同じ呼び名の彼

藤本陽生を意識し始めたのも、キッカケはシゲさんだった。



初めて声をかけられたあの日から、事あるごとにあたしの教室へ来ては、屋上へと連れ出される。



そして必ずそこには藤本陽生も居た。



シゲさん以外にも、屋上には他の先輩が居て、それは特に昼休憩になると、良く見かけた。



どうして毎度毎度自分がこんな目に遭うのか謎で仕方なかった。



交友関係の無いあたしは、突然始まったこの奇妙な出会いに疑問を抱くよりも、初めての体験に少しワクワクしていたのかもしれない。



藤本陽生はいつも他の先輩達と一緒に居て、特に目的があって屋上へ行っていた訳じゃないあたしは、その光景を横目に映しながら、シゲさんが傍に居てくれた事に安心していた。



近くに居られちゃ視界に捉える事すら怖くて出来ないけど、離れた場所なら違う所を見るふりをして伺う事が出来る。



そうやってチラチラ視線を送るあたしに、目ざといシゲさんが気づかない訳がなかった。



「ハルの事、気になんの?」



それはもはや疑問ではなく、確信めいた言葉で。



「いつも、あんな風に笑ってるの?」



敢えてシゲさんの質問には答えず、逆に聞き返したあたしは、



「せや。ハルは誤解が多いからな…あいつはいっつも楽しそうにしてんで」



そのギャップに、惹かれたのかもしれない。



とにかく怖いらしい藤本陽生が、とにかく恐ろしいと聞く藤本陽生が、あんな風に笑うなんて、これがサッカーの試合だったら、イエローカードどころの騒ぎじゃない。



レッドカードだ。



「話したいんやったら、呼んだろか?」


「えっ!?いいよ!」



余計な事はしないでくれと、シゲさんを見上げれば、「何やそれ!」と笑われてしまった。



「せやかて見ててもオモんないやん」



見てるだけで満足な乙女心が、さすがのシゲさんでも分からないらしい。



「大丈夫。とりあえず今はこのままで…」



そうは言いながらも、知りたいと思った。



どんな風に笑って、どんな風に話して、どんな事を考えているのか。



「陽生先輩って、色んな噂ありますよね?」


「あれ?春ちゃんって噂信じちゃう人?」


「間違いなら間違いだと、訂正してくれないと信じちゃいます」



チャラけるシゲさんに真面目に返すと、シゲさんの表情がピタリと固まった。



「そらアカンわ…訂正せなアカン噂ばっかやんけ」



シゲさんが言うには、藤本陽生は基本良い人らしい。



強さや立場を鼻にかけず、自らを好いてくれる人を大切にするそうだ。



「女関係の噂あったやろ?あんなん全部出任せやで」



それを聞いて安心したのは言うまでもない。



飽きたらポイなんて、女性をゴミみたいに扱う人じゃなくて良かった。




「ただ、まぁ…キレたらうざいねん」



面倒臭そうに眉をしかめたシゲさん。



「ハル怒らしたら怖いしな、気ぃ付けや?」


「それ冗談ですか?」



ヘラヘラと笑うシゲさんの表情からは、何も読み取れなかった。



「あと…これは噂と関係ない事実なんやけど、」


「何ですか?」


「ハルは愛妻弁当に憧れてんねん!」


「はあ…」



意外な事実に、失礼な程無気力な声が漏れた。



「お昼にお弁当作ったったら喜ぶで!」



そんなシゲさんの言葉を真に受けたあたしは、彼女でもないのにお弁当の本を買い占め、さっそく料理の練習を始めた。



何とか好きになってもらいたくて、何とか気になってもらいたくて、藤本陽生に嫌われたくなくて、どうやったら好いてもらえるか…そればかり考えてたと思う。



こんなあたしは自他共に認める程、藤本陽生が好きになっていた。




一体いつから?


どうゆうとこが良かったの?


どこが好きなの?



そう聞かれると、答えるのに詰まるのは確かで…


正直自分でも明確な答えを見つけられずにいた。



ただ、気づいたら目で追っていて、彼の声がやけに耳をクスぐって…胸の奥がジン…と切なく鳴いて。



好きだ好きだと気持ちが勝手に溢れて来た。

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