第17話:グランを探して

 レインとステラは森の中へ入った。

 ――とはいうものの。実際は湖と川に沿って歩き、森にはそれほど足を踏み入れてはいなかった。


 捜索範囲が広大ゆえ、出来るのは痕跡が残っているかも知れない川沿いしかない。

 最初にいた拠点にも、騎士が任務中に使用する長い時間発生する、特殊な狼煙を使ってから来ている。


 これは敵にも場所を知らせる行為で危険もあるが、運よくグランが気付く可能性もある。

 

 更に拠点に目印を残し、二人は上流に向かう様に進んで行く。


「足場……やっぱり悪いですね」


 ステラが心配そうに呟いた。 


 濡れた地面、枝や丸太まで転がっていたり、砂利もあれば崖になっている場所もある。

 そんな場所を探索する二人。

 基本的にレインが、ステラへ手を貸しながら進んで行く道中、ステラは途中で目の当たりにしたに驚きを隠せずにいた。

 

「わぁ……! 凄いです! 凄いです!!」


 ステラの目の前に広がるのは、偉大な自然の神秘。巨大な滝だった。

 大きな轟音と共に、飛沫をレインとステラへ降り注がれる。


 その為、二人はしっかりと距離を取っていたが髪は一気に濡れてしまう。

 その衝撃から巻き起こる風にも、ステラは楽しくて仕方ないように瞳を輝かせていた。


「こんなに立派な木なんて初めて見ました……!」


 他にも城と同じぐらい大きいのではと思わせる大樹に、ステラは感動を抱いた。

 滝も迫力あったが、目の前に佇む巨大な大樹の存在感。

 命の大きさに圧倒される。


 触れて分かるその偉大な命。

 空に君臨する枝・葉には果実が実り、沢山の植物や昆虫、小型の魔物達が平和に過ごしていた。


「わぁぁ……!!」


 感動や驚きが絶え間なく訪れる事態に、ステラは瞳の輝きが増し、両手で口を抑えても漏れだす感激の声を止める事が出来なかった。

 

 この衝動を止められる筈がない。

 

 何故なら、巨大な滝や大樹・珍しい動植物等、本でしか見た事がないのに、自分は実物を目の当たりにしているからだ。


 美しく、そして凄い。

 

 ステラは身体や首を忙しく動かしながら『レイン様! あれはなんでしょう!?』と、暇なく聞きながら好奇心の感情を爆発させる。


「レイン様! 木の上にいる綺麗な鳥はなんでしょう!?」


「<エアガイア>と呼ばれる鳥の魔物です。基本的に温厚で、攻撃しなければ何もしてきません」

 

 目の前の景色全てが、彼女にとって自然の図書館と呼べるものだ。

 レインも、そんなステラに最低限の理解を示すように問いへの返答をするが、その視線は別の所へ向けられていた。


――ないか。


 川付近、木々の傷等をレインは慎重に観察していた。

 

「……グランの事だ。生きていれば何かしらの痕跡を残すはず」


 四獣将と呼ばれているグラン。

 ならば状況次第だが、自分が生きている痕跡を残す事をする。

 ただ、川付近にはそれらしいものはない。

 木々の傷も、目印の様な傷もなかった。


――探している場所が違うか、痕跡はとっくに消えた。

 

 それが事実ならば、もうレインには何も言えないが、やはり特定する情報も少ない。

 神経や耳等を研ぎ澄まし、森が魔物が人間異物を拒絶する様な気配や異変を察しようとするが、それらしい動きもない。


 すると、そんなレインを見てステラも己の立場を思い出した。

 

「――そうでした。何をはしゃいでいるんでしょう私は」


 ステラは、見た事もなかった景色や経験に感情が高ぶっていた自身を恥じた。 

 ヴィクセル達からの裏切りに現実逃避し、心を癒したかったのかもしれない。

 

 だが、それは今ではない。

 全てを――和平を結び、クライアスの、民の平和を築き、王族としての責務を果たした後でだ。


 ステラは気合を入れるように両手で己の頬を二回叩いた。

 

「んっ!――よしっ!」


 気合が入り、先程とは別の意味で瞳を輝かせながらステラは川の方へと歩いて行くと、レインもそれに気付いて後を追った。


「どうしました?」


「えっ!? えっと……休憩致しませんか!」

 

 川の前で腰を下ろすステラへ、レインが背後から声を掛けるとビクッと身体を震わせ、少し困った様な笑顔を浮かべながら提案した。

 

「……そうですか」


 相変わらず変な所で挙動不審な王女だが、レインも流石に休ませた方が良いと判断した。


 そして静かに頷くと、拠点から持ってきたリュックから水筒を取り出し、ステラへと差し出す。


「どうぞ」


「あっ、ありがとうございます!」


 何かに集中しているのか。

 ステラは、レインから差し出された水筒に一瞬反応が遅れるも、すぐに気付いてお礼を言いながら受け取り、蓋を外してカップにして注いだ。

 

「これは……ジュース?」


 中身は新鮮な色の果実ジュースだった。

 拠点でレインが瓶を何本も開けていたが、実はレインの認識はアルセル基準で、王族はジュースばかり飲むイメージだった。


「何故ジュースなんでしょう? やはり、昨夜の件で子供扱いされているんでしょうか……」


 それを知らないステラからすれば、若干だが困惑する。

 一応、レインは水とお茶も持って来ていたが、真っ先にジュースを渡されたステラは苦笑してしまった。


――そこまで子供扱いされているんでしょうか? 確かにジュースは好きですが……。

 

 そんな事を思いながらも、ステラはジュースを呑みながら休憩を始める。


「ふぅ……さて


 そして、気を遣ってレインが少しだけ離れると、再び何やらし始めた。

 それはただ、レースの手袋を外し、川に直接手を浸すだけの事だったが。 


「……川遊びか」 


 気分転換な水遊びだろうと見ていたレインは思ったが、不意に不思議な感覚に気付いた。 


――静かすぎる?


 静寂だ、自然の中でいる以上、消える筈のない静寂となった。

 水の音が消え、絶対に止まらない音が消えた事で違和感を抱いたレインが、素早く立ち上がった時だ。


――時が流れ出すかのように、再び自然の音色がレインの耳へ届く。


 気のせい。そう思ってしまうかのように短い時間。

 我に返っただけの様な感覚であり、レインが呆気になっているとステラは川から手を抜いていた。


 そして、立ち尽くしているレインの隣へ来て腰を下ろし、未だに立っている彼を不思議そうに見上げた。


「どうかしましたか?」


「……いえ、何でもありません」


 レインは、何事もなかった様に自分を見ているステラの様子に少し違和感を抱いたが、それが何かとは答えられなかった。


 結局、レインは諦めた様に腰を下ろし、持ってきていた地図を広げて次の向かう場所を調べ始める事にした。


「――やはりここではなく……もっと上流ですね」

 

 そんなレインの隣でステラは、どこか真剣な表情で悩む仕草をしながら、川の上流を眺めているのにレインは気付かなかった。

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