第20話:地を害する竜

「――こんな風に群れで行動はしない」


「あわわわぁ~そ、そうです……かぁ……!」


 何事も無かったような口調のレインだが、落下してきたステラは目を回していた。

 無事にキャッチされてもこれであり、本当ならば一休みしたいが敵は待つことを知らない。


『クルルル!!』


 その姿はまるで、大海原を泳ぐイルカの群れだ。

 だが、アースワイバーン達が泳ぐのは地面であり、その好き勝手な生き方によって美しき大自然は汚されていった。


 小さな木は根から彫られて倒され、花も見向きもせずに踏み潰し掘った土で埋まってしまう。


 そんな先程まで美しかった自然が無残になる姿を見てしまい、ステラは大きなショックを受けた。


「そんな……あんなに美しかった自然が、こんな僅かな間に……!」


「これがアースワイバーンだ……自然をここまで破壊する故に、奴等は人以上に、他の魔物達にすら敵視されている。だが、それであっても……」


 レインは、アースワイバーンの動きが気になっていた。

 臆病の割に仲間が殺されても逃げるそぶりもせず、それどころか動きに磨きが掛かっている。

 

――統率されているのか?


「魔物がなんでこの様な動きを……!」


「……魔物使いがいる訳でもなく、こんな動きをするとは。何かあるな」


 ステラですら驚くアースワイバーンの動き、レインも流石に万が一を考えて余力を残して戦っていたが、その考えを消す事にした。


 ステラを下ろし、彼女よりも一歩前に出てアースワイバーン達に立ち塞がると影狼を抜き、もう一つの顔を出した。


――黒狼としての顔を。


『キュッ――!?』


 アースワイバーン達の動きが止まる。

 それと同じくして場の空気も急変し、木々や風すら黙った様に静かになる。

 

――殺気。


 生物――強者が持つ圧倒的殺意を、レインがアースワイバーンへと放った。


 長く危険を、命の危機を隣に置いて来た身が取得していた殺気、それがレインの身体から、そして瞳にも絶対の殺意となって、アースワイバーン達を射抜いたと同時、アースワイバーンは身体を震わせた瞬間――


『!――キュエェェェェェェ!!?』


 大半のアースワイバーン達がレインの殺気に怯え、一斉に叫びながら逃げ出した。

 そのまま巨大なアースワイバーンが空けた穴へと我先に入って行くが、地上に怯えて動けないアースワイバーンがまだ数匹いた。


 レインは、それを処理しようと動き始めた時だ。

 それは突如として起こった。


『グギャァァァァッ!!』

 

 突如、周囲に謎の断末魔が響き渡った。

 加えて、断末魔の中に混じり、肉を混ぜるような音と骨を折る様な音もある。


 尋常じゃない、そんな事が直感的に脳裏に過ったステラは身体が震え始め、気付けば涙目で背後からレインのマントを掴んでいた。


「レ、レイン様……! こ、これは……一体なにが……?」


「……下がれ」


 レインはステラの身を守る為、自分のマントで彼女の身を隠すように動き、その断末魔の発生源へ目を向ける。

 その断末魔はある穴から――そう、先程アースワイバーン達が逃げて行った大穴から発せられていた。

 

――しかし断末魔が止んだ。


 その直後、丸い何かが穴から空高く飛び出した。

 丸い割にはそんなに飛ばず、地面に落ちても跳ねずにそのまま留まる物体。

 それがアースワイバーンの“頭部”である事に二人は気付くが、レインは別の点にも気付いた。


――今までのアースワイバーンよりも2倍ほどでかい。


 確信する、目の前の死んでいるアースワイバーンは群れのボスだと。

 しかし、そうなると最初のアースワイバーンは一体なんだとなる。


『キュウ~クルルルル!!』


 すると、その答えは、あの鳴き声と共に現れた。

 穴から這い出てこようとするが、その巨体故に上半身しか出さない巨大なアースワイバーン。


 その巨大な口には、先程逃げたであろうアースワイバーン達がいた。

 食われたのだろう、頭部・手足等が口からはみ出ているが、重要なのはそれじゃない。


――そのアースワイバーンの顔にそれはあった。の様な模様が。


「顔に赤の模様……はぐれ魔物……!」


「そう言う事か、群れで行動していた訳じゃない。このはぐれ魔物はアースワイバーンの群れを支配していた。どうりで平然と共食いもする筈だ」


 群れで共生していたわけではなく、ただ都合のいい道具として利用していた。


 逃げたアースワイバーンには死を、完全な独裁で元同胞を従う、はぐれ化したアースワイバーン――『グラウンドワイバーン』は口の肉片を呑み込むと、レインとステラに狙いを定めた。


『キュウ……グアァァァ!!!』


「そこから動くな」


 グラウンドワイバーンの声が変わり、レインは相手が狩り状態に入った事を察知する。

 そしてレインは、ステラを後ろに下がらせると影狼に魔力を込め、突進してくるその巨体へ斬撃を放った。


「魔狼閃――夜走一閃やそういっせん


 影狼を下から振い、放たれた魔力の斬撃は綺麗にグラウンドワイバーンの中心を捉え、頭部から尾まで斬撃が刻まれた。


 そして、一瞬の間の後、斬撃の跡から一斉に魔力が爆発。

 黒い魔力の爆発の形はまさに黒い狼の鬣の様で、グラウンドワイバーンの上を魔狼が走り去った様に見えた。

 

『ギュアッ!?』


 その攻撃を受けると、はぐれ魔物とはいえ怯まない筈もなく、奇声と共に動きを止めるが身体は両断までは至っていなかった。


「あのはぐれ魔物……まだ何かあるか」


 両断するつもりで放ったが、グラウンドワイバーンは痛みでのたうち回るだけで、身体は健在だ。

 多少の出血しか見た目に変化はなく、レインも手応えに違和感を抱いた。


「……アースワイバーンの手応えではない」


 まるで強固な鉱石でも斬った様な鈍い手応えを覚え、レインは意識をグラウンドワイバーンの身体を観察する様に集中させた。


 斬った部分へ重点を置き、背中をジッと見ていると肌の色に気付く。


「あれは……まさか鉱石か?」


 桃色の裸色であるアースワイバーン達の肌。

 それはグラウンドワイバーンも見た目は同じなのだが、レインが斬った箇所の皮膚が捲れ、その場所に顔を出したのは肉ではなく茶色や黒の鉱石だった。 


『グルラァァァァ!!!』


 正体見たり、立ち直ったグラウンドワイバーンが咆哮と共に、その正体をついに現した。


 叫ぶや否や、皮膚をまるで被り物の様に破り捨て、中から現れたのは“岩のトカゲ”だった。

 体中が鉱石で纏われており、それがレインが斬りきれなかった理由だ。


「鎧!? いえ、あれは――!」


 ステラも気付いた、グラウンドワイバーンの秘密はそれだけではないことに。

 身体中に纏っている鉱石だが、よく見ると幾つかは素肌のままだったり、鉱石のある部分は根元を肉が纏わりついている様に見える。

 

「……纏っているのではなく、肉体から生やしているのか?」


 鉱石を纏っている様にも見えるが、激しく動けば、多少は剥がれもするだろう鉱石が全く剥がれ落ちない。

 所々に素肌があるのも違和感しかなく、レインが様子を見ていた時だ。


『クルルル~』


 グラウンドワイバーンの身体に新たな変化が訪れる。

 肉体のあちこちがブヨブヨと動きだし、それは触手の様に一斉に現れると、その正体にステラの顔から血の気が失せた。


『キュウ~』


『クルルル~!』


 鉱石の隙間から割り込む様に出て来たそれには、頭部があり、その頭部に見覚えがあった。


――アースワイバーン達だ。


 身体から、うねうねと生えた姿は最早、別の生物――否、生きているとも言えない姿だった。

 その光景は中々に衝撃的であり、ステラは口を抑えてもショックな様子は隠せなかった。


 けれど、当のアースワイバーンは能天気な様子でうねうねと動き続けていた。


「食ったものを身体から生やせるのか……」


 グラウンドブリッジを崩壊させた、つまりは喰らったのだ。

 アースワイバーンも先程喰らったばかりで、もう疑いの余地はない。

 つまり、グラウンドワイバーンは喰った物を肉体から生やせる魔物だった。


――危険な変異体だ。


「魔狼閃――」


 危険と察知し、今度はレインが仕掛けた。

 相手の状態は理解した。硬い鉱石を持っていても出血した以上は攻撃は通っており、ならば殺せる。


「――頭狼狩爪とうろうかそう


 周囲を滅殺する爪の斬撃。

 巨大な狼が暴れたかの様な爪痕が周囲に刻まれ、そのままグラウンドワイバーンすら呑み込んだ。


 もう回避の話ではない、地面すら抉っている以上、潜って逃げようが斬ることが出来る。

――と言うよりも、絶対に逃がさない為の大技だ。


 けれども、グラウンドワイバーンも戦闘力だけが変異した訳ではなかった。


『ギュゥ……グルラァァァァ!!!』


『クルルル~!!』


 グラウンドワイバーンが一咆えすると、周囲の地面から一斉にアースワイバーンが飛び出した。


 飛び出した瞬間、レインの斬撃で絶命するが数は多く、グラウンドワイバーンの身体がら生えたアースワイバーンも手伝い、まるで盾になるかの様に斬撃へと飛び込んでいく。

 

 だが、その程度で突破される程、四獣将は甘くない。


「魔狼閃――」


 駄目押しと言わんばかりに再び構えたレインは、先程と同じ量の魔力を込めて影狼を向けた。


 多少の威力はアースワイバーンの肉壁で落ちてしまったが、次の一撃を放てば確実に斬る事はできる。  

 決着をつける、そう覚悟していたレインが影狼を振り上げた。


――まさにその時、周辺の地面から四つの影が飛び出すとレインの四肢へと噛みついた。


「!――他のアースワイバーンか!」


 飛び出してレインの動きを止めたのはアースワイバーン、しかし4体とも大きさは通常個体よりも2倍程大きい。

 つまりは群れのボスであり、それが4体。――それが意味するのは一つ。


――支配した群れは一つではない……!


「レイン様!?」


 レインの危機とも見える姿にステラは叫んだ。

 所詮、アースワイバーンであって見た目ほどのダメージはないが、見た側からすれば四肢に噛みつかれて痛々しかった。


 故に、咄嗟にステラも魔力収納していた杖を取り出して構えるが、それに気付いたレインはすぐに制止した。


「そこから動くな!」


 好き勝手に動かれては困る。

 脅威を片づけられない自分にも非があるが、レインは動きは止めない。


 技を中断し、嚙まれながら影狼を振るうや残光と共にアースワイバーン達は首から下が落ち、絶命して勝手に手足からも首が落ちた。


「謀られたか……」


 だが、グラウンドワイバーンからすれば作戦勝ちであった。

 ヤマアラシの様に身体に生えた鉱石を更に伸ばすと、アルマジロの様に身体を丸くしたグラウンドワイバーンに、レインの斬撃がぶつかった。


 威力が低下しているとはいえ、その斬撃は魔力の唸る音が鳴り止まない以上、威力そのものは死んでいない。


「ダメです! 攻撃が通っていません!?」


 ステラの言葉通り、鉱石を削る斬撃をグラウンドワイバーンは受け止めた。

 やがて斬撃が消え、鉱石は根元付近まで削られながらも己の身は耐えきったグラウンドワイバーンは狂った様な笑みを浮かべていた。


『キュウ~キュウ~♪』


――耐えきった、耐えきってやった。早く食べたい、お前を食べたい。


 そんな言葉が聞こえてくる様な嫌な顔だった。

 魔物の癖にと言いたいが、本当にそう思ってそうだから尚も不気味。 


『クルルル……グルラァァァァ!!!』


 グラウンドワイバーンは仕上げに掛かった。

 繁殖も高いアースワイバーンだからこその人海戦術。


 既に数多く斬っているが、グラウンドワイバーンの咆哮によって、まるで自然に生えてきていると錯覚しそうになりながら、レインは出てくるアースワイバーンを再び斬り捨て始める。


「――!」


 斬る、斬る、ただ斬り捨てる。

 思考と肉体を、目の前の害を駆除する為だけに使う。

 まだ追い詰められている範囲ではない、この程度は修羅場でもない。

 もっと過酷な任務はあった、命の危機は確かにあった。

 

 戦争――妖月戦争、あの時に比べればこの状況ですらレインにとって何でもない。


 そして、全く取り乱さず一心不乱にアースワイバーンを斬り捨てるレインの姿を見て、グラウンドワイバーンも恐怖を覚え始める。

 その為、後ろに下がりながら周りのアースワイバーンに指示を送った。


『グルラァ!!』


『!?』


――残りの連中でレインを止めろ。

 

 少なくとも、それらしい事を言った。

 命令を聞いたアースワイバーン達だったが、一斉に震えながらレインの方を一斉に向く。


――アースワイバーンの本能が警告していた。


 そこにあるのは同胞の血に染まるレインと、その周辺に転がる同胞だった肉片の山。

 行けば確実に死ぬ、臆病な彼等の本能が警報を鳴らす。

 逃げろ、種の為に逃げろと。しかし、逃げようとしても死だった。


『グルラァァァァ!!』


 グラウンドワイバーンが鉱石を角の様に生やした尾で、逃げようとしたアースワイバーン達を叩き潰した。

 それで今度は後ろを振り向くアースワイバーン達、そこには潰されて変わり果てた同胞の姿。


 しかし、それを見た彼等が抱いているのは同胞の死の悲しみではない。

 他に自分に降りかかる不幸を押し付け、どうやって生き残るか。

 つまりは数が減れば、その不幸が自分に来る可能性のに不安を抱いていた。

 

――ならば標的を変えるまで。


『キュウ~クルルル!』


「あっ!」


 アースワイバーンの標的はステラへと向けられた。

 グラウンドワイバーンも、レインを攻撃する様に言ったが、ステラでも何もしないよりかは良いと判断。


 ステラ自身も相手の敵意を感じ取り、恐怖しながらも杖の握る力が強くなった。

 すると、落ち着かせる為に呼吸も整え始め、やがてステラは覚悟を決めた。

 

「スゥゥゥゥ……ハァ……!――よし!」


 気合を入れ、ステラも前に飛び出した。

 魔物なら昔、ルナセリアでだが戦った事もあって経験自体はある。

 無論、その時は魔導騎士もいたのもあったが、だからといって何もしないで終わるのは嫌だった。


「レイン様! 私も戦います!」


「俺のミスか、こうなっては仕方ない。己を守る為に戦え……」


 レインはそう言うとステラの傍に陣取り、黒い瞳から強烈な殺気を辺りに解き放った。

 自由に扱える殺意の気。


 それはレインが己の師から学んだ能力であり、それは狙う様にグラウンドワイバーン達だけに向けられた。


『殺気を自覚しろ、自由に使え。魔物も人も、所詮は動物だ』


 これは師の言葉。

 騎士である以上は無駄な戦いも必要なのだろうが、それでも無駄を僅かでも減らせるようにと教えてくれた技術。


 そして、その教えは正解だった。グラウンドワイバーン達は、レインの殺気に影響され動きが鈍くなる。

 

『キュウ~クルルル……!』


 能天気な鳴き声とは裏腹に、グラウンドワイバーンはジッとレインを見つめていた。

 隙を探している、それは“己の中”の本能の力。

  

 両者対峙、静かな間が空いてどちらかが動くのを待つ、死と隣り合わせの静寂。

――の筈だったのだが、突如として、それは破られた。


『クルル……?』


 それに最初に気付いたのは一匹のアースワイバーンだった。

 対峙する両者する丁度、真ん中の向こう側から、それはやって来た。

 砂煙を巻き上げながら、かなり速度でこちらへと近付くにつれ、他の者達も気付き始める。


「な、なんでしょうか……?」


 ステラも好奇心でレインの後ろからこっそりと覗くが、それは巻き上げる砂煙のせいで本体は殆ど見えなかった。


 その事にステラは不思議に思っていると、レインは落ち着いた様子で手を出してステラに下がる様に言った。


「少し下がれ……巻き込まれる」


「えっ……は、はい」


 冷静になっているのか、慣れた様子で下がらせるレインに、ステラは困惑気味だが取り敢えず言う通りにして下がる。

 その直後、その正体が判明した。

 

――後ろで一纏めにしている茶髪、2m近い長身。そんな身の丈以上のハルバート――グランソン。


「剛突破!!」


 強烈な衝撃波と共にグラウンドワイバーン達に突撃をし、周囲を吹き飛ばしたのは四獣将・剛牛のグランその人だった。



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