#1.06. Dark elf [Viola]
野郎。ノックして執務室に入るはいいが、敬礼なしとはいい度胸だ。
コナーが訝しげな目でアルバーンを迎えた。
“お呼びですか、大佐”
俺のデスクの前に立った一等兵曹はサービスグレーだがコンバットブーツ。黒いからスラックスの下に履いていれば革靴と誤魔化せると思ったのかもしれないが、部屋に入ってきた時点で靴紐が見えた。
態度については噂に聞いていたから、その点は無視してやろう。すぐに分からせてやるさ。
“ご苦労。今回妙な告発があってな。俺がその作戦の担当をすることになったんだが、お前には特別な役を頼むことにした”
アルバーンが怪しむような目で見てくるが、話を続ける。
“瑞穂の離島でGeM-Huという遺伝子組み換え人間の――。おい、どこに行く?”
アルバーンが突然踵を返し、執務室を出ようとする。コナーがドアの前に立ち塞がるが、アルバーン一等兵曹はコナー大尉を押しのけてでも部屋を出ようとしている。
コナーは傷痍兵とはいえ大柄で
副官がアルバーンを止めている間に概要を説明しておこう。
“GeM-Huという遺伝子組み換え人間の研究施設が瑞穂国内の離島にあると、その関係者からリークがあった。
偵察機の情報と照らし合わせても矛盾はない。無人島ということになっているのに、発電所が動いている形跡がある。桟橋にも整備した形跡もあり、獣道の存在も確認した。
さらに告発者によれば、子どもが複数人生まれている”
アルバーンの反応を見ていると、“子どもが生まれている”ことにショックを受けたようだ。
コナーと押し合っていた彼女は力を緩め、俺に振り返った。
“GeM-Huプロジェクトは凍結されたはずです。いつから再開したのですか?”
“お前、レオナルド・アルバーン博士の親戚か?”
兵曹はその青い眼で俺を睨みつけた。
“親父の名前を出すな!!”
年下の部下に怒鳴られる日が来るとは思ってもみなかった。
肩を震わせ怒りを剥き出しにした兵曹は、コナーとの押し合いをやめ、ズカズカやってきたかと思えば俺のデスクに手を叩きつけた。
“GeM-Huに詳しいから呼んだのですか!? わたしは研究内容まで知りません! 親父に関わらせないでください!!”
“お前を呼んだ理由はそれだけじゃねえよ。瑞穂国内での活動となると、お前の瑞穂語でのコミュニケーション能力が必要だ。それに、お前は本来軍務に就いていない”
“そうです! 停職中なんです!!”
“だからこそ呼んだ”
アルバーンは腕を組み、いら立ちと警戒心を見せる。
“今回の作戦はブラックオプスでやる。同盟国内で地下組織を相手にした作戦だからな。公にしないほうが丸く収まる。正規部隊は使いづらいが、お前は海軍から離れている。お前がトラブルを起こしても、表向き海軍とは関係がないと言える。危機的状況に陥ってもネヴィシオン人を救出する名目で救助することができる”
“瑞穂警察に任せられないんですか? 瑞穂国内の話じゃないですか”
“冬月の影が見え隠れする案件だ。それに、GeM-Huは軍事的に未開拓の技術分野だからな。何が起きるか分からない以上、俺たちが制御する”
腕組みをして聞いていた彼女は、壁際に移動したかと思えば、壁に背中を預けた。
“そのブラックオプスでわたしは何をするんです?”
“告発文によれば、GeM-Hu二人が瑞穂の第三海上警察病院にいる。フェーズ
兵曹は虚空を見つめていたが、やがて意を決したようにまた門番に立ち向かう。
“どこへ行く?”
“ほかの停職中の軍人を雇ってください。今親父とは縁を切れとお告げがあったので。わたしはパスします”
最後までこれか。呆れたもんだな。
だが、アルバーンに天啓を授けた守護天使は、これを知らないだろうな。
“それは残念だ。除隊後の就職先は決まっているのか?”
コナーと睨み合っていたアルバーンが、大袈裟に振り返った。
そりゃあ人生がかかってくる。停職中はただでさえ生活が苦しくなるだろうし、不名誉除隊を回避して油断していたところだろう。
“ここに、軍事裁判の判決書があるんだが、主文には不名誉除隊処分と書いてあるぜ?
アルバーンが青ざめた顔をしている。両手が
だが俺にお前の親子関係なんか知ったことではない。
“よく覚えておけ。お前は俺の手中にある。守護天使にも伝えておけ”
俺に楯突くと命取りになるとようやく分かったらしい。
こいつは、俺にとって一番便利な手駒になる。
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サービスグレー――サービスユニフォーム。ネヴィシオン軍の制服の一種。常装。ネヴィシオン軍は船上や市街戦も想定しているので、制服はガンメタルグレーを基調としている。
ブラックオプス――秘匿作戦。非公式であるため、文書が黒塗りされることからこう呼ばれるようになったとか。
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