第16話:これからの動き
ステラの大泣きは思ったよりも長い時間、森に響いていた。
その反動からか、泣き止むと同時に彼女は糸が切れた様に眠ってしまった。
レインはそんなステラを抱き上げてテントの中で寝かせると、布を掛け、後は音を出さない様にテントを出る。
けれども、それでレインの動きが終わりではない。
寧ろ、ここからが本番だった。
まず魔力を込める事で起動する<魔物除け>を周囲に再設置し、薄い光と共に魔物の大半が嫌う匂いが発生させ、これで並みの魔物程度ならば近寄りもしない。
「……始めるか」
ここからは、焚き火が消えない様に見張りと同時に地図を広げる。
何故なら、現在地、ルナセリアまでのルートを今から決める為だ。
焚き火という限られた灯りの下に、レインの調べものは朝日が昇るまで続けられた。
♦♦♦♦
鳥の声がやけに近くで聞こえる。
朝日の光なのか、目蓋越しに感じる眩しさでステラは静かに目を開いた。
「……あれ? 私……どうしてテントに?」
ステラは目を擦りながら上半身を起こした。
覚えているのは昨夜の事。レインの不思議な対応もあって、大泣きしてしまった時までだった。
その後は泣き疲れた事で自然と目を閉じてしまい、そこからは何も覚えておらず、気付けばテントで起床している。
きっとレインが運んでくれたのだろう。
泣き疲れと寝起きであったが、流石にステラもそれぐらいは察せた。
けれども、それに気付くと同時に恥ずかしさで顔が熱くなってしまう。
「うぅ……私、なんてはしたない事を……!」
視界にいなかったとはいえ、めちゃくちゃ大泣きした。
更に疲れて眠ってしまい、そのまま運んでもらったとしか思えない。
面識はまだ数日だけで、しかも異性。ステラは恥ずかしくて仕方なかった。
「うぅ……! 迷惑ばかりしてしまい、どんな顔でお会いすれば……!」
今回の件は間違いなくルナセリア側の問題であり、それに巻き込んだ事もある。
しかも初めて出会った時には転びそうにもなり、挙句にこれだ。
一国の姫のオーラ的なものを示したかったが、もう威厳なんてない。
ステラは己の情けなさに溜息を吐きながらも立ち上がり、顔を洗う為にテントから出ようとした時だ。
「……なにか音が――」
外からバシャバシャといった水の音が聞こえ、反射的にテントから外を覗いて見ると、レインが湖の水をタライに入れ、タオルを浸しながら上半身を拭いていた。
「えっ……!?」
当然ながら、レインは上半身は裸だ。
異性の裸など、父親か弟のしか見たことのないステラは思わずビックリし、覗いたままの格好で固まってしまう。
本当に突然、まさか身体を拭いているとは思ってもなく、ステラは完全に覗き魔の様にレインから視線が外せなくなっていた。
「――す、凄いです……!」
髪は綺麗な黒の長髪。背後から髪だけ見れば一瞬、女性だと思ってしまいそうだ。
だが、肉体を見ればそうは思わない。
所々にある傷と、引き締められた肉体が、確かにレインが男性だとステラの本能が語り掛けていた。
「わぁ……あんな感じなんですね」
若くして国内最強の騎士の一人となっただけあり、肉体と纏う雰囲気は何かが違った。
冷静に観察して初めて自覚できたレインという存在へ、ステラが息を呑みながら見ていた時だ。
やがて、ステラは己の今の行動を自覚する。
「っ!?――わ、私……なにをしているんでしょう!?」
冷静になった事で自覚した己の姿。
それは、まるで出歯亀の様な覗きでしかなかった。
一国の姫が何てことを。こんな事はやってはいけない。
ステラは必死に顔を振って誤魔化しながら、テントの出入口を閉じようとした時だった。
「なにか?」
ステラは何故か出入口の前にいたレインと目が合った。
「――はい?」
先程まで湖側にいた筈のレインが、なんで目の前にいるのか?
浴びていたからか、上半身はマントしか着ていないが問題はそこではない。
「キャァァァァァァ!!?」
ステラは突然現れたレインの登場にビックリして尻餅をつくと、オバケでも見たかのようにレインへ必死に指を向けながら叫んだ。
「なんで目の前にいるんですか!? さっきまで湖の方にいましたよね!?」
「ずっと視線は感じていましたが、テントから出てくる気配もないので何かあったのかと……」
表情一つ変えずにレインは言い切った。
逆にステラは、驚愕しながら表情を変える。恥ずかしいという感情一色に。
――覗いていたのバレていましたぁ……!!
穴があったら入りたい。両手で顔を隠しながら、その場でうずくまるステラ。
だがレインは一切気にした様子もなく、テントの出入口を開けながらとある場所を示した。
「水浴びならばお早めに。……その間に食事の準備を行います」
レインが示した場所。そこは湖の方であったが、浅い所を中心に木等を柱とした簡易的なカーテンの遮られた空間があった。
「……えっ? あ、あの……」
咄嗟の事で思わず呼び止めたステラだったが、レインは聞こえていなかったかの様に、準備していた食材の下へ向かってしまった。
これで話は終わってしまい、先程の恥ずかしさ、お風呂に入っていない事もあり、ステラはレインの言うとおりに湖で水浴びをする事にするのだった。
♦♦♦♦
横に広いカーテンで遮られた空間。
それがステラの身体を隠し、青く輝く湖で静かに仰向けに浮きながら空を眺めていた。
水に濡れるステラの身体。それは女性として整っている姿であり、最早、芸術の様に美しいものだった。
ただ、そんな彼女を隠しているのカーテンだけだ。
その気になれば側面から見れば完全に覗かれてしまうが、レインがそんな事をしないという信頼している。
少なくとも、ステラ自身の勘としか言えない信頼だが、そう思っていた。
「……気持ちいい」
髪を解いた事で広がるステラの青い髪も、湖と一体化している様に美しく溶け込んでいた。
心地良い冷たさを肌で感じながら、静かに瞳を閉じたり開けたりし、落ち着きを取り戻すのに最適な心地よさ。
「私……生きているんですね」
湖を流れる風や飛び立つ小鳥の微かな鳴き声。
それにさえ、かき消されるステラの呟きは、彼女自身にしか聞こえていない。
だが、その小さな呟きだけでもステラが、己が生きている事を自覚させるのに十分だった。
この日の暖かさ。風の心地よさ。水の冷たさ。
泣いた事での怠さや渦巻く感情も、今は嬉しくて仕方がない。
「外の世界……私はいま、ここで生きている」
まるで、ステラの全てが湖と一体化でもしたかの様に、儚い雰囲気を纏いながら呟いた。
遠くまで来たものだ。
歳を重ねるにつれ、外に出るのも色々な条件に縛られる様になったものだと。
堅苦しく、自由も開放感もない外への旅は、最早憧れにも近付かった。
だが、今は自国どころか他国にいる。
しかも、どこにいるのかさえも分からない本当の冒険の様に。
まさか、こんな事になるなんて思ってもみず、ステラは想像とのギャップに、まだどこか信じられない想いを抱いていた。
「でも、これは現実。皆に裏切られ、殺されそうになった。そんな私を守ってくれたのが、ずっと最大の敵国とまで言われたアスカリアの四獣将――黒狼のレイン」
事実は小説より奇なり。
そうとしか言えない現実に、ステラは小さく微笑えみながら、静かに瞳を閉じた。
すると、それに合わせる様に、湖の水面は揺れずに静寂に包まれた。
――そして一瞬、小さく水面が揺れる。
ステラを中心に生まれる不思議な空間。
そこで、ステラは数分そのまま漂うと、やがて、その瞳を開けて小さな声で呟いた。
「――はい。私は、レイン・クロスハーツを信じます」
ステラの周辺には誰もいない。
けれども、ステラは確かにそう呟いた。誰かに何かを聞かれたかのように。
違和感が残る光景だ。
けれど、ステラ自身は満足そうな表情を浮かべ、十分満足した水浴びを終えると、カーテンの個室の空間に消えていった。
♦♦♦♦
湖から出て着替え終えたステラを待っていたのは、パンや昨夜のシチューを温め終え、朝食の準備を完了したレインだった。
青空の下での清々しい風が吹きながらでの朝食は格別で、城で食べる食事よりもステラは美味しく感じることができ、嬉しそうに頬張りながら食べていた時だ。
「今日を含め……二日です。ここに居られる時間、それが限界です」
相変わらず無表情だが、少し重い口調で呟くレインの言葉にステラは現実に戻り、食事の手を止めた。
「……明後日には、すぐ出発しなければならないんですね?」
「はい。今日を含めた二日で周囲の森に入り、可能性は低いですがグランを探します」
一晩悩んだレインだったが、やはりどう考えてもグランが必要という結論を出した。
実はグランは戦力だけではなく、見た目に似合わない知識量など、今後の護衛旅には欠かせない存在だった。
レインが言った二日は旅の準備もあるが、グラン発見が一番の目的。
――だが期待はしていない。
ハッキリ言って発見の可能性はあまりに低い。
昨晩、レインは地図を広げて現在地の場所を調べて分かったのは、アスカリア国内なのは間違いないが、グラウンドブリッジからあまりにも離れてしまっている事実。
最低でも山一つ以上は確実であり、グランが生きていたとしても、近くにいるのかも分からない。
まさに運任せの探索であり、レインは一人での護衛も覚悟しているが、元より過酷な旅なのは最初から同じだ。
その考えは、レインの雰囲気からステラも察する事ができ、覚悟を決めた様に力強く頷いた。
「分かりました。判断はレイン様にお任せ致します。――私も、覚悟を決めなければなりませんね」
悲しそうに、だがどこか力強い口調で呟くステラが生きる為の覚悟を決めると、レインはそれを察する様に何も言わず、次の行動を説明し始めた。
「食事をとり、態勢を整えたら森に向かいます。その時は俺が前に出ますので、ステラ王女は、すぐ後ろを付いて来て下さい」
本当ならば、レイン一人の方が無理な捜索が出来るが、ステラ一人を置いて行くのも論外だった。
多少の危険を覚悟をしてもらうしかなく、レインの言葉にステラも理解している様に頷いた。
「はい。お願いしますレイン様」
ステラの同意を得て、やがて二人は準備を行ってから森の中へと入っていった。
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