変わらない関係

付き合ったところで、あたし達の関係は何一つ変わらない。



そもそも、シゲさんが居なければ、あたし達が付き合っているのかさえ定かで無くなってしまう。



シゲさんとゆう証人が居るから、あたし達は事実上…交際が成立している事になる。




「…あれ?お弁当渡せへんかったん?」



見上げると、キョトンとした顔のシゲさん。


いつの間にか、シゲさんの目の前で立ち止まっていたらしい。



「ハルは照れ屋やな」



無言のあたしに、シゲさんは優しく微笑んでくれた。



どう考えたっておかしいのに。シゲさんはいつも勘違いをしてる。



彼女が作ったお弁当を毎回受け取らない彼氏なんて、どんな理由があるんだと…その心理を疑って当然だ。



むしろ、毎回こうしてお弁当を作っても受け取ってもらえず、懲りもせずに毎日作っては渡そうとするあたしの健気さに気づいて頂きたい。



藤本陽生にもっとも近い筈の“彼女”とゆう存在ですら、それが肩書きとゆうだけで、もっとも遠い存在になっている。



いつもあたしはシゲさんと居る…


彼氏の親友と一番近いなんておかしな話だ。



それが成立しているんだから、あたし達とゆうのは、とてもおかしな関係なんだろうと思う。



そのままストンと腰を下ろした。


受け取って貰えなかったお弁当は、虚しくもあたしの膝の上に置かれている。



「ほな、今日も春ちゃんの美味しい弁当は、シゲさんが頂きます」



そう言って、シゲさんがあたしの膝にあるお弁当へ手を伸ばした――…



「ん?」


「…ごめんなさい」


「ん?」



それを遮るように、あたしは咄嗟にお弁当を持ち上げた。



「ごめんなさい…」


「どないしてん?」


「……」



俯くあたしに、シゲさんはきっと困ってる。



「春ちゃん?」



シゲさんの影が、少し近づいた。



「……シゲさんに、」


「ん?」


「シゲさんに、作ったんじゃないから…」


「え?」



シゲさんの困惑した声に顔を上げると、その表情は、思った通りのもので…



「ごめんなさい…」



いつもならこんな風に思わないのに、いつもなら喜んでシゲさんにお弁当を渡すのに。



この時はそんな気になれなかった。



シゲさんが悪いんじゃない。シゲさんがどうとかじゃない。



藤本陽生に拒否られた事実が、こんなにもあたしを落胆させた。



いつもみたいに、笑ってシゲさんにお弁当をあげられなかった…




「春ちゃん…?」



シゲさんが、覗き込むようにあたしの隣に来た。



「ごめんなさい…」


「謝らんでええよ…どないしてん?」


「……」


「この弁当は、ハルに作ったやつやし、俺のやないなんて、知ってる事やん?」



シゲさんの口調は本当に優しかった。


だけど―…何を今更落ち込んでるの?と言われてるようで……



「春ちゃん?」



……胸が痛い。



謝るあたしに、シゲさんはとても困った顔をしていた。



今日だからかもしれない。こんなにも浮かれてたからかもしれない。


無駄な期待を抱き過ぎた所為で―…



そう、全部あたしの勝手。



勝手に浮かれて勝手に期待して、勝手に落胆してる。



藤本陽生にも、シゲさんにだって…関係のない事。



こんなの、シゲさんからすれば、ただの八つ当たりだ。



「シゲさん…」



あたしは自分でこの立場を選んだ。だから、こんな態度とっちゃいけないし、思っちゃいけない。



「ごめんね…」



面倒臭い女になったら終わりだ…



「春ちゃん、」


「何か陽生先輩、機嫌悪いみたいで。怒らせたかな?と思って、勝手に落ち込んだだけ」



だから、一番自然な言い訳を口にした。


シゲさんが納得してくれるように。



「アイツ、誤解されやすいねん…春ちゃんが気にする事ないで?」



シゲさんがどう思ったのかは分からないけど、そう言って笑ってくれたから、この場は何とかやり過ごす事が出来た。



「そうだよね、ごめんね…シゲさん、お弁当食べてくれる?」


「喜んで」




いつまでこんな関係が続くんだろうと思いながらも、いつまでもこんな関係が続いてほしいと思っている。



「シゲさんは、いつもあたしと居て良いの?」


「えー?何やそれ」


「ちょっと思っただけ」



隣に並んだままのあたし達は、お弁当を広げた。



「何や春ちゃん、今日はちょっと悲観的やな?」


明るく言ったつもりだったのに、シゲさんは真面目な声で…



「そう?普通だよ」


少し動揺してしまった。



「そ?ほな、頂きます」



藤本陽生に作ったお弁当を、藤本陽生に食べてほしかったお弁当を、今日もシゲさんが食べてくれる。



「ん?美味しいで?」



ずっと見つめ過ぎた所為か、シゲさんが茶化すように視線を向けたから、咄嗟に微笑み返した。




「春ちゃんは、ほんまに可愛いな」



シゲさんはいつも、こんな風にあたしを褒め千切る。


だから、毎回反応に困ってしまう。



「シゲさんは、あたしを過大評価し過ぎだよ」


「えーほんまの事やし」


「えー…」


「春ちゃんは謙遜し過ぎ」


「そんな事ない」


「あるって!みんな言うてるで?春ちゃん可愛いって」



自信満々にそう言ったシゲさんに、あたしは曖昧な笑みを浮かべた。



だって、そんな事は聞いた事がない。


だいたい、“みんな”って誰だ…




「春ちゃんはもっと自信持たなアカンわ」


「自信ね…」


「せや。みんなが、春ちゃんとお近づきになりたいなぁ…ってゆう目で見てんで!」


「みんなねぇ……」


「せやかてあれやで?野郎共にちょっかい出されたらすぐ言いや?まぁ…ちょっかい出す奴なんかおらん思うけど」


「シゲさん言ってる事がバラバラだよ…」


「何でや?」


「だって、自信持てって言うわりに、男の人と関わる事を良く思ってないでしょ?」



シゲさんから視線を逸らして、掴んでたおかずを口に放り込んだ。



「はぁ?」



途端に、すぐ傍で素っ頓狂な声を出したシゲさんの所為で、放り込んだおかずを危うく飲み込みそうになった。



「何言うてん!」



飲み込まずに済んだおかずをしっかり噛み締めながら、興奮状態のシゲさんを見ると、



「アホちゃう!」



…アホ呼ばわりされてしまった。



「何で俺がハル以外の男と仲良うせぇゆうてアドバイスせなアカンねん!」


「…え?」


「え?ちゃうやろ!何しにハル以外の男に「素直になれよー」とか標準語で言わなアカンねん!」


「ひょ?標準語?」


「ちゃうちゃうちゃうちゃう!そこ突っ込まんでいいねん!独り言や!」


「独り言…?」


「いやいやいやいや、そこちゃうねん!いちいち気になる単語拾わんでええねん!」


「はぁ…」


「ちゃうで?春ちゃん全然ちゃうで?全然理解してへんやん!」



もはや意味が分からず、眉間に皺が寄ってしまう。



「…そんな睨まんといてぇや」


「シゲさんの日本語が、あたしには伝わらないっす」


「何でいきなり体育会系やねん!」



睨みつけるあたしに、ゲラゲラ笑いだしてしまったシゲさん…



だけど笑いはすぐに治まったようで、コホン!っとわざとらしい咳払いをすると、



「本題はこれからや」



至ってマジメな口調でシゲさんが口を開いた。



…到底、ふざけてるとしか思えない。



「本題って何?」



偉そうに聞いたあたしに、


「言っとくけどな、」


何故かシゲさんまで偉そうに答える。



「春ちゃんの事をかわいいなーとか、お近づきになりたいなーとか言うてんは、みんな女やで」


「女?」


「せや。オンナ!」


「そうなんだ」


「そんなもん間違っても、春ちゃんの事を男がどうこう言うたりせぇへん」


「へぇ…」


「せやからシゲさんが言いたかったのは、春ちゃんは同性から慕われてるっちゅう話や!」


「へぇ…」


「何かまた睨んでるし」


「違います。眩しいだけです」



それからもシゲさんは、色々騒いでた。



人と目が合ったら微笑み返すぐらいの愛嬌がないと、女は可愛くないで?とか。


ブスッとしとる奴より、ニコニコしとる子の方が誰だって話しかけやすいと思わへん?とか。



シゲさんの例え方が、それあたしの事言ってんの?って思うようなモノばかりで、


何となく鬱陶しかったから、気づいてないフリして「興味ない」って言ってやった。



「そっか」



それに静かに頷いたシゲさん。


あたしはそんなシゲさんが凄く好きだ。シゲさんとゆう人が大好きだ。



だけど、こうゆう分かりやすい優しさは嫌いだ。



てゆうより、何でも分かるような口調で自分を分析されるのは嫌だ。

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