第19話:地を害するもの

 グランの魔印を見付け、その生存を知った二人は森の中を歩き、グランがキャンプしている場所を探していた。

 周囲と記されていた以上、川の音が聞こえる範囲にある筈だ。


 そう思って二人は探すが、その途中で会話が途切れてしまい、レインはともかく、ステラは気まずいと感じていた。

 

――な、なにか言わないと……。

 

 別に無理に何かを言う必要はないが、ステラ的に精一杯のコミュニケーションを取りたかった。

 少しでも良いから互いを知っていた方が良いと、ステラは何度目かの勇気を振り絞る。


「あ、あの! レイン様!」


「なにか?」


 見向きもせず足も止めなかったが、レインはステラの声に反応した。

 けれども、そのタイミングでステラはある致命的な事に気付いてしまった。


――何を話せば良いのでしょう?


 話しかける事を考え過ぎた結果、ステラは話題を考える事を忘れていた。

 これは恥ずかしく、考えている間にも妙な間が空き、その間がレインが意識を向けてしまった。


「……どうされました?」


 不自然さを感じたレインは、その足を止めて顔をステラへ向ける。

 向けられたステラも、照準が完全に自分が捉えられた事にビクッと身体を震わせた。


「え、えっと……」


 まさか足を止めてくれたにも関わらず、何でもありません。

 そう言うのは流石に馬鹿過ぎる。

 情けない姿を見せてきた以上、レインへ、これ以上の迷惑は掛けたくなかった。


――せ、せめて姫らしく……!


 そんな事を思いながらステラは手を振りまくり、何とか誤魔化して話題を考えていると、ある事が脳裏に過った。

 それは、グラウンドブリッジでの事だった。


「あ、あの……グラウンドブリッジでの事なんですが。あそこが崩れる直前に聞いた――」


『キュウ~クルルルル!!!』


「――って感じの、鳴き声みたいなのって、なんだったんでしょうか?」


 ステラが思い出したのは、グラウンドブリッジ崩壊直前に聞いたらしきものだった。


 あの殺伐とした中での奇声。合成魔物は全滅していた為、その可能性はなく別の存在しかいない。

 絞り出した感じだったが、思い出せば無性に気になりだしてしまうステラだったが、レインはあまり気にした様子ではない。

 

 ただ、これといった反応もせず、小さな声で呟いた。


「……アースワイバーンです」


「……えっ?」


 アースワイバーン――レインは、それだけ言うと身体を反転して再び歩きだし、その後をステラも慌てて追いかけながら聞き返した。


「あ、あの! アースワイバーンって一体……」


「……アスカリア特有の<害獣指定魔物>です」


「害獣指定……?」


 まさかの正体にステラは困惑した。

 

【害獣指定魔物】 


 文字通りの魔物を指す。

 作物・自然を欲望、生態のまま貪る害獣でしかない魔物であり、作物を始めとした被害を出す魔物。

 けれども、基本的に人命的被害は少なく、大半は周囲の村人達だけでも駆除できる種が多い。

 

 だが被害額は馬鹿にならず、アスカリアの害――そんな魔物の代名詞が【アースワイバーン】だった。


「アースワイバーンは人の世だけではなく、自然界にも被害を撒く事でアスカリアでは有名な魔物。作物は当然ですが、一番の被害はです」

 

「土ですか?」

 

 作物以外の被害を聞き、ステラはキョトンとした様子で聞き返すと、レインは小さく頷いた。


「……アースワイバーンは土を喰らい、同時に周囲の土の栄養分も奪う。しかも奴等はで行動し、その全てを欲望のまま土を喰らう。最悪、地図を描き直さければならなくなる程に」


 土地の被害は、民・作物・地図の被害と同じだ。

 更に、栄養を奪われた土地は放置すれば枯れてしまうので、エルフやドワーフ、熟練の魔導士に土を癒して貰わなければならず、これら全てを含めれば被害額が高騰してしまう。

 

「せめてもの救いは、アースワイバーンはであり、力も弱く、周辺の村人達でも駆除が出来る事。――ただ、あまりにも数が多ければ騎士やギルドが出ますが、大抵は出る事はありません」


「そうなんですか、そんな魔物が……ですが、あのグラウンドブリッジを崩す力を持っている以上、危険な魔物だと私は思います」


 ステラは話を聞き終えると、少し咎める様な口調で言ってしまった。

 

 けれども、グラウンドブリッジは流通の要。

 今まで事故はなかったかもしれないが、その言葉を聞いたステラは、アスカリアがアースワイバーンを軽視している様に感じたのだ。


――結果論ではあるが、アースワイバーンがグラウンドブリッジを食べていた時にいたのが、自分達で良かった。

 

 ステラはそう思い、民にも被害が出たかもと思って頭が少し熱くなってしまったと自覚した時だった。

 何が彼の意識を刺激したのか、レインは足を止めた。 


「そうです。実際、グラウンドブリッジは強い強度を持つ鉱物が残って出来た自然の巨大橋。その強度は砲弾を撃ち込んでも傷一つ付かないと言われ、百年以上前から存在している」


――なのに


「ありえない異常な状況。何故ならば、アースワイバーンは――」


――しか食べられない。


「……えっ? ですが、現にグラウンドブリッジは崩壊しましたし、あの時に聞いた鳴き声は、アースワイバーンでした。――それとも、別の魔物だったのでしょうか?」


「いえ、あの独特な鳴き声はアースワイバーンのみ。あの時、グラウンドブリッジにいた魔物は間違いなくアースワイバーンです」


 戸惑うステラに、レインの言葉がより強く困惑させる。

 

 柔らかい土しか食べず、なのにグラウンドブリッジを崩壊させたアースワイバーンだが、実際に起きた状況は生態とは違う内容。 

 それは普通に考えれば、ありえない事であり、他国の事でもステラは違和感を抱いた時だ。


「……あれ?」


 ステラはある事を思い出した。

 それは、ルナセリア本国にいた時に聞いた『はぐれ魔物』の報告の事だった。


『生態も、まるで変っている。元の魔物の情報だけでは退治できない』


 確かに、そんな事を騎士達が言っていた気がした。

 はぐれ化したとはいえ、外見は殆ど変わらないので対処の方法も原種のまま行った結果、かなりの被害を受けたとも聞いている。

 

 それは、はぐれ魔物の話だったが、ステラは今回のアースワイバーンの一件が類似していると思えた。


 サイラス王からもステラは、アスカリアで既にはぐれ魔物が発生している事も聞いていた。

 ありえない話でもなければ、現にレインは数日前にアルセルの代わりに討伐すらしている。

 

「あの、レイン様――」


「見えました」


 ステラがレインを呼んだタイミングだった。

 レインの視線の先に、少しの木々に囲まれた場所があり、そこにはハンモックや焚き火の跡、箱に入っている積まれた物資が置かれていた。

 

――グランはキャンプを楽しんでいた様だな。


 レインとステラがその場に着くと、周囲には魚や猪の骨が転がっているが当のグランはどこにもいなかった。


「いないか、ならば――」


 レインはグラン不在を判断すると、川の周辺の時の様に魔印を探し始めた。

 周りの木の配置は分かりやすく、ハンモックを付けた木を調べると簡単に見つかり、魔力で触れると文字が浮かんだ。


『いない場合、周囲の探索中。一定の時間で戻る』


 グランは一定の時間だけ周囲の探索を行い、時間が経てばこの拠点に戻るを繰り返していた様だ。


 焚き火を確認しても温かく、ここで待てばグランと合流できる事が分かり、安心して二人は椅子として、グランが薙ぎ倒したらしい丸太に腰を下ろす。 


「取り敢えず、グランが戻るまで待機します」


「分かりました……ふぅ」


 慣れない道を歩いてきたのもあり、ステラは休憩を挟んでいても疲労の量は多かった。


 額の汗をハンカチで拭い、レインから飲み物を受けとると、ゆっくりと口へ運んだ。

 冷たく、爽快な液体がステラの中を癒し、思わず熱の篭った息が体内から出ていく。


「ハァァァ~!」


 疲れた。同時に心の重りが少し外れた気もした。

 暗殺、合成魔物からの遭難。不安も多ければ、心の疲れも大きかった。


「ひと段落ですね……」


 レインのおかげや、自然の出会いもあって息抜き出来たのも救いだが、グランの生存・合流が確定したのも大きかった。

 それは、ステラにとって僅かながらも救いであり、肩の力を少し抜くことが出来た。


「……お疲れ様です。グランが戻り次第、情報共有し最初の拠点に戻ります」


「えっ……は、はい!」


 平然としているレインの声にステラは我に返り、その様子に気付いた。

 僅かな汗は流しているが、息は乱れた様子もなく、一目見ただけでもレインが冷静である事に。


「レイン様は凄いですね……殆ど息も乱されていませんし。それに引き換え、私は王女なのに情けない姿ばかりです」


 ステラは、ちょっと自己嫌悪しまう。

 一番しっかりとしなければいけないのに、ずっと弱音ばかり見せている事が情けなく感じてしまったからだ。


 和平も、この暗殺事件ですら元を辿ればルナセリアの揉め事であり、アスカリアを巻き込んでしまったとも言えた。

 

 そんな事を考え、暗い表情でステラが下を向いているとレインが言った。


「あなたには、あなたの為すべき事がある。――陛下は俺とグランに、あなたを守れと命じた。ならば、ルナセリアまで守り通すのが我々の使命。そして、その後に訪れる“和平”への道を示す事……それがあなたの為すべき事だ」

 

 そう言うと、レインは立ち上がって物資が入っている箱の中を調べ始めた。

 中身は食料系が多く、その中から果物を一つ取る。

 そして、ナイフを取り出して適当な皿になりそうな物の上に置き、慣れた手付きで切り分けた。


 加えて、それをステラの横へと置くと、もう一度腰を下ろした。


「ステラ王女、あなたは俺とグランに守られていれば良い。――あなたが気にするのは和平の事だけです」


「……そうですか。そう……ですね」


 ステラはその言葉の意図を理解し、少し表情を暗くして下を向いてしまった。

 要するに、足手まとい、無駄な事だと言われているのだ。


 だが、普通に考えれば当然だった。

 ずっと城の中で危険から遠ざけられていた王女と、自ら危険の下に向かう騎士では全てが違う。 

 

 結局、口だけで終わっていたかもしれない。

 レインとグランがいなければ、和平の話すら終わっていた。


 余計な事を考えるなと言われているが、その通りであってステラは何も言えず、レインが用意してくれた果物へ、気分を落ち着かせる為に手を伸ばした時だった。


――ステラは気づいた。皿に置かれた


 そればかりか、感じ取れば全体的に揺れていて、地震と呼ぶにも違和感がある揺れ方だった。


「――!」


「これは……!?」


 二人は立ち上がったが、レインは既に影狼に手を添え、警戒の構えを取っていた。

 周囲の木々も揺れ、動物や魔物達も騒ぎながらこの場から離れて行く。

 その姿はまるで、何かのを察知し、それから逃げる生存本能だった。


「一体、何なんでしょうか……?」


「――傍より離れるな」


 ステラの問いに対し、レインは、それだけ伝えて離れない様に忠告すると精神を研ぎ澄ませる。

 意識も周囲に集中させ、揺れからの気配、魔物達が逃げている周囲を探った。


――揺れも不自然だ。 


 何かの気配がある。

 揺れも不自然なリズムがあり、明らかに自然のものではなければ、確実に引き起こしている存在が確かにいた。


「……少し離れるぞ」


 レインはキャンプ地から少しだけ移動し、やや広い場所へと移った。

 ステラを傍に置き、邪魔な物もない場所に移った事で最低限以上に動く為に。

 

 けれども、未だに続く揺れが大きくなった時だった。

 不審な程に突然に、その揺れはピタリと止んだ。


「揺れが……?」


 ステラは困惑し、不安を強く抱いた。

 どんなに平和ボケしていても、不自然に揺れがピタッと止んでいる以上、何か別の力を察する事はできる。


 けれども、揺れが止んでからも周りに反応も変化もない。


「普通じゃないですよね……?」

 

 静寂だけだ。周囲の生物は一斉に逃げ去り、木々と風の音だけが聞こえてくる。

 ちょっと待っても、少し待っても周囲に動きがない。


 そんな状況、ステラは台風の様に問題が過ぎ去ったのではないかと、自分を安心させる為にそう思ってしまった。


「……ふぅ」


 人は都合よく考えてしまう生き物だ。

 不安な事に目を背け、その可能性もなかった事になれば良いなと願ってしまう。

 

 少なくともステラは、それに近い気持ちを無意識に抱いてしまう。

 暗殺からのこの旅で、精神を守る為にしている事でもあり、理解も同情は出来る事だった。


――しかし、現実は甘くない。


「――!」


 突然だった、レインは影狼を地面に突き刺す。

 その上で、深く突き刺した影狼を素早くと引き抜くと、そこからが噴水の様に吹き出した。


「……えっ?」


 吹き出した液体に、ステラの思考と動きが止まる。

 地面からなんで液体が? この液体はなんなのだろう?


 ステラは手に着いた、勢いよく吹き出す液体を見て、その正体に気付く。

 赤く、まだ生暖かい液体。それはステラに見覚えがあるものだったからだ。


――血だ。


 気付いたと同時、地面の中から大きな何かが奇声と共に跳び出した。


『キュウ~クルルルル!!!』


 例えるならば、鱗のないトカゲ。

 ウーパールーパーの様な平べったい肉体、退化したであろう白い目。

 それは、レインに刺されたであろう箇所から血液を吹き出しながら飛び出し、地面で苦しんで、のたうち回っていた。


 そんな姿にステラは衝撃を受けて青ざめると、生き物の鳴き声を思い出す。


「い、今の声……これが……アースワイバーン……!」


「下がれ……奴等は群れで行動する。一匹いれば、周囲にも存在する」


 レインの纏う雰囲気が変わる。

 今までステラに最低限の礼儀で口調を合わせていたが、戦闘となった以上、そんな事に意識を向ける事はしない。


 任務最優先――ステラの護衛が今するべきことだ。

 

 レインは、すぐにステラの身を守ろうと行動するが、不意に真下の地面から急激に振動が強くなるのを感じ取る。

 

――真下か。


「えっ?――きゃっ!?」


 突然レインに腰へ手を回され、そのまま肩に担がれたステラは小さく叫ぶが、レインは無視し、そのまま大きく飛んで距離を取った時だ。

 担がれたことで、背後を見れたステラは我が目を疑った。


 先程、自分達が立っていた真下から、大きな口が現れて地面を丸呑みにしたからだ。 


「今のもアースワイバーン……!?」


 その光景にステラは、あのまま立っていれば丸呑みにされていた事を理解する。

 急死に一生かも知れなかったが、レインはそんな事よりも別の事を考えていた。


「大きすぎる、それになぜ牙が生えている?」


 襲ってきたのはアースワイバーンなのは間違いない。臆病だが、襲ってきた事も納得できる。


 けれども身体が数倍大きく、牙を生やしたアースワイバーンが攻撃してきたのが、レインは納得できなかった。


 そもそも、アースワイバーンは臆病だ。

 怖がって攻撃する事もあるが、何匹か返り討ちにすれば勝手に逃げて行く。

 専門家曰く、単体が弱い為に種を少しでも存続させる為、すぐに勝てない相手だと判断して逃げるらしい。

 

 また、アースワイバーンは土を食べる。

 だから犬歯の様な歯は存在せず、穴を掘る為の特徴的な爪があるだけだ。

 しかし、巨大なアースワイバーンは犬歯を持っていて、これも異常を示していた。


 ともあれ、アースワイバーンに巨大な個体がいるのは実は変ではない。

 群れで行動するアースワイバーンには群れのボスがおり、そのボスは通常個体よりも大きいが、それも高々2倍程度。

 

 けれども、今の個体は通常個体の5倍はあった。

 

――つまり、絶対にただのアースワイバーンではない。


「変異個体か……?」 


「あ、あの! “はぐれ化”している可能性があるのでは?」


 担がれながらステラは、ずっと感じていた可能生を口にすると、レインは素早く移動しながらも悩んだ。


「可能性はあるが、断定はできない。顔を見れなかったが、はぐれ魔物は元が群れで行動する種でも単独行動をする。故に――」


 レインは突如立ち止まり、ステラがどうしたのかと問いかけようとした時だった。

 不意にレインは、ステラを真上に高く放り投げた。


「キャァァァァァァ!? なんでぇぇぇ!!?」


 てんやわんやで事態の把握がステラはできず、レインの予測不能な行動に軽くパニック。

 けれども、レインも別に意地悪とか、そんな理由で投げ飛ばしたわけではなかった。


 ステラが真上に飛ぶと間もなく、レインの周辺の土がもこもこと動き、その場所からアースワイバーンが5匹も飛び出してきた。


『キュウ~クルルルル!!!』


「またですかぁぁぁ!? しかも増えてますぅぅぅ!!?」


 下も修羅場になり、ステラの瞳に涙が溜まる。

 もう泣くしかない、暗殺・遭難・魔物の襲撃・真上に投げられた。

 

 これは決まった、ステラは確信した。厄日どころか厄年だと。

 スカートを抑え、せめて下着だけは晒さない様に守り抜こうと、ステラが空中で泣いている間に、アースワイバーンは地面にいるレインへと襲い掛かっていた。


『キュウ~クルルルル!!!』


 まともな歯などない癖に、口を開けながら飛び掛かる個体、爪を振り上げる個体。

 様々な攻撃をレインへ向けるが本人は膝を折り、姿勢を低くして構えた。

 

 そして、アースワイバーン達が一定の間合いに入った瞬間に抜刀し――


――魔狼閃円月まろうせんえんげつ繊月せんげつの型。 


 円の残光と共に、儚い程に細い三日月型の斬撃がアースワイバーンの肉体を通過する。

 

 その斬撃は、まさに二月月――繊月の形。


 それをアースワイバーン達に浴びせ、影狼を鞘に戻すと、アースワイバーン達は綺麗に真ん中から肉体が綺麗に別れる。

 そして糸が切れた様に動きを止め、レインも立ち尽くしたまま、落下してきたステラを受け止めた。


「――こんな風に群れで行動はしない」


「あわわわぁ~そ、そうです……かぁ……!」


 何事も無かったような口調のレインだが、落下してきたステラは目を回すのだった。

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