#1.05. Orc [Mark]
“ルナ・I・アルバーン一等兵曹を停職9か月の処分とする”
一等兵曹は法廷の中央に立ち、俺を見つめていた。求刑よりも処分が軽いと分かったからか、小馬鹿にしたように表情が緩んだ。
“何か言うことは?”
“長くないですか?”
“長い。これでもお前の上官が減刑のために奔走しているんだ、感謝しろ”
本来の求刑は不名誉除隊だ。
弁護側もかなり苦し紛れな弁護だった。
ほとんどの証言には彼女の反抗的精神への言及があり、彼女への心証を悪くするばかりだった。
いくら民間人を助けるためとはいえ、皇室海軍裁判法には明確に違反している。第九十二条“命令及び規則への違反”以外何物でもない。
殿下がなぜ一等兵曹を引き止めたのか分からない。
一等兵曹の命令違反で偵察が継続できなくなったんだ。自分の立案した作戦が破綻したのに、一等兵曹を庇うなんて。
そうは言っても、
ヴィオラ殿下の言う通りに不名誉除隊は避けたが、この問題児を除隊させて人員を補填したほうがプライドのためだろう。
そもそも。
アルバーン一等兵曹の経歴は傷だらけだ。士官学校を退学になっているのは致命的だろう。第一期、第二期と首席だったのに、教官や上級生への態度が悪く退学。下らない理由で自らのキャリアを傷つけた。
語学と戦闘能力を評価され、下士官課程からやり直すことができたものの、反抗的精神は直らなかったようだな。
なんでプライドに入れたのか。不思議だ。
改めてアルバーン一等兵曹を見て、まず気になるのはその髪の長さだ。
規則で軍務に支障をきたす髪型は禁止されているのだが、この兵曹はポニーテールが尻に届いているほどだ。素人目に見ても規則違反だろう。
近接戦闘の邪魔になるうえ日常でも色々引っかかりそうだ。何かしらの機械の近くなら巻き込み事故も否定できない。
プライドの上層部からも再三注意されていると聞く。俺も直に注意したことがあるが、聞く耳を持たない。
襟足をショートカットにしているのも目に余る。デザインカットは海軍基地の理髪店ではまずやらない。基地の外で行きつけの店があるのだろう。
いくら個人の能力が高くても、規則が守れないようでは軍にいられないだろう。
たかが下士官が大佐を馬鹿にしている目で見てくるのも気に入らない。早めに判決を確定するか。
“以上をもって閉廷とする”
俺が閉廷を宣言すると、軍事裁判の参加者が皆敬礼する。流れるように法廷を後にしようとしている一人を除いて。
“ルナ・I・アルバーン一等兵曹を停職10か月の処分とする”
“はあ!?”
“はあ”じゃない。敬礼もせずに上官の前から立ち去るような軍人がいるか。
懲りない一等兵曹が、睨みつけながら悪態をつく。
“ルナ・I・アルバーン一等兵曹を停職12か月の処分とする!”
裁判長に面と向かって“ク〇親父”とはいい度胸だ。
血走るような眼で俺を睨んでいるが、さすがに1年以上の停職は避けたいのだろう。いかにも不本意という雑な敬礼をして、一等兵曹は足早に退廷した。
彼女が乱暴に法廷の扉を閉めると、出席者たちが溜め息をつく。緊張感が解けたのと、呆れだろう。
これは皇室海軍きっての問題児だ。
親はどんな躾をしていたのか。
こめかみを揉んで頭痛を和らげようとするが、悩みの種は根深いところにありそうだ。
第一印象で言えば、俺の娘にも似ていて黒人だから好印象だ。そのスラリと華奢な体型に憧れる女も多いだろう。軍人だからこそ問題だが、あの鮮やかな金髪も見事だ。
金髪碧眼の黒人。誰かがそう呼んでいた。
それに、プライドでは貴重な女性隊員だ。
体力査定が厳しいため、いくら男女平等と言っても体格的な性差でほとんどの女は振るい落とされる。いや、男も大半は不合格になる。男と共通の基準で選抜を突破できた女は今まで10人もいない。旅団規模にも相当するプライド全体で女性隊員は4人だけ。
習得が困難な瑞穂語をネイティブに話せるのも彼女の強みだ。読み書きもできるのだから、そんな人材を手放したくはない。
だがチームワークをかき乱すようなら、プライドに所属させる意味もなくなる。少数精鋭だからこそ、協調性のなさが命取りだ。
改めて思う。なぜヴィオラ殿下はアルバーン一等兵曹を除隊させなかった?
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不名誉除隊――クビ。軍人年金などの資格が停止され就職にも響く。
皇室海軍裁判法――皇室海軍の軍人に適用される法典。民間人とは異なる量刑になっている。
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