24

目覚め

少しの気怠さと、窮屈さに…瞼をゆっくりと開けた。



いつの間にか視界は明るく、白い天井が目に映る。



この窮屈さは何だろうと思い、瞼を開いて視線をそこへ向けると…ガッチリ固められている自分の体に、視界がパッと開いた。



眠りに落ちる前は確かに寄り添っていた筈のあたしが、目が覚めてみると逆に抱き締められている。



眠る前は確かに裸だった筈の藤本陽生は、いつどうしてそうなったのか、Tシャツを着ていた。


スースーと寝息を立てる度に、胸の鼓動がこちらにも響いて心地良い。



胸の辺りに置かれた藤本陽生の腕が、この窮屈さの原因だと分かり、ソッと腕を動かすと、



「っ…」



漏らした息と共に、更にしがみつかれる。



…さて、どうしようかと。



とりあえず体が怠いから、藤本陽生の腕の中で、固まった体を伸ばしてみる。



「動くな…」



すぐに、低く威圧的な言葉をかけられた。



途端にピタッと止まったあたしの体は、何とも聞き分けが良い。



恐る恐る隣へ視線を向けると、眠たそうに片目を少しだけ開いた藤本陽生がすぐに目を閉じた。



「あ…おはようございます」



聞いてるか分からないけど、そう声をかけた。



「…まだ寝る」



返って来た言葉は、何とも怠そうで、



「そ…うですか…」



何となく、暫くはこのままの体勢でいないといけないんだろうなと察した。



「…あの、」



だから、どうしても我慢が出来ず声をかけた。



それに対し、藤本陽生は言葉無く眉間に皺を寄せながら、再び片目だけをうっすらと開けた。



「あの…左手が、痺れて来て…」


「……」


「あの…手が、」



そう言った拍子に、藤本陽生が腕を動かし、離れてくれる。



「ごめんなさい…」



まるで嫌々離れさせられた子供の様で、不機嫌っぽさを感じたから、何だか申し訳なく思った。



「一回起きたんですか…?」



怒ってる訳じゃないと思うけど、何となく機嫌を取りに話しかけると、



「…気持ち悪くて起きた」



寝起きの擦れた声が返ってきた。



「え?気持ち悪い…?」


「風呂入ってまた寝た」



だいぶ説明を端折られたけど、藤本陽生がいつの間にか衣服を着ている理由がこれで分かった。



「起きたの全然気づかなかった」


「…あぁ」


「あたしいつの間にか寝てて」


「…あぁ」


「今何時なんだろ?」


「…さぁ」


「外、だいぶ明るいですよね」


「…あぁ」


「あの、」


「手…」


「え?」


「…手、痺れ治ったのか?」


「あ、はい。動かしてたらだいぶ楽になって」


「…じゃあもう良いか」


「え?」



聞き返した一瞬の内に、藤本陽生の手があたしの体を再び包み込んだ。



さっきの体勢に逆戻りした結果、再び寝に入ろうとする藤本陽生に思わず声をかける。



「…あ、の…」


「少し我慢しろ…」


「え…?」



その優しい口調に、戸惑いが拭えない。



「この体勢が落ち着く…」



途切れ途切れの言葉に、今にも眠りに落ちそうなんだろうと分かった。



「まだ寝ますか?」



そう声をかけると「ん…」と、力無い声が返ってくる。



普段じゃ絶対見れないその姿に、これが母性と言うやつか…



胸の奥が疼いて、擽ったい様な感覚に支配される。



だけど…



「あの、」


「……」



せっかく気持ち良く眠りにつこうとしていたのに、あたしが声をかけたから、藤本陽生はまた不機嫌そうに片目を開けてこちらを見た。



「…トイレ、行きたいんですけど」


「……」


「あの、」


「……」


「トイレ…」


「…どれくらい我慢できる?」


「え?」


「五分待てるか…?」


「五分…」


「五分で良い…このまま寝させてくれ…」


「…はい」



あたしだってこのまま一緒に寝てあげたいのは山々だけど、自然現象に逆らう事は出来ず、五分ぐらいなら待てるかなと、藤本陽生の意見を了承した。



仰向けに寝ているあたしの胸辺りに腕を乗せ、脇腹の方にまで伸ばした手で、包み込むように抱き締められる。



力無く乗せられた腕をギュッと握り締めると、微かに藤本陽生の腕が動いた。




「陽生先輩…」



五分経って呼びかける。



「陽生先輩…!」



腕を揺らしても、言い出した本人はビクともしない。



起きないならしょうがないと思い、藤本陽生の腕を下ろして起き上がった。



とにかくトイレへ行こうと、シーツを体から剥ぐと、



「わ…っ」



不意に左腕を掴まれ、驚きの声が漏れた。



あたしの腕を掴んだ藤本陽生に視線を向けると、瞼は閉じられていて、無意識に掴んだのかと、その手を離そうと掴み返した瞬間、



「五分経ったか…?」



寝起きの擦れた声で藤本陽生が呟いた。



「経ちました…」


「…そうか」


「あたしトイレ行きたいんですけど…」


「…あぁ」



そう頷くと、藤本陽生はだるそうにゆっくりと体を起こした。



「…あの、」


「あぁ…」


「トイレ!」



左腕を掴んだまま離してくれず、ボーっとして動こうとしないから思わず声を大にして叫んだ。



本当にトイレへ行きたかった。あたしは結構我慢した。我慢に我慢を重ねて更に五分待った。



だから物凄く焦ってて、叫んだ拍子に手を振り解いた。



ベッドから降りた際に藤本陽生の「はっ…」って声が聞こえたけど、一目散に部屋の扉へと向かった。



「春」って、あたしの名前を言おうとしたのかもしれない。

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