#1.04 Cyborg [Viola]

 コナーが渡した資料には、メールの本文や関連情報が載っていた。


 発信者がどういうつもりでη-3を名乗っているのかは分からないが、少なくとも本名ではない。人間らしい名前なんかじゃない。俺からしたら軍用機の通し番号に見える。

 住所や座標は実在する島だとしても、このGeM-Huの研究所があるという内容が本当かも分からない。


“つまり、まずこのメールの信憑性を調べてから、η-3を名乗るこいつが言うようにGeM-Huを救出しろって話だな”


 参謀本部が言いたいことは分かったさ。“メールそのものの対応はシャドウに任せる。ヴィオラは内容を確認し必要な対応を取れ”ということだ。

 偵察衛星か偵察機を借りて、島を確認するか。


 だがそもそも――。


“GeM-Huって何だ?”


 何かの略語だろうが、η-3が説明している内容からして、研究対象になっている人間の属性だ。彼か彼女か、そいつはGeM-Huを“子ども”と呼んでいる。感染症か何かか? わざわざ離島に隔離するなんて。研究対象でもあるらしいし。しかも黒百合会くろゆりかいの。


 蛍光灯を見上げていると、コナーが俺の放り出した資料をめくり、GeM-Huの情報を見せた。

 彼がうつむくと金髪の前髪が垂れ、眼鏡の上にかかった。


“GeM-Huとは、遺伝子組み換えヒューマノイドGenetically Modified Humanoidの略で、デザイナーズベビーとも呼びます。GeM-Huという単語が記載された資料は、1996年に発表された1本の論文のみで、科学界では一般的でない用語だそうです”


 つまり、η-3が助けろと言っているのは遺伝子組み換え人間の子どもということか。


“1本しかない論文にこだわりを見せている人間だ。その筆者の関係者がこのメールの発信者だろうな”

“恐れ入りますが、その可能性は低いかと”


 思わず“はあ?”と口から漏れたが、コナーは右手で眼鏡を押し上げ、構わずに説明を続けた。


“論文の筆者は当時瑞穂の研究機関に所属していたレオナルド・アルバーン博士です。クレオール系の瑞穂人。GeM-Huの技術を提唱したものの、アルバーン博士は理論研究のみ行い、1999年には研究を凍結。2003年には亡くなっています”

“死んだ?”

“ええ、ピストルで頭を撃ち抜いています”

“自殺かよ”


 アルバーン。気に入らない名前だな。


 提唱者本人はもうこの世にいない。研究も凍結していた。

 となると、黒百合会はどうやってGeM-Huの研究機関を立ち上げたんだ?


 そもそも、黒百合会が研究機関を持つことが意外だがな。

 η-3は、GeM-Huの研究所が黒百合会の影響下にあると言っている。



 黒百合会というのは、いわゆる反社会的勢力。武器の密輸や闇金融など、高価な商材を取り扱うような奴らだ。瑞穂を拠点に、裏社会の市場に大きな影響を及ぼしている組織だ。


 かなりの大金を投資してでも黒百合会が手を出すということは、奴らはGeM-Huを儲かるビジネスとして捉えたのだな。


 そもそも、遺伝子組み換え人間と言うくらいだ、実用化されている技術ならば、自分の子どもを設計できる訳か。まさにデザイナーズベビーだ。

 そして研究の方向性によっては軍事的な利用ができるかもしれない。



“よし、この技術が安全保障上どんな影響を与えるかまでは調べることにする。瑞穂国内での調査になる。俺が計画をまとめたら瑞穂外務省に連絡を取ってくれ”


 コナーが右手で紙を拾い、その機械化された左手でまとめた資料を抱えていた。だが俺の指示の意図が掴めなかったのか、その指示の内容を聞き返した。


“外務省ですか? 警察省ではなく?”

“警察大臣の冬月ふゆつき陽炎かげろうは黒百合会に太いパイプがある野郎だ。信頼できねえ。瑞穂警察は抜きで話を進める”


 あいつは権力欲がある。瑞穂の政治家たちの間で派閥争いが起きそうだが、その点は俺たちの問題じゃない。


 コナーが紙の束を義手で抱えると、右手で敬礼した。古傷こそあるが、右手は不自由なく使えるそうだ。



“コナー。ついでなんだが――”


 アルバーンという名前が気になっていたが、ある問題児を思い出した。


“俺の作戦をぶち壊した〇ソアマがいたよな。あの一等兵曹の査問会議がどうなったか、調べておけ”

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