シゲさんとゆう人



あたしが藤本陽生と出会うキッカケになったのが、シゲさんだった。



そんなシゲさんと知り合ったのは、二年生に進級した春の事。



クラス替えと共に変わった新しい環境での生活が始まり、それまで話した事の無かった子達が顔を合わせる。



みんながどこか浮き足立っている中で、最初に声をかけて来たのが、シゲさんだった。




それも、「初めまして」や「どうも」なんてゆう挨拶じゃなく…




「アカンわ―…」



と、訳の分からない溜め息。




机に座ってHRが始まるのを待っていた時だった。



同じ学年に居る筈の無い人が、どうしてかあたしと同じ教室に居るから驚きだ。




「これはあきませんな…」



シゲさんは酷く落胆した様子で「そんなアホな」 とか、散々独り言を呟いて、それを見据えるあたしに気づいてないのかと思うぐらい、何かと格闘してるのか…自分と会話をしてた。




だけど目を逸らせないのは、シゲさんがあたしの目の前に居るからで……




「さすがにこればっかりはどうにもできません!」



そう言って視線を上げたシゲさんは、あたしの机に両腕を乗せて、向き合う形で座り込んでいる。



その存在は知っていた。


だけど面識も無ければ、もちろん話した事もない。



その姿をたまに見かけるぐらいで、みんなから「シゲ」と呼ばれてる事ぐらいしか、分からなかった。



だってシゲさんは…



「留年したんですか…?」



あたしの一つ上の先輩だから。



「えー?まさかまさか、留年なんてする訳無いやん」



わざとらしくチャラけた口調で話すシゲさんに、じゃあ何がしたいんだろう?と、疑問ばかりが募る。




「春ちゃんやろ?」



ポカンと見つめていたあたしに、視線を合わせたシゲさんが口を開く。



「津島、春ちゃん、やんな?」



「え…」と言葉に詰まるあたしを無視して「お初にお目にかかります」と、流暢な関西弁を喋る。



「まずはご挨拶までに」



右手を差し出して来たシゲさんは、まるで握手を求めているかのようで……



「…え?」



戸惑うあたしの右手をソッと掴むと、



「以後、お見知り置きを…」



妖艶な笑みを浮かべて見せた。



それ以来、シゲさんは気づけばあたしのクラスに居て、



「なぁなぁ春ちゃん」



暇さえあれば話しかけてくる。



「何か?」


「暇やねん」


「……」



今が授業中にも関わらず、そんなふざけた事を言い放つ。



「サボろうや」


「……」



どうして授業中なのに、違う学年のシゲさんが居る事を先生は指摘しないんだろうか…



「な?」



イタズラな笑みを浮かべた矢先、シゲさんは前へ向き直ると、



「センセー!」



スクッと立ち上がり、



「津島さんが吐きそうやー言うてますから、保健室連れてって来ます」



見事にあたしを巻き込んだ。




戸惑う暇も無く「津島、無理するなよー?」と、先生の有り難いお言葉が耳に届く。



「ほな行って来ますー」



ガッツリ掴まれた腕を引っ張りながら、シゲさんがあたしを教室から連れ出した。




「…ありえない」



屋上に連れて来られたあたしは、開口一番に溜め息。



「せやかてしゃーないやん?」



悪びれた様子も無く、何なら笑顔すら向けて来るシゲさんに、不思議と諦めに似た感情が芽生える。



「サボりたいんなら一人でどうぞ…」


「そんなっ!水臭い事言わんといてや―…」


「だってあたし、別にサボる気無かったし…」



屋上に来たところでする事も無く、フェンスの前で煙草を吸い出したシゲさんの隣に行き、そこへ背中を預けた。



互いに反対側を向いてるあたし達は、いやあたしは…何だかんだ、シゲさんが作り出す雰囲気が好きだったりする。




「ほんまはな、」



煙草の煙りが鼻を掠めた。



「わざとサボってん」



その落ちついた声色に、シゲさんへ視線を向けると、フェンス越しに見える校庭を眺めてた。




「何でやと思う?」



横目であたしを見るその横顔が、嫌味な程絵になっている。



「…知らないよ」



咄嗟に目を逸らした自分が、何だか恥ずかしかった。




「あ、やっと登場や」



突如明るい声を出すシゲさんに「見てみ!」と肩を叩かれ、同じようにフェンスを掴むと、静まり返っている校庭を歩く生徒が目についた。



「あの人って…」



見た事はある。シゲさん同様、一つ上の先輩だからその存在ぐらいは知ってる。



「シゲさんと仲良いよね?」



だけどあたしがその名前を知ったのは、シゲさんと同じ理由ではない。



同じ学年でも、名前を覚えてない人はたくさん居るし、名前だけ知ってても、顔が分からない人も居る。



それが先輩や後輩ってなると、分からない人数は更に増える。



「藤本陽生…だっけ?」



だけどこの人の場合、どちらにも当てはまらず、その名前も、その存在も、校内中に知れ渡っている程で。



もはや嘘か本当か分からない噂が、一人歩きするぐらいだ。



とにかく怖いらしい。


とにかく恐ろしいと聞く。


必ずしも人は、見た目と中身が同じとは限らない。



見た目が怖いからって、中身まで怖い人だとは限らない。



優しそうに見える人でも、実は凄く冷たい人かもしれない。



そういった世間一般の見解が、藤本陽生には一切通用しないらしい。



どちらかと言えば、雰囲気が怖い。喋ったら更に怖いから、ある意味期待を裏切らない。



背の高さからか、その端整な顔立ちの所為か――…やけに大人びて見えるけど、中身が極悪非道だから外見も極悪にしか見えない。




「まぁ、もうちょいしたらここ来るわ」


「…え?」



校庭を見つめてたシゲさんは、藤本陽生の姿が見えなくなると、フェンスを背にした。


さっきまでのあたしの様に。


逆にあたしはさっきまでのシゲさんの様に、フェンスを掴んだまま校庭側を向いていて、完全に入れ替わった状態のあたし達は、向き合う事なく会話を続けていた。




「あいつ、いっつも登校時間バラバラやねんな?せやから学校で捕まえんの至難の業やねん」



可笑しそうに語るシゲさんは「今日は待ち伏せする事にしてみました」と、吸ってた煙草をポトンと落とし、足で揉み消した。



とにかく怖いらしい藤本陽生が、とにかく恐ろしいと聞く藤本陽生が、今からここへ来るとシゲさんは言う。



「それ知ってて、シゲさんは、あたしをここへ連れて来たの?」



右半身をシゲさんに向けると、シゲさんは「んーっ」と背伸びした。



「春ちゃんは賢いし好きや」



背を向けてた体を向き合わせ、「会わせたい奴おんねん」と、シゲさんは言う。



「それって…」



ここまで来れば、あたしが賢く有ろうと無かろうと…関係なく、



「藤本陽生…?」



誰かなんて分かってしまう。



それは同時だった。



あたしの問いかけに「せや」と頷いたシゲさんの声と、屋上の扉が開いたのは…




「…おまえ遅いねん!」



呆れ口調で叫んだシゲさんの直線上に、



「何してんだ…?」



藤本陽生が姿を表した。



「おまえ待っとってん!」



隣に居るシゲさんの話し方が、いつもより乱暴に聞こえた。



どうして良いか分からず…ただ突っ立ったまま、シゲさんと藤本陽生へ交互に視線を向けるしかない。




「待ち合わせなんかしたか?」


「してへんわ!アホ!ちゃうわ!したかってん!せやかておまえ携帯に連絡しても出ぇへんし!携帯持っとる意味無いやろがボケ!」


「あぁ?忘れて来た」


「何やと!話にならんわ!解約してまえそんなもん!」



普段接するシゲさんからは見た事のない興奮状態に呆気に取られていると、少しずつ近づいていた藤本陽生と目が合ってしまった。



立てらせた前髪に、整えられた眉毛。


近くで見る藤本陽生は、背が高い所為か、ただ睨まれているだけなのか…見下ろされる目線がやけに鋭く…只ならぬ恐怖を感じた。



そしてその視線はこちらを一睨みし、シゲさんの近くにドカッと腰を降ろすと、



「で?」


変わらない落ち着いた声色を出す。



「何が『で?』やねん!」


「……」


「スカしてんちゃうぞ!俺ならまだしも!春ちゃん待たせとんねん!遅れてすみませんでしたの一つぐらい―…」


「おまえがシゲに頼んだのか?」



突然カチ合った視線に、動揺から「え…?」と、蚊の鳴く様な声しか出ず、



「こらハルー!今俺が喋っとんねん!」



シゲさんが放った“ハル”とゆう言葉にドキッとした。



自分の名前を呼ばれてるみたいで、何とも紛らわしい…




「シゲに頼んだのか?って聞いてんだ」



その声に、苛立ちが含まれていると感じた。



「…違います」



だから、早く何か言わなきゃ…と、咄嗟に口を開いたら、あたしまでシゲさんを無視してしまう形になった。



「俺が連れて来てん」



不貞腐れたような声を出すシゲさんは、突っかかっても相手にされないと諦めたのか、



「春ちゃんとハルを会わせたかってん」



この場に居る理由を口にした。



シゲさんから視線を逸らした藤本陽生に、



「…冗談だろ」



睨まれた気がした。




「シゲてめぇふざけんじゃねぇぞ…」



低く唸るその声に、藤本陽生の機嫌が悪いのは見て取れる。



「僕はいつだって本気です」



なのに、シゲさんにはその機嫌の悪さが分からないらしい!


「本気です」とか言いながら“僕”とか言っちゃってるあたり、ふざけてるとしか思えない!



「…どうゆうつもりだ」



ついには立ち上がってしまった藤本陽生が、シゲさんににじり寄った。



「せやから僕はただ、」



これが分かっててわざとおちょくってるんだとしたら、シゲさんは相当な怖い者知らずで…



「あのっ!」



今にも殴りかかりそうな藤本陽生に、見兼ねて思わず声を上げていた。



2人の視線がこちらに向けられる。



「あたし、教室に戻ります…」



今すぐにでも、この場から立ち去った方が良いと思った。




「コイツの事は気にせんでええからな?」



そんなあたしに、優しい口調で促してくれるシゲさんは、今思えば初対面から紳士的だったなと思う。




「戻るんならさっさと行け」



…それに比べて、藤本陽生は愛想もクソもなかった。




「あ、春ちゃん!!」



慌てたようなシゲさんの声を背に受けながら、足早に屋上を後にした。

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