観測者
「ウヴ!」
「ヴァァ!」
広大な森。未来にあるような建造物などない本当の意味で自然豊かなこの場所で、二人の人間が人間らしくない速度で森を駆け回っている。
「ヴ!」
スローモーションで確認しても、地面を蹴ると、人型の踏ん張りとは思えない地鳴りにも似た衝撃波が走り、一気に数m加速しながら木を伝って移動を始める。
「ヴ、ヴヴ!」
「ヴヴ!ィ!」
二人の虎人は互いに高速で木を伝いながら何やら頷き、アクション漫画さながらの速度と衝撃波を放ち⋯⋯進む。
「ヴヴ!」
木の枝を掴み、更に空中に上がってから男の虎人が拳を振り上げながら落下し始めた。元々の速度に加え、重力の落下も加わった破壊的なスピード。
降下を始め、木の葉と枝を潜り抜けたその見つめる先には──大きいイノシシがトボトボ歩いていたのだが。
「ヴッッ!!!」
次の瞬間、イノシシの頭部が虎人のスイングによって綺麗に弾けとんでいく。
「ヴヴ!ヴヴ!」
2度何かを叫ぶと、女の虎人があとからやってきて一緒に確認している。終わるとハイタッチに似た彼ら特有の仕草を見せると笑顔で食事を始めるのだった。
***
「おぉ⋯⋯見事に人間から逸脱した身体能力だ」
「ですね。衝撃波が聞こえるなんて凄いですよ」
それから暫く、虎人達の成長を双眼鏡越しに感想を言い合うのが俺達のコミュニケーションとなっていた。
「なんだありゃ?生のまま食べてんのに普通そうだぞ」
「昔のヒトは腸が長かったと言いますから当然と言えば当然の話なのでは?」
「⋯⋯あぁ確かにそういえばそうか」
消化するだけで半日掛かるとか言われているし。
「火なんて使う気配がないわな」
「虎の能力も加わっていますから必要ないでしょうね」
現状彼らの狩りを見るとワンパターンだ。
虎のスペックが単純に乗っかっているせいで、かなり遠くの方まで見渡せているし、聴力も良い。筋力もヒトを超えているせいか、ほぼワンパン。
⋯⋯確かに火なんて使わんわな。
「夜目も良いよな」
「はい。後に人間と呼ばれる種と比較すると六倍近く違います」
「はぇー。じゃあ火なんていらんやん」
これもしサピエンスなんてやってたら、マジで永遠に近い時間がかかりそうだな。
「観察し始めてもう日数は1825くらいか」
「そうですね。もうそろそろ発情期がやって来ますから、ここからです」
***
「ヴゴ、ヴヴ!」
男の虎人が、肩に数匹の動物を乗せて家に帰っていた。
「ヴヴァ!」
帰ってくると、女の虎人は勿論、子供の虎人数人が父の帰りを喜んで足元に駆け寄る。
獲物を置いて撫でる男の虎人は、すぐに女虎人の手伝い。流れるように揃って食事の準備を始めた。
通常の人間とは違い、一人で短時間で食事を用意できる虎人は、非常に家庭的な一面もあった。
嗅覚に本能か、虎人は食べてはいけないものや毒になるものを避け、しっかりと生肉を子供と一緒に頬張る。
「ワワワワ!」
「ワワワヴゴ!」
「ヴ、ヴァヴァヴゴ」
唸り声で意思疎通を測って生肉を食べる。
何か意思疎通をしようとしているのだろうが、聞こえるのは唸り声とそれに続く相槌の唸り声。
何もあるわけではないが、虎人たちはとても楽しそうだ。
────
───
──
「ヴ!」
父虎人の身体が180cmを軽く超えている。
恐らく今日は成長した子供たちに狩りの仕方を教えているのだろう。小さく唸り声をあげて握る拳に力を込めて移動する。
子どもたちも小さいとはいえ虎人。木を伝って移動するのはお手の物。父虎人に続いて頑張って追いかけている。いつものように父虎人が獲物を取ると子供が大喜びしながら何か唸っている。
父虎人は何を言ってるのかを理解したように近くにいるであろう場所に指を差した。
子どもたちがウキウキで走るのを見るに、どうやら自分たちも狩りをしてみたいということらしい。
「ヴァ!ヴァゥ!」
「ヴィ!ヴァ!」
前腕や肩に軽く虎の毛が生えている二人は一気にその力を発揮して小ぶりではあるが鹿や猪、様々な動物を狩ることに成功する。
両腕を上げて喜ぶ子供たちだが、父虎人は若干引きつりながらも撫でている。よく見ると、加減が出来ないのか肉片を丸ごと吹き飛ばしていたのだ。これでは衛生面に厳しいのを理解している父虎人は、子供たちにこれは食べれないことを伝えている。
子供たちがシュンと悲しそうに下に顔を向けるも、父虎人は慰めながらその日は一緒帰宅して食事を摂っていた。
────
───
──
「ヴィ!ヴィ!!」
一人の少年とも呼べる虎人が唸るとそれよりも小さい虎人数人が群れを見つけて上空から垂直落下して襲い掛かった。
結果は虎人達の圧勝。
虎の筋力を兼ね備えた10名以上の虎人の集団だ、全く隙がない。
みんな嬉しそうに両腕を上げて喜んでいる。
恐らく彼らの繁殖速度が劇的に増えていった。
今では100名近くの虎人達がこの広大な森で活動している。
初期のアダム虎人は今では立派な体格をしており、2mを優に超えている。ヒューマン顔に身体にはうっすらと獣の体毛が腰まで細く一本道状に生えている。ある程度大きくなるとどうやら爪も頑丈になるようでそれで大人か子供かを判別しているように感じた。
⋯⋯もう彼はアダム虎人として立派に父親をやっているようだ。今もこうして子供たち⋯⋯もはや孫の境地だが、年齢的にそんな年寄りでもない。そんな彼は子虎人たちに色々指導しているのが薄っすらと見える。
二人から始まったが、すっかり今では家族を形成して遂には集団に至るまでには大きくなっていた。
────
───
──
「ウヴ⋯⋯」
アダム虎人が近くの山にある洞窟の中で何かしている。カチカチ音を立てているようだが⋯⋯おぉ。
どうやら洞窟にある石を見て壁に投げつけている。
首を傾げて石を見て何か感じているような素振り。
「ヴヴァ!ヴァ!」
ちび虎人たちがアダム虎人の周りをうろちょろして、同じように石を眺めている。
次第に子どもたちも気に入ったのか、石を投げて遊んでいる。観測者からすれば中々すごい絵なのだが、本人たちの能力的なものを考えると、あまり痛くないのかもしれない。
──どうやら彼らは石を使うというサピエンスの通りに動いた。
────
───
──
「ヴヴヴ⋯⋯」
アダム虎人の様子がおかしい。
石を使う所まで行った彼は、前まではそんな事なかったのに何故か体調が悪そうだ。周りの虎人たちも不安がっている。
年齢にして27歳。データベースに確認するとこのくらいのサピエンスも同じように寿命が近いようだ。
身体が強い虎人でも抗えないのか⋯⋯と思っていたが、こちらの予測は違かったようだ。
何かの感染症に引っかかっている判定が、AIの測定で判明した。少し前に森で未知の害虫に刺されたことが原因で風邪に近い症状が出て少しの熱でも死んでしまう事もある。
⋯⋯少し心配だ。彼と彼女の二人から始まったこの観測は、こちらとしても楽しみの一つだったから、終わってしまうのは非常に遺憾だ。
恐らく動物遺伝子も入っている彼は自身の寿命を悟っていたから、ああして力の出ない体をどうにかしようと模索していたに違いない。
幸い彼が編み出した力に頼るだけでない⋯⋯投石(信じられない威力)や加工技術を生み出したのは彼だ。今では子供たちでさえも安全に狩りができるようになり、言葉は無くとも皆それぞれが彼を尊敬し笑顔が絶えないものになっていたのだ。
***
アダム虎人は次第に活動量が減っている。
治癒力でどうにかしていても、いずれは死に至ってしまう。自然であるが故の、結末。
観測者としての自分の判断としては、よろしくないことを今頭に過ぎっている。
「ネスト様?」
「イベルワ、降下準備をしよう」
「虎人達を助けるのですか?」
恭しく頭を下げるイベルワ。横を通り抜け、俺は笑う。
「そうだ。シミュレーションはしたいが、俺からすれば、彼は主人公みたいな存在だ。分かるか?」
「私にはそのような至高なお考えは⋯⋯」
「なぁに簡単さ。物語を読むことはあるか?イベルワ」
「娯楽の物語は読む事はありますが」
「そう。まさにそれだ。俺達は観測者として彼らの成長を見守ってきた。時間がながければ長い程、愛情も芽生える。物語の主人公に会えるような⋯⋯そんな感覚だよ」
「なるほど⋯⋯!」
「勿論、大きく助けるような事はしない。しかし技術の力で多少助けて発展をさせてやれば、観測も更に楽しくなるに違いない。シミュレーションでぱぱぱとやるにはイイが、こうして時間かけて行くのも中々いいんじゃないか?イベルワ」
そう言って早速着替え、準備を終えてイベルワと共に惑星に降り立つ事にした。物語の主人公に会いに。
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