6
この恋の始まり
あたしが藤本陽生の“彼女”とゆう肩書きを手に入れたのは、出会ってから
屋上に顔を出すのが当たり前になって来て、三年生からは「いつもシゲといるね」なんて、話し掛けられるようになって―…
仕舞いには、「もしかしてシゲと付き合ってんの?」と言われる有り様。
「ちゃうちゃう!」」
いつもシゲさんは全力で否定してくれた。
「春ちゃんは大事な子やねん」
少しの誤解と共に。
「何だぁ、シゲの片思いかぁ」
屋上に居たシゲさんの友達は、納得したように微笑むけど、あたしは笑えない。
どう大事なのか、シゲさんもそこのとこをきちんと説明しないから、こうして誤解が生じる。
「違います」
だからあたしはハッキリと声に出した。
「シゲさんはあたしに片思いなんてしてません」
なのにこの人達とは、話が噛み合わない。
「あーなるほど。そっちか」
あたしの発言のどこに、「そっちか」と納得される方向があったのか理解に苦しむ。
「つまりはあれか」
凄く不愉快な笑みを浮かべたシゲさんの友達に、周りに居た数人の先輩達も「あらぁ?そうなの?」と、更に不愉快な笑みを作った。
イヤラシイとゆうか、冷やかすような…その含み笑いに、
「つまりは春ちゃんが、シゲに片思いだ」
見当違いも甚だしいと、苛立ちが募った。
「ちがっ…」
「ちゃうねん」
あたしの否定に同調してくれたのは、我らが紳士。シゲさん!
「春ちゃんからかうのもその辺にしとき」
その落ち着いた口調に、はやし立ててた先輩達が息を呑んだのが分かった。
それはもちろんあたしも同じで、何てゆうか、この場の空気がシン…とした。
みんなの視線を一心に集めるシゲさんは、
「春ちゃんの好きな人は他におる」
またとんでもない事を口にする。
「え?そうなん?」
納得したと思った先輩共が、また目を輝やかすから、もう苦痛でしかない。
「シゲさん!」
あんた何言ってんの!と叫びたい気持ちは、声にならなかった。
「せやから、春ちゃんをからかったらアカンで」
そんな爽やかに微笑んだって、あたしは誤魔化されない。
「誰!だれ!?春ちゃんの好きな人だれ!?」
からかうとゆうより、興味本位で聞き出そうとする先輩達。
「……」
…面倒臭い。
「せやから、春ちゃん困らすなって」
この場をそうゆう雰囲気にした張本人が呆れている。
「この学校の奴?ねぇ!何年?」
「いや、」
マジで面倒臭い。
授業をサボらされてまで、こんなとこでこの人達に質問責めされる意味が分からない。
「おい何べんも言わすなや…春ちゃん困ってるやん」
その原因を作ったのはあなたです。
「それよりアイツどこ行ってん?」
コロコロ話が変わるのは、関西人特有のものなんだろうか…
「アイツって?」
先輩の言葉に深く共感したあたしは、
「藤本陽生さんですよ」
シゲさんのわざとらしい物言いにドキッとした。
「陽生だったらまだ来てねぇだろ?」
「…はぁ?アイツまだ来てへんの!」
意識してる相手の名前に、あたしの心臓がビクッと過剰に反応してしまう。
ほんの少しだけ、体も震えたかもしれない。
「あのアホは学校をどこぞの休憩所と勘違いしとんちゃうやろな!」
「そんな風に思ってんのはシゲだけだ…」
「せやかて毎日毎日社長出勤もええとこやぞ!何様やねん!」
「……」
「ハル様とか言うたらシバいたんねん!わしはシゲ様じゃボケぇ!」
「…っ」
「女の前でツンツンしやがってあのムッツリスケベ!」
「おいシゲっ…」
「何やねん!止めてくれるな!言わせてくれ!」
「いや…」
「少しばかり男前やからって調子に乗ってんねん!アホか!俺の方がよっぽど男前やっちゅうに!」
「……」
「あのムッツリに教えたるわ!学校とは何ぞや!」
「誰がムッツリだ」
「……」
「おいシゲ」
ポカンとアホ面を浮かべるシゲさんに「だから言おうとしたのに…」と、先輩は呆れていた。
「てめぇ昼間っからいちゃもん付けるたぁ良い度胸だな」
シゲさんの隣に居たあたしも、後ろから現れた藤本陽生に全く気付かず…
シゲさん同様、相当アホ面だったに違いない。
「陽生さん…盗み聞きするとは、お人が悪いですな」
「てめぇが俺の前でベラベラ喋りやがったんだろ」
藤本陽生が居る。目の前に…
「せやかて、全部事実やし?」
あたしの隣に居るシゲさんが、バカにしたような物言いをする。
「なぁ?春ちゃん」
こんなとこで同意を求めて来るなんて、マジでありえない…
シゲさんのせいで、あたしは藤本陽生の方を見れないのに、藤本陽生がゆっくりとこちらを見たのが、視界の動きで分かった。
「……」
だんまりを決め込むあたしに、シゲさんがクスッと可笑しそうに笑う。
…全くもって笑えない。
「シゲもう良いだろ?春ちゃんからかって遊んでんなよ」
先輩達が、いつもの事だと言わんばかりに、ケラケラ笑っていて…
どうやら状況を把握しきれなかったのは、あたしだけらしい。
「そういえば、また騒いでたぞ」
その先輩の言葉に、藤本陽生の視線が、スッ―とあたしを通り過ぎ、
「何の話だ?」
先輩へ向けられたお陰で、さっきまでの居た堪れない状況から免れた。
「陽生に振られた女達」
ゾクッとした。
その先輩の言葉に。
“陽生に振られた女達”
それが意味するものは、藤本陽生には、以前交際していた女性が居るとゆう事。
更に“女達”とゆう事から、付き合った女性が複数居た事が分かる。
自分が意識してる相手に、見えた女の影。
藤本陽生に愛された人の存在が…やけに気持ちを掻き立てる。
「またか…」
不意に聞こえた溜め息は、藤本陽生さん本人のもので。
「っクソ面倒くせぇな…」
話の流れを理解してないあたしは、助けを求めるべく、シゲさんへ視線を向けた。
チラッと向けた視線は、ばっちりシゲさんに受け止められ、納得したように微笑んでくれた。
「前告白して来た女が酷い振られ方して、その腹いせに、新しく出来た男にハルの事ちゃーちゃー言うとんねん」
分かり易く説明をしてくれた。
「まぁ確かに、「二度と話しかけんな」とか「誰だおまえ」なんて、好きや思うてる人から言われたら腹立つやんな」
「女は嫌いだ」
誰にともなく、その言葉を心底嫌そうに吐き出した藤本陽生は、少し離れた場所にあった空いてるベンチをズルズルと引きずり歩き、
「ふー…」
溜め息を吐きながら、ドカッとそこへ腰を降ろした。
「ほんで、その女らは何や言うてん?」
あたしに椅子を貸してくれてた紳士なシゲさんは、藤本陽生が引きずって持って来たベンチを見るなり、迷わずそこへ座り込んだ。
「知らねえよ…」
だから必然的に、藤本陽生とシゲさんは仲良く同じベンチに一緒に座っているとゆう事になる。
「知らんわけないやろぉー」
「……」
心底めんどくせぇって顔した藤本陽生は、もうぜってぇ何も話さねぇ!って感じにシゲさんから顔を背けた。
「あたしの前の男なんだけど~別れてからもしつこくてぇ、いまだに言い寄って来るのぉ。だからさぁ、ダーリン何とかしてよ~」
頭がおかしくなったんじゃないかと思う程、突然気持ち悪い話し方をして見せた先輩は、
「こんな感じじゃね?」
と、満足そうに藤本陽生へ視線を向けた。
「そんな気持ち悪い事言うてんの?」
「噂じゃそうみたいだぞ」
「そりゃまたえらい都合のええ噂ですな」
「陽生に振られたのがよっぽど腹立つんじゃね?」
藤本陽生の話をしているのに、その本人は素知らぬ顔で煙草を吸っている。
「せやかてそんなんダーリンに言うたとこで、ダーリンが気ぃ悪くするだけやろ?」
「そのダーリンが厄介なんだろ」
「何でや?」
「「俺の女にちょっかい出してんじゃねぇぞ!」って、陽生にオラオラ言って来てんだよ」
「そらダーリンアカンわ…」
「陽生はこんなんだしよ、「めんどくせぇ」っつって言い訳すらしねぇし」
「そら事態は変わりませんわ」
「まぁ、あのダーリンには何言ってもダメだろうよ」
「ダメそうやな」
「例え、そんなんじゃねぇって否定したとこで、陽生に彼女が居る訳じゃねぇし、ダーリンからしたら説得力がねぇよな」
「そやね」
「何か良い方法ねぇかな」
「あります」
ピシッと片手を挙げたシゲさんは、まるで授業中に解答する生徒みたいで…
「はい、シゲくんどうぞ」
それに悪乗りした先輩は、先生の役でもしてるみたいだ。
「陽生さんに彼女を作ったらえんちゃいますやろか?」
「彼女?」
その先輩の聞き返した言葉と同時に、あたしも、ほかの先輩達も、藤本陽生本人ですら、一斉にシゲさんへ視線を向けた。
「またてめぇはくだらねぇ事言ってん―…」
「せやかて、ハルに女がおるって分かったら、ダーリンかて納得するやん」
藤本陽生の言葉を遮って、シゲさんは続けた。
「その女がいちゃもん付けよっても、ハルが彼女を大切にしてんのが分かったら、ダーリンかて流石に、自分の女がおかしいって思うやろ」
「なるほど」
「せやのに、「俺の女にちょっかい出すなやー!」とか言うて来たら、ダーリンもうアカンわ。残念な人です」
「そりゃ言えてんな」
ケラケラ笑う先輩は、シゲさんと一緒になって「陽生!おまえ女作れ!」と言い出す始末。
これは只事じゃない!
まさかまさかの事態に、あたしの心中は穏やかじゃない。
藤本陽生に彼女!?
ありえない!
シゲさんが何考えてんのか知らないけど、あたしが藤本陽生に好意を持ってると知りながら、彼女を作れと進める神経が分からない。
「陽生!かわいい子紹介してやろうか?」
調子に乗り出した先輩に、殺意すら芽生える。
「他校のタメとかどうよ?」
「陽生って年下と年上どっちが良い?」
藤本陽生の周りに群がり出した先輩達。
「アカンアカン!ハルの彼女はもう決まってんねん!」
そんな中、シゲさんが立ち上がり、ニッと笑った。
その視線が、やけにあたしを見つめてくる。
「はぁ?誰だよ」
先輩諸君、同感だ。
藤本陽生は本気にしてないらしく、気持ちが良いほど無関心丸出しで。
「ここに居てるやんか」
ニヒッと笑ったシゲさんは、そのままあたしへと近づき、
「とびきりのカワイ子ちゃんが」
ポンと肩を叩いた。
「えぇぇぇぇえ!!?」
誰よりも先に驚きの声を上げたのはあたし。
「はぁぁあ?」
嫌悪感いっぱいに低い声を出したのは、意外にも藤本陽生だった。
「…てめぇこの野郎」
「ええやん!付き合ってもらったら」
「ふざけんな…」
「大真面目やし!」
「どこがだ…おまえはいっつもいっつも…」
「せやかて春ちゃんやで?春ちゃんが彼女になったら毎日ハッピーライフやで?」
「…うるせぇ」
珍しく口数の多い藤本陽生は、余程この展開が気に入らないらしい。
彼女を強要されるのが嫌なのか、“あたし”が彼女になるのが嫌なのか…
どちらにせよ、
「決まり!決まりな?」
シゲさんは譲りそうにない。
「えー…でもさ、春ちゃん好きな人いるじゃん」
そんな中、先輩がとんでもない事を口にした。
「そうそう!さっき言ってたよな!」
揃いも揃ってこの人達は、ロクな事を言わない。
「陽生の彼女にされたら、春ちゃんが可哀想だろー」
あたしを想っての発言なんだろうか、それは。
「あーええねんええねん!なぁ?春ちゃん」
いつもは爽やかだと感じるシゲさんの笑い方に、腹が立って仕方ない。
「…はい」
そう答えたあたしは、少し苛々していた。苛々していた所為で、後先なんて考えず、まんまとシゲさんの策略にはまった馬鹿野郎だ。
「春ちゃんからオッケー出たな?」
シゲさんのハシャぐ声に、自分のしてしまった発言を、今更思い返していた。
「まぁ春ちゃんが良いなら良いけど!」
先輩達も「これで解決だな!」と藤本陽生に歓喜の声を上げていた。
「春ちゃん頑張りや」
コソッと耳打ちして来たシゲさんに、
「…うん」
あたしは頷きながら、一人場違いな程テンションの低い藤本陽生を、この目に映していた。
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