#1.03 Cyclopes [Hayden]
“何で俺なんだよ!”
大佐はカツカツとハイヒールを鳴らしながら、早足で司令部に向かわれる。
その青い髪が荒々しい歩調に合わせて揺れている。
特殊作戦艦隊特殊作戦局が入る司令部庁舎本館に入ると、熱帯の日光が遮られ少しは涼しい。
廊下ですれ違う下士官や水兵が敬礼し、大佐が律儀に完成された答礼をするが、わたしから見れば機嫌の悪さを隠せていない。
中には足を止め最敬礼をする下士官もいる。
今回、参謀本部から任せられた案件について、彼女はまったく乗り気ではないが、
“お気持ちはお察しいたしますが、参謀本部議長がぜひ大佐にと”
“さっきも聞いた! 変なメールが参謀本部に届いたんだろ? それは参謀本部の事務局か
後ろから追いかけるわたしに振り返ると、大佐の前髪が大きく揺れる。彼女の失明した左目を隠すために伸ばしている前髪だ。
“恐れ入ります、補足を。参謀本部ではなく参謀本部議長のもとにメールが届いたのです。シュレーダー上級大将のもとにです”
少し驚いたような反応をされる大佐が、足を止めた。
“上級大将閣下の軍務用のメールということか?”
“はい。衛星通信を介したメールです”
大佐が顎に手を当て、柳眉をひそめて少し考え込まれる。
いつも男勝りな言動をされる彼女だが、ふとした時に皇族らしい完成された所作が見え隠れする。
考えがまとまったのか、銀色の右眼がわたしを見据える。
“皇室海軍トップのメールアドレスに、皇室海軍最強の暗号通信を通して迷惑メールが来たって訳か”
“仰る通りです”
事態の異常性には気付かれた様子だったが、大佐は溜め息をつき、また執務室に向かって歩き始められる。
“俺は専門外だ。特殊作戦局で扱うにしても、プライド担当の参謀が扱う仕事じゃねえだろ。サイバー戦はシャドウの管轄で、シャドウ担当なら
“ええ。現在、シャドウがメールの発信元の特定や防諜のため対策をしている次第です。
今回ヴィオラ大佐が担当するのは、そのメールの内容についてです”
執務室のドアノブに手をかけたまま、大佐がわたしに問い返される。
“参謀本部がメールの内容を本気にしたのか?”
“イタズラと見るにはハッキング技術が異常に高度です。外部に解放していない通信網を利用されているのですから”
納得はされていないお顔だが、話を聞く気にはなられたようだ。
執務室に入られた大佐は、後に続くわたしに手を伸ばされた。
わたしが義手に抱えていた資料を右手に持ち直し渡すと、彼女は前髪をかき上げてそれをご覧になる。
ヴィオラ大佐が前髪をかき上げるのは、やる気を出した証拠だ。いつもは隠れている、白く濁った瞳や頬の古傷が痛々しい。でもそれは、大佐がご自身の軍人としての士気をあげるための儀式とも言える。
“……
“はい”
“こいつ、丁寧に住所と座標を書いているじゃねえか”
大佐の仰る通り、イタズラと片付けられない理由の一つは、メールに発信者の細かな情報が載っていることだ。
“その住所、座標は東丹陽海に実在する島々です。瑞穂の航空警察のレーダー基地もありましたが、現在基地は使われておりません。代わりに、近年は瑞穂海上警察や皇室海軍の予備役艦を係留する群島として利用されています”
“あれだろ?
瑞穂本土から離れた無人群島で、大佐が言ったように“シップボーンヤード”として知られている島々だ。
係留されている艦船も、予備役としてモスボール状態のものがほとんど。実際には保存状態が悪くほとんどがスクラップだという専門家もいるが、何にしろ人が寄りつくような島ではない。
そんな島からの発信だとメールでは説明しているが、にわかには信じられない。
大佐は椅子に腰掛けられると、資料を机の上に放り投げられた。
“つまり、まずこのメールの信憑性を調べてから、
彼女は女性らしく手入れされた指先でデスクの天板を小刻みに叩き、天井を見つめながら、疑問を呟いた。
“GeM-Huって何だ?”
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特殊作戦艦隊特殊作戦局――皇室海軍特殊部隊を運用するための艦隊で、特殊作戦局はその作戦を立案する部署。
参謀本部議長――海軍制服組のトップ。法律上皇室海軍はネヴィシオンの皇帝二人の私有軍という扱いで、最高司令官は皇帝たちということになるが、純粋な軍人では参謀本部議長がトップになる。
シャドウ――サイバー戦を担当する特殊部隊。ハッカー集団とも言える。
瑞穂――瑞穂国。大大陸の東に位置する島国。八百万教の教皇のもと枢機卿団が統治する。調和を重んじる教理上軍隊を持たないため、警察隊(防衛警察・海上警察・航空警察)が国防を担っている。
幽霊艦隊――予備役の艦船をまとめたグループ。無人の艦艇が一箇所にまとめて係留している様子から揶揄されるようになった。
モスボール――予備役の艦艇や航空機などが有事の際に再利用できるよう保存処理すること。食品が腐りにくいようにラップをするイメージ。
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