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彼氏とゆう肩書き
「…何だ」
睨むように見下ろしてくるその視線は、酷く冷たい。
「ここに来んなって言ったろ」
聞き飽きた言葉に、あたしの視線はどんどん下がる。
「…聞いてんのか」
一瞬にして、この場の空気が凍てついたのは、その低い声の所為―――…だけじゃない。
「ハル!彼女にそうゆう態度すんのやめたれや」
毎度の事ながら、あたし達のやり取りを見兼ねてか…シゲさんが教室の中から口を挟む。
「彼女だぁ?」
そんなシゲさんに向かって…眉間に皺を寄せ、もはやあたしとゆう存在すら否定しかねないこの男―…
三年二組。
藤本 陽生(ふじもと はるき)
五ヶ月前から付き合い始めた、あたしの彼氏だ。
“彼氏”と言えば聞こえは良いが、所詮はただの肩書きも同然。
“彼氏”とゆう肩書き。
「春ちゃん、気にせんでええからな?」
あたし達の傍まで来ると、シゲさんはいつも通り微笑んで、優しくフォローしてくれる。
「で、何か用あったんちゃうん?」
そして気遣いすら忘れない。
シゲさんマジ紳士。
「これ…お弁当…」
握り締めてた紙袋を少し前へと突き出し、恐る恐る視線を上げる。
「…めんどくせぇ」
言葉通りの表情を浮かべたこの男に、あたしの心はボロボロの雑巾よりズタボロだ…
「春ちゃんが作ったん?どおりで旨い思うてん!」
「てめぇ食ってねぇだろうが」
「陽生さん、あんたもっと想像力膨らませなアカンわ!春ちゃんが作った弁当やで?食ってなくてもそんなん旨いに決まってるやん」
シゲさんが呆れた口調でそう返すと、藤本陽生がスッと目を細めたから、向かいに居るあたしがヒヤッとした。
「ええねんええねん。こんな男放っとこ。春ちゃん安心してなー?このお弁当は一つ残さずシゲさんが食べときます」
そう言ってシゲさんがニシシとイタズラに笑うから、あたしもつられて微笑んだ。
「シゲさん…」
それから屋上へ向かう最中、お弁当はずっとシゲさんが持ってて、
「ん?」
藤本陽生は離れた場所に居て、やっぱり食べてくれなかった。
「毎回ありがとね…お弁当食べてくれて」
「あたりまえやん」
シゲさんは優しい笑みを浮かべ「ハルの大事な春ちゃんやし」と言ってくれた。
「どうかな…」
小さな本音はシゲさんに届かない。
「え、このおかずめっちゃ旨い!!」
彼女が作ったお弁当を、簡単にシゲさんに食べさしちゃうような男に、
「ちょっとシゲさん!食べながら叫ばないでよ!」
あたし以外とは、普通に喋ってるような男に…
「ハルは幸せやんなーこんな良い子が彼女になってくれて」
あたしが愛されてると思ってんのは、脳天気なシゲさんぐらいでしょ。
「ハルは無駄に不器用やねん、そんなとこでいらんから!って思うとこで不器用発揮するし、腹立つやろ?」
ケラケラ笑いながら「何やこの卵焼き!むっちゃ旨いやん!」と、あたしが作ったお弁当を美味しそうに食べてくれる。
「どうしてあたしと付き合ってんのかな…」
「そら好きやからちゃう?」
当たり前のように答えたシゲさんに、溜め息すら吐くのが面倒に感じた。
「シゲさんは優しいね…」
だけどいくらフォローされたって、虚しくなるだけかもしれない。
ふと視線を向けた先に、友達と談笑してる藤本陽生の姿が目に止まる。
「何か、楽しそう」
「そらオモロイ話ししてんねから笑うやろ」
「…そうゆう意味じゃなくて、」
あたしには決して向けられる事の無い笑顔が、それを見せてもらえる人が、羨ましかった。
「ほなどうゆう意味?」
だけどそんな事、シゲさんに言えないから、
「特に意味なんて無いよ」
言葉を濁す事しか出来ない。
「シゲさんは、ここに居ていいの?」
「かまへんよ、春ちゃん放ったらかしよったら殺されてまうわ」
そんな言葉に、シゲさんに…あたしは何度救われたか分からない。
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