30

内海重治

あいつとは中学校からの付き合いで、正確には同じ幼稚園に通っててんけど、その時はあんまり覚えてへん。


小学校に入る前に俺引っ越してもうたし、この町に戻って来たんは小六やって、そん時も対してよう覚えてへん。



鮮明に記憶してんのは、中学一年の時。


初めて同じクラスになって、藤本陽生とゆう存在を改めて認識した。



で、第一印象が


なんやこいつ…



本人に目立つ気ないねんけど、何しても目立つし、何か知らんけど同級生から人気があって、必ず誰かから誘われて中心に居てた。



そのポジション、俺やってん。


小年生までは俺やってん。


いっつもクラスで賑やかにしててん。


それが、あいつと同じクラスになった途端これや。



せやから言うたってん。



いつやったかな…そうや、休憩時間になって、皆がまたあいつんとこ集まりだして、一番に誘われてた筈の俺が、いつの間にかあいつの居場所になってた瞬間、「おい、ちょっと待てや!」って、言うたってん。



そうや、今でも鮮明に覚えてる。あいつのあの時の顔…なんやねん、みたいな。何言うてんねん。みたいな。ほんま腹立つ顔…



でも、腹たったんは一瞬やった。


「なんやねんお前!俺に挨拶もなしか!」って、いちゃもん付けたろ思ててんけど、「おまえがシゲか」って。「おまえの事、楽しい奴だって周りから聞いて知ってる」って。「こっち来いよ」って。



…そんなん言われたら、なんやこいつ良い奴やん。って、思わへん?思うよな? 次の日にはもうマブダチやで。凄い思わへん? 何が凄いって、そうゆう事言えるハルやろ? 正直、こんなに連れ添えるツレが出来た事に自分が一番吃驚してる。


人の接し方とか、声の掛け方とか、嫌味がないねん。



一緒におる時間増えてから、なんや…知ろう思うて知ったんちゃうけど、ハルに兄貴が居るって聞いた時はほんま意外やって。


兄貴がおるのも意外やし、四人兄弟ってゆうのも吃驚で、全員男やゆうし。なんならあいつが末っ子って聞いて更に驚きや。



末っ子感ないし。そもそも兄弟の話題が本人からもないし。末っ子故の余裕なんかな?何に対しても動じひんし。


せめて四人兄弟の内、どっか一人おまえが兄貴ちゃうん?って感じやったわ。



せやから、こいつの兄貴ってどんな兄貴やねん思うて、想像できひんし。ほんま興味本位やわな。お互い住んでるマンションも近いし、やたらハルん家に遊びに行くようになって。



あの頃はハルも兄貴らも両親と住んでて、会うのに時間はかからへんかった。



当時、長男のカズ兄は飲食店で働いてて、自分の店出したいって言うてた。俺の事もすぐに「シゲ」って呼んでくれて。そうや、カズ兄がシゲって呼んでくれたから、他の兄貴達も気づいたら皆「シゲ」って呼んでくれてた。



責任感強い、頼れる兄ちゃんって感じやな。俺が知ってる頃からもう大人やったし、そう感じるんかもしらんけど。



次男のナツ君は、なんてゆうか…まぁはっきり言うけどチャラかったな。当時もう働いてるみたいやったけど、見た目も派手やし。ただ、チャライ割りには高校から付き合ってる言う彼女と結婚したし。見た目がチャライ感じの、一途な兄ちゃんや。今ではハルの兄弟の中で、唯一既婚者やし。



ほんで、三男のふぅくん。この人は兄貴らの中で一番俺らと歳近いけど、一番絡んでけぇへん人やった。当時高校生やったし、中学生の俺らとは近い様で遠いみたいな。まぁ、兎に角モテてんやろなって感じの人。家の近くでよう女と居てんの見た事あるし。兄弟一、イケメンちゃうかなって思う。見た目はハルそっくりや。クールな印象やけど、話すと優しいな。



そんな兄貴らの末っ子がハル。この兄貴達の下で、どうやったらあんな態度でこう育つんか知らんけど。もう、カズ兄とナツ君はハルに対しての目線が親やねん。


あれは兄貴二人が過保護過ぎんのかなって気もする。



ハルの両親は食品系の会社経営者って聞いた事がある。親父さんもおばさんも同じ会社で働いてはって、「なんやおまえ坊々やん」って言うた事あったわ。



兄貴の事もそうやけど、両親の事とか、家の事をあんま自分から話さへんし、他人にも聞いてこんからそうゆうとこも一緒におって楽やった。


あ、聞いたら教えてくれんで。向こうもそうゆう話になったら聞いてくる事もあるし。頑なに話題にしてへん訳ちゃうし。



中学二年から何か知らんあいつ、めちゃめちゃ背が伸び出して、何か知らんあいつ、めちゃくちゃモテだして。その頃ちゃうかなぁ、三番目の兄貴のふぅくんと、よう間違えられてた。



女もさ、制服見たら中坊か高校生かくらい分かるやん?双子ちゃうんやから。



その頃はハルもふぅくんも仲悪い感じと違ってんけど、俺らが高校入学する前かな…ふぅくんが親のおらん間に連れ込んだ女の子が、ハルの部屋に勝手に入っとったらしいわ。


そんで陽生さんブチギレよ。


前から女連れ込んでんのは知ってたけど、まぁ知らん顔したってたんちゃう?それが自分のテリトリーまで侵入して来たからもうブチギレよ。


あ、ふぅくんにな。そうゆう女を連れ込んだふぅくんにブチギレ。



それからちゃう?カズ兄のとこに移ったの。ほんでカズ兄が、「風雪は俺の目の行き届くとこにおらす」ゆうて、「俺の店で働け」ってなって、ふぅくんがあそこでバイトするようになってんけど。カズ兄も、ナツ君も、ふぅくんに説教してたわ。連れ込む女は選ばなアカン言うて。どんな説教やねん!思うてそん時は聞いてたけど、今なら何となく分かる。



節度はわきまえなアカンって事や。



ハルはあぁ見えてめちゃくちゃモテてたけどな。めちゃくちゃモテんのに、ふぅくんの影響か知らんけど、付き合うとか、好きになるとか、そんな浮いた話しなかってん。



ちょっと、トラウマみたいになっててんちゃう?そっからよう言うてた口癖が、「気持ち悪い」とか「クソめんどくせぇ」とか。これ女の子に対して言うてたからな。



そりゃふぅくんのタラシっぷりは尋常やないで…彼女何人おんねん!?みたいな時期やってん。



まぁ、モテはんねん、二人共。好きな子には優しいとことかよう似てはるしな。



それこそハルかて、ちょっと柔らかくなった思わへん?絶対春ちゃんのお蔭やで。優しくしたいし、甘やかしたいし、甘えて欲しいって顔に書いてあんねんもん。



今の話からもわかるやろ?春ちゃんに出会う前のハルからは想像できひん。



せやからあの兄貴達が、ハルに好きな子がおるって知った時の驚きようったらないで。こぞって春ちゃん春ちゃん言うて。教えたってん俺やん?もうスルーやからな。


ハルが好きになった春ちゃんに興味持ったんが始まりやけど、そりゃ実際会ったら納得やん。めっちゃ可愛いし、ええ子やしな自分。余計なものが何もない!必要なものだけ揃ってます!みたいな。



わかる?この例え。



「シゲさん…」



わからへん?この例え。



「ねぇ、シゲさん…」



春ちゃんの呼びかけに話を止めた。



誰もいない教室。


二人きりで向かい合う。



…まぁ、ロマンチックな展開とちゃうねんけど。



二時間目の終わり。思う事あって、二年の教室へ向かった。


教室の扉の前、目的の人を見つける。



今日も一人、いつも一人。



一人でいるのに、つい目で追ってしまう様な人。



綺麗とか可愛いとか、そんな当たり前じゃなく、雰囲気のある人。



自分の席の前に立ち、次の授業を受けに行く支度をしているみたいだった。


淡々と振る舞うその姿勢、その立ち姿に、誰もが目を引くんじゃないかと思う。



なのにあの子はいつも一人。



誰の事も気にしてない。自分の事も気にしてない。ただ、いつも一人でいる。



教室に入ったら、他の子達が遠巻きに見て通り過ぎて行くのが分かる。



そうゆう視線にはもう慣れた。



こっちに気づいた春ちゃんが、戸惑いの表情に変わる。



「…どうしたの?」


「大事な話あんねん」



返事を待たずに春ちゃんの席の前にあった椅子を引く。


気づけば教室には誰もいない。



向かい合う様に腰掛けると、立ったままの春ちゃんが「シゲさん、あたしこれから移動で…」と、遠慮がちに言葉を発した。



「かまへん。そこ座り」


「…シゲさん、授業は良いの?」


「かまへん。授業受けてたら話しできひんやん」


「…そんな大事な話し?」



言われるがまま座ってくれる。



———そして冒頭の話に戻る。



「シゲさん…これ何の話し?」


「あれ、伝わってへん?」


「え?」


「話し聞いてた?」


「聞いてたよ…シゲさんと陽生先輩の思い出話し?」


「なんでやねん!」



アホか!ってツッコムのはやめといた。



「春ちゃんさ、ハルと付き合い出してどうなん?ちゃんと話しできてんの?」


「え?何の話し?」


「自分らの事やん。思ってる事とか、考えてる事、伝えられてるか?」


「え、何それ?」



俺の言いたい事が全然伝わってないのは良くわかった。



「ハルと春ちゃんって、育った環境とか、生きてきた生活サイクルとか、当然違うやん」


「…うん」


「俺も同じやし。春ちゃんと一緒やから。どっちか言うと、一人っ子者同士、春ちゃんへ共感出来る事の方が多いねん。」


「…え?」 


「ハルと付き合い出して、少なからず誰かとおる時間が増えたやん。でも、常にあるんちゃう?一人やなって感覚。」



家族がたくさんおって、普通に仲良くて良いなとゆう羨ましさと、自分とは違うなという疎外感。



「ハルに対して、そんな事思う感情を悪いなって思うてんちゃう?」



今更そんな思いを抱いてもしょうがない、しょうがないと理解しても、感情が湧き上がるのだからどうしょうもない。



「悪い事ちゃうで」



春ちゃんが、今どこをどんな気持ちで彷徨ってのか、分かるだけに放っておけなかった。



「…シゲさんもある?」


「ある」


「…一緒に居るのに妙に冷めちゃう時ある?気持ちが馴染めない時」


「ある」



躊躇しながら言葉を発しているのが伝わる。だから大丈夫だと伝える様に肯定した。



「嫌いとか、楽しくないとか、それとは違って、自分の知らない環境に共感できないからぽっかり穴が開くんだよね、この辺…」


そう言って、春ちゃんは胸に手を当てた。



気持ちが分かるだけに、思わず頭を撫でた。

この子、ほんまに独りぼっちで過ごして来たんやろなって、その言動が物語っている。



ギュッと掴んで離さない手を、胸ぐらから引き離した。



「皺になってるやん」


春ちゃんの手を机に下ろし、両手で襟元を正す。皺くちゃになった襟元が、その心情を表してるようで、やりきれなかった。



「…こうゆう事をスマートにやれちゃうシゲさんって凄いよね。いやらしさや打算を微塵も感じさせない」


「そらどうも」


「どうしてあたしは、シゲさんを好きにならなかったんだろ…」


「え?」


「え?」


「春ちゃん…それほんまに言うてんの?」


「いや、陽生先輩が嫌とかじゃなくて、違う違う、」


「いや、焦ってるやん」


「違う違う、なんて言うか…出会いはシゲさんが先だし、陽生先輩とすれ違ってた時も、いつも傍に居てくれたのはシゲさんだし。こんなに自分の事分かってくれる人… 好きになってもおかしくないなって話し」


「どんな話しやねん」



小さく戸惑う春ちゃんに思わず笑ってしまった。



「俺は共感してあげられるけど、ハルみたいにアホみたいに春ちゃんの事ばっかり考えてへんで」


「アホみたいに…」


「春ちゃんが欲しいのは、共感や理解と違うて、信頼できる相手やろ。せやからハルの事好きになってんちゃうん?」


「いや、シゲさんの事信頼してるし」


「いや、話し拗れるからやめて。今丸く収まったやん」


「確かに」


クスクスと笑う姿に、妙に安堵した。



「あんな、ほんまの話、俺はハルの春ちゃんやから優しくしてんで?こうゆう形で会ってなかったら、どうなってたかわからんし。そんくらい俺無責任やし。結局、ハル在りきの俺らやん」


「うん」


そうや、ハルが春ちゃんを見つけてなかったら、そもそも俺らがお互いを認識する事はなかってん。



「出会う人、関わる人が増える度、自分と違う価値観が増えんねん。俺らみたいに拗れてる奴は、そうゆう価値観の出会いが面倒やん」


「…うん」


「面倒やなって思ってる自分を、理解してくれる人はそらおったら安心すんねん。でも、ほんまに必要としてのんはそんな自分を自分と認めて裏切らへん、絶対的信頼のある人」


「…うん」


「せやから、春ちゃんが求めてんのは、良き理解者やのうて、自分を肯定し続けてくれる絶対的信頼のあるハルの方やろ?」



春ちゃんが視線だけ向けてくる。



「孤独やってんから、孤独感払拭できんからって自分責めたらアカン」


「…だけど、どうしても湧いてくる。馴染めない感情が。自分やその取り巻く環境に冷めちゃうんだよね…」


「馴染めへんって受け入れたらええやん」


「えぇ…?」


「いや、馴染みたいん?ちゃうやろ。馴染みたくないし、理解しようとも思うてへんし、家族団欒?は?反吐が出るわってぐらいなもんやん」


「…そんな事は思ってないけど」


「いや、いきなり良い子ぶるやん」


「良い子ぶるって…」



自分自身が、開こうとしなかった感情の一部。それを曝け出すのは誰だって嫌だ。



「そんなん俺もしょっちゅうやで。反吐が出んねん。家族ごっこしてんちゃうぞ、みたいな。でもこの感情を理解したら、自分の居場所見えんねん。嫉妬半分、羨ましさ半分やなって。あ、俺羨ましいんや。嫉妬してんねやって。受け入れたら見える景色変わんねん。わからんから自分は関われてない、馴染めへん、いっつも一人や…って」


「…うん」


「それ、疎外感な」


「…うん」


「ええやん、馴染まんで。違うんやし。一人がええ時は一人でええし、誰かとおりたいときはハルが居てるやん」


「…なんか、その言い方は」


「利用してるみたいやんな?ええやん別に。実際そうやん。寂しいから会うてほしいやん?」


「…寂しいだけじゃないけど」


「一々良い子ぶってたら、育ちも環境も違う者同士が連れ添って生きて行かれへん」


「…良い子ぶってない」


「春ちゃん良い子ぶってんの可愛いけどな。自分しんどいやん。自分に猫かぶってどうすんの?アホやな」


「……」


「それにな、ハル気づいてんちゃう?春ちゃんのそうゆうとこ」


「…え?」



表情が一瞬で変わった。



「気づいてるって。何ならそうゆうとこも可愛いなって思ってんであいつ」



それは悪い事じゃないって、伝えたかった。



「そうゆうとこやらしいねんあいつ。知られたくない部分見透かしてんねん。なんやろな、透視できんの?って一回マジで聞きたいわ」



警戒せんように、話す言葉を選んだ。



「せやから春ちゃんの災難は、ハルに見つかってしもうた事で、春ちゃんにとっての幸運は、ハルに見つけてもらった事やな」



言ってる意味分かってる?と問いかけたら、曖昧な表情で頷かれた。



「まぁ、安心して拗れてたらええねん」


「安心して拗れるってどうゆうこと」


「なんやねん。一々言葉拾わんでええねん」



表情が少しだけ穏やかになった。



「で、どうやってん」


「何が?」


「初体験」


「バッカじゃないの…!」


「うわ、急に距離感」


「バカじゃないの…!」


「二回言うた」


「ちょっと感動してたのに…」


「いや、初めてちゃうん?」


「そこじゃないから!」


「ほら。初めてやろ」


「何言ってんの!」


「だって春ちゃん、相談できる人いいひんやん」


「は?」


「恥ずかしい事ちゃうで。女の子にとって初体験は大事な事やし。最初が肝心やからな。初体験で嫌な思いして、トラウマになる子もおんねん」


「…茶化す気なら、シゲさんとはもう口聞かない」


「茶化してへんやん!心配してんねん!」


「…やだ、恥ずかしい」



顔を隠すように両手で覆っている。



「やだ、何この可愛い子…」


「やっぱり茶化してるじゃん!」


「してへんよ!一々可愛いな思うてん」


「可愛い言うな」


「うわ、急に反抗期」


「うるさい」


顔を背けたから表情ははっきりわからんけど、そんな姿も一々可愛い。



「自分の彼女が同じ様な事聞かれてたら嫌でしょ」


「いや、彼女いてないし」


「じゃあ好きな子」


「うわ、いきなりぶっ込んでくるやん」


「…最初にぶっ込んで来たのそっちじゃん」


「何でちょっと落ち込んでんねん」



自分の発言が相手にどう伝わるか、人の変化によう気づく子や。



「こうゆう話は男同士でしてよ…」


「はぁ?何で俺がハルの初体験とか聞かなアカンねん」


「ちょっ、」


「あいつのセックスとか想像したないわアホ!」


「ちょっと!」


あんた何言ってんの?と両手を掴まれた。



「ムッツリのセックス事情とか一個も興味ないねん!そやのうて、あいつ言葉足りひんとこあるし、春ちゃんは肝心な事言わへんとこあるし、気持ち受け取れてんかなとか、気ぃ揉むねん。あんたらすれ違ったら中々交わらんから」


「…シゲさんって、」


「ん?」


「良い人だね…」


「いや知らんけど」


「セクハラ発言なかったら」



思ったより話しの意図が伝わってない?



「いや、大事やで。マジで。大事な事。中々言われへんやん本人に。シたない時とか嫌って言えるか?」


「…嫌な時ってあるの?」


「俺はないで?」


「いや知らないから…」


「ハルがシたい時と春ちゃんのタイミング違う事あるかも知らんやん。そんなんですれ違ったらアホみたいやし、春ちゃん相談できるような人おらんやろ?」


「…いないって決めつけられると複雑なんですけど」


「え、いてんの?」


「いやいないけど」


「なんやねん」



春ちゃんが微笑んだ。



「ハル、優しいやろ?」と聞くと、「うん」と素直に頷く。



「見えへんとこ見てるような奴やから、春ちゃんの気持ちの変化、すぐ気づくで」


「…あたしの気持ち?」


「今言うてた疎外感とか。それでもあいつは、春ちゃんが傷つくと思ったら言わへんし、聞かん。」


「……」


「今から大事な事言うからよう聞いとき」



春ちゃんが小さく頷く。



「ええか、避妊せなアカンで」


「…いや何の話!」


「アホか!大事な話しや!」


「…さっきからそんな事ばっかり」


「アホか!女の子にとって大事な事や!誰が好き好んでツレの彼女にこないな事言わなアカンねん!」


「……」


「君らが何も言わなさ過ぎんねん。マジで。あのな、ハルにも言うたけど」


「…え?」


「いや、ハルにも言うたけど、」


「…は?」


「いや、何やねん」


「…何言ったの?」


「何って、避妊せなアカンでって、」


「…ッバカじゃないの!」


「なんでやねん!」


「何言ってんの!」


「いや避妊せなアカン、」


「バカじゃないの!何言ってんの!ねぇ、何言ってんの!?」


「なんやねん!大事なことやから、」


「陽生先輩に何言ってんの!」


「ハルに言わんで誰に言うねん」


「知らんわ!」


「アホか!」


「シゲさんのバカ!」


「なんやと!」


「恥ずかしくてもう会えない…」


「…アホやな」


「誰の所為よ」


「…あんな、恥ずかしい恥ずかしいって言う割に、もう恥ずかしい事してんねやろ?」


「やめてよ!ほんとそうゆうとこ!シゲさん絶対変な事言ってる…陽生先輩困らせる事言ってる!」


「言うてへんよ!避妊せなアカンでって言うただけやん!」


「…だいたいさ、どうしてあたし達がシてるってゆう前提で話してくるわけ?」


「は?」



何も気づいてないんやな…



「それほんまに言うてんの?」


「だって一々言わないし。知らないでしょ、わからないじゃん」


「アカンわぁー…」



背もたれにグワッと寄りかかったら、思いの外背中が痛かった。



「自分らダダ漏れやで」


「…何が」


何故か反抗的な春ちゃん。



「いや、距離感?みたいな。ずっと一緒におったからよう分かるけど、あ、こいつらヤったな…みたいな」


「いやいや」


「いやマジで、わかんねんって。雰囲気違うやん」


「変わんないよ!」


「隠せてないねんなぁー」


「腹立つな、その言い方」 


「いや、心の声口に出してるし」



見る見る内に春ちゃんの表情が戸惑いと困惑、不安で一杯になっている。



「そんな深刻な問題…?」


思わず声をかけた。



「いや…皆が知ってるとかちゃうで?俺が雰囲気違うなって気づいただけやし」


「……」


「は、春ちゃん…?」


「…シゲさん、」


「はい」


「前、陽生先輩にも似たような事を言われた」


「え、何?」


「…好きが隠せてないって」


「はい?」


「す、好きが隠せてない…」


「は?」


「もう!恥ずかしいからやめてよ!」


バシっと腕を叩かれた。



「やっとわかりましたか?」


「え?」


「あなたね、好き好きオーラ出し過ぎなんよ」


「え?あたしが?」


「そうや。一つも隠す気ないんちゃう?ゆうぐらい」


「いつ!?」


「いっつも」


「ど、どこで!?」


「どこでも?」


「何で疑問系なの」


「いや、二人の時は知らんし」


「あ…はい」


「いや、俺らにしか分からんレベルやで?春ちゃんそんなキャッキャ言う方やないし、ベタベタする事ないやん」


「…うん」


「ただ、何かこう…雰囲気?」


「いや分かり辛い!」


「せやから俺らにしかわからへんって言うてるやん」


「お、俺らって?」


「ハルと俺に決まってるやん」


「…やだもぅ」


「なにもうこの子…ほんま可愛いねんけど」


「やめてよ茶化すの…」


「茶化してへんよ。せやから大事な話しがあるって何弁も何弁も言うてるやん」


「大事な話しって、本当にあったの?」


「…あんた何聞いてたん?さっきから言うてるやん」


「だってシゲさんすぐ茶化すし、いつもふざけた話ばっかりするじゃん」


「してへんわ、俺いつだって真剣やん」



…どんだけふざけてると思われとんねん。



「ええか?春ちゃんは何てゆうか…寂しかってんやろなって。それは俺もようわかんねん。家族の事とか、ツレの事とか、春ちゃんの育った環境を俺はよう知らんけど、さっき言うてたみたいに、ぽっかり穴が開く瞬間、俺もわかんねん」


「…うん」


「春ちゃんってさ、ハルの家族の事とか、ハルの育った環境を知って、疎外感を抱く様な子やん?それが悪いんとちゃうで。その感情はハルには無いねん。無いもんはわからんねん。でも春ちゃんの変化には気づくねんなぁ。何やろな?何考えてんねやろ?って。でも春ちゃんが嫌がる事したくないから、何も言わへんし、何も聞かんようにしてる」


「……」


「俺もな、春ちゃんの態度ってゆうか、雰囲気変わったん気づかんかったら言わんかってんけど、」


「……」


「迷子になってた子が親見つけたみたいな」


「……」


「人肌触れてると、安心すんねんな」



それはよう分かる。



「でも、エッチしてる時だけが、春ちゃんの居場所にしたらアカン」



目の前の小さな肩が、愛らしい瞳が、同時に揺れた様な気がした。



「そないにハルに依存せんでも、ハルは春ちゃんの事好きやし。そないに既成事実作らんでも、ハルは春ちゃんの傍に居てんで」


「……」


「ハルは春ちゃんに甘いからな。甘やかしたいし、甘えて欲しいし。そこに甘えて来られたら、そら受け入れるやん。好きな子とヤるのに嫌な男はおらんしな」



春ちゃんの頭に手を置く。



「こんな可愛い子、離さへんやん」



我ながら、子供をあやしてる様だなと思った。



「不安な事あるんなら、吐き出し」


触れていた髪から手を離すと、小さな呼吸音がやけに耳についた。



「あたしには、父も母も居ないから…今、一緒に暮らしてる母は父の再婚相手だった人で、もう離婚してるけど…縁あって、あたしを養育してくれてる。早く自立したくて、母に面倒をかけられなくて、夜のバイトを始めて、お金を貯めようと思った」



ポロポロと零れ落ちる涙と同じように言葉がポロポロと降ってくる。



「誰と居ても、何をしてても、毎朝毎晩、虚しさがいつもあって、虚しくて虚しくて。だけど、目的があったから。自立したいってゆう目的。だから淡々と頑張れた。夜のバイトも、学校に行く事も」



春ちゃんが紡ぐ言葉の一つ一つを、丁寧に聴き取ろうと思った。



「シゲさんの言う通り、あたしの災難は陽生先輩に出会った事だと思う。その所為であたしは、何の為にこんな事してるんだろ…って、自分が信じた道を疑い始めた。陽生先輩を知れば知るほど、怖くなる。家族に恵まれて、友達に恵まれて、育った環境があたしには想像もできない。あの人自身を想像できないの。自分のキャパを超えた所に居る人で、何であたしと付き合ってるのか不安になる。だけどあの人を手放したくない。どうやったら一緒に居続けてくれるのか、離れていかないのか、そればっかり考えてて…虚しさがね、ずっとここにある…」



また胸へ手を当てている。



「…初めてシた時、凄く満たされた。あたしの事好きでいてくれてるなって…実感できた。好きだなって思いがどんどん溢れてきて。虚しさとか、疎外感とか、何もない。この人を繋ぎ止めるのは、こうゆう事なのかなって…そうゆう時だけ、藤本陽生とゆう人を想像する事ができる気がした」



春ちゃんの視線がどんどん下へと降りていく。



「陽生先輩が、あたしの事をどこまで気づいているのかは分からなかったけど、何か感じてるんだろうなとは思ってたかもしれない。でも気づかない様にしてたのかな…満たされてる時は、ポッカリ空いた穴が埋まる感覚があって…その想像し易い方を選択してしまった」



そら、依存するわな…



「どうしようシゲさん…好きが追いつかない」


「…春ちゃん、」



涙が掌に滲んでいる。



「春ちゃん…俺な、愛人の子やねん」



何を話そうかとか、どう励まそうかとか、そんな事は何も考えてなかった。何も。



「はい、涙拭いて」


ハンカチを差し出す。


受け取らないからもう一度、「はい」と前へ突き出したらようやく受け取った。



「俺の家、母子家庭でな。どこぞの偉い人と母親が不倫してて、できた子が俺。奧さんから手切金渡されて、一度は離れたんやけど。奥さんとの間に子供居てへんかったらしく、たまには会おうや言われて父親に呼び戻されてん。住む所用意してもろうて、金銭的な援助してもらってる」



何の話しをしてんねんと、自分に吃驚。



「俺の人生はまぁどうでもええねんけど、振り回されんのはいつでも女性やん。子供出来ても、出来ひんくても。愛あるセックスって言いながら、孕んだら産むの男やないしな」



何故か母親の姿が目に浮かんだ。



「さっきも言うたけど、安心して拗れといたらええねん。一人でくよくよ悩んで変に拗れる方がアカン。春ちゃんが抱く感情はもうどうしょうもないねんから。あー、自分拗れてるなって思いながら、ハルに任せとけばええねん。あいつ喜んで受け止めんで。拗らせてんな、可愛いなってぐらいなもんやわ」


「…拗らせてんのが可愛いって意味がわからない」


「いや、知らん奴やったら面倒くさいだけやで。そんなんハルからしたら春ちゃん限定やん」


「過剰評価されてる」


「過剰評価されるだけの相手やん」


「どうして…」


「一目惚れやからと違う?」


「一目惚れ?」


「ハルは一目惚れやったと思うよ。女に対して心動かへんかった奴が、一回見かけたぐらいで気になって気になってしゃあない子ができて。女の子とゆう存在が面倒臭いとゆう対象やったのに。春ちゃんに関しては気になる対象として認識された。ハルからしても、戸惑いでいっぱいやったと思うで。でも、あいつは自分の感情に向き合って、春ちゃんと向き合って、好きなんやとゆう感情を手に入れた。それが過剰評価やと思う?俺らからしたら、当然の結論やで」


「……」


「そないな顔せんといてや」


「…自分が酷く馬鹿だなと思って」


「それに気づいたんが、一歩前進やん」



安易な言葉は使わんかった。



「春ちゃんが今どこに居てんのか、俺にはわかんねん。自分が通ってきた道やから」


「凄いね…今一気に安心した」


「現金な奴やな」



笑って言うと、春ちゃんが微笑んだ。



「じゃあもう一つ。身体の繋がりで、人の心は縛られへんからな」


「…うん」


「よう考えてしなアカン」


「…はい」


「ハルかて、聖人君主ちゃうからな。好きな子にグイグイ来られたら手ぇ出してまうやん。せやから春ちゃん自身も、自分の身体に生命が宿るかも知らんゆう事を、きちんと理解してヤらなアカン。無責任な大人はうんざりやん」



「特に俺らは…」と、つい呟いてしまった。



「ただのセクハラ高校生じゃなかったんだね」


「何言うとんねん、アホか。俺がどんだけ言葉選んで頭悩まして話してる思うてんの?」


「はい」


「なに笑うてんねん」


「はい」



寂しい時、快楽と安心を混同してしまう事があった。一時の快楽を得る為に、一生の信頼を失う事がある。春ちゃんがそうなっていると言いたい訳じゃない。



ただ——…



「…シゲさん、」


「ん?」


「あたし、そんなに態度に出てた?」


「うん」


「どうしよ、これからどうしたら良いかわからない…」



彼女を見ていると、自分を見ているようで。



「ええこと教えてあげるわ」


「…何?」


「春ちゃんが好きを隠せてないって本能的な部分やねん。言わばメスの部分?セックスアピールみたいな」


「…やだ。何それ…」


「いや、どうゆう想像してんのか知らんけど。相手の異性からしても、本能的に抑えられへんねん」


「…うん」


「ほんでな、そうゆう春ちゃんの、何てゆうか、無自覚?無意識に出てまう雰囲気を、ハルの態度見てたら対処できんねん」


「え?」


「ハルもな、俺からしたら分かり易いねん」



裏表がないからな。



「春ちゃんがそうゆう雰囲気出してる時って、何もしてへんけど距離感近いねん」


「…やだ、もう近づけない」



急に乙女ぶっ込んでくるやん。



「物理的な距離感の事ちゃうで?自分らどっちかいや、そうゆう意味では学校であんま一緒に居いひんやん」



もっと一緒に居たらええのにと思うぐらい。



「ハルはあぁゆう奴から、春ちゃんと会った時にもたいして反応せぇへんし。気付いて声かけんのだいたい俺やん」 


「うん」


「その、たまに会った時の春ちゃんの目線が、ハルばっかりやねん」


「…ええ?」


「あれ無意識やろ?ずーっと見てんの。俺やったら耐えられへんわ。ハルよう耐えてんなって思うもん」


「…え、どうゆう事?」


「あなたの目線から好き好きビーム出てんねん」


「なにそれ…」


「まずハルの表情じーっと見てんねん。ほんでハルが髪いじったり、腕組んだり、何やろ…何かそうゆう些細な動きあるやん?そこ一々目で追いかけてんねん」


「…え、全然わかんない…」


「そうやろな!俺が喋ってても、ハルのちょっとした動きにすぐ反応して目線ハルやん。今俺が喋ってんねんけど!って突っ込まんと我慢したってんねん」


「…でも、あたし陽生先輩と目が合うってあんまりないんだけど…」


「それが無自覚やん。ハルは意識して気づいてへんフリしてんねん。よう耐えてるであの人。俺やったら自分の動きマジマジ見られてたら落ち着かんし、耐えられへん。変な事できひんやん」


「変な事?」


「そこ突っ込まんでええねん」


「…はい」


「まぁええねんけど、春ちゃん時々ニタニタしてるからな」


「いや完全に気持ち悪い人じゃん!あたし様子おかしい人じゃん」


「せやから言うてるやん。好きが隠せてないねん。態度とか普通やし、何も変わってへんけど、春ちゃんの心の距離?もっと近づきたい、もっと話したいみたいな?ヒシヒシ伝わんねん。でも見た感じ普通やから、周りは一々気づかんやろな」


「なんで二人は気づくの…」


「いや、俺も最初わからんかってん」



今度は意外だとゆう顔をする。



「俺が気づいたんは、ハルやな」


「…どうゆうこと?」


「あいつが様子おかしい事に気づいてん」


「…わかんない」


そんなおかしかったかな…と、春ちゃんが小さく呟いた。



「ハルがずっと、何か…春ちゃん来るとソワソワしてんねん。分かり易いねんあいつ」


「シゲさんはいつも分かり易って言うけど、それシゲさんにとって分かり易い一面なんだと思う。あたしは…よくわからない」


「例えばな、春ちゃんがハルと手を繋ぎたそうにしてるの気づくんやけど、ハルが我慢すんねん。春ちゃんが何か言うてほしそうに見てくんのも分かってんけど、やっぱり我慢すんねん」


「他の人の前でしないでほしいって言われたことある…」


「んー…それな、何か学校で手ぇ出しそうになるって言うてたで」


「え?」


「アホなんちゃう?って返しといたけど」


「……」


「どこでもかしこでも欲情してたらただの雄やん」


「…あたしの所為だ。どうしよ…好きが隠せてないって言われたし、好意を向けられたら断れないって言ってた」


「…いや知らんけど。ムッツリの思考回路とか興味ないし」


「やめてよシゲさん、悪口に聞こえる」


「なんやねん悪口って、例えが可愛い過ぎんねんけど」


「…すぐ茶化す」


「すぐ茶化すってすぐ言う」



…あ、不貞腐れた。



「まぁ兎に角、ハル見て我がふり直せや」


「はぁ?」


「そのままやん。春ちゃんの無意識で無自覚な態度を自覚しようと思ったら、ハルの癖?に意識したらええねん。まぁこれ、対春ちゃんにしか出ぇへん癖やけど」


「無意識に見てるのに、意識して見れるかな…」


「そら春ちゃん次第や。無責任な事したないなら、意識して改善せな」


「はい…」


「ほんで癖やけど、」


「はい」


「春ちゃんの手の届く距離にハルが居てるとしたら、あいつ意識的に俺の斜め後ろに立つねん。やんわり物理的な距離とんねん。でかい態度とか変わってへんし、無駄に堂々としてんけど、意識し過ぎて距離とんねん。春ちゃんに触らへんように、当たらへんように。アホやろ?」



言いながら、あいつほんまにアホやなと思い、羨ましくもあった。



「あ、俺の斜め後ろに立ってるな思うたら、春ちゃん自覚したらええねん。好き好きビーム出してるゆう事やから」


「やめてよ変な例え」


「他に例えよう無いやん」


「……」


「ハルがあんな感じになんの、皆に教えたいぐらい前代未聞やけどな。相手のある事やし、誰にも言うてへんから。二人の事やし」


「…ありがとうシゲさん」


「まぁ、セックスは程々にな」


「…あのね、」


「避妊せなアカンで。ハルにも言うたけどな。さっき春ちゃんにも言うたか」


「シゲさん、あたし達別に…」



次に発しようとした言葉は何となく想像できた。



「ほな、そろそろ戻るわ」



そうや、



「ハルにも言うてへん事あんねん」



立ち上がったら春ちゃんが見上げてくる。



「あいつも大概、好きを隠せてへんからな」


コソッと耳打ちをした。



「春ちゃんばっかり好きなんとちゃうから」



言いたかった事、伝えたかった事は、自分が抱いていた感情、思考そのものだった。春ちゃんの虚しさや疎外感によって大きく開いてしまった穴を、すぐに埋めようとした訳ではない。



ただ、それ以上穴が広がらんように、切実に願った。



春ちゃんとの出会いは、自分に対する警告だと思った。この子の生き様が、自分の生き様。何か知らんけど、春ちゃんが道を逸れると、自分も逸れてる気がした。



こんな事を思うのはもちろん初めてやし、ハルが春ちゃんを見つけたって知った時、俺も思うてん。



見つけた…自分の道しるべ。って、興味本位ちゃうで?真剣に。



「シゲってやっぱり変わってるわ」


「は?」


「だって、見つけたって何?ハル君の彼女に対して肩入れし過ぎじゃない?」


「いや、人の話聞いてた?」


「うん」


「うん。とちゃうねん、あの二人に言い聞かせながら、自分に言い聞かしてんねん」


「自分に言い聞かしてどうすんの?え…シゲって今好きな人いるの?あれ…彼女いたの?」


「…サナエちゃんが俺に全く興味ないゆう事はわかったわ」



春ちゃんと話し終えた後、三年一組の教室に戻ったら自分とこもまんまと移動教室で。誰も居てへん。



窓が開いていて、外から聞こえる音に吸い寄せられる。


見たい物がある訳じゃない…何となく、窓際に足取りを進める。


開いている窓のサッシに肘を付き、何を見る訳でもなく、外を眺めた。



一人が好きだったのか、一人になりたかっただけなのか。こうゆう時間が自分の生活にはいつも必要だと感じていた。



そうこうしてたら、筆箱忘れたサナエちゃんが教室に戻って来て、「何やってんの?」って話かけてきたから「まぁこっち来てみ」と呼んで今に至る。



「シゲに興味ないとか、興味あるとかそうゆう話じゃないでしょ。何かもっと、こう…大きな理由があるのかと思ってたから」


「そんな大層な話ちゃうで。サナエちゃんと同じ普通の高校生やし、サナエちゃんと同じ様に普通に恋愛するし」


「ふーん」


「もうちょっと興味ある風に聞いてもえんちゃうん?」


「興味あるよ、シゲの恋愛?」


「何で疑問系なん」


「想像してなかったから?」


「いや知らんけど」



サナエちゃんは話しやすい。

春ちゃんより背は高くて、俺よりは低い。手足が長くて細く、華奢な様で良く動く。走るのが速くて、陸上部に所属。男女共に友達がいて、俺もその内の一人。


サナエちゃんの男友達の一人。



「サナエちゃんはどうなん?」


質問に対して、ゆっくりと視線を向けてくるのに、口を開かない。



「え、無視?俺今、無視されてんの?」


「…違うから。考えてたの!何て言葉を返そうかなって!シゲがせっかちでマジ困るんだけど」



窓際で話し込んでいると、良い雰囲気やと勘違いしそうになるから窓際ってゆうシチュエーションが怖い。



「授業受けに行かへんの?」


「…そうだよね」


「筆箱どこ置いてん?」


「シゲの机の上」


「何で俺の机の上やねん」


「そこにシゲの机があったから」


「…いや、ようわからんし。ツッコミにくいわ!」



サナエちゃんは大きな瞳を細めて、声に出して笑っていた。



「で、シゲの恋愛の話だけど」


「で、って、雑やな…」


「うん」


「うん。とちゃうねん」


「で、好きな人いるの?彼女、いるの?」



あたかも今までその話をしてましたみたいに続けるから吃驚するわ、この子。



「言いたくない」


「どうゆうこと!?吃驚するんだけど!」



今度は俺が声に出して笑ってもうた。



「シゲって、ふざけてるよね」


「ふざけてへんよ」


「近づこうとしたら、距離取ろうとする」


「そうか?」


「そうじゃん。嫌な感じ」



なんや、この可愛い生き物。



「サナエちゃんはどうなん?」


「言いたくない」


「でた!すぐ人の真似する」


「真似じゃありません。ふざけた人には言いたくありません」



サナエちゃんは、高校一年の時に一つ上の学年の男と付き合ってた。男から告白してたって周りから聞いた。何で付き合ったんかはよう知らん。


二人で一緒に帰ってるとこを何回も目撃した。

ほんまに付き合ってんねや…って、その度に思った。



「サナエちゃんの彼氏って今大学生やろ?高校卒業してもずっと続いてるって凄いな」



別れたとは聞いてへん。



「シゲは何に興味があるの?」


「はい?」


「春ちゃん?それともハル君?」


「いや、興味って何?」


「それとも、あたし?」



心臓の音が一回だけ、ドクンと大きく音を立てた。



「は?何の話?」


「シゲの興味の話」


「いや、どうでもよくないそれ」


「シゲの興味に興味津々」


「上手いこと言うたみたいな顔してるけどな、一つも上手いことないからな」


「ちょっと面白いからやめて」



また目を細めて笑っている。その表情が愛らしくて胸の奥が擽ったくなる。



「もうええから、はよ行きいな」


授業を受ける様に促した。



「いつまで笑っとんねん」


この距離感は危険だと、脳内でアラームが鳴っている。



「自分が呼んだんじゃん」


「そうや、ほんでもう話は終わり」


「…シゲは?行かないの?」


「最初から出てへんしええわ。サナエちゃん抜けて来てんねんから、はよ戻り」


「わかった」



やっと落ち着く。警報が鳴り止む事に安堵した。



「シゲってさ、」


「なんやねん、行ったんとちゃうん?」


「シゲってさ、自分から近づいて来るのに、こっちが距離詰めると離れるよね」


「は?何の話し?」


「シゲの話し」



廊下側に立っていたサナエちゃんが、一番後ろの俺の机まで歩いて来る。



「わざとだから」


机の上から筆箱を掴んで見せた。



「ここに、シゲのとこに置いてたら、気づいて持って来てくれるかなって、わざと置いたから」


「わざとすなや」


「なのにいつまで経っても来ないから、取りに来たら居るし」


「知らんがな」


「ねぇ、どうして突き放すの?」


「構ってちゃんか」


「構ってもくれないじゃん」


「は?」


「突き放すじゃん」


「いや、何なん急に。なに怒ってん?」


「喧嘩売りに来た」


「はい?」


「シゲに喧嘩売りに来た」


サナエちゃんとの距離、約二メートル余り。



「その喧嘩、買わなアカンの?」


何の茶番やねんって思うたけど、言うのはやめた。



「サナエちゃんと喧嘩したないねんけど」


「あたしだって…こんなつもりじゃなかった」


「どないしてん」


「…シゲとは、ずっと仲良くしてたい」


「仲良うしてるやん」


「そうじゃない」


「なんやねん…」



いつもと違う雰囲気に、流石に戸惑いを隠せない。



「…ハル君達は良くて、あたしは入れないテリトリーがある。」


「は?何でそこにハルが出てくんねん」


「…特別だと思ってたのはあたしだけ?」


「は…?」


「シゲの特別だと思ってた」


「何が?」


「シゲが一番仲良い男の子だし、どの女の子よりも、あたしがシゲと仲良いって思ってたし。シゲだって、そう思ってたでしょ?」


「あのなぁ、」


「なのに、何か急に距離取り出したよね。一年の終わり?ぐらいから」


「とってへんよ」


「普通に話しかけてくれるし、避けたりとかそんなんじゃないけど。一定の距離保たれてるってゆうか、こっから先踏み込むなって言われてるみたいだった」


「なんやそれ…考え過ぎちゃう?」


「……」


「もうええやん、やめようや。ほんまに喧嘩してるみたいになんの嫌やし」


「…喧嘩売りに来たって言ったじゃん」



筆箱をキツく握り締めたまま、表情は穏やかではない。



「サナエちゃん…」


「今向き合わないと、ずっとこのまま埋められない距離に悩み続ける」


「何なん…」



なんやねん、これ。



「何しに今更そんな事言うてくんの…」


「今更…?」


「今更やん。俺らが何を向きおうたから言うて、どないになんねん。ただの駄々っ子やん。何でも自分の思い通りにならへん」


「あたしが我儘言ってるって事?」


「そうやん。距離がどうとか、一番仲良かったとか、俺が自分の思い通りにならんから言うてんの?」


「…違うよ!」


「こんな話ししたないわ。やめようや、マジで喧嘩みたいになってるやん」


「…やめない」


「サナエちゃん…」


「シゲが悪い!」


「はぁ?」


「急にあたしから離れようとするシゲが悪い」


「はい?」


「シゲはあたしの事が好きなんじゃなかったの?」


「は?」



何なんこれ、まじで。



「さっきから何言うてんの?俺らそんなんちゃうやん」


「違う?」


「いや、サナエちゃん彼氏いてるやん」


「……」


「俺、一年の時フラれてるやん」



何なんほんまに、これ。



「…嫌いって言うてたやん」



こんな話をしたくない。



「この距離もアカンの?…精一杯、仲良うやってん。いちゃもん付けてくんなや」



なんやこれ、しんど…



「いつまでも自分が好かれてる思うなよ」



自分の中で鳴り響くアラーム音が、警報を発する。早く静まれ、早く静まれと、彼女から目を背けるように、窓の外に向き直した。



ここから逃げ出したい。



「…ほんとに買わないでよ」



その言葉に、振り返るつもりはなかった。突然の衝撃に、振り返らざる得なかった。



見ると、筆箱が自分の足元に落ちている。


背中に投げ付けられたんだと、すぐ理解した。



人に物ぶつけんなやって言いたい感情を抑えた。イライラの原因は、他にあると分かっていた。



「どうしてほしん…」



筆箱を拾い上げ、その辺の机に置きに行く。直接渡す勇気は無く、窓際から離れる事に、少し戸惑った。



約二メートル程の距離が縮む。



「シゲの本心が知りたい」


「無いやんそんなん…」


「そうゆう所が嫌い。誤魔化して、茶化して、本音を隠して。真剣に向き合って欲しい時にふざける」


「…何やねん」


「一年の時、ふざけて告白して来たと思ってた…」


「は?」


「茶化されてると思ったの…」


「人の告白を勝手に茶化すなや」


「だって後ろに男子がたくさん居た!」


「はぁ?」


「皆ニヤニヤしてこっち見てたじゃん」


「いや知らんし」


「だから嫌いって言った」


「…いや、自分彼氏作ってたやん」


「シゲが先に彼女作ったじゃん」


「…はぁ?」


「人に告白しといて、すぐにサッカー部のマネージャーと付き合ってたじゃん。二年のユカ先輩。よりにも寄って年上だし。最悪。ユカ先輩可愛かったもんね、マジ最悪」



…何なんこの子。



「だからあたしも先輩と付き合った。シゲの馬鹿野郎なんか知らないと思って」



当時の二人の姿が情景に浮かぶ。



「嬉しそうにしてたやん。彼氏と手繋いで帰ってたやん」


「じゃあ嬉しかったんじゃない?」


「なんやそれ…」


「何でシゲに言わなきゃいけないの?関係ないじゃん」



何なんこの子…



「腹いせに付き合ったん?」


「……」


「俺が他の子と付き合った腹いせに、サナエちゃんも彼氏作ったん?」


「何…最低だと思った?そうだよ、彼氏作ってわざと下校時間合わせて、ざまぁみろって思ってた」



アカン



「だけど、すぐに終わった。好きじゃない人と付き合うのも、相手を弄ぶみたい…だから謝って別れてもらった」


「…別れてたん?」


「別れてた」


「はあ?言うてなかったやん、そんなん」


「ムカつくから言わなかった」



…アカン、心臓痛くなってきた。



「まだシゲがユカ先輩と付き合ってた時、サッカー部の男子が二人の話しをしてた」


「え…」


「サッカー部と陸上部の部室、隣だから聞こえて来て…」


「ちょ、待って…」



嫌な予感がする。だいたい男子高校生が部室でする話はゲスい。申し訳ないけど、ろくな話ししてへん。



「シゲが童貞捨てたって話してた」



ほらな!



「ユカ先輩、最高だったらしいって」


「…だ、」


おいそいつ今すぐ連れて来い。



「他にもエロい話ししてた」



二度とサッカー出来ひんようにしたる。



「だからあたしも捨ててやろうと思った」


「は?」


「もうシゲなんか要らないって」


「あ、そっちか…」


「凄くショックだった。自分はシゲの一番だと思ってたのに。茶化された挙句、すぐに違う相手に乗り換えられて…同じ学校だから、毎日目に付くし…」



誰やねんそれって言いたくなるぐらい、自分の事だとは思えなかった。



「サナエちゃん、」


「その呼び方、勘違いするの」


「呼び方?」


「あたしの事好きなのかなって…」


「……」


「だけど、近づこうとしたら遠ざかるし。でも、嫌われてる訳じゃない。もうよく分からない…」


「…近づくって、」


「え?」


「俺は、サナエちゃんにどこまで近づいてええの?」


「シゲは、どこまで近づきたいの?」



何なんこの子…ほんまに。グラグラすんねん、さっきから。


アカンアカンって、脳内アラームがうるっさいねん。



「俺はサナエちゃんが思ってるような、健全な事ばかり考えてへんよ」


「え?」


「会いたいなとか、話したいな…とか、そんなレベルちゃうねん。髪触りたいし、頬撫でたくなるし、抱き締めたいし、」



一歩足を踏み出した。お互いの距離、約一メートルを切った。



「今は?」


「……」


「今は何考えてんの?」



もう一歩は、サナエちゃんから踏み出した。



「やっぱり好きやなって、」


「じゃあどうするの?」


そう言いながら、手を掴んで自分の髪に触れさせ、そのまま撫でるように頬に当てがった。



「髪触って、頬撫でて…」


強制的に与えられる肌の柔らかさが、掌に伝わる。



「次はどうするの?」



…次は、俺、何て言うた?



握っていた手から、腕へと手繰り寄せるように身体を引き寄せられ、



「抱き締めるんでしょ?」



その距離約十五センチぐらい?もうわからへん距離感で見つめられる。



「シゲが思ってるより、女の子も健全じゃないよ」



掴まれていた手を引き離し、その背中に腕を回した。何とも言えない高揚感が身体中から湧いて来る。




「…サナエちゃんって俺の事好きやったん?」


「そうだよ」


「…俺もサナエちゃんの事ずっと好きやってんけど」


「そうだよね」


「なんで知ったげやねん」



抱き締める腕に力を入れる度、自分の内側が満たされていく。



「あたしの事好きなのに、どうして突き放すような事したの?」


「…彼氏居てたやん。やのうて、居てると思ってたし、告白して嫌いって言われたら後引くで」


「じゃあどうして彼女作ったの?」


「……」


「…ねぇ、」


「髪めっちゃ良い匂いすんねんけど」


「離れてください」


「嫌です。ごめんなさい」


「シゲのそうゆうとこだよ、バツが悪くなると誤魔化すの」


「はい」



覚悟決めてサナエちゃんから身体をゆっくり離した。


腕をギュッと掴まれる。



「いや、逃げへんし」


「ダメ、離さない」


「なんでやねん…」


今そうゆう可愛いの無理なんやけど。



「シゲは捕まえてないと他所に行きそうだから」


「いや行かへんし」


「行った前科がある」



…これめっちゃ根に持ってるやつやん。



「何で彼女作ったの」


しつこい女は嫌われるってゆうけど、この子のしつこさ可愛くない?



「何でって、付き合おうや言われて…」


「……」



…え、めっちゃ不貞腐れてるやん。



「付き合おうって言われなかったら付き合ってなかった?」


何をどう回答しても、分が悪いのは自分。



「そうやんな…相手がある事やし」


「ふーん」



…え、これどないしたらいん?



「…サナエちゃん、俺の彼女になってくれるってこと?で、いんですか…」


「どうしよっかな…」


「え、」



え、え…え…?好きって言うてたやん。



「サナエちゃん…」


「ユカ先輩の事、あたしずっと文句言い続けるかも」


「……」


「嫌でしょ、シゲが。でもあたしは言っちゃうと思う。それで喧嘩になったり、嫌になってほしくない」


「そんなん、」


「あたし独占欲強いの。めちゃくちゃシゲのこと束縛するよ。シゲにとって一番の女の子じゃなきゃ嫌。でもシゲはそんなの耐えられないでしょ?束縛とか…、彼女一番とか。だから、付き合って嫌われるの…怖い」



掴んで離さない腕から、締め付ける様に力が込められている。



「サナエちゃん、」


その手に、自分の手を重ねた。腕から引き離そうとしたら、意外とすんなり離してくれた。



すぐ後ろにあった誰のか知らん机に腰を下ろし、立っているサナエちゃんを引き寄せると、目線が近くなる。



目を逸らさないのが、サナエちゃんらしい。



「俺な、サナエちゃんタイプやねん」


言ってるこっちが目を逸らしたくなる。



「せやから、サナエちゃんの全部にグッとくんねん」


「……」


「俺、サナエちゃんに束縛されんの?」


「……」


「え、わくわくすんねんけど」


「……」


「いや、引いてるやん」


笑いながら言うと、サナエちゃんが初めて目を逸らした。



「何ニヤついとんねん」


「…ニヤついてない」


「サナエちゃん、」


「…ん?」


「俺、一番ってないねん。今なら何でも一番にできるし、なれんで?」


「ん?」


「ん?」


「え?」


「え?」


「ちょっと真似しないで」


「いや、ごめん」



アカン、こっちがニヤケそうになる。



「どうする?」


「何が?」


「いや、彼女になってくれる?」


「…んー」


「え、」


「どうしよっかな…」


「うせやん」



大きく仰け反ったらほんまに転げそうになった。何なんこの子…ほんまに。



「やめてよ、笑わすの…」


大きな瞳を細めて笑う。



「笑かしてへんよ、俺真剣やん。さっきから」


「そうなの?」


「何笑っとんねん」


「シゲ大好き」



…やめて、不意にそうゆうの。



「めちゃくちゃ束縛しても良いの?」


「ええよ」


「あたしの事一番に考えて優先してくれる?」


「うん」



何か、ネクタイ地味に触りだしてんけど。



「何してん?」


「触ってんの」


「いや見たら分かるし」


「ネクタイ付けれるようになりたいなって思って」



…どうゆう心境なんそれ。



「俺一生、サナエちゃんの尻に敷かれたいわ」


「何それ」


何かダサイプロポーズみたいやなって自分で言うてて思った。



「今の凄いキュンとした」



変わってるやろ、この子。



「シゲ大好き」



可愛くてしゃあないねん。



「サナエちゃん、彼女になってくれる?」


「うん」


「え、ほんまに」


「うん」


「もう撤回できひんで」


「うん」


「え、ほんま?」


「しつこい」


「はい」


「大事にしてね」


「します」


「大切にしてくれないと嫌だからね」


「します」



足の間に立ってるサナエちゃんが、肩に手を乗せ、少し屈んで顔を近づけてくる。


さっきまで鳴ってた脳内警報より煩く、心臓の音がバックンバックン言い出した。



耳元に口元を近づけて、



「ユカ先輩より、もっと最高な事しようね」



囁かれる吐息が、耳にかかる。



何て返して良いか分からへん。身体が硬直して動かれへん。



え…生きてる? 俺、息してる?



「シゲ…?」


「アカン」


「え?」


「想像して頭おかしなりそうなんやけど」


「何想像してんの…」


「アカン」


「え?」


「脳内がエッチな想像しかできひん」


  

童貞みたいになってるやん…



「想像を現実にしてみる?」



アカンアカン、目の前に童貞を弄ぶ小悪魔が居てる。


いや童貞ちゃうけど…



「…サナエちゃん、俺がなに想像してんのか分かってる?」


「わかんないから、今度教えてね」



耐えれるかな…色んな意味で。



「あ、そう言えばケイ君が言ってたけど、」



誰やねん。



「シゲの隣の席の、」


「あぁ…ケイスケ?」


「シゲが、二組の女子に自分が飲んでたジュースあげてたって」


「え?」



ちょ、待て待て…



「絶対あの二人デキてるって」


「は?」


「ケイ君が言ってた」


「…ケイスケしばいとくわ」


「ほんとなの?」


「いや、飲んだやつちゃうし。そもそも俺のやないし。昨日の昼飯ん時やろ?屋上行こう思うたら、クラスの子に頼まれてん。二組の女子に渡してって。行きしなやから」


「そうなんだ」



サナエちゃんは男女問わず仲が良い。自分の言動、気をつけよ…



「あとね、」



まだあんの!?



「ケイ君が言ってたんだけど、」


「もう…ケイスケ連れて来いや…」


「二年の時の文化祭で、あたしが作ったお揃いのミサンガ、シゲが足に付けてるって」


「…何なんあいつ」



ケイスケに言うてへんし。てゆうか誰にも言うてへんのに。



「どこ見とんねん…」


「ほんとなの?」


「なんであいつ知ってんねん」


「ほんとなんだ?」


「いや…別に隠してたんと違うけど、言う事でもないしなって」


「シゲ大好き」


首元にギュッと抱きつかれる。



「シゲのそうゆうとこ大好き。貰った物を粗末にしないところ。あと、人の頼み快く引き受けるところも。男女問わず優しいとこ。女の子には特に優しいとこ。シゲが周りに優しいから、シゲの周りは皆優しくなるんだよね」


「…いきなり褒めちぎるやん」



照れ臭さを隠すように言葉を紡ぐと、抱き付いていたサナエちゃんがゆっくり顔を上げて、また視線を合わせる。



「そうだよ、そうゆうシゲを見て来たから。シゲの事好きなのあたしだけじゃないよ。皆シゲの事が好きでしょ」



両手を握ってくれる。



「ずっとシゲの傍に居て、シゲの良いところいっぱい見て来たよ。シゲは誰にでも優しいってゆうより、自分が出来る事を真っ直ぐ相手に返してるだけだなって。それって、相手を平等に見てるから出来るんだろうなって…」



握っている手に力が込められた。



「あたしの独占欲が強いのは、シゲにだけだからね…ずっとシゲを独り占めしたかった」


「サナエちゃん、」


「ん?」


「今、無性にキスしたいねんけど」


「…どうすれば良いの?」


「そのまま、じっとしといて」



サナエちゃんの手にまた力が入って、その力を受け止めてあげたかった。


手を握り返したら、自然と身体が引き寄せられる。



「……」


突如鳴り響くチャイム音。



どちらからともなく、静止した。



「授業終わったね」


「ほんまや…サナエちゃん教科書置きっぱなしと違うん?」


「あ、そうだ。取りに行かなきゃ」



未遂で終わってしまったキスを、気にも留めず離れようとする。



まぁ、しょうがない。しょうがないやんな…と、無理矢理自分を励ます。



廊下から賑やかな騒めきが聞こえだした。



「シゲ、」



呼ばれた名前。


もう行くんやろなと、自分も立ち上がろうとした時、両手で抑え込む様に頬っぺたを思いっきり挟まれる。



「え?」


状況を把握する間も無く、チュッと口づけをされた。



見上げた視線の先、



「ファーストキスだね」



口元に笑みを浮かべた小悪魔が、そう囁いて出て行った。



アカンねん、あの子。俺の事、掌で転がすの上手いねん。好きになるの分かる?



付き合ったから言うても、大して距離感、変わらんけど。安心感あるわな。お互いに。付き合ってるゆう安心感。


せやからずっと好きでおってもらえるように、努力しようと思うて。まぁ、今んとこ何したらえんか分からんけど。とりあえずサナエちゃんが嫌な事はせぇへんようにしてる。



最近分かったんは、自分がしつこいのはええねんけど、人にしつこうされるのは嫌とか。


自分がくっつくのはええねんけど、人にくっつかれるのは嫌とか。


え、ただの我儘やん…って思うてんけど。思うたのも束の間、可愛いが勝つねん。



何なんやろ、あの子。



経験ないのに、俺の経験値上回って来よんねん。そんなん知らんって言う事、計算せんとやっとるからな。俺、これどないしたらいい?




「……」


「いや、聞いてんの?」


「……」



え、無視。



「おいハル!」


「…何だよ」


「おまえ無視すんなや!」


「…いや、何て答えりゃいんだよ」


「アドバイスせぇや」


「…俺が?」


「そうや」


「…何て?」


「そらおまえが考えんねん!何でアドバイスする奴が、してもらう奴に聞いとんねん!」



カズ兄の店、四季に来て三十分。


サナエちゃんと付き合って十五日。


学校終わって、何時間や…?



四季の店内。ハルとカウンターに隣り合わせで座る。



ふぅくんがバイトに来るまでの時間、「少し寄ろうや」言うてハルを誘った。



「…この話に時間作る必要あったか?」


「なんやねん!たまには俺に時間作れや!おまえ学校終わったら春ちゃんばっかりやん」


「シゲとは学校で会ってんじゃねぇか」


「何この人…冷たいんやけど」


「…おまえらさ、どうでも良いけど開店前に来るな」



開店準備の仕込みをしているカズ兄が、裏から顔を出し「食べるか?」と、つまみを出してくれた。小皿を受け取りながら「ありがとう」とお礼を言いながら…忙しなく話を続ける。



「せやかてゆっくり出来るとこ、ここしかないやん」


「…シゲは良いのか?サナエちゃん放ったらかして」


「放ったらかしてへんよ!あの子友達多いねん。俺の方が放ったらかしくらってるわ」


「へぇ、サナエちゃんってそんな感じの子なんだ?」


「うん。せやんな?ハル」


「いや知らん」


「おまえ興味ない態度とんなや!」


「興味ある方がおかしいだろうが」



ハルとサナエちゃんは幼馴染みたいなもん。俺ら三人、幼稚園も小学校も中学校も同じとこ通っててん。


まぁ、俺だけ途中、引っ越してもうたけど。



「今日、春ちゃんは?」


カズ兄がハルに問いかけた。



「シゲが帰らせた」


「おい!!」


「は?どうゆう事?」


「ちょっ、待て待て!おまえだいぶ誤解あんで!違うで?別に帰らせたんと違うて、今日はハルとカズ兄のとこに用事あんねんって言うただけやねん!」


「俺はない」


「はぁ?」


「俺は用事はなかった」


「それは言葉の綾で…」


「つまり、ハルはまだ春ちゃんと一緒に居たかった。シゲは、ハルと二人で話がしたかった。そうゆう事だな」


「…なんで地味に三角関係みたいになっとんねん」


「で、春ちゃんは大丈夫なのか?」



カズ兄が再びハルに問いかける。



「…あいつは、俺の交友関係にどうこう言ったりしねぇから」


「なるほどな」



頷いたカズ兄がこっちへ視線を向ける。その意図を理解して、ハルを横目で盗み見た。



…こいつ、春ちゃんを帰らした事を気に留めてるんと違うて、春ちゃんが何も聞かへん事が気がかりなんや。



カズ兄の顔が…保護者の顔になってんねん。



春ちゃんは物分かりが良いし、賢いから。自分の立ち位置を理解していらん事は言わへん。人を不快にさせへんように、人一倍周りに気を遣ってる。そうやって生きて来た子やから。



ハルに対しても、俺らに対しても。

気を遣うなと言う方が酷なように…



「詮索してほしい訳やないやろ?」


「…さぁ、どうなんだろうな」


他人事の様に呟いたハルを見て、カズ兄と二人で顔を見合わせた。



「今日は春ちゃん何て?」


先に口を開いたのはカズ兄。



「別に何も」


「二つ返事で「わかりました。じゃあまた」って言うてたで」


「へぇ、聞き分け良いな」


「そやねん!文句の付け所がないねん!」



また二人でハルを見やる。



「カズ兄、今度春ちゃんも連れて来るわ」


「お、そうか?じゃあサナエちゃんも連れて来いよ」


「おー!そうするわ!皆で来るわ!」



また、二人でハルを見やる。



ハルが春ちゃんの事で悩んでる…とゆうか、ハルが女の子…好きな子、いや恋人に対して頭悩ませてるとか、前代未聞やで。



びっくりするわぁ…



予想を遥かに上回ってきよるな、こいつも。



「カズ兄、春ちゃんに会うん久しぶりと違う?」


「あ、ああ…そうそう」



この人、取り繕うの下手くそやな。



「ハル、今度皆で来ようや。俺サナエちゃんに言うとくし、春ちゃんに言うといてや」


「あぁ」


「なんやねんおまえ…辛気臭いねん」


「は?」


「なんやねん」


「何が」


「何か気掛かりな事あるんと違うん?」


「……」



質問に答えるのが面倒なのか、これから口にする言葉を伝えるのが億劫なのか、ハルは小さく溜め息を吐いた。



「…自分は蚊帳の外が当たり前って思ってんだよな」


少しの間を置いて、言葉をゆっくりと吐き出した。



「え、誰が?」



そう聞き返すカズ兄に「春ちゃんの事やで」と、伝えた言葉が何故か小声になった。



さっきまでカウンターの内側に立っていたのに、向き合う様に座り直して、カズ兄もこの話を聞く気満々や。



「今日だって、春も行くか?って俺は聞こうとした」


「そうなんや?」


「でもあいつは、自分が誰かの選択肢に入っているとは微塵も思ってない」


「そうやんな…」


「俺が誰と何してようが、あいつからしたら俺の内側の事。春はそこに入ったらダメだと思ってる。俺からしたらあいつだって同じだろ…でも本人だけが想像もしてない」


「春ちゃんがそこを理解するには、あまりにも育った環境が違い過ぎんねん」


「だから考えてんだろ…どうしたら良いか」



何となくカズ兄へ視線を向けたら、よう分からんけど頷かれた。



「いっつも自分の傍には置かれへんし、考え方を強要するんも無理やん。春ちゃんかて自分の時間必要やろし。やりたい事あるんかも知らんし。束縛したいんとちゃうやろ?」


「そんなんじゃねぇけど、わかんねぇ…それもあるかも知れねぇし、ちょっと違う気もするし。何か、なんだろうな…」



それが恋だよな…と、カズ兄が俺を見る。


そうやな、それが恋やな…と頷き返す。



初恋やな。



「春ちゃんに話してみたらどうだ?ハルのその気持ち」


「いやぁ…、それはどうやろ?」


「言ったら多分、傷つける」



そやねん!それやねん!



「え、何で?」


「自分が求められてるっていう概念が無い考え方を、俺らに想像できるか?」



今度はカズ兄がこっちへ視線を向けてくる。せやから反射的に無言で頷き返した。



これあれやな、カズ兄…ハルの言ってる意味が分かってへんな。



「家族とか、友達とか、周りから求められる場面って少なからずあるだろ?これはシゲに聞こうとか、これは兄貴に頼もうとか、そうゆう事が日常に当たり前にあって…でも、春はそうじゃない。自分がその圏内に居ると思ってない。自分が何かを求めるってゆう概念がない。だから相手に求められてるとも思ってない。故に自己完結が早い。気づいたら勝手に納得して終わらせてやがる」


「…なるほどな」


カズ兄が深く頷いた。



「育った環境の中で無意識に形成された考え方や習慣を指摘されたら、生き方そのものや、育った環境を否定されてるような気になるだろ?だから安易に言葉にできねぇ。多分春は分からない自分を責める。理解できないから悩む。そんな事を言わせた俺に悪いと思って傷つく」


「じゃあどうやって分かって貰うんだ?」


「分かって貰おうとか、そうゆうんじゃねぇんだよな…」



春ちゃんが好きで堪らんねんな。



「春は今まで一人だと思って生きて来たとこがあるだろ。これからだって、一人で生きて行こうとしてる」


「一人でって…どうやって」


「兄貴だって知ってるだろ、春が夜バイトしてるの」


「ああ…うん」


「俺にはバイトの話しはしてこねぇけど、そうゆう話が耳に入る」



あ、ナツ君やな…



「バイトして、金貯めて、自立できるように粛々と準備してる。一人で抱え込むのが当たり前。自分の事だから。そうゆう考え方を否定するつもりはねぇけど」


「ハルは、春ちゃんが夜の仕事してる事、どう思ってんだ?」



突っ込んだ事聞きよるなぁこの人。



「客は殆どが男だろ?指名する奴がたまたま割り切ってる奴だったって話しで。やらしい男なんか五万と居るだろ。毎日男達と会って、接客して…それが春ちゃんのしてる仕事だろ。ハルはそれで良いのか?」


「…良いとか悪いとか、そんな事じゃねんだよ。春が今のバイトしてなかったら俺は春とあの時出会えてなかったって思ってる。それにあいつは、自分がしてる事が何の為なのか、目的を履き違えたりしねぇし、誰かにとっての自分の存在価値を低く観てるとこはあるけど、別に自分を大切にしてない訳じゃ無い」


「…そうやな」


「春が考えて決めた事に口を出すつもりはないし、多分俺が何か発した時点で、あいつは気を遣って俺を優先すると思う。こっちの言い方一つで、相手が嫌な思いしてると思って傷つくような子だろ」



春ちゃんはハルを優先するだろうなと、同じ事を思っていた。



「でもそれって、腹割って話せてねぇだろ?」


「腹割って話したい訳じゃない。ただ理解したい」



…いや、究極やん。


これ究極の愛し方やん。



「春ちゃんって、ハルのどこが好きなんだろうな?」



あんたの弟、究極の愛し方を語ってんねん。何を聞いとんねん…



「いやわかんねぇけど。聞いても教えるつもりねぇし」



そうや!言うたれハル!



「客観的に見たら面倒くせぇ事してんなって自分でも分かってる」


「でも春ちゃんに対して面倒臭いって思う事はないねん。歩み寄りたいし、歩み寄ってほしいし。な?」


「な?ってなんだ…」


「代弁したってん」


「は?」


「ハルの気持ち」


「は?」


「なんやねん、そうやん実際。春ちゃんが可愛くてしゃあないやん自分」



黙り込んだハルを見て、カズ兄が「へぇ」と呟いた。



「カズ兄は学校での様子知らんからな。見てたらおもろいで、この二人」


「おい」


「ええやん別に、減るもんちゃうし」


「学校での様子ってゆうか、ハルが一方的に春ちゃんを好きな時期の事が印象的で。そもそも春ちゃんがハルのどうゆうとこを好きになったのか、凄い興味がある」


「あー、わかるわ」


「俺ら男目線で、ましてや俺からしたら弟だろ。そこはやっぱひいき目で、ハルに対する評価はどうしても高くなるだろ」



カズ兄は特にそうやろな。



「女の子ってゆうか、春ちゃん目線気になるよな?」


「春ちゃんは、結構ピンポイントでハルの好きなとこ多いと思うで? 優しいな…好き。とか、友達想いだな…好き。みたいな」


「女の子ってそうゆうとこあるよな?」


「ある。でも一番の理由って、ハルが春ちゃんを否定せぇへんからやと思うねん」


「へぇ」


「ハルが春ちゃんを肯定したげてるから、春ちゃんのハルに対する好きのモチベーションが保たれてるんやろ」


「へぇ」



ハルの想いを春ちゃんがどう受け止めて、どう解釈してんのか、春ちゃんにしか分からへん。


分からへんけど、俺にも分かる事がある。



「春ちゃんの気持ち代弁して良い?」


「は?」


「おお、シゲ頼む」


「は?」



怪訝そうな面持ちのハルとは対照的に、肯定して頷いたカズ兄を見て、ハルが更に眉間に皺を寄せた。



「春ちゃんってな、ハルとシてる時だけ、」


「ちょっと待てシゲ」



ガタンと椅子が音を立てる。



「いや、距離詰めんなや…」



…ど突かれるか思うたわ。



「何言おうとしてんだ…?」


「アホかボケ!メンチ切んなや!」


「シゲの話は時々笑えねぇ」


「うせやん!笑えん話し言うた事ないわ!」



そこ大事。



「自分の彼女の事、知った気に言われたくなかったんじゃねぇの?」


「知った気ちゃうしな。春ちゃんの気持ちを代弁しようとしただけやん」


「今のは話題が気に入らねぇ」


「はぁ?何で俺が話題まで気を遣わなアカンねん」


「春の話だからだろうが」


「なんやねん!ハルより俺の方が春ちゃん愛大きいねん!」


「何の話ししてんだおまえは」


その言葉と同時に頭を叩(はた)かれた。



「何すんねん…」



叩(はた)いた相手を見たら、カズ兄の手に畳まれた新聞紙が握られている。



…どっから出てきたん、その新聞紙。



「そんな事言ってると、サナエちゃんに嫌われんぞ」



カズ兄は新聞紙をカウンターの横に置いた。



「サナエちゃんは、俺の春ちゃん愛を理解してくれてます」



そもそも、これ恋愛感情ちゃうしな。



「じゃあ誰も嫌な想いしねぇんだな?」



そう言いながら、カズ兄がこっちを見た。その意図がわかって、カズ兄へ頷き返す。



「ハル、良いか?」


「何が」


「春ちゃんがどうのこうの言う話しじゃねぇってよ」



いや、説明雑やな。



「わかった」



さすが兄弟やな、伝わってるし…



淡々と言葉を紡ぐカズ兄は、いつもこうして仲裁に入ってくれる。


さすが長兄。


時々ズレてんけどな。



「ハルは結局、童貞卒業したのか?」



…な?こうゆうとこあんねん。



「兄貴もシゲと同じ事しか言わねぇな…」



なのにこの人が言うと、話が拗れへん。不思議やわ。



「おまえが春ちゃんの話題避けたがるから」


「いや、話題によるって言った」


「わかるわかる。好きな子の心情を他の野郎に知られたくない気持ち。自分だけの胸に留めておきたい気持ち」



何言うてんの、この人…



「だからハルの話しを聞こうと思って」



ドヤ顔やし。



「それに、性行為に関しては知識と経験は絶対に必要だろ。女の子を大事にするって事にも繋がるし」


「さすがカズ兄や」



経験だけはある!



「男は行為に満足しがちだけど、女の子は気持ちに寄り添って欲しい子が多い」



経験者が言うと説得力あんねん。



「ハルはどうだった?」


「いや、よく分かんねぇ」


「…これやねん」


呆れてカズ兄を見やる。



「初体験の感想あるやろ」


「大事にしようって思った」



クソ面白くない回答に、カズ兄に喉が渇いたと言ったら、水を渡された。



「水飲まなやっとられへん」


「酒飲みみたいに言うな」



ほんまの酒飲みにツッコまれた。



「だってな、もっとあるやん普通?童貞卒業やで?未知の領域に立ち入ってんで?」


「何だそれ」


「おまえがムッツリや言う説明してんねん」


「あのな、感想とか語れる余裕があったら語ってんだよ」


「これやねん。そうやってよう澄ましてられんな?」


「澄ましてねぇわ」


「よう言うわ、学校でもそうやん。春ちゃんと会っても澄ました顔してるやん。あんな可愛い子前にしてよう出来るわ」


「春ちゃんと結構会ってんだ?」


ハルが言葉を発する前に、カズ兄が口を開いた。



「いや、俺ら学年違うし。同じ校舎でも会いに行かなしょっちゅう会われへんねん。たまに見かけて声かけたら、春ちゃんニッコニコやで」


「へぇ」


「うわ!可愛い!ってなんねん。せやのに…こいつ愛想ないやん?俺やったら一緒にワチャワチャしてまうわ」


「俺も学生だったらワチャワチャするわ」


「そやねん」


二人でハルを見やる。



「…は?」


ハルの表情が怪訝な面持ちに変わる。



「表に出さへんとこがムッツリやねん」


「ほっとけや」


「ハルは勝手に自重してるだけやん。ほんとはヤりたいのに自分で勝手にブレーキかけてるやん」


「あのな…俺がどうこうじゃねぇだろ、相手あっての事だろ」


「じゃあ相手がシたい言うたらするんや?」


「そらするだろ」


「カズ兄に聞いてへん!」


「誰に聞いたって女がシたいって言ったらするんだよ、男は!」


「春がヤリたい前提で喋んな」



あ、ちょっと怒ってる…



「えー?おまえシたくねぇの?何なの?高校生男子って言ったらヤりたい事しか考えてねぇじゃん」



これが藤本家の長男です。信頼と実績があります。故に、何を言っても許されます。



「カズ兄、ムッツリのハルに男の常識通用せんから」


「え?」


「春ちゃんが可愛くてしゃあないから、大事にせなアカン思うて性欲抑えてはんねん」


「え…そんな感じなん?好き過ぎて手ぇ出せねぇの?」


「好き過ぎて手ぇ出さん様に自重したはんねん。どこでもかしこでも手ぇ出してたらアカン思うて忍耐力高めてんねん」


「童貞卒業したのに?」


「童貞拗らせてる人みたいやろ?」


「それもう距離感が分からなくなってねぇか?大丈夫か?ハルだってヤりてぇ時はヤりてぇだろ。春ちゃん大事にする余り、変に距離とってたら誤解されんぞ」


「せやから春ちゃんの好きが爆発するんちゃう?」


「何?」


カズ兄が聞き返す。



「春ちゃんのハルに対する好きの感情が隠せてないねん。二人になったら好き爆発してんちゃうかなって。ハルかて春ちゃんに好き好き来られたら我慢できひんやろ。二人の時どないすんねん」


「ヤらねぇって言ってねぇ」


「ハルって今まで経験ないだろ?どうやってそうゆう空気に持って行ってんだ?」


「春ちゃんからやろ?」


「シゲ」



俺が言うとめっちゃ睨まれんねんけど。



「だってハルから行くの想像したないやん」


「想像するな」



自分はムッツリとか、童貞とか言われても気にしてへんのに、春ちゃんが絡む話になるとちょいちょい不機嫌になるのなんなんやろ。



男同士だって、彼女や好きな子の話は普通にすんのに。



…あ、こいつ初恋やったわ。



「今日は恋バナしようや」


ハルの肩をポンと叩いたら、めちゃくちゃ睨まれた。



「カズ兄も入る?」


「俺はここで聞いとく」



聞くんかい。



「はい、じゃあハルから」


「はあ?」


「春ちゃんの萌えポイントはどこ?」


「は?」


「はい、どうぞ、言うてええよ」


「おまえな…春にもそうやって余計なこと言ってんだろ」


「は?言うてへんよ。為になる話しかしてへん」


「してんじゃねぇか…」


「いやいや、為になる話やで?」


「為になんのかなんねぇのか知らねぇけどなぁ?」


「あ…、避妊しなアカン言うたやつ?」


「…おまえな」


「え、春ちゃんなんか言うてた?」


「いや言ってねぇけど」


「なんやねん!」



まあ、春ちゃんが一々ハルに言わんか。



「ほんで、どこ?」


「は?」


「春ちゃんの好きなとこ」


「……」


「無視すんなや!」


「しつけぇ」


「あー、あぁそう。ええで別に。ほんなら春ちゃんがハルの事なんて言うてたか俺から話したるわ」



コップを握っていたハルの手が少し動いた。



「は?」


「春ちゃんと俺の関係性舐めんなよ。何でも語り明かしてる仲やから」



実は言う程でも無い。


でも今は、見栄は言う程、真実味を増す。



「おまえが学校で放ったらかしてる時間、俺ら絆深めてるから」


「別に放ったらかしてねぇわ」


「あー、そうやな。敢えて距離とってるんやったな」


「…シゲ、マジで俺の話とかどうでも良いだろ」


「いやいや」


「一番重要だろ」



俺の言葉を後押しするようにカズ兄が言葉を続けた。



「ハルにとって春ちゃんが大事なように、俺にとっても、シゲにとってもハルが大事なんだよ。ハルが春ちゃんの事心配してるように、俺らだってハルの事心配なんだよ。初めて好きな子できたんだから。ハルから好きになった子、幸せになってほしいし、その為に力になりてぇと思うし」



そこまで言って、


「なぁ、シゲ?」


カズ兄はこっちを見た。



「シゲだって、面白がって言ってんじゃねぇぞ。そんなのハルが一番わかってんだろ。シゲは大事な時にふざける奴じゃねぇ」



…兄貴



「今日だって、ハルの話聞いてやりたくて時間作ったんじゃねぇの?」


「え?」



何か…俺が恥ずかしいやつやん、これ。



「カズ兄!ありがと!」



照れ臭いのを悟られんようにカズ兄の言葉を遮った。



「俺は春ちゃんのさ、心情?よくわかんねぇけど。おまえと春ちゃん、付き合うまで何かすれ違ってたんだろ?めでたく付き合える事になってさ、はい終わり。じゃねぇじゃん。付き合い出してからも、ハルや春ちゃんの気持ちはあって。だからシゲも、春ちゃんからそうゆう気持ち?なんか聴いてて、ハルに伝わるようにしたいんじゃねぇの?」



ハルはカズ兄を信頼している。それは両親よりも。カズ兄を育ての親だと感じているくらいに。



「じゃねぇと、シゲがこんだけしつこく春ちゃんの気持ちとか想いとか口にしねぇだろ?そこ、春ちゃんの気持ちを何か知ってるって言ってるようなもんじゃね?」



少なからず俺も、幼少期から思春期において大事な事はカズ兄から学んだ。



自分がもし花嫁やったら、間違いなくバージンロードを一緒に歩いてもらいたい親父的存在やな。



「シゲもさ、春ちゃんの気持ちだから安易にベラベラ喋れねぇし、何とか話の切り口見つけて、繋げようとしたかったんじゃねぇのかなと、俺は思ってる」



カズ兄がこっちを見るから、ハルまで俺の方を見てくるやん。



「いや、深刻な話ちゃうで?別に俺が出張る事もないねん」


「俺は別に、シゲがふざけてると思った訳じゃねぇよ」


「いや思っとったやろ」


「……」


「いや思っとったやろ」


「うるせぇな」


「いや絶対思うてたやん」



結局…カズ兄なくして事を納める事はできず、どこまでもケツを持ってもらう始末。



「春ちゃんな、ハルの事好きやん。凄い伝わるやん。伝わんねん。ハルもそれは分かってるし、俺も分かってる」



なんなら俺の事も好きやねんあの子。



「その逆もあんねん。嫌いな奴に嫌いってゆうのも伝わんねん。側から見ててもわかんねん。この子あの子の事嫌いやろなって」



これ、春ちゃんあるある。ハルもそれは分かってる。



「せやから春ちゃんに好意向けられたら、友情でも恋愛感情でも、何か凄い嬉しいねん。分かるよな?」


と、ハルに同意を求めたら「わかる」と素直に答えた。



「サナエちゃんも言うてたけど、何かきっかけあって春ちゃんがサナエちゃんに対して好意的になったんやろな。もうサナエちゃんメロメロやから。春ちゃんに。ツンデレ?いや、ちょっと違うか…ツンデレはサナエちゃんやな」


「……」


「……」



…当たり前にスルーされたけどな。


サナエちゃんツンデレやねん。



「春ちゃんは、ほんまに俺らと居りたくて居てくれてんねやって思わせてくれるぐらい、好意的な相手には好意しかないねんあの子」


「何かよく分かんねぇけど分かるわ」


「どっちやねん」


「いや、ナツから聞いた話を思い出して」


「ナツくん?」



予想してない人物の話題に、ハルの空気も少し前のめりに変わった気がした。



「ナツがまだ春ちゃんに素性隠してた頃、「俺とんでもなく嫌われてるわ」って言ってたなって」


「あー…」



言うてた言うてた。



「でも、春ちゃんのお客さんの…ナツの会社の、上司の何とかさん」



いや説明力…



「その人に対してと、ナツに対して全然違うって」



まぁ、そらそうやんな。常連と一見の違いや。



「あの時のナツくんは春ちゃんからしたら完全に不審者やん」


「それもそうか」


「そんだけな、言うたら好き嫌いはっきりしてんねん。興味ない奴は視界にも入れて貰えへんけど。そやから眼中に入らん奴は必死で入ろうとすんねん。結果、良くも悪くも常に誰かから気にかけて貰ってるような子やねん」


「なるほどな」



カズ兄が今度はしっかりと頷いた。



「なのに何でやろ…春ちゃんって、自分に向けられる好意に疎いねん」


「そう」


「そうやんな?」


「そうなんだよ」


「え、どうゆうこと?」



カズ兄が聞き返す。



「なんて言ったらえんやろ…極論言うたら、ハルが春ちゃんの事を好きって思ってへん」


「はぁ!?」


カズ兄の声が割と大きく響いた。



せやからこっちも慌てて弁明する。



「いや、極論やで」


「あ、あぁ…極論な」



何故か、一安心みたいな返答をするカズ兄。



「もちろん好きやから付き合ってるって春ちゃんも分かってるし、ハルかて好きやって何百回も伝えてるし」


「何百回も言ってねぇわ」


「いや言ったれよ」


「で?」


カズ兄の強い一言が、話を戻せと言わんばかりで。



「ハルもそこに悩んでんのかなって。春ちゃんは誰かから好意を持たれてるって想像もしてへんし、ハルに対しても。自分が好意持たれてるって信じ難いねん。せやから常に半信半疑。ハルに対しては特にやんな?」


「ハルが伝えても?」


「そうや。ハル本人から聞いたとこで信じ難いんやろ」


「じゃあ春ちゃんは常に不安と隣り合わせでハルと付き合ってるって事か?」



その言葉に、思わずハルを見たら、ハルもこっちを見ていた。



「いや、」


「そうゆう訳でもないねんな…」



ハルの次に苦言を呈すと、カズ兄の表情が再び困惑している。



「なに、どうゆうこと?」


「春ちゃんは、春ちゃんの場合?これに関しても自己完結が早いねん。な?」


「そう」


「いやどうゆうこと?」


「陽生先輩って本当にあたしの事好きなのかな?嘘、信じられない!でも好きって言われた。一体あたしのどこを?やっぱり考えてもわからない。好きになってもらえるようなところなんて、あたしにあるのかな?んー…やっぱり考えてもわからない。まぁいっか、あたしは陽生先輩が好き!その気持ちが大事!」


「……」


「みたいな」


「…え、今の春ちゃん?」


「そうや。春ちゃんの気持ち代弁したってん」


「ああ、なるほど…ちょっとハルの気持ち分かるわ」


「だろ?」


「だろ?って何やねん」


「シゲに好きな子の気持ち語って貰うのは俺もちょっと…あれだわ」



あれってなんやねん。



「兎に角、春ちゃんは自己完結が早いねん!悩んでる自分がおこがましいぐらいに思うてんねん。自分はハルが好きやからそれでいいねん。ハルも好きって言ってくれた。そこに疑問を抱くのはハルの気持ちを疑うようになる。それはハルに失礼。ハルが嫌な思いをするかもしれない。だからこれでいい。みたいな」


「…なるほどな」


「ハルもどう伝えてもしっくりけぇへんやん。せやからイライラすんとちゃう?上手くできひん自分に」


「なるほどな…シゲよく分かってんな」


「言うたやん、俺と春ちゃんの関係舐めたらアカンって」



カズ兄は、凄い凄いと端的に褒めてくれた。



「春ちゃんのハルに向けた好意は群を抜いて凄いからな。俺らでもキュンキュンするのに、俺らとハルじゃレベルちゃうねん!な?」


ハルに視線を向けると、


「いや、ほんとに…」


珍しく項垂れている。



「へぇ、そんなに?」


そんなハルを見てカズ兄も妙に納得できたらしい。



「二人の時だけにしてくれって頼んだけど、漏れてるよな」


「それやねん、ダダ漏れやねん」


「そんなにハルの事好きなのに、ハルの好意には気づかねぇの?」


「気づかねぇってゆうか…」


「気づいてへんというか…」


「え?」


「彼女だからしてくれてるって思ってねぇか?」


「そう、それや!」


「え?」


「俺の言う事とか、する事、そうゆう言動に対して、春の中では自分が対象じゃなくて、自分が彼女ってゆう立場だからして貰えてると思ってる」


「春ちゃんやからしてんのにな」


「……」



そこ返事せんかい。



「何か、そんな感じなんだな…」



再び困惑した様な口調のカズ兄に、ハルが溜め息。


俺も溜め息。



「伝わるとか伝わってねぇとか言う次元じゃなくて、」


「そもそも同じフィールドに立ってないねん」


「えぇ?」


「だから悩んでる」


「そやねん」



三人で考え込む。


何してん俺ら。



「でもヤる事やってんだから、春ちゃんだってハルからの愛情は受け取ってるって事だろ」



先に口を開いたのはカズ兄。



「…どうだろうな」


苦言を呈したのはハル。



「そやねん…この話、エッチ挟むと余計拗れんねん」


「え?」


「もうこの際言うけどな、」



と言ったものの…一応、チラッとハルの方を見た。視線合わへんかったし、その先を続けた。



「春ちゃんも初めてやん。セックス自体も、誰かと付き合うのも。いや知らんけど絶対初めてやねん。せやから春ちゃんのハルに対する態度見てたら、あーこいつら絶対やったな…みたいなん気づいてん。なんかもう、春ちゃんのハルに対する執着がエグいねん。気持ちの寄せ方が遥かに違って滲み出てんのよ」



畳み掛ける様に話した。またハルにど突かれそうになるん嫌やし。



そう思ったのに、


「で、俺ら?ってゆうか、男として疑問が一つ浮かぶやん」


隣からストップかからへんくて、あっさりと話しを続けられた。



このまま話しを続けようと思った。



「あー、なるほど」



続けよう思うたら、カズ兄の何か閃いたような言い方。



「そうゆうことか…」



兄貴、話し続けさして。


最後まで言わして。



「春ちゃんもしかして、セックスしてる時の快楽と好きが混ざってんのかな?」



おい兄貴!それ俺が言いたかってん!




「…わかんねぇけど」


カズ兄に対しては素直なハル。



「なるほどな」


「いやいや、春ちゃんに聞いてん俺やから!」



あ、心の声が出てもうた…



「は?」


「まじで?そりゃシゲにしか聞けねぇわ」


案の定な返答をするハルに対して、感心した様な口ぶりのカズ兄。



「春ちゃん自覚ないけど、ハルとエッチする事で自分の存在確かめてんと違うかなって」


「へぇ」


「おまえはまたいらん事を…」



両極端な反応をするハルとカズ兄。



「で、春ちゃんなんて?」



もうここまで来たら、カズ兄もハルの反応はスルーしてる。



「エッチしてる時は、ハルが自分の事を好きなんやって思えるらしいで」


「……」


「へぇ」


「実際、ハルの気持ちが知りたくて知りたくてしゃあないんやろ。それでも聞く事がハルを疑うみたいでできひんねん」



健気な子やねん。



「せやから、確実に気持ちが感じれる方に行ってしまうんと違う?エッチしとる時だけが自分の居場所にしたらアカンって言うてん。ほんで避妊の話ししてんけど。せやからハルも変な我慢しとらんと、思うがままに愛情表現したげろや。何百回でも好きって言ったれや」


「ハルが春ちゃんのフィールドに立ってあげたらいいんじゃねぇの?」



なんやねんカズ兄、ええとこ全部持っていくやん。



「シゲが心配してたのは、春ちゃんの気持ちが間違ってハルに伝わる事で、ハルがそもそも春ちゃんの立ってる場所、見てる視線に合わせてあげれば春ちゃんの気持ちを理解し易くなるんじゃねぇかな」


「…それだと、春が詮索されてるみたいじゃね?」


「そう思われるかもな。わかんねぇけど。でも、向き合うって綺麗な事ばっかじゃねぇよ?ハルも春ちゃんを理解したいんだろ?だったら覚悟決めろよ、男だろうが」



ハルの男らしさの七割はカズ兄で出来ています。



「わかった」


頷かへん理由がないわな。



「何や、回りくどい話しになってもうたけど。結局のところ、お互い好きなん変わりないやん。春ちゃんのあのエグいアタックにどこまでハルが応えてあげるんか見ものやな」


「おー、俺も見てぇな」


「なんでだよ…」


「カズ兄知らんやん。春ちゃんマジでエグいで。しかも春ちゃんからの一方的な好意ちゃうやん。こちとらハルも春ちゃんの事大好きやん。好きな子から好き好きビームくんねん。俺あんな攻撃よう交わされへん!こっちがキャーキャーなんねん」


「俺もキャーキャーしたい」


「だからなんでだよ」


「サナエちゃんもちゅーしたいって言うてたで」


「は?」


「いや春ちゃんに」


「馬鹿じゃねぇの」


「おいおまえ誰の彼女バカ呼ばわりしとんねん!」


「サナエに言ってねぇわ!シゲに言ってんだよ!あいつほんとにしそうだろうが!止めろや!馬鹿か!」


「誰がバカやねん!」


「春にほんとにしそうだろうが!おまえが止めろや!」


「女の子同士のちゅーぐらい別にええやん!アホか!これやからムッツリは冗談通じんからアカンねん」


「はぁ?」


「いやいや待て待て、多分噛み合ってねぇから」



カズ兄が仲裁に入る。



「シゲ、ハルは冗談通じねぇってゆうか、笑って流せるほどの経験と想像力がないだろ」


「は?」



いやボロカス言うからキレてるやん。



「ハル、別にキスイコール唇じゃねぇから」


「は?」


「さすがにサナエちゃんもシゲと付き合ってるから、唇にはしねぇだろ。ほっぺにちゅーとかそんなノリだろ」


「そうや!何でサナエちゃんの唇を春ちゃんに奪われなアカンねん!アホかボケ!こっちが願い下げじゃ!」


「おまえらな…ガキなんだよ、喧嘩のレベルが」



呆れたように呟いたカズ兄に、「ムッツリと一緒にすんな!」って言ったら、「馬鹿と一緒にすんな」ってハルが言いやがった!



「とりあえず、春ちゃんもサナエちゃんも連れて来い。俺もおまえらの話を二人から聞いてみてぇし」


やはりカズ兄。



なんだかんだ収拾つけてくれます。



「その都度悩みは出てくると思う。その度に、まずは素直に行動してみる事だな。あれこれ考えてる暇があるなら、春ちゃんに好きだって伝えて来いよ」


「カズ兄かっこいい!」



さすが経験だけはある。


でも独身です。



「どうやって…」


「ん?」


「兄貴ならどうやって伝える?」



カズ兄の話に感化されたのか、珍しくハルが積極的に相談している。



「どうしたら伝わるのかが、分かんねぇ」


「伝わるか伝わらないかは結果であって、ハルが伝えようとする事が大事なんだって。俺なら、好きだなって思った時に好きって言葉にするか、伝えれない状況だったら、行動で示すかな」


「どうやって?」


「え、抱き締めるとか。手を握るとか。頭撫でるとか。何かあんじゃん」



相変わらず説明雑やな…



「セックス以外の愛情表現を先に覚えろ」



仰る通りやわ。



「だいたいおまえ、セックスの仕方誰に教わったんだよ」


「は?」


「え?エッチの仕方って教われんの?」


「そらそうだろ、シゲだって初めての時は何とかちゃんに教えてもらってやんだろ?」



だれやねん、何とかちゃんって。



「AVで見よう見真似でなんてやれねぇだろ」


「あ、そうゆう事か」


「ハルって女の子に興味なかったし、春ちゃんが初めての相手だろ。キスは唇と唇を重ねてするって幼稚園児でも知ってるけど、セックスは流石に教えてもらわねぇと。いきなり挿入とかできねぇから」


「ハルの知識は保健体育で止まってそうやんな。AVとかも見ぃひんやん?」


「AV持ってねぇだろハルが」


「AV言うたらナツ君やろ、俺も何個か借りた事あんで」


「あいつはほんとに…いつか嫁に怒られるな」


「いっつも怒られてるやん」


「それもそうか」



あれ…



「もしかして、ナツ君に聞いたん?」


「は?ナツに?」



カズ兄と同時にハルを見やる。



「いや、聞いてねぇわ」


「せやんな、ハルがエッチの仕方とか聞かんわな」


「だいたい聞いて出来るってもんじゃねぇだろ」


「いや…俺から聞いたんじゃねぇけど、教えてはくれた」


「はぁ?」


「はぁ?」


やっぱり同時にハルを見やる。

   


「春が泊まりに来るって話しになった時、じゃあやる事一つしかねぇじゃんって言われて、AV渡された」


「マジか!」


「マジかあいつ!」


「何なん!それ見てエッチの仕方勉強したん?」


「何だ勉強って…」


「勉強やん!ええな!俺もナツ兄に相談したら良かった!」


「でもあれ、初心者が見て勉強になるか?オナニーして終わりじゃね?」


「そんな夢のない事言うて…」


「ナツ兄の解説付きで見た」


「マジか!」


「マジかあいつ!」


「え、一緒に見たん?」


「一緒に見た。隣でずっとこれがどうだ、あれがどうだ言ってた」


「なんやそれ!全然わからへん!もっと具体的に言えや!」


「いや俺もよく分かんねぇし…映像の中の人らは慣れてるから参考にすんなって言われたし」


「はぁ?ほんならなんでAV見とんねん!」


「初めてのセックスは、挿入まで出来なくて良いって。兎に角、女の子を気持ち良くさせる事だけ覚えろって」


「なんやそれ!俺もその塾通いたい!」


「アホか、落ち着けシゲ」


立ち上がったら、カウンター越しにカズ兄から座れと命じられた。



「言われたからって出来るもんじゃねぇだろ」


「いや全然できてねぇよ。やり方とか結局わかんねぇし。ナツ兄が言ってた通りに出来てるかも分かんねぇし。ほとんど春が、」



そこで言葉を止めるから、カズ兄と同時に「え?」「え?」とハルを見やる。



「何でもない」


「いやいや、春ちゃんが何やねん?」


「何でもない」


「ほとんど春ちゃんが何やて?」


「何でもない」


「ほとんど春ちゃんがシてくれたって?」


「言ってねぇだろうがそんなこと」


「おまえが言わへんからそうゆう事かなって想像するやん!」


「想像するな」


「じゃあ何やねん」


「……」


「ほとんど春ちゃんが受け入れてくれたから出来たんだろ?」



カズ兄の言葉に、ハルが吃驚している。



「え、どうゆうこと?」


「シゲもまだまだだな」



カズ兄はハルを横目で見やると、やれやれと言った表情で再びこっちを見た。



「セックスは一人でできねぇから。二人で一緒にヤるんだろ」


「そうや」


「出来たか出来て無いかじゃなくて、どんなハルでも春ちゃんがハルとシたいって受け入れてくれたからお互いに気持ちのある、気持ちいいセックスが出来たって事だろ。身体が気持ちいいんじゃなくて、心が満たされたんだな。だからまた次も出来る。シたいって思える。次第に心が身体を通じて気持ちいいと感じてくる。心と身体は繋がってる。それはハルも同じだろ?ハルを春ちゃんが受け入れてくれたからハルの心も満たされた。身体も気持ちいい。つまり、お互いに初体験は最高だったって事だな。AVで気持ちまでは学べねぇよ?」



なんや、今初心者講座受けてるみたいやん。



「それにな、ヤってたら人間って自分の気持ちいいセックスが身に付くから。本能だな。覚えようとしなくていいんだよ。相手が気持ちいいかも分かってくる。だから最初に言ったろ、経験と知識だって。ヤってなんぼなんだよ。春ちゃんが求めてくれてんだろ?応えてあげろよ。男だろうが」


「はい」


「いやシゲに言ってねぇわ…」


「いいやん俺が返事しても」


「…そうだな、良いけどな別に…今はハルと春ちゃんの話しだったろ」


「我慢すんなってこと?」


ハルが口を開いた。



「そもそも我慢しようとするの何なんだ?ハルは我慢する事に何のメリット感じてんだ?」


「メリット?とか分かんねぇけど、何か…すぐ手ぇ出す奴みたいで」


「あー、おまえあれだな、風雪の事言ってんな」


「そうじゃねぇけど…」


「すぐ手ぇ出す奴イコール風雪。風雪みたいになりたくない。思われたくない。自分が風雪に感じてる嫌悪感を、春ちゃんに向けられるかもしれない。それは嫌だ。だから我慢する。いっつもヤりたいって思ってると思われたくないから距離をとる。って事か?」



カズ兄…ボロクソ確信つくやん…



「ハル、おまえ今誰と付き合ってんだ?春ちゃんだろ?風雪に向き合ってんじゃねぇよ。春ちゃんに向き合ってやれよ。春ちゃんがおまえに甘えてぇんなら甘やかしてやれよ。春ちゃんとヤりてぇんならそう伝えてやれよ。気持ち決めつけて勝手にひよってんじゃねぇよ。春ちゃん言ってたんだろ?ヤってる時はハルからの愛情を感じれたって。それはおまえが何にも取り繕わず、真っ向から向き合ったからじゃねぇの?ハルだって春ちゃんが受け入れてくれたから出来たんだろ?だったら春ちゃんも受け入れてやれよ。おまえが求めてやれよ。春ちゃんに教えてやれよ、求められる事が満たされる事だって」


「わかった」


今度はハルやで。ハルが返事してん。



「なんだ、簡単な話じゃねぇか」


そう言ってカズ兄はハハハッと笑って、



「おまえらまだまだガキだなぁ」


と、優しい口調で言ってのけた。



「カズ兄はシたい時、相手にどう伝える?」


もう兄貴の恋愛相談所やん。


ハルがここまで質問する事ないで。まじで。


よっぽどやわ。よっぽどヤりたいか、よっぽど分からへんか…後者やな。



「春ちゃんがそんだけ猛アタックしてんなら、そのまま部屋連れ込んでヤっちまえよ。おまえの部屋なら連れ込んでオッケー。春ちゃん家とか、学校とか、屋外はダメだ。おまえは良くても春ちゃんにリスクが及ぶ可能性のある場所はダメ。そもそも春ちゃんにその気が無いのにヤろうとすんのは論外。おまえの部屋でもこれダメなやつ。独りよがり。もう二度とセックスしてもらえねぇと思った方が良い」



ガチやん…



「伝えるってゆうのは、必ずしも言葉にしろって事じゃなくて、行動で示す事が大事なんだよ。口ではおまえが大切だって言いながら、砂利の上でセックスするのって違うだろ?言動が伴ってねぇだろ。だから行動で示せ。絶対ハルの部屋以外でセックスするなよ。学校でイチャイチャするぐらいなら良いけど、間違っても乳揉んだりすんなよ」



乳揉むって、言い方…



「あとな、ハルは嫌だったかもしれねぇし、当時のハルの状況も分かってるから俺はおまえの気持ち否定しねぇけど、おまえが毛嫌いしてる風雪も、絶対自分の部屋でヤってた。女の子に対しては風雪は誠実に向き合ってた。…まぁ、ちょっと、女の趣味がな…あれだよな。俺もあいつの歴代彼女はあんま好きじゃねぇけど。風雪が女の子を雑に扱った事はねぇと思うよ?だからあいつモテるんじゃねぇの?」


「確かにそうやんな。外で連れてんのはよう見かけたけど、外で変な事してるとか見た事も聞いた事もない」


「そうだよな、俺もそう思う。ただ弟のハルからしたら、思春期だし、目に余る事が多い状況だったと思う」


「……」


「兎に角、春ちゃんの利益を守る事。大事にするってそうゆうことだ。女の子に恥かかすんじゃねぇぞ。何でも笑って受け止める器のでかい男になれ」



…この人、なんで結婚してへんのやろ。



「いいじゃねぇか、そんなに好きになって貰えて」


「そう思う」


「ずっと引っ付いてくんのか?」


「二人の時は…」


「可愛いなぁ春ちゃん」



急に表情が緩んだカズ兄は、


「でも、家に帰らすこと。規則正しい生活を崩してまで引き止めないこと」


最後にそう言って、締め括った。

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