第14話:合成魔物と闇の男
「合成魔物……!」
レインが口にした存在。
それを聞いたステラは、信じられないと口を手で覆った。
それだけ合成魔物の存在は特別だからだ。無論、悪い意味で。
「やっぱりそうか!――クソッ……合成魔物は“禁忌”だろうが!!」
グランの叫びが今も倒れているヴィクセルへと向けられた。
禁忌の存在――合成魔物。
それは別々の魔物や動物を魔術で組み合わせて、別の一つの個体となった存在。
また生態系にも打撃を与え、それぞれの魔物の弱点を補う為に作った合成魔物により、一般人・ギルド・騎士に多大な被害を出した事で禁忌とされていた。
けれども、その禁忌の真なる理由はもう一つあった。
実は、合成魔物は理性がなく、作り出した者達でさえ制御が出来ない。
「ふ……ふはは……気付かれてしまいましたな……!」
地面に倒れていたヴィクセルが笑い出した。
「これは……ルナセリアが合成獣を作り出しているという事か?」
「そんな……どうなのですかヴィクセル!?」
どこか諦めた様に笑いだすヴィクセルへ、レインとステラは問いただそうとした。
――だが。
「ねぇ~? まだ終わらないのぉ……飽きたよ」
この殺伐とした戦いの場にて、場違いな幼さを残す呑気な声が聞こえた。
その声にレインもグランは無意識に警戒を強め、その声を探って視線を一台の馬車へと向けると、その声の主はゆっくりと姿を現す。
「あれれぇ~? なんでお姫様は生きてて兵士は全滅してんの? スケロスも結構死んでるし……やっぱり無能なんだね?」
馬車から現れたのはフードを深く被った一人の男。
初日に、レインへ強烈な殺気をぶつけた一番異常な護衛騎士だった。
その騎士はフードを取りながら、倒れているヴィクセルへ冷たい視線を向けていた。
「聞いてんの暗殺隊長さんさぁ……なんで殺す側が殺されてるの?――ふざけ過ぎて、逆に笑えないよ?」
フードを取ると、その正体は白髪の一人の少年だった。
白い肌がやや目立ち、それ故にどこか謎の不気味さもある。
けれども一番目に引くのは、その少年が持っている武器――血まみれの白刀だ。
真っ白な刀に垂れ落ちる血液。
恐らく、ヴィクセルが殺したと思われた騎士達。彼等を殺したのはこの少年だ。
しかし、少年からはそれ以上の血の匂いをレインは感じ取った。
「……かなり殺しているな。――お前はルナセリア帝国騎士ではあるまい」
「酷いよぉ黒狼さん、こんな雑魚と僕を一緒にしないでよぉ。僕は騎士じゃないよぉ? ただの――
「ッ!――下がれ!!」
「――えっ?」
少年が姿を消すのと同時、自分達の背後から声が聞こえた。
それに反応し、レインは反射的に呆気になっているステラを己の後ろへと引っ張り、同時に影狼で彼女を背後から襲おうとした斬撃を弾く。
「避けるの!?」
驚いた様子でレインを見る少年だが、驚いたのはレイン達もだ。
何故なら、白髪の少年は一瞬でステラの背後に周り、彼女の首を獲ろうとしたからだ。
――その髪の毛と同じ真っ白な剣で。
「早い……!」
しかも動きもまた早い。
レインですら対応に余力を残す事が出来ず、その少年の強さは間違いなく護衛団の比ではなかった。
型にも填らない動きや思考。間違いなくルナセリア軍ではない部外者だ。
「アハッ! 凄いね黒狼さん!! どうやって対応出来たの!!」
けれども、当の少年は攻撃を防がれた事に喜びにより狂った笑顔を向けるが、レインはそれに答えるつもりはなかった。
「魔狼閃――」
「!……
魔力を影狼に纏わせたレインの動きを察し、少年の剣が純白の魔力によって染まる。
そして多数の斬撃へと変え、双方は同時に放った。
「
「
月の様な輝きを放つレインの斬撃と、純白ながらエグイ多数の斬撃が同時にぶつかった。
多くの斬撃音を発しながら両者は武器を振い続け、やがて同時に動きを止める。
――瞬間、レインの肩から血が吹き出した。
「レイン様!?」
「なっ! レインが押し負けたのか……!」
恐怖の色に顔を染めるステラと、信じられないといったグランが叫ぶ。
黒狼のレインとまで言われた四獣将の斬撃に撃ち勝ち、彼に傷を付けた衝撃は大きく、少年も歪んだ笑みを浮かべていた。
「すごいよ! 今の斬撃の数も凄いし、バラバラにならなかったのは黒狼さんが初めてだ!!――けど、ごめんね! 僕の方が強くてさ!!」
少年は、レインとの戦いが本当に楽しかった。
狂気に満ちた笑顔。その中で確かにその瞳は生き生きと輝いてしまう程に。
「……それはどうだろうな」
だがそんな中、押されている筈のレインは特に焦った様子もなく、至って冷静を貫き続けていた。
更に言えば、鋭い眼光を少年から一回も逸らしてすらいない。
「――はしゃぐのは良いが、自分の状況も理解するべきだ」
「――えっ?」
何を言ってんだ。――と、少年は分からずに首を傾げた瞬間だった
少年の身体――左肩から、腰近く一閃に血が吹き出す。
先ほどの斬り合いの中でレインの斬撃もまた、少年の肉体を捉えていたのだ。
「なっ! これって……僕の血? あれ
この状況が理解できず、自身の血に困惑する少年に僅かな隙が生まれる。
そこをレインは見逃さずに一気に接近し、影狼を振り下ろす。
「!?――クソッ!」
ここで初めて少年の表情が崩れた。
先ほどまでは余裕もあったが、今は焦りの色が強い。
それでも、少年は凄腕であった。
レインの斬撃を咄嗟に弾き、壊れた馬車などの残骸を利用し、そのまま飛び跳ねるように距離を取りながら鋭い視線を向けてくる。
「ハァ……ハァ……! 凄いね黒狼さん……僕はこれまで4732人も殺して来たけど……ここまで追い詰められたのは初めてだよ……!」
汗を流しながらも、笑みを少年は浮かべていた。
聞いてすらいない情報まで話せる以上、まだ余裕はあるようだが、徐々に少年は逃げるように後退を始める。
「レインって言ったよね黒狼さん! 君を殺すのは僕だ!――<キルラ・ヘルタリウス>だよ!!」
「キルラ?――目的はなんだ、なぜステラ王女を狙う?」
「ハハ……ごめんよレイン。教えたいけど……言っちゃダメだって言われているんだ……! 代わりにお土産を置いてゆくよ……!」
キルラはそう呟くと指を咥え、指笛を高く鳴らす。
一体、何をするつもりなのか。
レインとステラは身構えるが、反応したのは別のもの達。
『ヴォォォォォォ!!』
レインが先程まで戦っていた残りのスケロス三匹。
そのスケロス達はキルラの指笛に反応し、横一列に整列するや否や肉体が溶け合い、練り混ぜた様に徐々に一つの肉体となった。
「これがとっておきだよ~!」
右のスケロスは徐々に巨大に、そして鋭利な槍の様に変形。左のスケロスは顔が裂け、盾のようの形状へと姿を変える。
残った頭も周りの肉の形状を変形させ、やがて兜を被る凛々しい騎士の様な姿へと変貌するが、下半身は馬同様の四つ足のまま。
例えるならば、騎士格好のケンタウロスだ。
全体的に身体も大きくなり、上半身はまさに槍と盾を持つ騎士そのものを彷彿とさせる。
これが合体合成魔物――<スケロス・カバルリ>であり、その姿と現象にレインとグランは驚きを隠せず目を見開いた。
「一体化だと……!」
「ありえねぇぜ! 合成獣技術は不安定故に禁忌とされてんだ。なのに更に一体化なんて……!」
巨大になったスケロス・カバルリを見上げながら驚く二人。
気づけばキルラと名乗った少年も消えており、残こされたのは瀕死のヴィクセルと目の前の凶悪な合成魔物。
「……グラン、こいつを自然界に逃がすな。ここで倒す」
「あぁ任せろ!――所で肩は大丈夫なのかレイン?」
構えながらグランが傷の心配をするが、レインは問題ない、とだけ言って影狼をスケロス・カバルリへと向けた。
――それが合図となる。
『ヴォォォォォォッ!!!』
槍と盾を構えながらスケロス・カバルリは、猛スピードで二人へ突進してくる。
「レイン!」
「……任せたぞ」
グランが前に出て、レインは高く飛び上がる。
そしてグランが、突進してきたスケロス・カバルリを受け止め、強烈な押し合いで動きを止めた。
そこに空中からレインが飛来。
影狼を魔力で纏い、落下の勢いで振り下ろす。
「魔狼閃――双月」
振り下ろした刃から斬撃がもう一つ放たれ、それは丁度に分かれてスケロス・カバルリの両腕となったスケロスの首を切り落とした。
『ヴォォォォォォッ!!!』
「痛みは感じるか……けどわりぃな!」
笑みを浮かべ、グランは苦しむスケロス・カバルリに対し、両手で持ったグランソンで振り上げると、その刃に纏う魔力が形状変化する。
それは一言で言うなら剛だ。
彼の二つ名を現す様に牛の形状。その強烈な一撃こそ、剛牛の由来。
「――剛牛断!!」
その一撃がスケロス・カバルリの頭部を捉え、そのまま叩き割る様に両断。
あまりの力に地面にも亀裂が入ったが、グランは簡単に引き抜いて肩に担ぎ直し、レインと共にスケロス・カバルリの亡骸を見下ろした。
「レインよ……この護衛任務、どうやら色々と裏がありそうだな?」
「あぁ、その様だ」
その裏に己自身も混じっている事をレインは言葉は疎か、表情にも出さず、ただ静かに頷いた。
サイラス王からの暗殺任務・ルナセリアの護衛団による暗殺。そして合成魔物。
どうやら自分達が思っている以上に、闇と根が深い任務だとレインが考えていた時だ。
――不意に、最初にグランが片付けたスケロスの首が動いた。
『ヴォォォ!!』
「なに!?」
「やべぇ!!」
二人が気づいた時にはもう遅かった。
スケロスは首だけで動き、その鋭利な角をステラに向けて飛び出した。
「――えっ?」
ステラも何が起こったのか分かっていない。だから回避が出来ない。
だからこそレインとグランが何としても守ろうと飛び出すが、スケロスの方が早く、その首がステラへと迫った時だ。
――不意にステラの前に、一人の影が庇う様に立ちふさがった。
「ヴィクセル!!」
「ゴボッ……ご無事ですか……姫様……」
立ち塞がり、ステラの盾になったのはヴィクセルだった。
剣を構えていたが、それ事スケロスに貫かれる彼の姿にステラは勿論、レインとグランも驚愕した。
先程まで暗殺任務を行っていた彼が何故、と。
「騎士と……して……最後のケジメを!!」
ヴィクセル自身は折れた剣を持ち直し、己に突き刺さった状態のスケロス頭部を突き刺して止めを刺すと、一気に引き抜いて倒れてしまう。
「ヴィクセル! 動かないで下さい! すぐに治します!」
「ハ……ハハ……暗殺をしようとした相手を……助けようとは……やはり優しい……方だ……」
「話してはいけません!」
ステラはそう叫びながら、癒し魔法をヴィクセルの傷へ当て続ける。
だが傷からは血が溢れ続け、どうしても塞がらない。
どれだけ魔力を込めても全くだ。
「どうして! これぐらいの傷ぐらい!」
「特別……だったのです。恐らくは……角にも細工がされて……いた……」
「そんな……!」
ヴィクセルの言葉にステラの瞳に涙が溜まっていく。
命を狙われても、ヴィクセルはずっと世話になっていた人。
幼い頃から遊んでもらい、護身用の剣や杖、勉学も沢山教えてもらった一人だ。
死んだ者達もそうだ。和平の為に命を賭けてくれると言ってくれた者達。
その時から暗殺に関与していても、ステラにはその時の嬉しさに嘘はない。
だからステラは無駄であっても癒し魔法を続ける中、グランが口を開く。
「お前、暗殺しようとしてたのになんで姫さんを助けたんだ? そもそも、なんで殺そうとしやがった?――戦争推進派なのか?」
「ハハ……推進派……そんな安い者達ではない……ステラ王女……あなたは――生きてはいけない人間なのです」
「えっ……?」
ヴィクセルの言葉にステラの表情が固まった。
「和平など……そんな理由ではない……だから我々は……暗殺犯となり……ゴボォッ!」
「ヴィクセル!?」
大量に血を吐くヴィクセルへステラは叫ぶが、ヴィクセルは呼吸を乱しながら再び話し始めた。
「ハァ……ハァ……暗殺に関与した者達も……皆……任務が終われば……自害するつもりだったの……です。しかし……最後の最後に……己を騙せなかった……」
そう言うとヴィクセルの瞳から涙が溢れ、やがて流れ始める。
「すまない同志達よ……無駄死にしてしまったな。――申し訳ございません姫様……あなたに剣を向けたことを……!」
「良いのです……良いのです! あなたは最後に私を助けてくれた。ルナセリアが誇る立派な騎士です!」
手を強く握りそう叫ぶステラ。
彼女の言葉にヴィクセルは嬉しそうに眼を閉じて頷く。
「勿体無いお言葉です。――姫様……ここから先、決してルナセリアの者を信じてはいけません……例え七星将であっても……!」
「そんな……何故そこまで!?――なんで私は生きてはいけないのですかヴィクセル!?」
ステラは必死で叫んだ。
既にヴィクセルの命の灯が消えかかっている事を察しているからだ。
自分を殺した後、その暗殺に関わった者達は皆が自害する程の覚悟をしてまで、何故に自分が狙われているのかをステラは知りたかった。
けれども、ヴィクセルは悲痛の表情を浮かべながら顔を逸らし、ステラから逃げてしまう。
「申し訳……申し訳ございません……姫様……! ですが……今後の事は任せることが出来ます……四獣将の方々がいるのですから……この重き荷は……サイラス王に……お任せしましょう……頼みましたぞ……
「……!」
そう言って自分へ目を向けるヴィクセルに、レインは思わず目に力が入った。
自身が、ステラの暗殺を受けている事がバレている様に感じたからで、サイラス王の名が出た事もあってレインはヴィクセルを追求しようとした。
――だが。
「ヴィクセル……?――ヴィクセル!! そ、そんな……そんなぁ……!」
異常に気付いたステラがヴィクセルへ叫んだが、彼が動くことはもうなかった。
残されたのは沢山の屍と合成獣の死体の山だけ。
何も真実を知る事が出来なかった後味の悪い結果に、グランは納得できない様に頭をクシャクシャと掻く。
「クソッ!……何がどうなってんだ!? 近衛衆すら動かし、変なガキと挙句には合成獣までよ。こいつはただの暗殺じゃねえぞレイン!」
「……知った事か。俺達の任務は姫の護衛だ。敵がどの規模なのか知れたとだけ思え」
「けどよ……」
バッサリと切り捨てるレインだが、グランは納得出来なかった。
合成魔物技術は禁忌であると同時に高い技術力を必要とする。
それを可能とするならば国家レベルか、トップクラスのギルドの技術力が必要だ。
「この任務……やっぱ裏があったか」
「大国の揉め事が呆気なく終わるものか」
グランは嫌な予感を抱きながら思わず額を抑えていると、レインはショックを隠せないステラの下へと近付いた。
夜でも動かなければならない。例え危険でも、この場も同じく危険だからだ。
レインは放心状態のステラの傍に来ると、静かにその手を伸ばそうとした時だった。
『キュウ~クルルルル!!!』
鳴き声なのか、あまりにも変な声がグラウンドブリッジに響き渡った瞬間、突如としてグラウンドブリッジ全体が激しく揺れ始めた。
「な、なんだぁ!?」
「今の鳴き声は……!」
グランは事態を把握しようと周囲を見渡すが暗くて見えず、レインはどこか聞き覚えのある鳴き声に気付いた時だ。
「まずい、グラウンドブリッジが……!」
グラウンドブリッジ全体が揺れ、徐々に崩れ落ち始める。
亀裂が走り、地割れの様に崩れる自然の大橋。
護衛騎士やスケロスの死体、運よく虫の息だった騎士も次々と呑み込まれてゆく中、それはステラをも呑み込んだ。
「きゃあぁ!!」
「まずい!」
不意打ちの様に、ステラの身体は崩れるグラウンドブリッジと共に落ちて行く。
そこへレインが飛び出し、ステラの身体を両腕で掴むと、彼女の頭を守りながら落下し、そのまま夜の支配する闇の激流の川へと呑み込まれた。
「レインッ!! 姫さんッ!!――ちくしょう!!」
二人の身を案じるグランだったが、そんな彼も崩壊するグラウンドブリッジに巻き込まれ、レイン達と同じく激流の川へ呑み込まれていった。
――まずい……か。
着水の衝撃からの激流の流れにレインは意識が飛ぶ感覚を抱き、冷たい水で腕の感覚も鈍るが、それでもステラの身体を必死で抱き続けた。
流れの速さで瓦礫からの二次被害は回避できたが、このままでは危険なのが変わりない。
――意識が……!
意識も薄れていき、レインは視界が真っ暗で目を開けているのか閉じているのかも分からなかった。
そんな時だ。レインが
『――今はまだ、貴方を信じましょう』
激流の中で声など聞こえる筈がないが、レインは確かに女性の様な声を聞いた気がした。
しかし、それが何なのかを理解する前に、彼の意識は完全に真っ暗になってしまう。
またグラウンドブリッジも完全に崩壊。彼等がいた痕跡は何も残される事はなかった。
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