第二章:暗躍の旅

第11話:暗躍の気配

 レイン達が出発してから二日が経った。

 アスカリア国内の、人通りのない自然の道を四台の馬車が駆け抜ける。


 それは和平の為、ルナセリアへ帰国するステラの護衛団だ。

 その最後尾の馬車でレインとグランは時折、激しく揺れる馬車内でチェスを行って暇つぶしをしていた。


「……揺れるな」


「そうだな」


 通っている場所は所謂、獣道の様なあまり整備されていない道だった。

 何故なら、あまり人目に見られても困るからで、人目のないルートが必然だ。


 その結果、途中で地面に転がる石に車輪がぶつかり、大きく揺れ動く事が多く、駒も言う事を聞いてくれないでいた。

 

「俺等……本当に護衛だよな?」


 グランが不満そうに呟いた。

 護衛と言え、賊も来なければ魔物も出て来ない。ただの暇潰しだけしかしてない。


 つまり二人は、二日間で既に数十回も行っており、休憩・野宿以外は馬車に押し込められているグランのストレスは限界だった。


 そして、馬車が何度目かの道の石を車輪で踏み、大きく馬車が揺れた事で盤の上で駒がバラバラに倒れた瞬間、グランの我慢が限界を迎えた。


「だあぁぁぁぁッ!! もうやってられっか!――ハァ……俺等はいつまでこんな状態なんだレイン?」


「万が一の時……それかルナセリア帝国に到着するまでだ」


 叫ぶと同時に、一気に肩を落とすグランへレインはそう返答して落ち着かせようとした。 

 けれども、グランの性格を知っているレインからすれば、今の缶詰め状態が辛いのも理解していた。


 出発して二日だが、食事・休憩・野営の時以外はずっと馬車の中。

 護衛と言われれば、レインとグランの両名はルナセリアの騎士達によって、ステラ王女にあまり近づけないのも不満点だった。


「仕方ねぇけどよ……信用なさ過ぎじゃねえのか?」


 暗殺を疑っているのか、ステラが自分から話し掛けて来た時以外は基本的に近づけず、馬車も出発の時から順は変わらないのでこれも同じだ。

 その為、グランは身体も満足に動かせない馬車内で、怠そうに欠伸をするしかなかった。


「ふあぁ……!―――ったく、俺等は何の為にここにいるんだか……」


 不満そうな態度を崩さないグランだが、レインはその理由を知っている。

 別にグランはアクシデントを望んでいる訳ではなく、別の理由があった。


 そこでレインは、外のルナセリア騎士に聞かれない様に、指に魔力を込めて宙に文字を書き始めた。


『グラン』


 声でやり取りが出来ない時の技であり、少なくとも内容は外のルナセリア騎士に聞かれたくない内容だった。


『護衛団の数や様子……それが原因か?』 


 浮かぶ文字の内容。それにグランは頷くと、同じ様に宙に文字を書いた。


『あぁ……数は少数精鋭は仕方ねぇだろうが、だからといってなんで『七星将』が一人もいねぇんだ?』


 ルナセリア帝国最強の七人の騎士『七星将』

 その者達はそれぞれ『水』・『金』・『火』・『木』・『土』・『天』・『海』を二つ名に持つ魔導騎士であり、四獣将のレイン達も過去に何度も戦っており、その者達の強さも理解していた。


 そんな七星将が誰一人としてステラの護衛にいない事、そしてもう一つ。


『この護衛団の様子、明らかに変だぜ……?』


『――殺気を纏い過ぎている。明らかに護衛する側のものではない』


 二人がずっと感じていた騎士達の殺気。

 それは休憩中から移動の時も微かに感じており、流石に自分達だけが原因とはレインもグランも思えなかった。

 

『けど普通の奴もいんだよなぁ』


 ところが、逆に殺気を一切出していない騎士達もいた。

 余計な殺気を出さず、普通に護衛として警戒を行っている騎士達。ハッキリ言えば、こちらが普通の姿だ。

 

 本来ならば、ステラの護衛を七星将が誰か一人でも来るのが当然だが、それが来ない。

 殺気を纏う騎士と纏わない騎士の護衛団。


 この二つが意味するのは少なくとも一つしかないと、魔力で書くまでもなくレインとグランは理解しあっていた。  

 

 一波乱、起きる……と。


♦♦♦♦


 日が沈み始めた頃、ステラ姫を乗せた護衛団は道中で馬車を止めて休憩をしていた。

 本来ならば野営の準備をするのだが、先を急ぎたいと言う護衛団長の意見の下、早めに夕食を取って夜に備える事なった。


「アスカリアの森も危険だがな……」


「もう俺は知らね」


 アスカリアの夜の森は慣れていない者には危険だとレインとグランは進言したが、それは聞き入ってはもらえなかった。


 自分達の進言は無駄だと判断した二人は諦めた様に馬車から降りて、周りから離れて食事を取っていた時だ。

 

「レイン様、グラン様……ご一緒して宜しいでしょうか?」


 そう言って来た人物、それは後ろに纏めた青い髪を揺らすステラだった。

 自分の食事を持ってやって来た彼女の姿に、二人は食事の手を止め、グランは笑顔でそれに応えた。


「おう!――飯は大勢で食った方が良いからな。俺は構いません……レインも良いだろ?」


「――ご自由に」


「ありがとうございます!」


 二人の許可を貰い、嬉しそうに、そして楽しそうな表情をステラは浮かべた。

 まるで親しい友人達と一緒に過ごしているかのように、今は姫ではなく一人の女性でいられる。


 丁度空いていたレインの隣へとステラは腰かけ、三人は他愛のない会話を挟みながら食事を再開、緊張しかなかった時間に落ち着いた空間が生まれた。


 けれども内容は、時折、他愛もない話をグランとステラがし、レインはそれに適当に相槌を打つだけだった。

 少なくとも、レインの方には別の目的があるからだ。 


――王女の異変か。


 風で揺らす黒き長髪から覗かせるレインの瞳。

 それはずっと気付かれない様にステラの姿を捉え、まるで獲物を狩ろうとする獣だ。

 グランにすら気付かれない様にするレインの心中。そこにあるのサイラス王の言葉だけだった。


『――異変を感じた場合。ステラ王女を暗殺せよ』


 護衛任務の最中でも、レインがその言葉を忘れた事はなかった。

 それで戦争が起きようとも任務である以上、レインは“黒狼”としてステラの命を奪うのが目的だ。


「あ、あの……!」


 暫くレインはステラの姿を監視していた時だ、不意にステラがレインの方を振り返り、一つのマグカップを差し出した。

 中には白い飲み物が湯気を立てており、甘い匂いもする事から、それはホットミルクだった。


「レ、レイン様もどうぞ……保存魔法で持って来て貰ったルナセリアのミルクです」


 ステラが先程から鍋で何かをしているとはレインも思っていたが、どうやらホットミルクを作っていたと分かった。


 目の前には飲んでほしそうにソワソワしているステラ。

 隣では、既に話し疲れた喉をグランがホットミルクで潤している。


――随分と冷え込んだな。


 気付けば夜になった事で冷たくなった風を受け、温かい飲み物は丁度良いと思い、レインはステラからマグカップを受け取った。 


「ありがたく頂きます……」


グランが飲んでいるのに自分は飲まないと言うのもステラ――つまりは王女の機嫌を損ねてしまう可能性もあり、ただ飲んだ方が良い。


 暗殺任務も受けているが、護衛任務もまたレインの任務だ。

 和平の為、ルナセリアに一日も早く問題なく到着する様にも考えなければいけなかった。


「では……」


 顔には出さないが、色々と考えながらステラから受け取ったホットミルクに口を付けようとした時だ。

 レインは何やら強い視線を感じ取り、まさかと思いながら顔を上げると……。


「どうですか!」


「……!?」


 ステラがガン見していた。しかも至近距離で。

 飲んでいるかどうかは分かる筈だが、感想が聞きたいステラはそんな事すら気付いていない。

 姫の立場故か、振る舞う事の機会が殆ど限られており、今になって反動が来たのだ。


――アルセルとは、こうも違うか。 


 他国の者ならば尚更であり、レインとグランから故郷の味の評価等を聞きたくて仕方ない様子だ。

 そんなステラの様子に驚きはしたものの、レインはマグカップを口に付けてホットミルクを口へと流し込んだ。

 すると……。


「!……美味い」


 無意識。思わず出てしまった言葉に呟いたレインは、自らの言葉に驚いて戸惑いの表情を浮かべてしまった。


 確かにホットミルクは美味しかった。アスカリアのミルクとは少し違い、それは程よい甘さだ。

 けれども、レインが戸惑ったのは別にそれ程までにホットミルクが美味しかったからではない。


「今……俺は――」


 味の良し悪し関係なく、思っていた訳でもない無意識でそんな言葉を呟いた事に戸惑ったのだ。

 何故なら、屋敷の食事以外で感じた事はないからだ。

 ただの栄養補給として行為なのに、なぜ自分はそんな事を言えたのか、レインは困惑してしまった。


「……これは一体」


 困惑するレインだったが、ステラは気づく事はなく、ただレインの言葉を純粋に喜んでいた。 


「本当ですか! お代りはまだありますのでどんどん頂いて下さい!」


 満面の笑みを浮かべ、両手で鍋を持つステラの姿にレインは何が正しい行動なのか悩んだ。

 両手で持っていても不安定に動く鍋を察するに、その量は多い。

 ハッキリ言って美味いからといって、胃を膨らませる程に飲みたい訳ではない。


「そんじゃ、俺はもう少し頂きますかなっと……」


 レインが考えている間にも、気を利かせたグランがホットミルクを追加する。

 

――やはりもう一杯ぐらいは飲むべきか……。


 レインは一杯で十分だったのだが、グランが追加で飲んでいる以上は自分も飲み、最低限の機嫌取りをする事を選んだ。


 というよりも、自分の目の前では瞳を輝かせたステラが、明らかに期待している表情で見ていた。

 

 そんな状況で飲まないと言う選択をすれば、ステラの気分が落ち込むのはレインでも察する事が出来た。

 仕方ない、レインはそう思い、空になったマグカップを鍋へと運ぼうとした時だった。

 護衛騎士の一人が三人の下へ近付いてきた。


「――姫様、御二方。そろそろ出発致します……ですので馬車へお戻りください」


「えっ?……もうそんな時間なのですか? 少しいつもより早い気も……」


「夜は危険ですし、ここは森ですから……」


 日も既に沈んでおり、ここからは本格的に夜になる。

 賊が辺りに出没している話は聞いていないが、少なくとも夜行性の魔物はどこにでもいる。

 闇に紛れて襲われれば面倒で、出発するならば早めの方が良いとレインとグランも素早く立ち上がった。


「了解した……」


「あいよ……まぁ出発すんなら早いに越した事はねぇな」


 レインとグランは護衛騎士へ返答し、そのまま馬車へと向かおうとするが、ホットミルクがまだ鍋に余っているステラは慌て始める。


「まっ、待ってもらえませんか? まだミルクがこんなに余って――」


「残りは我々が頂きましょう。姫様が作って下さった物ならば、我々にとって褒美と同じですよ」


「た、確かにそれならば……」


 護衛騎士の言葉にステラはやや迷う素振りを見せるが、捨てるなんて勿体ない事をするよりかは良いに決まっていた。 


 元々、異国の二人にルナセリアの味を知って欲しかったステラだったが、既に二人からはちゃんと評価も貰っている。

 ただ残り物をあげる様で気掛かりだが、やはり捨てるよりかは良いと思った。


「ならば、後は皆で頂いて下さい。残り物の様で気が引けますが……」


「ハハハ……先程も言ったように、姫様が作ってくださった物ならば文句などある筈がございません。我々がありがたく頂かせてもらいます。――それよりも、姫様もはやく馬車に。準備が終わり次第、すぐに出発致します」


「……分かりました。それではレイン様、グラン様、私は先に馬車へ戻ります」


「おう! また一緒に飯食いましょうや」


 お辞儀しながら馬車へと戻るステラへ、グランが軽く手を振り、レインはただ黙って一礼をして返すと、二人もまた自分達が乗っていた馬車へと乗り込もうとした時だ。


「……おいレイン」


「……分かっている」


――ステラが作ったホットミルク。それを草むらに捨てる先程の騎士の姿をレイン達は確かに捉えていた。

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