第10話:旅立ち
貴族街を出て、街の中を通ったレインとグランはアスカリア城に辿り着き、そのまま中へと入って中庭へと向かった。
この手の任務の時、大体サイラス王のお気に入りの場所である中庭に集まる、それが四獣将達の任務では常識となっていた。
だが今回か密命だ、そんな中庭にも注意を払いながら入った二人を出迎えたのは三人の人間。
サイラス王とバーサ大臣、そして護衛対象のステラ。
彼等が中央で待っており、三人へレインとグランは頭を下げた。
「遅くなり申し訳ありません」
「構わん。我々も今来たばかりだ……」
謝罪にサイラス王は気にするなと顔の髭を撫でていると、グランがある事に気付いた。
「ん? 陛下とバーサのおっさんはともかく……姫さん。あんたの侍女はどこにいるんだ?」
中庭にいたのは、王と大臣と護衛対象のステラの三人だけだった。
昨日の会談の時も侍女がいない事にグランは気になっていて、その事を問いかけるがステラは首を横へと振った。
「侍女の者達は連れて来ていません。この度、アスカリア城に入ったのは私一人です。護衛の者達もすぐに返しました」
「返したって……おいおい、じゃあ姫さんは護衛無しで敵国に一人でいたってのか? 和平の為とはいえ大したもんだぜ」
ステラの言葉にグランは感心を通り越し、感服してしまった。
自国に一人、敵国の姫が来るなど誰が見ても無謀であり、同時に敵側からすれば好機でしかない。
その結果、人質、暗殺、周辺国からの評価は落とすだろうが、それでも他の者達がステラに何も仕掛けなかった事にグランは驚いた。
「……
「陛下が他の者達に厳しく忠告したのだ。不審な動きを見せただけでも首を刎ねるとな」
バーサは鋭い眼光を向けながら、グランへ事の真相を伝えた。
その場にいなかったグランに、その時のサイラス王が放っていた殺気を教えるかのようにだ。
そしてバーサ大臣の考えはグランに伝わったらしく、冷や汗を流しながら頷いた。
「ハハ、成る程……そりゃ納得だ。陛下を本気で怒らせても、馬鹿が出来る貴族はいねぇもんな」
サイラス王が本気で怒った姿を見たものならば、グランの言葉の意味も理解できる筈だ。
反発的な貴族達を抑えられるのはサイラス王が地位だけではなく、器も武も両方備えているからだ。
嘗て見た事があった王の怒りの形相を思い出しながら、レインと話しているサイラス王へと視線を向けた。
そこでは、サイラス王がレインへ親書を、まさに渡していたところだった。
「これが親書だ。――レインよ……
「――仰せのままに」
保護魔法で守られた親書。
それをレインは懐へ入れ、サイラス王の“色んな意味”が含まれている言葉に再び頭を下げて応える。
敵国の姫、ステラと親書の死守。
――そして異変が起こった場合、ステラの暗殺。
それ等の内容の密命。
それをレインは、今この場で正式に受けた事になり、その任務が始まりを告げた。
「そろそろだな……三人共、準備は良いな?」
良い具合に朝日が昇り始めたのを確認し、サイラス王はレイン・グラン・ステラの三名を一か所に集めると、足下に転送魔法の魔法陣を展開させた。
「このままルナセリアの護衛騎士がいる場所へと送る。そこからは、その者達と協力しルナセリア帝国へと向かうのだ。――レイン、グラン、ここから先はステラ王女の言葉を私の言葉と思い行動せよ」
サイラス王の言葉にレインとグランは頷いて返し、ステラも頭を下げた。
「サイラス陛下……バーサ大臣。この度は本当にありがとうございました」
「――うむ。次会う時は和平会談の時になる事を祈っているぞ」
「レイン、グラン。ステラ姫を守り通すのだぞ?」
バーサ大臣のからの言葉にレインとグランは力強く頷き、やがて魔法陣の光が大きく輝いた時には三人の姿は光と共に消えた。
重き任を背負った三人を見送ったサイラス王とバーサ大臣。二人は祈る様に空を見上げた。
「良かったのですか、これで? 向こうのとの約束を破った事になるのでは?」
「なぁに……これで破った事にはなるまい。寧ろ問題はここからだ。万が一の事はレインに伝えておる。だがこの護衛の結果がどうなろうが……クライアスは荒れる。――忙しくなるぞバーサよ!」
「えぇ望むところです。陛下にも楽はさせませんよ?」
そのバーサ大臣の言葉に、サイラス王の笑い声だけが中庭に響き渡るのだった。
♦♦♦♦
転送魔法の光が晴れると、レイン達は森の開けた場所に立っていた。
すぐにレインはグランと共に職業病の様に、辺りの状況を確認しようとしたが、それをする必要もなかった。
なぜならば、目の前には中型サイズの馬車。
そして、14名のルナセリア帝国の紋章を記したマントを羽織る者達が佇んでいたからだ。
「おわっ! なんだ貴様は!?」
「待て! あれは……姫様!」
突然の登場にルナセリア帝国の騎士達も困惑と警戒をするが、ステラの姿が確認できると肩の力を抜いて頷きあい、一人の騎士がステラへと近付いた。
「ステラ様! よくご無事で! 和平の話はいかがでしたか?」
「はい……無事にサイラス王からの親書を受け取れました。そして、ここからは帰国までレイン様とグラン様も護衛として同行してくれる事になりました」
その言葉に周囲がざわついた。
それは親書の事ではなく、レイン達の名前が出たからだ。
「レインとグラン?――まさか四獣将!?」
「黒狼のレイン……剛牛のグランの二名を護衛に出したのか……!」
「まさか……ここで我々を!?」
流石にアスカリアの最大戦力の一つを出すとは予想外だったらしく、騎士達はアスカリアの本気なのか、それとも何かの思惑なのかと話し出し、ざわつきは納まる気配がない。
しかし当然でもあった。アスカリアの最高戦力の一角、しかも2名も寄越すなど、普通ならば警戒する要素でしかない。
けれど、その反応に対してステラが声をあげた。
「静まりなさい! 皆に思う事があるのは分かっています。ですが、レイン様もグラン様もその様な想いでここにいるのではありません!」
ステラの言葉に騎士達のざわつきが消え、騎士達はその言葉に耳を傾ける。
「両国の溝、それがすぐに埋まる事がないのは私も理解しています。――ですが、私達が今からするべき事は和平の為の帰国なのです。 せめて帰国までの間だけでも恨みを忘れ、心を一つにしましょう」
騎士達に言い終えてから振り返ったステラは、レイン達へ申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「レイン様、グラン様……この様な事になり申し訳ありません」
謝る様に話すステラ。しかし、レインとグランは首を横へと振って返した。
「お気になさらず、ステラ王女」
「こういうのには慣れっこさ」
そもそも、二人気にしていなかった。
何故なら、立場と共に恨みがあるのは当然であり、敵国ならば四獣将を憎むのも多い筈だからだ。
そんな風に思っていると、一人の騎士がレイン達の下にやって来た。
「部下が失礼を……私は<ヴィクセル>と申します。この護衛団の隊長をさせて頂いております。色んな感情が渦巻き、やや不快にさせるとも思いますが宜しくお願い致します」
護衛隊長――ヴィクセル。
彼の言葉をレインとグランは何も言わずに聞いていたが、辺りから感じる殺気などは完全に消えてはいない。
護衛隊長の言った通り、色んな感情が渦巻いているが二人は特に言わなかった。
「――ではそろそろ出発致します。ステラ王女はこちらの馬車へ……お二人はこちらの馬車に」
馬型の魔物が二頭ずつ引く中型サイズの馬車。
それが縦に整列され、ステラは前から二番目、レイン達は最後尾の馬車へと案内された。
――最後尾か。
レインは最後尾の馬車に乗せられる事に違和感を抱いたが、その理由は己の胸の内に沈めた。
ようやく場が収まったのに難癖を付ければ状況は悪化、寧ろそれを狙っている可能性もあり、レインは何も言わずに案内に従った。
――瞬間、強烈な殺気と視線をレインは感じ取る。
「――!」
レインは反射的に殺気の方を向くと、発生源は一人の騎士だった。
他の騎士はルナセリアの紋章を目立たなく施した服装をしてはいるが、その騎士だけは顔もフードで隠していた。
「……あれも護衛か」
自分が乗らない訳にもいかず、レインは警戒するだけに留めて馬車へと乗り込む最中、もう一度だけ先程の騎士へ視線を向けた。
『……フフ』
その騎士はレインの視線に気付いているか分からないが、そのまま別の馬車へと乗り込んで行く。
だがレインは、その騎士のフードから微かに覗かせている顔が
「どうしたレイン?」
「――いや、なんでもない」
いつまでも乗らない事が気になり、グランが顔を出すが、レインは首を横へ振りながら馬車へと入って行く。
そして、全員が馬車に乗り込むと、やがて馬車は先頭から順に走り出した。
けれどもレインもグランも、そしてステラでさえ、この時はまだ知る由もなかった。
この旅が両国の和平だけではなく、この世界<クライアス>を巻き込んだ、大きな旅になる事に。
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