22
彼氏と彼女
「部屋来たって、何もすることねぇぞ」
そう言ったのは、怪訝そうに目を細めた藤本陽生で―…
「そんなん言うたら、春ちゃんの面子丸つぶれやん…」
隣で溜め息を吐いたシゲさんを見て、あたしは自分の発言を後悔した。
…―—それは休憩時間の事で、屋上でお弁当を食べていた時。
相変わらず、あたしの傍にはシゲさんが居てくれて、藤本陽生はあたしから離れて先輩達の所へと行ってしまう。
肩書きだけの付き合いじゃなくなったけど、そこら辺の日常生活がガラッと変わる事はなかった。
ベタベタとくっ付いて来る藤本陽生なんて端から期待してないし、想像も出来ない。
だから、あたしもこれはこれで良いと思っていて。
この関係になって変わった事があるとすれば、以前みたいに藤本陽生のお弁当を作らなくなった。
あれはシゲさんが面白がって提案した事で、実際の所、藤本陽生はお弁当を持って来ているらしい。
だから、シゲさんのお昼ご飯がコンビニ弁当に変わってしまったけど、それはあたしと出会う前の状況に戻っただけの事だって、シゲさん本人が言っていた。
「ハルのとこ行きたかったら行きや?」
前にも増して藤本陽生へ目を配るあたしに、シゲさんは変わらず気にかけてくれる。
だけど、あたしは寂しくなんてない。
もちろん、シゲさんが一緒に居てくれるからってゆうのもあるけど…
何だか最近、藤本陽生と良く目が合うようになった。
楽しそうな笑い声が聞こえた時や、不意に目を向けた瞬間に、藤本陽生と視線が重なる。
目が合ったからって、特に話しかけられる事もなく、すぐにその視線は逸らされる。
以前は一方的に見ているだけの立場だったのに、そんな風に目が合えば、藤本陽生もあたしを気にかけてくれているのかと思えた。
だけどシゲさんに言わせれば、
「春ちゃん、それ鈍いで」
あたしはどうも鈍感らしい。
「ハルがどんだけラブコーセン送ってたか知らんやろ」
って言うから、絶対に有り得ないと思った。
「ほんまやって。春ちゃんとどうこうなる前から、あいつが見てるんは春ちゃんばっかりやで」
シゲさんが言うんだから、そうなのかな…と、抱く期待は大きい。
「今度目が合ったら、すぐ逸らさんとニコッと笑ったり」
そんな事あたしが出来る訳ないのに―…
「ハルの反応が楽しみやな」
…―シゲさんが面白がってるのは良くわかった。
そんな会話をしながらお弁当も食べ終わりかけた時、
「そう言うたら、もうお泊まりデートしてん?」
口の中の食べ物を危うく全部吹き出しそうになる程、驚く発言をしたシゲさんに、
「してないよ!」
あたしは口元を片手で隠しながら、慌ててそう答えた。
「えー…何でしてへんの?」
「何でじゃなくて…」
「てゆうか最近デートしてんの?」
「最近って…学校で会ってるし…」
「えー…そんなん干からびてまうやん」
「干か…?」
「アカンアカン、ハルからの誘いを待ってたら春ちゃんばーさんになってまうで!」
「いや別に待ってない…」
「アカンアカン!自分から行動に移さな!あいつムッツリやから今頃下半身やばい…」
と、急に語尾を小さくしたシゲさんの視線が、泳ぐように動き出し―…
「おいコラ」
直後に聞こえたその低い威圧的な声に、なるほど藤本陽生があたしの後ろに居るんだと、瞬時に理解した。
座っているあたし達は藤本陽生を見上げる形となり、立っている藤本陽生は、当たり前に見下ろしてくるから言葉以上に怖さが増す。
「あんた盗み聞き好っきやな!」
突然の藤本陽生の登場に、狼狽えていた様子のシゲさんも、すぐに調子を取り戻した。
こういった藤本陽生の行動も、最近じゃ当たり前になってきている。
以前は絶対あたし達の所へは来なかったのに、今じゃ前振りもなく出没する。
「盗み聞きじゃねぇ。てめぇの声がでけぇんだよ」
「失礼やな!」
「どっちがだ」
そんなやり取りを目の前で見ていたあたしは、
「春ちゃん!はよ誘いーや!」
とばっちりも良いところの、シゲさんの無茶ぶりに「え!?」と酷く驚いた。
「お泊まりデート、自分から言わな」
あたしの耳元に手を添えて声を抑えて話すシゲさんに、無理無理!と、視線を返した。
「大丈夫や!春ちゃんがんばれ!」
「いや、あたし別に言いたくない…」
「何言うてんねん!」
そんな風にあたしの耳元で大きな声を出すから、
「何だ?」
自分に話があるんだと、藤本陽生が気づいてしまった。
「どうした」
同じ目線まで下がって来た藤本陽生は、最近凄く優しいと感じる。
「いや…」
戸惑うあたしに、シゲさんが早く言えと言わんばかりの視線を送ってくる。
藤本陽生の視線から逃れられないあたしは、
「陽生先輩の部屋、見てみたいなって…思って…」
苦し紛れにそう言い放った。
本当は全く考えなかった訳じゃない。いつかお家へ行ってみたいなとかは思ってた。
彼氏の部屋ってどんなんだろう?とか、想像したりもした。
でも、家へ行きたいって言うのは相手にどう思われるんだろう…と考えると、恥ずかしくて言いたくなかった。
その結果が―…
「部屋来たって、何もする事ねぇぞ」
…―これだ。
藤本陽生の部屋を見てみたい願望はあったけど、それを口にする気はなかった。
それがシゲさんに乗せられ、言う気の無かったものを言って赤っ恥をかいた。
「春ちゃん大丈夫や!拒否ったんちゃうから!」
フォローしてくれるシゲさんに、返す言葉すら無く…後悔の渦に呑み込まれそうなあたしは、
「来るか?」
不意に落ちてきた言葉に、え?っと視線を上げた。
藤本陽生があたしを見てる。
「来ねぇのか?」
そのニ回目の言葉に、行きたい…でも恥ずかしいから行く勇気がない…でも行ってみたい…と、自問自答を繰り返す。
「…おい」
行きたいけど、彼氏の家とか行った事ないから緊張してどうしたら良いか分からないし、下手な事も出来ない。
緊張してるって思われてギクシャクなるのも嫌だし、藤本陽生と個室にニ人きりで居た事がまだないから、そうゆう空間に慣れてない。
「どうした…?」
表情を伺うように見てくる藤本陽生の眉間に皺が寄る。
「シゲさんも一緒に行く?」
「はぁ…?」
「行かない?」
「行かんやろ普通!」
「そうなの?」
「そうや!デートって知ってんのに行くかアホ!」
「…アホ」
「それは春ちゃん、絶対アカンで」
「何?」
「自分の男の家行くのに、違う男一緒に連れてったらアカン」
「…シゲさん何か怒ってる?」
「いくら俺とハルがほんのちょびっと仲がええゆうたかてな、俺かて男やねんし、彼女が男連れて家来たら腹立つねん」
「やっぱり怒ってるよねシゲさん…?」
「春ちゃん、腹くくりや」
…――だって、藤本陽生がどんどんかっこ良く見えてしまうんだもん。
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