第9話:美少女商人リオネ

「いってらっしゃいませ」


「今回は長くなる、屋敷の事は頼んだ」


「かしこまりました」


 翌朝、日が昇ったばかりの時間帯。

 それぞれの部屋で目を覚まし、テトラが用意した軽食を食べ、旅の準備を済ませたレインとグランが見送られながら屋敷を出た時であった。


 レインは自分の持つ道具袋を確認し、表情を曇らせた。


「……不覚」


「ん、どうしたレイン?」


 珍しく困った様子にグランも気付く。

 そしてレインがジッと見ている道具袋を覗き込んでみると、中身は殆ど空に近かった。


 薬品・魔法薬・魔物除けのどれもが数が足りず、長期になるであろう護衛任務には心許ない。


「おいおい……レインよぉ。お前が準備忘れなんてどうしたんだ? 殿下の護衛はそんなに道具を消費する程の任務だったのか?」


「……殿下は怪我をしやすい」


 表情を変えずに呟くレインの言葉。

 それを聞いたグランも『あぁ……そうだったな』と納得した様子で呟くと、呆れた様子で肩を落としていた。


 つまり、戦いの才能がないアルセルが功を焦った結果、無駄に怪我をしてはレインが道具を使う。

 また護衛には親衛隊もいたが、やはり質の下がった親衛隊は質の低い行動しかせず、その皺寄せを全てレインが対処した結果がこれだ。

 

「ったく……殿下も親衛隊の連中も大した仕事をしやがる」


 グランも道具の事でグチグチと言いたくはなかったが、アルセルと親衛隊の評判は騎士達の間でも悪いが、レインはそこまで思っていない。

 

「……殿下の能力が活かされるのは戦いではない。――平和な世だ」


「今の世の中じゃ難しいな……どちらにしろ、今の世でも何も出来ない奴が平和な世で何か出来んのか?」


 疑う様に問い掛けるグランの言葉。

 それにレインが応えることはなく、そのまま門を出てしまい、グランも察するように後を追った。 


「それで消耗品はどうすんだ?――俺のを渡しても大丈夫だぞ?」


「……自分で何とかする」


「何とかって、お前なぁ……」


 その言葉にグランは悩むように頭をワシャワシャと弄った。


 こんな早朝ではそこらの店は開いてはおらず、その手のギルドも店を開けてはいない。となると、残りの手段は城の倉庫から貰うしかない。

 けれども、レインにはもう一つの考えがあった。


 不意にレインは道から外れる様に歩き出し、ある場所へと向かった。


「おいレイン、どうし――」


 どこに行くのかと問い掛けようとした時、そのレインの進む先にある物を見てグランは納得した。

 貴族街に場違いの様に存在するそれは、いわゆる小さな露店。


――そう、昨日貴族達相手に色々と売っていた少女の店だった。


 レインが露店を覗き込むと、店主である少女がいびきを掻いて寝ている。


「グゥ~グゥオ~」


 整った顔と微妙に露出の多い服装。

 そんな少女が堂々と寝ている事に思う事もあるが、少なくともレインは特に思わず、露店の上に置いてある呼び鈴を鳴らした。


 すると金属の確かに高い音が鳴り、同時に少女の意識も覚醒させた。 


「フガッ!?――えっなになに……?」


 伊達に商人ではないらしく、少女は呼び鈴の音に条件反射の様に身体を起こした。


 そして目を擦りながら顔を上げると、彼女の視界に入ったのは当然、呼び鈴を鳴らしたレインだ。

 そんなレインと目が合うと、同時にマントの紋章にも気付いた。


「……アスカリア騎士の紋章?」


「そうだ」


 騎士の紋章に気付いた少女にレインも頷くが、それで何を思ったのか少女の顔色が変わる。


「ちょっ――ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!――待って待ってよ!? 貴族街で寝てたのは確かだけど、ちゃんと販売の許可証はあるよ!?」


 少女から貴族街での販売を咎めていると思われたらしく、少女が慌てて一枚の用紙を取り出すと、そのままレインの顔へと突き付けた。


「貴族街での商売……その許可証か」


 突き付けられたレインも用紙に書かれた内容を読む。

 そこはに確かに、目の前の少女に貴族街での商売を許可する事と、正規と証明するアスカリア王国の印が押されていた。


 それは正式な許可証であって文句の付けようがないが、残念ながらレインの目的はそれではなかった。

 

「要件はこれだ……」


 慌てている少女とは裏腹に、何事も無い様子で一枚のメモを少女へと渡した。

 けれども、少女は何が書かれているのかと恐る恐ると様子で、受け取ったメモを読み上げる。


「た、逮捕状!? うそぉ……え、えっと……ヒール薬15個……魔力薬15個……魔物除けが……って何これ? 旅の必需品ばかり?」


 レインが渡したメモの内容に少女は拍子抜けし、力が抜けた様な方を落とした。

 逮捕状かなにかの類だと思ったが、内容は旅に出る人が買う物。

 

 つまりは、旅道具一式と呼べるものだ。

 

 それが分かると少女はゆっくりと顔を上げ、再びレインの顔を見詰めながらゆっくりと問い掛けた。


「もしかして……お客さん?」


「――そうだ。そこに書かれている品が欲しい」


 その言葉に少女は口を大きく開け、そのまま疲れた様に肩を落とした。

 また、徐々に肩を震わせ始め、その姿を見たレインは何が起こっているのか分からず、後ろにいるグランに顔を向けた。


 だが、グランは少女の気持ちが分かっているので苦笑だけ返した。


「まぁなんだ……お前が悪い」 


「何なんだ……?」


 苦笑しかしないグランの様子を見て、状況が理解できないレインが振り返ると、目の前に少女の顔があった。


――何処となく怒っている様な表情で。


「だったら最初からそう言ってよ!! もぉぉぉぉ!!――本当にビックリしたんだからね!!?」


 少女は今までの不安から解き放たれた反動からか、涙目になりながら感情に任せてレインへ向かって叫びをぶつけた。


 けれども、レインは道具を買いたかっただけであり、何故ここまで彼女が感情を爆発させるのかが分からず、考える様に首を傾げた。

 すると少女は鞄の中を漁り始め、次々とレインが欲しがった道具を取り出していく。


「なんだ、あるのか?」


「そりゃあるよ!? もう! 渡りでも商人なんだからね? どこにでも置いている道具だって扱ってるに決まってるじゃん!」


 レインの言葉に馬鹿にすんなと言わんばかりの気迫で品を揃えると、少女は叫びながらも置かれた道具袋にしまってくれていた。

 それは丁寧な手つきであり、少女の商人としてのプロ意識の高さが分かった。

 

「はい全部で4700ビスト。数は少しサービスしてあげたから、帰りなのか早朝任務なのか分かんないけど頑張って」 


 少女はレインの道具袋をカウンターへ置きながら言うと、レインも事前に準備していた代金を置くと同時に、道具袋を持って素早く店を後にした。


「せめて礼とか言ってよぉ……こんな早朝から起こされたのに」


 少女は眠そうに愚痴って二人の後姿を見送る様に眺めながら、レインの置いて行った代金を回収しようとした時だ。

 不意に違和感に気付き、それを手に持ってみると、それは“金貨”だった。しかも5枚。


 これは明らかに破格の支払いであり、これに気付いた少女は慌てて二人の後を追いかけた。


「ちょっとちょっと!?」


 レイン達は歩いていた為、少女はすぐに追い付けた。

 しかし、レインは少女が自分の隣に来ても歩みを止めるどころか顔すら合わせない。


 けれども、少女も関係ないと言った勢いでレインへ金貨を突き付けた。


「ちょっとお兄さん聞いてるの! 私は4700ビストって言ったんだよ!? 金貨一枚でも足り過ぎてるのに五枚なんて貰えないよ! 金貨しかないなら四枚返してから、すぐにお釣り用意するから!」


「……構わない。五枚とも受け取れ」


 レインからすれば金貨五枚は、料金以外に迷惑料・口止め料等の意味を込めており、別に間違ったとかの理由ではなかった。

 だが、それはあくまでレインの考えであり、少女が察しているかは別の問題だ。


「そう言う訳にはいかないって!」


 少女は得している筈が食い下がらず、レインも流石に無視できなくなった。


「一人の商人としてこの金貨は受け取れない。私は対等な商売しかしない……だからこの金貨は受け取れないって!」


 彼女なりのポリシーがあるのか、過剰な代金を拒否するのも、それが理由らしい。

 けれども、レインも昨日の事を覚えていた。


「昨日は、お前が提示した金額よりも多い額を貴族が支払った筈だ。その時は何も言っていない様だったが、それも対等な商売とは言えないんじゃないのか?」


「あれとは違う話だよ!? あの商品達は本当に価値がある物ばかりなの……確かに値段を決めたのは私だけど、最終的にはそれを本当に欲しいって人達が決めた値段だから私は売買したの! でもこの商品は色んな人達向けに売られている一般的な物だから、過剰な金額は受け取れないって!」


 高価なものでは価値観によって変えるが、日用品の様な物は全ての人に平等の値段で売る。

 

 それが彼女の信念らしく、そう言って少女はすぐにお釣りを準備しようとするが、お釣り入れの鞄を除く少女の表情が固まった。


「あっ――足りない……」


 少女は消えそうな程に小さな声で呟き、それをレインは聞き逃さなかった。

 昨日の貴族との商売で、お釣り袋の中身が減っており、 鬱陶しいと思い始めていたレインは歩く速度を速めた。


「無いならば終わりだ」


「待っ……待ってよ! 店に戻れば払え――」


「待つ気は無い」


 少女の言葉をレインは切り捨て、そのまま足を速めた。

 これ以上は流石に店から離れる事も出来ず、少女の表情も暗くなるが、それでもついて来ようとするのは彼女の商人とての誇り故だろう。


「あぁ……! でも……あぁもう店も――」


 後ろを何度も振り返りながら、店を心配しながらも自分に付いてくる少女に、流石のレインもとうとう根負けした。

 これ以上、下手に付いて来られても迷惑だったので、レインはその足を止めて彼女の顔を見た。


「なら今度会った時にサービスしろ。それまでの投資とでも思え」


「えっ――」


 突然のレインの言葉に少女は驚いた様に立ち止まるが、レインは言うだけ言って再び歩き出した。

 すると、少女もレインを追う様な事はしなかった。

 ただ諦めた様な溜め息を履くと、レインの背後から少女は叫んだ。


「名前は! サービスするお客さんの名前も分からなきゃ、話になんないでしょ!」


「――レイン・クロスハーツ」


「ついでだが俺はグラン・ロックレスだ!――頑張れよお嬢ちゃん!」


「お嬢ちゃんじゃないよ! 私は! リオネ・エメラーナって言うの! 今後とも御贔屓に!!」


 少女――リオネの声を背に受けながらも、レインは振り返る事はしなかった。

 グランが代わりに笑顔を向けながら手を振り、それはリオネが店に戻るまで続けた。


「全く大した嬢ちゃんだ。けど、久しぶりにレインの珍しい姿が見れて俺は楽しかったがな」


「好きに感じろ……どうせあの商人と会う事はない」


 おちょくる様に言ってくるグランを、レインは一蹴する。

 サービスしろと言ったのも、あくまで話を終わらせる口実に過ぎないからだ。

 レインは今後、リオネと再会する事はないと思った。


――けれども、近い内に再会する事になると知る由もなく。

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