20

シゲさんとゆう人②

“カラン”と、入り口に付けられたベルの音が鳴る。



ドアが開いた拍子に鳴るその音は、来客を知らせる為の物。



咄嗟に入り口へ視線を向けると、



「おうシゲ!アレあったか?」



カウンター越しに立ち上がった明和さんが、そう言い放った。



「全然分からんし、探すの苦労したわ!」



買い物袋の中を探りながら「これやんな?」と、缶詰めみたいな物を取り出すと「いらっしゃーい」と声をかけながら、カウンターに座るあたし達の後ろを通り過ぎ、



「え…」



立ち止まって、こちらに視線を向けた。



「春ちゃん…?」



久しぶりにシゲさんから呼ばれた名前。



ジーパンに長袖のTシャツ姿のシゲさんは、



「おまえ寒かったろ、その格好」


「…寒かった」


「だから上着を着て行けって言ったんだよ」



呆れ顔の明和さんに視線を向けて、



「てゆうか、何なんこれ?俺が出かけた間に、何がどうなったらこの状況が完成すんの?」



相変わらずの関西弁を話す。



心地良い風がスッと胸を撫でるから、泣きそうになった。



「シゲが買い物に出た後、陽生と春ちゃんが来て… あっ、シゲに会いに来たんだっけ?」



シゲさんに状況を説明しながら、今更な事を思い出したらしい明和さん。



「ふーん」


シゲさんは不穏な声を出しながら、藤本陽生の隣へ行き、カウンターへ肘をかけた。



「何やねん」


「久しぶりだな」


「何の用やねん」


「シゲに話があって来た」


「話ねぇ」



もっとギスギスしてるのかと思ったら、割と普通に会話してる二人に胸を撫で下ろした。



「ハルの顔見たないねん」


「そうか、じゃあ春から話聞くか?」


「なんやと?」


「春の話なら聞くのか?」


「おい、ちょい待てぇ!さっきから思っててんけどな、何でハルと春ちゃんが一緒におんねん?」


「だから話があるって言ってんだろ」



面倒臭そうに言い放った藤本陽生を、シゲさんがどう思ったのかは分からない。



「なんやと!それが人に会いに来てする態度か!」



いつものシゲさんだから、胸がジンとする。



「…てめぇ人の話聞けや」



そう言いながら立ち上がった藤本陽生と、シゲさんの視線が近づき、睨み合うようににじり寄る二人。



「自分、鏡見て物言わなアカンで?ぶっさいくな面して説得力に欠けるわ」


「てめぇのその減らず口はいつになったら治んだろうな?」


「気に入らんねやったら帰ってもろて構いませんけど?」


「こっちは話しに来てんだからよ、少しぐれぇ聞く耳持ったらどうだ」


「変わりませんな、その脅し口」


「脅し口って何だ」


「一々拾わんでええねん」


「てめぇが言ったんだろうが」


「しつこい男は嫌われまっせ」


「女々しい男よりマシだろ」


「それ誰の事言うてんの?」


「てめぇだよ」


「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ」


「…おい二人共やめろ」



呆れた声を出す明和さんを無視して続けられるいがみ合いに、あたしは視線を行ったり来たりさせてばかり。



「誰が女々しいんだよ」


「鏡に向かって聞いてみたらええやん」


「おいやめろって!」


「てめぇ…喧嘩売ってんのか」


「高ぅ買うてくれんの?」


「てめぇら!!やめろって言ってんのが聞こえねぇのかコラァ!!」



バン!っとゆう耳に響く程の音が聞こえ、



「何回も同じこと言わしてんじゃねぇぞ」



明和さんの末恐ろしい声に振り返ると、壁に掛けられてた額が今にも落ちそうにぶら下がっていた。



あたしを含め、シゲさんと藤本陽生も同時に明和さんへ視線を向けたと思う。



「シゲ!」



その呼びかけに、微かにシゲさんがピクンと肩を揺らした。



「話があるって言ってんだから聞いてやれ!」



そう言われて、仏頂面で視線を逸らしたシゲさん。



「それから陽生!」



これでもかってぐらいに明和さんを睨み返す藤本陽生に、



「春ちゃんが困ってんだろ!第一に女の事考えろ!」



負けず劣らず睨みを効かせた明和さん。



そのやり取りに、あたしの事はいいから…!と、タジタジになってしまう。



「揃いも揃って、考えてやれ馬鹿野郎共が!」



そう吐き捨てた明和さんは、



「二人共座れ」



威圧感を残したままの口調で指示すると、自分も再び何かに腰かけた。



その様子に習って、座ったままだったあたしの右手に藤本陽生が座り、その隣に椅子一つ分空けてシゲさんが並んで腰かけた。



「で、陽生は何を話に来た?」



仕切り直すように、この場を仕切りだした明和さんに、藤本陽生は少しの間をあけて、



「俺ら付き合う事になった」



何とも藤本陽生らしい、結論から述べるとゆう話の切り出し方をした。



「は?は?は?」



当然と言えば当然の反応を見せるシゲさん。



「そんな貧しい話し方で、よう人に話があるとか言うたな…」



溜め息を吐くシゲさんに「何だと?」と、今にも喧嘩をふっかけそうな藤本陽生を遮り、



「あ、あ!待って!待った!あたしが説明する!します!」



身を乗り出して制した。



「あのね、シゲさん…」



藤本陽生とシゲさんの間に残された椅子へと移動したあたしは、藤本陽生へ背を向ける形でシゲさんに呼びかけた。



「あたしと、陽生先輩ね、お互いの想いを勘違いしてたの」



シゲさんはカウンターに肘を付いて、掌に顎を乗せた状態であたしの顔を見てくる。



話を、聞いてくれる。



「陽生先輩は、あたしがシゲさんの事を好きだと思ってて、」


「…はっ?」


「あたしは、陽生先輩には他に好きな人が居ると思ってて、」


「え?え?」


「あたし達は、お互いの気持ちを決めつけて、諦めてしまったの」


「……」



言葉を無くしたように口を開けて固まるシゲさんに、



「シゲさんに嫌な思いをさせて、ごめんなさい…」



申し訳なくて、スッと視線を落とした。



すぐに理解して貰えるとは思ってないから、シゲさんからの疑問に一つ一つ答えようと思い、シゲさんの反応を伺った。



しばらく固まってたシゲさんは、息を吹き返したようにスーッと酸素を吸い込み、



「春ちゃん、」



あたしの目を真っ直ぐ見た。



「全然意味が分からへん」



シゲさんらしい発言に、不条理にも笑みが零れた。



それからはいつものシゲさんって感じで、「なに笑っとんねん!」ってど突かれた後、これまでの経緯を説明するあたしの話を茶々入れながらも聞いてくれた。



「そんなん、俺が勝手に調子に乗って、二人の気持ち無視して動いたようなもんやん」



うなだれるシゲさんに、完全に否定してあげられない。


現に、シゲさんは暴走癖がある…



「ほんでもまぁ、春ちゃんもアホやなぁ」



仕舞いには、人をなじり出すのがシゲさんとゆう人だ…



「陽生に他に好きな子がおるとか、どんな発想やねん」



ケラケラ笑い出したからイラッとした。



「おい陽生も言うたれやー」


「言った」


「言うたん?」



繰り返し聞き返すシゲさんに、藤本陽生が眉間に皺を寄せた。



「何て言うたん?」



明らかに、シゲさんの顔が面白がっている。



ニヤニヤしながら、今にも藤本陽生をからかおうと企んでるのが分かる。



それは、



「そんなの居ねぇって言った」



素っ気なく答えた藤本陽生も、気づいているらしい。



「そんなのって何やねん」


「はぁっ?」


「分かるようにきちんと言うてや」


「……」


「「おまえ以外の女、好きになる訳ないだろ」とか言うたんちゃうん?」



ケラッケラと笑い出したシゲさんに対し、あたしの左側からは冷気を感じた。



「シゲさん…調子に乗らない方が良いよ」


「ん?ええねんええねん」


「でも…」



藤本陽生の怒りオーラを感じて焦るあたしに、



「勘違いした挙句、春ちゃんを手放そうとしたハルがムカつくねん」



シゲさんって人は、一々心を震わせる。



「だいたいちょっと考えたら分かるやろ?春ちゃんが俺の事、恋愛対象にしてへん事ぐらい…」


「わかんねぇだろ」


「何でやねん…」


「そんなの考える余裕あったら勘違いなんかしねぇ」



コーヒーカップに視線を落としたままそう呟いた藤本陽生に、「ふーん」と鼻を鳴らしたシゲさんの口元が、心なしか笑ってるように見えた。



「シゲも何か飲むか?」



状況を見て口を開いた明和さんに、



「グレープフルーツジュース」



そう言ったシゲさんの口調が、何とも可愛らしかった。



シゲさんが注文したグレープフルーツジュースを明和さんが持って来ると、ストローの刺さったそれを美味しそうに飲むシゲさんに、心が温かくなる。



「せやせや、まず何で春ちゃんは陽生に好きな子がおると思ったん?」


「え、」



そうだそうだ。と言わんばかりに明和の視線まであたしに向けられる。



助けを求めるように藤本陽生へ目を合わすと、眉間に皺を寄せられた。



あたしの意図を理解してくれたらしい藤本陽生は、



「兄貴が言ったんじゃねぇの…?」



半信半疑な様子で、明和さんにそう投げかけた。



だけど―…



「は?何で俺?」



ここに来てまさかの、明和さんからの裏切り。



あまりの衝撃に言葉を無くしたあたしは、首を傾げる明和さんをマジマジと見つめた。



「…春は、兄貴から聞いたって言ってる」


「ええ!?」



藤本陽生の言葉に、驚きながらあたしへと勢い良く視線を向けた明和さんは、



「オ、レ…?」



自分を指さすと、記憶に無いって感じの素振りを見せる。



でも―…



「明和さんから聞きました…」



あたしは嘘なんて吐いてない。



「え…ごめん、いつ?俺いつそんな事言った?全く記憶に無いんだけど…」



本当に知らないって感じだから、マジで忘れてるのかもしれない。



あたしに爆弾落としといて、いい気なもんだと思ってしまう。



「なぁ春ちゃん、」



モヤモヤと落ち込むあたしに、シゲさんが口を開いたから、そっちに目を向けた。



「カズ兄に聞いたって事は、ここに来た時やんな?ここ以外でカズ兄と会わへんやろ?」



“カズ兄”ってゆうのが誰の事を言ってるのかすぐに分からず、明和さんの事を言ってるんだと気づいた時には、



「…初めてここに来た時…」



その言葉を言うまでに、少し沈黙が出来てしまった。



「春ちゃんが初めて来た時って、映画の帰りやろ?ハルもおったんちゃうん?」


「俺が煙草吸いに行ってる間に、そうゆう話をしてる」



あたしを挟んで藤本陽生に視線を移したシゲさんは、



「おまえ何で肝心な時におらんねん!」



あたしの言葉を信じようとしてくれる。



「なぁカズ兄もさ、思い出してぇや…ハルが煙草吸いに行った時、春ちゃんと二人やってんやろ?客商売長いねんから、お客さんとの会話は覚えてんちゃうん?」



あたしの代わりに、真実を見つけようとしてくれるシゲさん——…



「んー」



その甲斐あってか、明和さんの表情が変わった。



「何か思い出したん?」


「いや…」



期待の眼差しを向けるシゲさんに対し、煮え切らない返事をする明和さん。



「兄貴、」


急かすように、藤本陽生も明和さんへ言葉をかける。



カウンターを挟んで、三対一の状態であたし達の視線を一心に集める明和さんは、困ったように溜め息を吐いて、



「言ってるわ…」



あたしの言葉が嘘じゃないと証明してくれた。



「確かに言った…思い出した…」



ブツブツと呟くように続けた明和さんを、



「何でやねん!」


「おい…」



シゲさんと藤本陽生が責め立てる。



「いや、言ったんだけど、それはちょっと誤解ってゆうか…」



腕を組んで、次に発する言葉を考えている明和さんに、少なくともあたしとシゲさんは、真実を聞きたくてウズウズしてる。



「春ちゃん…ごめんな」


「え…?」


「誤解させちゃって…」


「誤解?」


「うん…その、陽生の事じゃないんだ」


「え?」



あたしを始め、両サイドに座る二人も、同じ反応だったと思う。



藤本陽生の事じゃないって言われても、あの時は藤本陽生の話をしてて…


記憶を辿るあたしに、明和さんが言葉を選ぶように話出した。



「誰の話をしてたかは聞かないでくれ。仮にAさんが居たとしよう」


「はぁ?」



突如意味の分からない説明を始めた明和さんに、藤本陽生が苛立ちを含んだ声を上げた。



「まぁ聞け…今回の事態は、完全に俺の言葉が足りなかった所為だ。だからってベラベラと真実を言う訳にはいかない。だから個人情報保護の為、Aさんを使わせてもらう」



もう何が何だか分からなくなって来たあたし達は、明和さんの説明を黙って聞いた。



「仮にAさんが居たとしよう。俺は春ちゃんに、Aさんの話をしてるつもりだった。だけど春ちゃんは、それを陽生の事だと思ってしまった。それは俺の伝え方に問題があったんだと思う。陽生と来てるんだから、俺が陽生について話してるんだと、そう春ちゃんが思うのは当然だ」



あたしが勝手に勘違いしただけかもしれないのに、明和さんは当たり前に、自分に否があると言ってくれている。



「詳しくは言えねぇけど、つまり俺はAさんに片思いしてる奴が居るって言った。けど春ちゃんは、陽生に片思いしてる奴が居ると思ってしまった。そうゆう事だ!春ちゃんごめんな!陽生の件は誤解なんだ」



明和さんが申し訳ないって表情をするから、あたしは単純に明和さんの言葉を信じる事にした。



どう見積もっても、そんな単純な誤解じゃなかったけど。



明和さんの言う通り、あたしが勘違いしてしまったんだとしても、明和さんがあたしの知らない人物の話をしてくるとは思えない。



そのAさんって人を、あたしが知ってる前提の内容だった。


だからあたしは、話の内容からして藤本陽生の事を言ってるんだと疑いもしなかった。



だって…


学校ではどうだ?とか、あいつはうまくやってるか?とか、当然藤本陽生の事だと思ってしまう。



でも、違うとなれば…同じ高校で、あたしも良く知ってる人…


好きな人が居る事、「春ちゃんには言ってる」って、そのAさんが言ってたって、明和さんが言ってた。



あたしがそれを藤本陽生だと思ってしまうAさんって…



…―もしかして、



「それ、俺の事やんか…」



隣から、シゲさんの笑いを含んだ声が聞こえた。



「いや、」



咄嗟に否定しようとした明和さんに、



「Aさんって何やねん…カズ兄のセンス疑ってまうわ」


シゲさんが呆れたように笑っていた。



「シゲ…」


「ええねんええねん!ハルがおるから俺の名前出さんとこうとしてくれてんやろ?」



明和さんの意図を理解したような口調で、どこか開き直ったようにも見えるシゲさん。



「はいはい、これで繋がったわぁー。俺、春ちゃんには言うてんってカズ兄に言うたしなぁ」


「悪い…シゲ」


「俺は別にええよ。ただ、俺の話してるでーって春ちゃんにきちんと言わな、誤解してもうて可哀想やんか」



あたしの心配をしてくれるシゲさんの優しさに、胸が痛かった。



あたしが誤解なんてしなければ、シゲさんはこんな風に知られたくない事をバラさなくても良かったのに。



「春ちゃん誤解が解けて良かったやん」


「シゲさん…」


「まぁ乗りかかった船やし、ハルにも教えたろか?」


「乗りかかった船の使い方あってんのか?」


「そんな細かい事知らんわ」



シゲさんが藤本陽生に言わなかったのは、人付き合いが苦手らしいシゲさんのプライドだと思う。


誰よりも紳士で、誰よりも人を見てるシゲさんだからこそ、そのプライドが時に自分を苦しめるんだと思う。



でも、



「ずっと前にフラれた女がおんねんけど、」



この状況で藤本陽生に話さないってゆうのは、プライドを守るよりも辛いんだと思う。



「そいつの事今だに好きやねん」



そんなシゲさんは、やっぱり藤本陽生が好きなんだと思った。



何だかんだ言って、自分の事になると面白おかしくしようとするシゲさんは、片思いしてる女性の存在を打ち明けると、すぐに話題を別の方向に持って行った。



「初めてハルちゃん見た時な、俺、心がめっちゃ震えてん!」


「何でシゲがトキめいてんだよ!」



明和さんがケラケラ笑うから、あたしまでつられてしまう。



「シゲがこんな事言うから、どんな子なんだろうって、俺ら兄弟も見てみたくてな」


「ほんまな、ナツ君なんて、一人で春ちゃんのお店に飲みに行こうとしててん」



シゲさんの最後の言葉は、さすがに笑えなかった。


働いてるところなんて、知り合いに見られたくない。



まぁ実際そんな事はありえないだろうから、シゲさんや明和さんの話を半ば空想のように聞いていた。



良く喋る二人の会話は、普段のあたしの生活には無いものだからとても新鮮で、この空間に居れる事が本当に嬉しくて、楽しかった。



藤本陽生の小学校の時の話を何故か明和さんから聞かされて、中学での藤本陽生がどれだけやさぐれてたかをシゲさんに語られて、この日だけで藤本陽生の人生を知ったような錯覚を覚えた。



「ハルは四人兄弟の末っ子やねん」


「態度は長男並みだけどな」


「カズ兄とナツ君が甘やかした結果ちゃうん?」


「俺は違うだろ、甘やかしてんのはナツだ」



そんな二人の会話から、藤本陽生は兄弟にも可愛がられてるんだと改めて感じた。



「良いですね」



それに、何だか羨ましい。



「春ちゃんは兄弟居てへんの?」


「あたしは一人っ子だから」



自分の事をあまり語りたくない性分だから、ここまでオープンに話せる藤本陽生の人生が眩しく思えた。



そんなあたしの心境を、三人は感じとってくれてるのかもしれない。



あたしについて何も聞いて来ない三人に、気を遣わせてるのかも…と申し訳なく思いながらも、聞かれない事にホッとしてたりする。



「ここの兄弟、名前が春夏秋冬の読みなん知ってた?」



自分の事みたいに自慢気にそう聞いて来たシゲさんも、どこかあたしと似た部分があるように思えた。



「前来た時、明和さんから聞いたよ」


「なんや知ってたんー?」



余程自慢気に語りたかったのか、それはそれは残念そうな声を出されたから知らないフリをしてあげれば良かったと思った。



「三番目には会うた?」


「三番目?」


「ハルの三番目の兄ちゃんや」



あたしが首を横に振ると、シゲさんの目がキラキラと輝いて、



「ほな教えたる!ハルの三番目の兄ちゃん風雪って言うてな、あ!ここで働いとんねん!」



念願叶ったようにそれはそれは自慢気に教えてくれた。



「風の雪って書いてフユキ。まぁ分かると思うけど、冬に生まれてんて」


「へぇ」



頷くあたしに「今二十一歳で、大学行っとる」と、自分の兄の説明をするかのように話してくれた。



「ハルとよう喧嘩してんで」


「喧嘩してねぇよ」


「ほなこないだのアレは何やねん?」



藤本陽生に否定されたシゲさんは、二人が些細な事で良く喧嘩するんだと喧嘩の部分を強調して教えてくれた。



シゲさんの話を聞きながら、見たことのない藤本陽生の兄を想像してみる。



明和さんと藤本陽生は、顔でゆうとあまり似てない。


怖い感じでゆうと似てるのかもしれないけど、藤本陽生が「静」なら明和さんは「動」って感じ。


強いて言うなら、声が似ているんじゃないかと思う。


だから他の二人のお兄さん達を、上手く想像する事が出来なかった。



喋り倒すシゲさんをよそに、藤本陽生は溜め息なんて吐いて入り口の方へと視線を向けてた。



帰りたいのかな?と思ったあたしは、店内の壁に掛けられた時計へと視線を向け、



「そろそろおまえら帰れ」


同時に明和さんの声が聞こえたから、視線を前へ戻した。



壁に掛けられた時計からあたし達に視線を向けた明和さんは、「開店準備しなきゃなんねぇ」と、立ち上がった。



何時間ここに滞在してたのか分からないぐらい、時間が経過していて…



「あれ?」



立ち上がった表示に、シゲさんが口を開いた。



「ふぅくん遅ない?」



腕時計を見やるシゲさんに、



「あー、遅れるって」



明和さんがそう言いながら、帽子を脱いで頭を掻くと、再び帽子を被り直した。



「ほんなら俺、もうちょい居てんで?」


「あー、いいいい。遅れるっつっても開店には間に合うだろ」



気遣うシゲさんに「帰れ帰れ、大丈夫だから」と明和さんは笑顔を見せ、



「春ちゃん、また来てよ」



あたしに手を振ってくれた。



「ぜひ、また来させて貰います」



だからあたしも笑顔になる。



「シゲ、明日は学校行くんだろ?」


「行かなハルが寂しがるやん」



明和さんにそう返したシゲさんも、笑ってた。

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