14

新たな出会い

外に出ると、やけに肌寒かった。



季節が季節なだけに、昼間とは違う気温。


コートの襟を両手で掴んで、家の前に呼んであったタクシーに乗り込むと、


「寄るとこあるかい?」


顔見知りの運転手さんが、行き先を伝える前に聞いてきた。



「うん。駅前ね」



あたしの返答に対して「今日は同伴かい?」と言いながら、運転手のおじさんは車を発進させた。



「そうだよ」って答えようとしたのに、口から出て来たのは「うん」ってゆう短い頷き。



「最近どうだい?繁盛してるかい?」


「お店はね。あたしは相も変わらずだよ」



主語の無い会話が成り立つ程、運転手さんは毎日のように聞いてくる。



「また休みの日に飲みに行くよ」


「ありがと」


「わしとも同伴してくれるかい?」


「もちろん」



笑顔で応えたのは本音だった。



駅前でタクシーを降りると、毎晩変わり映えしない人達で賑わっている。



どこに目を向ける訳でもなく、人目を避けるように駅構内にあるカフェへと入り、ホットコーヒーを頼んだ。



昔は飲めなかったコーヒー。

独特の苦味がどうも苦手だった。


それが今じゃブラックを注文する程。


好んで飲みだしたのか、見栄なのか―…きっかけは分からなくなってしまった。



「いたいた、お疲れさん」



掛けられた声に視線を上げると、



「お待たせ、行こうか?」



待ち人がそこに居た。



まだ半分近く余っているコーヒーに目もくれず、


「いつも待たせてごめんね!」



当たり前のように伝票を持ってレジへと向かう水谷さん。



「いえ、待つの好きですよ?」



その背中越しに、コートを着ながら答えた。



鞄を掴んで水谷さんを視線で追うと、レジの前に立っているのが見えた。


すかさずコーヒーカップを手に取り、残っていたコーヒーを飲み干した。



少し冷めていた。



空になったカップをテーブルに戻し、レジの前に居る水谷さんへ追いつくと、タイミング良く会計が終わった様で。



「御馳走様です」



お店を出たと同時にお礼を言った。



水谷さんはいつもスーツを着ている。



それは今日も例外ではなく、


「ハルちゃんと同伴の日は、これでも早く仕事終わらせてるんだけどな」



申し訳なさそうに眉を垂らして、その足取りは時間を惜しむように早々と進む。



「水谷さんにはほんと感謝してます。今度デートしましょうね?」



だから必然と、並んで歩くあたしの足取りも早くなっていた。



「それリアルに嬉しいな。あ、タクシー乗ろう」



駅を出てタクシーを見つけると、すかさず駆け出した水谷さんは、あたしを先にタクシーへ乗せ、詰めるように後から乗り込んだ。



「すぐそこだから」



その言葉通り、三分もしない内にタクシーは止まった。



着いたお店は想像通りの洒落た店。


水谷さんが連れて行ってくれるところだから、美味しいお店に違いないとは思ってた。


まさしく期待通り。


ジャンルで分けると居酒屋になるんだろうけど、ここはちょっと敷居の高い居酒屋って感じがする。


通された個室は座敷になっていて、靴を脱いで上がると掘り炬燵になっていた。



「初めて来ました」


コートを脱いで足を降ろすと、水谷さんと向き合う。



「ハルちゃんの好きな感じのお店でしょ?」



満足そうに微笑む水谷さんは、やはりあたしの事を知った気に話す。



「食べたいの頼みなよ」



メニューを手渡して来た水谷さんからそれを受け取ると、



「ここ、ランチもやってるんだって」



メニューを見ているあたしに、水谷さんがとびきりの情報をくれた。



「じゃあ、さっき言ってたデート、ここでランチってのはどうですか?」


「いいね、喜んで」



嬉しそうな水谷さんに微笑み返す。



「水谷さんはこのお店に良く来るんですか?」


「いや、今日で二回目」


「あ、そうなんだ」


「先週同僚と来たんだけど、ハルちゃん好みだなと思ったから、今日どうしても連れて来たかったんだ」



ニコリと笑う水谷さんに、ニコリと微笑み返した。



「さすが水谷さん。あたしの事知り尽くしてる」


「まあね」


「何そのドヤ顔」


「ハルちゃんが俺の彼女になれば、言うことないんだけどね」


「水谷さんがあたしの彼氏?」



こんなやり取りも、水谷さんとなら気持ち悪いと感じない。


だって彼は大人。


本音と建前は、あたしなんかよりも上手に使い分けれる人。



注文した料理が運ばれて来た頃、お酒が進んだ水谷さんは更に饒舌になっていた。



会社の部下について語ったかと思いきや、自分の人生設計について教えてくれたり、人生の先輩としてアドバイスを受けたりもした。



自分の事を語るのは好きじゃないから、こうやって人の話を聞く方が楽なあたしは、美味しい料理を堪能しながら、それなりに楽しんでいた。



だけど、



「ハルちゃんってフリーだよね?」



水谷さんの思わぬ発言に、自分でも分かるぐらい顔が強張ってしまった。



「フリーって…?」


「彼氏いないよねって事」


「あぁ、はい…」



こんな会話は幾度となくこなして来たのに、この時ばかりは激しく焦っている自分が居た。



今彼氏が居ないのは本当だし、例え彼氏が居たとしても、水谷さんになら本当の事を打ち明けていたと思う。


だからここまで動揺する必要は無いのに…



「彼氏」と言うフレーズを聞いて、藤本陽生を思い出した事が、あたしを激しく不安定にさせてしまったのかもしれない。



「いや…実はね、ハルちゃんの事しつこく聞いてくる奴が居てさ」


「え…?」


「彼氏居るのか聞いといてくれって言われたんだ」


「あたし?」


「うん。ハルちゃんに彼氏が居ないのは、最初の頃に聞いたから居ないって言ってたぞって言ったんだけど、今はどうなのか聞いてくれってしつこくて…」



溜め息を吐いた水谷さんは、グラスを掴むと惜しみもせずアルコールを体内へ流し込んでいる。



「誰…ですか?」



それよりも、気になるのはそこだ。



「園村って覚えてない?」


「ソノムラ…?」


「そう、半年前くらいに会社の奴ら連れてお店に行ったじゃん?あの時居たんだけど、覚えてないかな?」



半年前―…



あたしが、藤本陽生と付き合いだした頃。



いつも一人で来てくれている水谷さんが、珍しく会社の人達数人を連れて来たから、その日の事は良く覚えてる。



だけど、水谷さんが誰かと来店したのは、あの日が最後だ。



「仕方なかったんだよ…たまたま会社の奴ら連れて飲みに出ててさ、後は若い奴らで飲みに行けば良いと思って、俺一人でハルちゃんに会いに行こうと思ったんだけど」



あの日の事を思い出したようで、水谷さんは少し不服そうな声色だった。



「俺がいつも飲みに行ってるとこに行きたいって、言い出したら聞かねーから」



言葉とは裏腹に、水谷さんは何だかんだ優しい人。


それを会社の人達も分かっての事だと思う。



「その中に、一番若い奴居たの覚えてない?」


「分かります」


「まぁ若いって言っても、ハルちゃんよりは年上だけどね」



ハハっと笑った水谷さんのグラスが、また空きそうだ。



「これからお店行くのに、飲み過ぎじゃないですか?」


「んー、だね。ちょっとペース早かったかな」



水谷さんはお酒が強いのか、飲み方を知っているのか、酒の場で失敗をするような人じゃない。


酔ってるなってゆうのを、お酒が進むにつれて感じる時はあるけど、普段の素面と殆ど変わらない。


だから一緒に居て、本当に有り難い人だとつくづく思う。



「そいつ…園村がね、どうもハルちゃんの事気に入ったらしくて」


「え?」



意味が分からない程、初心では無いし、鈍感でも無い。



水谷さんの言ってる意味はきちんと分かってた。


園村さんがあたしに興味を持ってくれてるって事。



「俺からしたら、園村は十分若いと思うんだけど、ハルちゃんからしたら、どうなんだろ?」



だけど、あたしが疑問に思ったのはそこじゃない。



「園村さんって、結婚されてませんでした?」



水谷さんの質問に答えず、気になった事を口にしたあたしに、


「あぁ、うん」


優しい水谷さんは、きちんと疑問に答えてくれる。



「前、水谷さんと来てくれた時に、嫁がどうとかって…そんな話をしてた気がして…」


「うん、結婚してる」



平然と話す水谷さんに、男って奴は本当にどうしようもないな…と溜め息が出る。



「園村がどうゆうつもりか俺にも分からない。だけど、ハルちゃんを気に入ってるのは事実で、ハルちゃんに会いたがってるんだ」


「はい」


「今日この後、店に来るって言ってる」


「そうなんだ」


「ごめんね、ハルちゃんにしたら面倒だと思うけど…」


「いえそんな、」


「ハルちゃんには悪いようにしないから。あいつ会わせてくれってしつこくてさ…今日会えば気が済むと思うんだ」


「はい」



ニコリと笑って返事したのは、水谷さんを安心させる為。



決して、園村さんと会う事に喜んでる訳じゃない。



ここであたしが露骨に嫌とゆう態度をとれば、水谷さんがあたしに対して申し訳無い気持ちになると思うから。


あたしはこれが仕事。


水谷さんはお客さん。


嫌な顔なんて出来ないし、させられない。



あたしが働いてる店は、決して安くはない。


だから水谷さんみたいに同伴してくれて、毎晩のように飲みに来てくれるお客様は、必然的にお金に余裕がある人って事になる。


水谷さんの収入なんて知らないし、貯金がいくらあるのかなんて分からないから、水谷さんがお金持ちなのかお金持ちじゃないのか、あたしには断言出来ない。



でも、毎晩のようにお店へ入れてくれる料金の事を思えば、お金に余裕はあるんだと思う。



だから、家庭のある普通のサラリーマンが一人で飲みに来るにはしんどいお店。



きっと園村さんは、あたしに会いたくても一人で飲みに行けるようなお店じゃないから、水谷さんにしつこく言い寄ってたんだと思う。



そして、願叶ってやっと、今日に漕ぎ着けたってところかも知れない。



「あ、そろそろお店に行こうか」



腕時計を見てあたしへ確認するように目を向ける水谷さんに、「はい」と頷いてここを出る支度をした。



店を出て再びタクシーに乗り、着いた場所は【CLUB桜】



あたしが働いているお店。



食事代もタクシー代も、当たり前に水谷さんが支払ってくれる。


慣れたように店のドアを開ける水谷さんは、どこか優越感に浸ってる感じ。



「いらっしゃいませ」



女の子達の出迎えと共に、既に賑わっている店内に足を踏み入れた。



先に水谷さんを席へ通し、支度する為に下がったあたしが、再び席へ戻った時には――…



「ハルちゃん!久しぶり!」



早速、水割りを浴びる水谷さんの前に、笑顔で手を振る園村さんが居た。



「…お久しぶりです」



その笑顔とは対照的に、あたしの顔はあまりの突然さに引き攣っていたと思う。



「さっき店出る時に、これから桜に行くって連絡しといたんだよ」


「そうですか」



迷わず水谷さんの横に座るあたしへ、園村さんがここに居る経緯を水谷さんが教えてくれた。



「ハルちゃん久しぶりだね!俺の事覚えてた?」


自分の隣に座っている女の子を気にも止めず、正面に居るあたしへテーブルから身を乗り出すかのように話しかけてくる園村さん。



もちろん覚えていたから「はい」と笑顔を向けた。



「水谷さんに頼み込んで、今日同席させて貰ったんだよ」


「はい」


「また会えて嬉しいよ」


「ありがとうございます」


「ハルちゃん綺麗になったね」



マジマジと嬉しそうに見つめてくる園村さんに、「そうですか?」と微笑んだ時、



「こら、ハルちゃんは俺のだぞ」



隣から水谷さんがあたしの肩を抱き寄せた。



そんな水谷さんに、「そうですね」と笑って同意する。



「ハルちゃん彼氏居ないって聞いたけど、本当?」



懲りずに話しかけてくる園村さん。



「園村さん、お茶ですか?」


質問に答えず、目の前に置かれてあるグラスへ視線を向けると、「今日は飲まれないっておっしゃって…」と、園村さんに付いている店の女の子が変わりに答えた。



「体調でも悪いんですか?」



そうは思えないけど、園村さんへ向けた問いに、園村さんはニコッと笑みを浮かべた。



「素面で話したいんだ」


「何を?」


「何をって訳じゃなくて、やっとハルちゃんに会えたから、酔っぱらうのが勿体無い」



眩しいぐらいの笑みを向けられ、その言葉に少しときめいてしまった。



乙女心とゆうやつか…



「こらこら、ハルちゃん口説いてんじゃねぇぞ」


そこへ、すかさず口を出すのは水谷さん。



「俺のハルちゃんだって言ってんだろ」


「口説いてないですよ。思った事言ってるだけです」



シレっとそう言い放った園村さんは、お茶の入ったグラスを掴んで、ゴクゴクと喉を鳴らした。



その左手の薬指には、指輪がはめられている。



「大丈夫ですよ水谷さん。浮気しません」



抱かれていた腕を掴んでそう笑って見せれば、水谷さんの酒がどんどん進んで行く。



一方…園村さんがどうゆうつもりなのか、本当に分からない。



水谷さん同様、スーツ姿の園村さんは、年齢が二十八歳だと言っていた。



半年前に初めて会った時は、もう少し若く感じたけど、話してみれば年相応かなとも思ってくる。



この店には、水谷さんぐらいの年齢か、それ以上の年の男性が来店する事が多いから、あたしからすれば、十一歳も年上の園村さんは大人だけど、ここに居ると更に若く感じられる。



髪型もスーツの着方も、若さが滲み出て見える。



「で、ハルちゃん彼氏居ないって本当なの?」



あたしが忘れた頃に、忘れていなかったらしい園村さんが、再び聞いてきた。



「本当です」


「マジ?」


「マジです」


「えー」


「居た方が良いですか?」



そう笑ったあたしに「いやいやいや!」と慌てて訂正しようとする園村さんの話し方は、やっぱり若いなと感じる。



いつも年配者を相手にしているから、何だか新鮮に思えた。



「マジでハルちゃん彼氏居ないんだ」


「はい」



笑って答えるあたしの隣で、



「おまえはしつこい!」


水谷さんがグラスを片手に呆れていた。



この調子じゃ、園村さんに掻き乱されそうだなと、一抹の不安を抱いていたあたしは、まんまとその思いを裏切られてしまう。


最初こそ積極的にあたしの彼氏事情を聞いてきた園村さんだけど、あたしに彼氏が居ないと納得した途端、水谷さんを立てるような話し方に変わり、自然に会話が出来るようになった。



あたしの何に興味を思っていたのか分からないけど、そんな事を気にするのも忘れるぐらい、園村さんと話をするのはとても楽しかった。



だから――…



「じゃあ、僕そろそろ」


午前一時を回った頃、腕時計へ目をやりながら「失礼します」と水谷さんに声をかける園村さんを見て、不意に寂しく感じた。



まるで、楽しみを奪われた子供のような気分。



遊園地へ遊びに行って、まだ遊び足りないのに帰らないと行けない侘びしさのような―…



「あー、もうそんな時間か…ハルちゃんもだよな?俺も帰るよ」



一時には帰る事になったと、水谷さんには言ってあった。



それに「うん」と笑ってみせると、水谷さんの元へお会計の紙が渡される。



「これで」


女の子へカードを手渡した水谷さんをよそに、帰り支度を始める園村さんを見て、やっぱり寂しさが募った。



「水谷さん、今日は本当にありがとうございました」


「ほんとだよ、ハルちゃんを口説くのはこれっきりだからな」



お礼を言う園村さんに、ハハっと笑って答えた水谷さん。



「タクシーどうされますか?」



水谷さんがタクシーに乗るのは分かってたから、園村さんに向かって問いかけると「お願いします」と声が返ってくる。



先に水谷さん達を店から出し、帰り支度をして急いで後を追うと、タクシーが三台、列を作ってハザードを焚いて待っている。



その前に一人で立っている園村さんに駆け寄ると、既にタクシーに乗って待って居てくれた水谷さんへお礼を口にした。



「水谷さん!今日もありがとね!気をつけて帰って下さい!」


「ハルちゃんもね。また連絡するよ」


ヒラヒラと手を振って笑顔を見せた水谷さんを合図に、タクシーのドアが閉まり、水谷さんを乗せたタクシーはそのまま発進した。



その後を手を振って見送り、タクシーが角を曲がったとこで、あたしは園村さんに視線を向けた。



「園村さんも、今日はありがとうございました」


ぺこっと頭を下げて見上げるあたしに、ニコッと笑ってくれる園村さん。



「寒いから、ハルちゃんも早く帰りなよ」


「はい。園村さん先にタクシーへどうぞ」


「え?いいよ、ハルちゃん先に乗りなよ」


「いえ、見送らせて下さい」


「ダメダメ!風邪でも惹かれたら怒られるよ!」



水谷さんにドヤされるとでも思ったんだろう。



「大丈夫ですよ」


「ダメダメ!」


「でも、お客様置いて先にタクシーに乗れないです」


「いいよそんなの」


「いや…でも」



寒空の下で、しかもお店の前で、いつまでもこんなやり取りをしてる訳にはいかず、



「あの、」


「じゃあ、」



あたしが折れようかと思いたったと同時に、園村さんと声が被ってしまった。



「あ、どうぞ…」



気まずくなる前にと、急いでそう口にしたあたしに、園村さんは口元に笑みを浮かべ、



「じゃあ、途中まで一緒に乗ってかない?」



とんだ提案をして来た。



「いや…」


「俺ん家こっちなんだけど、すぐだから。俺が先に降りて、ハルちゃんはそのまま帰ったらいいじゃん」


「でも…」


「あ、タクシー代は水谷さんから預かってるよ」


「けど、」


「あ、大丈夫!俺結婚してるから、奥さん居るし」


「そう…」


「よし決まり。はい乗って!」



あれよあれよと言う間に、あたしはタクシーに乗り込んでいて。



「あ、ちょっと待ってて」


そう言って下がった園村さんは、後ろに停まっているタクシーへ近づくと「すいません!一台多く呼んだみたいで!」と、タクシーの運転手さんに乗らない言い訳をして、あたしが乗っているタクシーに戻って来た。



「お待たせ!」


勢いよく乗り込んだ園村さんは、運転手さんに家の場所を伝えると、



「ハルちゃんって彼氏作らないの?」



すぐさまあたしに話かけて来た。



タクシーが動き出して、【CLUB桜】のネオンが遠ざかって行く中…



「今は要らないって感じ?」



あたしの中では終わったと思っていた内容を、どうやら終わってなかったらしい園村さんが掘り返してくる。



「そんなに気になりますか?」


「うん」


「えぇ…」


「ん?」



園村さんに対して、再び疑問が湧き出てくる。



あたしに対して好意を持ってくれてるとしても、どうも腑に落ちない。


奥さん居るし。と言った園村さんの口調からして、奥さんを裏切るような人とは思えなかった。



だからって、興味本位で聞いているにしてはしつこい。



水谷さんに頼み込んでまであたしに会いたがってた割には、さっさと帰宅する辺り、やっぱり良く分からない。



目的が分からない。



「あたしの浮いた話なんて興味ないでしょ」


「ハルちゃん浮いた話あるの?」


「いや、そうじゃないです」


「好きな男できたとか?」


「できてないです」


「ふーん」



興味があるのか、無いのか、分からない――…



「園村さんは、いつも飲みに出られるんですか?」


「全然。仕事の付き合いでなら行くけど、ほとんど無いね。真っ直ぐ家に帰るよ」


「へー」


「奥さんが待ってるからね」


「そうですか」



やっぱり、園村さんとゆう人が良く分からない。



「奥さんは、今日飲みに出てる事知ってるんですか?」


「うん」


「怒らないんですか?」


「怒るってゆうか、注意?ならされた」


「注意?」



予想に反した答えに、思わず笑みが漏れたあたしへ、



「でも大丈夫。約束はちゃんと守ってるから」



意味が分からない事を言う。



水谷さんの言う「好意」が、恋愛に結びつくものだと思ってたあたしは、ちょっと違うなと感じた。



好意は好意でも、男女の言うとこの好意では無くて、ただ単にあたしに興味があるだけのような…


それも“あたし”にと言うよりは、



「ハルちゃんに会うには、店に通うしかないから、なかなか会えないね」


「え?」


「その間に彼氏出来ちゃったらどうしよ」



あたしの、彼氏事情に興味があるみたい。



「そんなに気になります?」


「ハルちゃん可愛いからね」


「じゃなくて、あたしに彼氏が出来るか…」



そう呟くと、園村さんの瞳が一瞬揺れた。



「また会いたいな」



だけどすぐに口角を上げて、ニコリと微笑む。



園村さんがどうゆうつもりで、水谷さんに頼んでまであたしに会いに来てくれたのか、結局分からなかった。



「あ、そこで良いです」


園村さんの言葉を合図に、タクシーがゆっくり停車した。



「近いんですね」


「うん」



タクシーのドアが開いて、どこか分からない通りに目を向ける。



「じゃあね、ハルちゃん」


「はい」


「あ、いけね…」



タクシーから降りる寸前で止まった園村さんは、スーツの内側に手を突っ込み、



「水谷さんから」



タクシー代だと思われるお金を手渡して来た。



「あ、すみません」



それを受け取ると、裸の一万円札が半分に折られていた。



「じゃあ、ハルちゃん気をつけてね」


「はい、あの、今日はありがとうございました!」



タクシーを降りる園村さんの背中にそう声をかけると、園村さんがタクシーのドアへ手を当て振り返った。



「早く帰って寝ないと、朝起きれないよ」


「はい」


「じゃあまたね」


「はい」



ニコリと笑えば、園村さんも笑みを浮かべ、遠慮気味にドアを閉めた。



「とりあえず…」



タクシーの運転手さんに行き先を告げ、窓から見える園村さんに会釈したら、手を振ってくれたから振り返した。



タクシーが動き出すと、園村さんも背を向ける。



遠ざかって行くその後ろ姿を眺めながら、最後まで園村さんがどうゆうつもりなのか分からなかった。



…――けど、少なからず何か意図があるとゆう事は分かった。

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