8
あたしの過去
高校生になってすぐに、あたしとゆう人間は“こうゆう子”とゆう印象が出来上がったのが、事の始まりだと思う。
中学からの仲良しグループとか、新しく出来た友達とか、同級生の子はみんな誰かと居た。
楽しそうにしてた。
だけどあたしは、目すら合わせなかった。
そうこうしてるうちに、出来上がってしまったグループに溶け込む事も出来ず、だいたいいつも一人でいて…
ある日、話しかけられた。
同じクラスの女の子に。
それは、桜が散りかけた高一の春。
「ねぇねぇ、図書委員だよね?」
馴染めないクラスで、一人机に向かって読書をしている時だった。
「…え?違うけど」
話しかけられ顔を上げると、同じクラスの女の子が居て、
「あれ?津島さんが図書委員だって聞いたのに」
彼女は困ったように目を泳がせてた。
「誰が言ったの?」
「…あの子達」
彼女が指差す方へ目を向けると、窓越しに廊下で談笑している女の子グループが見えた。
「あー…あたし本ばっか読んでるからね」
そう頷いたのは、彼女達が同じ中学だったからって理由だけじゃない。
中学の頃から「図書委員」とゆう仇名で自分が呼ばれている事を、あたしは知っていたから。
「で、からかいに来たの?」
視線をそっと目の前の子に戻すと、
「何が…?」
彼女は困惑した表情を見せ、逆に問いかけて来たから、本当に図書委員を探してるんだと思った。
「…何でもない。図書委員は知らない」
「そっか…」
「もう良い?」
本へ視線を戻すとすぐに、
「あ!ねぇ、」
彼女が呼びかけるから「なに?」と、また視線を上に向けた。
「あの子達と仲悪いの?」
「え?」
「いや、図書委員って誰か知ってる?って聞いたら、急に笑われて…ってゆうか、バカ笑いみたいな?」
「……」
「そしたら津島さんの名前が出てきたから…」
「……」
「仲悪いのかなって…」
「……」
「あの…、」
「何か言ってた?」
「え?」
廊下で談笑している三人グループに視線を向け、「あの子達、他に何か言ってたの?」そう聞くと、
「いや、」
彼女が戸惑いを見せたから、開いていた本をパタンと閉じた。
「だいたい予想つく」
「え?」
「あたしの事、言ってたんでしょ?」
「いや…」
「何て言ってた?」
「何って…」
「大丈夫だよ。昔から仲悪いの。有ること無いこと耳が腐る程言われて来たから」
中学の時を思い出して、可笑しくもないのに何故か笑えた。
「いや、津島さんの事は何も言ってなかったよ」
「え?」
「津島さんは図書委員じゃないでしょ?確かに、津島さんの方を見ながら笑ってる気はしたけど…」
「……」
「図書委員やってる子の話みたい」
「……」
「あたしが津島さんって可愛いよね。って言ったの」
彼女は照れくさそうに微笑んでた。
「そしたら、「図書委員は昔から有名人だ」ってあの子達が言ってて、意味分かんないよね?津島さん図書委員じゃないのに…」
「何て言ってた?」
「ん?」
「その“図書委員”の事、何て言ってたの?」
「図書委員ってゆうか、図書委員をしてる子の、お父さんの話だったのかな?」
「……」
「あの子達の地元じゃ有名な話らしくて、中学の時にその図書委員の子のお父さんが、あの子達の親からお金を借りて、返せなくなって逃げたらしいよ」
「……」
「他にも…、当時の同級生の親にはほとんど借りてたらしいけど」
「……」
「まぁ実際、本当の話かどうか怪しいよね」
「……」
「津島さんは、その“図書委員”の事知ってるの?」
そう…彼女はきっと、悪気なんてなかったと思う。
ただ聞かされた事実を、あたしに話してくれただけ。
…―視線を廊下へ向けると、あの三人の女達が、あたしを見て笑っていた。
バカにしてるんだろう。
…――小学生の時、知らぬ間に両親が離婚して、気づいたらあたしは父親と二人暮らしで。
中学生の時、父親が失踪して、あたしは訳も分からず周りから責め立てられた。
ハッキリした事情も分からず、何となく理解したのは“父親が金を持ち逃げした”とゆう事。
子供に罪は無い。と言いながら、周りの視線はあたしを非難するものだった。
父親が居なくなって、これからどうしたらいいんだろう…と落胆するあたしに、心配して来てくれた担任が母と連絡をとってくれた。
既に再婚していた母は、新しい旦那さんと二人で生活していたらしい。
数年ぶりに再開した母に、思う事は色々あった。
父親と別れてから一度も連絡をくれず、今の今まで見放されていたんだと思っていたし、母に対して軽い失望すら抱いていた。
そんな母が、あたしに言った。
「あなたの産みの親じゃない」と…
数年ぶりに会って聞かされた事実に、あたしは失望していた母に対して、感謝するべきだったんだと後悔した。
…――母が父親と結婚した時、あたしは三つか四つの歳だったらしい。つまり父親の連れ子だった。
母が産みの親だと思い込んでいたあたしは、もちろん当時の記憶なんてない。
産みの親の事は、母も知らないと言っていた。
離婚したのは、父親の金使いの悪さが原因だったらしい。
本当の母親じゃない母が、何年も連絡してこないのは当たり前だと思ったし、父親と別れたのも当然だと思った。
それなのに―…
「うちにおいでよ」
父親が失踪して途方にくれるあたしを、実の母親でもないのに母は引き取ってくれた。
だから―…
「何か、“図書委員”のお母さんも大変だね」
「……」
「あの子達が言ってたよ、旦那の金も返さずにのうのうと暮らしてるって」
関係ない母の事を言われるのは、許せない―…
「津島さん!?」
衝動的なものだった。
嘲笑う三人に向かって、足が動いたのは…
「何よ」って、言われた気がした。
あいつらに近づくにつれ、腹立たしさに拍車がかかって、
「いやぁっ…!」
掴みかかったら、呆気なく悲鳴をあげられた。
こっちは物凄く腹立ってるから、周りとかどうでもよくて。
怒りに任せて、中心にいた奴を振り回した。
叩いたし、引っ張ったし、殴ったかもしれない。
中学の時から溜まってた物が、この時あたしの中で爆発したんだと思う。
自分でも、あーあ…って、しでかした事に気づいたのは、周りに居た生徒があたしから視線を逸らした時だった。
言うまでもなく、それ以来あたしは同級生から敬遠されている。
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