発するなんて、投資するにも莫大な費用がかかると思うけど、今までと方針が違うんじゃない?”
つい、口を挟んでしまう。
黒百合会については、丹陽の新オ連派ゲリラに武器を売りつけることもあるから、皇室海軍がこれまでもマークしてきた組織だ。でも、GeM-Huを開発するプロジェクトに投資していると聞くと、今までのイメージと差がある。
“そんなに難しいか? GeM-Huが金になるっていう話じゃないか”
大和が、さも当然かのように言うが、それって――。
口元では人が良さそうに微笑んでいるが、目もとが完全に冷めきっていて、大和の感情が全く読めない。
“世の中、自分の子どもの容姿を自分の理想像にしたい金持ちがいくらでもいる。子どもの設計技術を独占しておいて、大金をふっかけたとしても、金持ちなら出すだろうな”
大和の言いたいことは分かったけど、あまりに心ない話だ。自分の理想の子どもを金で買うという話にもなる。
せっかく贈ってもらった絵画を、別の誰かが塗りつぶしてしまうような屈辱感だ。
“ルルーは渋っても、裏ボスが話を進めてしまったのかもしれねえな。この島はあのお方の物だし、『予算を用意したから後はやっておけ』とか言われたら、嫌でもそうせざるを得ないだろう”
やはり、冬月家との関係を臭わせる言い方をする武蔵。大金が関わると、こうも人らしさを失うのか。
“実際のところ、冬月猊下の枢機院での評判はあまりよくありません。明らかに彼の周りだけ、ただならぬ雰囲気があるんです。
というのも、ほかの枢機卿や大司教は、少しずつとはいえマスメディアが張り込みます。でも、冬月猊下の周りは、いつも静かです。不気味なほどに。
数年前、猊下のスキャンダルをすっぱ抜こうとした若い記者がいたと噂されますが、彼の場合、猊下が融資した企業団体を数か所廻った後、消息を絶ちました。似た事例はほかにも数件。
彼に近しかった枢機卿も、ある時から身内に不幸が続き、最後には枢機卿の座を降りました。
冬月猊下の周りは、気味の悪い噂が後を絶ちません”
明らかに、冬月は裏の権力者だ。殺し屋を雇っているのか呪詛の使い手かはさておき、瑞穂国内では逆らう者がいないということになる。
強欲な権力者が、大金を儲ける手段としてGeM-Huに目を付けた。その研究開発を、支配下にある組織にさせた。この説に説得力は充分にある。
大佐が、皇室海軍主導の作戦なのに警察隊を入れなかったのも、よく分かる。
でも、外務省は文官の組織だ。外務大臣補佐官のさつきに、実力を行使する作戦の指揮なんてできるのだろうか?
その雪のように白い顔を何気なく見ていたが、彼はその視線に気付いていた。
「ご心配なく」
さつきは、挑発的に笑った。
「若葉家は、世界を相手にしてきました。冬月家なんかに負けません」
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ダムダム弾――拡張弾頭とも。着弾すると先端が広がり、人体に大きな損害を与える。非人道的な兵器として、国際条約では軍隊での使用が禁止されている。
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