第8話:旅立ち前の休息

 サイラス王との話を終えたレインは明日に備える為、城の外へ出て城門まで来た時だった。

 そこには城壁に背を預けるグランが立っており、レインは思わず溜息を吐いた。


「先に屋敷に行っていろと言った筈だ」


「良いじゃねぇか別に、どの道目的地は同じなんだ。……それにお互い貴族街は好きじゃねえし、一緒に行った方が傷は浅いだろ?」


「……勝手にしろ」


 そう返すとレインは自分の屋敷がある貴族街へと歩き始め、グランもその後に付いて来るように歩き出した。


♦♦♦♦


 首都【グランサリア】の北エリアに、その場所はある。

 道を歩く人や家等の全てが一般の者が住んでいる場所とは違い、豪華な装飾や設備・雰囲気があり、見る人が見れば別世界だ。

 

 【貴族街】――それがこのエリアの名であり、文字通り貴族のみが生活している居住区。

 そんな貴族街の中を二人は屋敷へと向かう為に歩いているが、そんな二人は貴族街でも目立つ存在だった。


「おい、あの二人」


「まさかあれが……」


 自分達の存在に気付いた貴族達は、思わず足を止めて顔を向けてくる。

 四獣将であり、国民からの人気は高いから当然とも言えるが、それは庶民の話だ。

 貴族達の表情は尊敬のものではなく、蔑む様なものだった。


「あれがサイラス王子飼いの獣共か」


「クロスハーツ家の長男、ロックレス家の次男か……フンッ」


「所詮は命を喰らうだけの獣よ……」


 貴族達が自分達へ抱く感情が良い感情ではないのを、レインもグランも知っている。


 国の英雄と言えど、貴族達が自分達に抱くのは命を喰らう獣。

 更に言えば貴族主義を潰したサイラス王の子飼い、そうなれば更に印象は悪い。

 だが決定的なものは二人の出身。この国の“悪しき風習”だった。


「ったく、相変わらずみみっちい連中だ。貴族主義が無くなっても、成功している貴族だって多いってのによ……」


 自分達に陰口を呟く者達を見てグランは面倒そうに呟くが、レインは沈黙を貫いた。

 何故なら、これも見慣れた光景の一つに過ぎないからだ。

 

 もう何年も変わらない人種。

 死ぬまでこのままの者達を殆ど気にしないまま、レインは屋敷へと歩き続けていた時だった。


「ん……なんか騒がしくねぇか?」


 前方の道端で貴族達が集まっており、何やら騒がしい事にグランが気付いた。

 無駄にプライドや品性にうるさい貴族達にしては珍しい光景で、レインも思わず足を止めた。


「何事だ……?」 


「おいおい、貴族街だっつうのにスゲェ騒ぎだな」


 いくら安全な空間で平和ボケしている貴族でも、流石に白昼堂々と犯罪まがいの事はしないと思いながらも、その場所へ視線を向けた。


 すると、その場所からは騒がしさというよりも、に満ちていた。

 

「いらっしゃい! いらっしゃい! 最高の一品見てってくださいな!」


 そこには沢山の貴族達に囲まれているがあった。

 店主は、短パンとチューブチトップに大きな羽織一枚を羽織った銀髪の少女。

 彼女が商品と思われる物を次々と出し、貴族達相手に商売を行っていた。


「はいはーい!――次はが装飾した大皿だよ! 近年では武器とか以外にも色々と作っているドワーフだけど、その職人技は健在! ちゃんとドワーフ直筆のサインもあるよ!」


 少女は細かく、確かな技術が施されている大皿を貴族達に見せながら大声で宣伝し、周りの貴族達もどれどれと覗き込んでいた。

 そして見終わると、貴族の歓声がレイン達にも聞こえてくる。


「こ、これは見事な……!」


「う~む、文句を付ければ逆に私の恥となるな。だが、ドワーフ達がここまでの物を作るとは……!」


 武器等ばかり作るイメージが強いドワーフ達だが、その技術の高さは他にも活かしている。


 故にドワーフが彫った証明のサインもあるが、それが無くても見事な装飾だ。

 これが安物や偽物の類ではないと、貴族達へ分からせる程に。


「うむ……確かに見事だ。これなら買ってやっても良いだろう。――いくらだね?」 


「ふふん!――本当なら金貨25枚は頂くけど、今回は初回の営業だから金貨20枚にオマケしてあげる。その代わり今後もこの<リオネ・エメラーナ>を御贔屓に!」


「差額の金貨5枚で己を売るか、大した商売人だ……その値で買おう! その代わり、次からはまず私に商品を見せてくれ?」


 貴族のご老人がリオネと名乗った少女に金貨を渡すと、それを皮切りに他の貴族達も他の商品を見せろと騒ぎ出すが、彼女は一切慌てずに落ち着いて対処していく。


「慌てない慌てない! 次の商品はエルフ族が作ったドレスだよ!」


 先程と変わらず自分のペースで貫きながら、貪欲な貴族達を相手にするリオネと言う少女。

 そんな彼女の姿にグランは見入って感心してしていた。


「おいおい……大したもんだぜあの嬢ちゃん。あの貴族達に財布を開けさせやがった」


「事件性がないなら行くぞ」


 グランとは違い、レインは特に興味がないので歩き出した。

 足を止めた理由は犯罪か何かの問題の可能性があったからであり、彼女自身への関心はもう低い。

 そう言って歩き出すレインの後ろで、グランがお前もマイペースだなと、笑っていた。


♦♦♦♦


 貴族街の大通りをずっと進み、人が少なくなったエリアにレインの屋敷がある。

 大きな屋敷で外見も貴族街に恥じないものだ。

 強いて言えば場所が悪いぐらいだが、レインは気にしていない。

 

「お前の屋敷に泊まるのも久し振りだ……なぁレイン?」


 共同の任務の時は大抵グランは、レインの屋敷に泊まっていた。

 それは彼の家が首都にない事も理由であり、またグランからしてもレインの屋敷は伸び伸びと出来て落ち着ける場所だった。


 しかし、そんな自身の屋敷の前で不意にレインは足を止めた。 


「どうしたレイン?」


 聞いてくるグランだが、レインは黙って屋敷の前をジッと見つめていると、グランも屋敷の前へ顔を向けて納得した。


「なんだ……って、そういう事か」


 屋敷の前、そこに壁に寄り添うにしている一人のがいた。

 その少女を見て、グランは納得した様に頷く。

 屋敷の前で退屈そうに何かを待つ金髪の少女。

 もう数年は経つだろうが、何故か少女はレインが返ってくる頃には屋敷の前に立っているのだ。

  

「……あっ!」


 少女はレインの姿を見るや否や近付こうとするが、途中で足を止めてしまう。

 けれども、ずっとレインの顔をジッと見て、何やら言いたそうにもしていたがレインは心当たりがなかった。


 しかもやり取りを何年もしているから謎だ。


「うぅ……あっ……だから……ぅぅ!」


 何かを言いたいのは伝わって来るのが、少女は緊張なのか上手く言い出せない様子だ。

 グランにとってもそれは何度も見てきた光景だが、やはり謎でしかない現状にレインへ聞いてみた。


「なぁレインよ……あの子、よくお前の屋敷の前にいるけど顔見知りなのか?」


「知らん。少なくとも身に覚えはない」


 グランの言葉にレインはそう言い放った時だ。

 その言葉に嘘はなく、本当に見覚えも、関わる機会もなかった筈が、レインのその言葉に少女の態度が変わった。


「!――ば、ばかぁぁぁぁぁっ!!」


 怒ったように顔を真っ赤にし、涙目でレインへ地面に落ちていた石を少女は投げつけてきた。

 けれども、レインは慣れた様に受け止めて地面へ落とす頃には、少女は走り去っていた。

 そもそも、初めて出会った時もそうだった。


『あ、あの!』


『誰だお前は?』


 そう言っただけで少女は怒って石を投擲。

 これが数年は続いているのだから、付き合っている自分も大概だとレインは思ったが、すぐに頭を切り替えた。


「理由は知らんがいつもの事だ。行くぞ……」


「えっ……お、おう……!」


 少女の様子に困惑するグランだったが、レインは気にした様子もなく屋敷の中へと入っていった。


♦♦♦♦


「お帰りなさいませレイン様、いらっしゃいませグラン様」


「よう! 世話になんぜテトラさん」


「変わりなかったか?」


 二人を出迎えたのはザ・メイド長の様な姿の若い女性――<テトラ・メイドン>

 レインの屋敷を一人で管理している自称・最強メイドだ。

 まだ二十代前半の女性だが、屋敷を空ける事が多いレインが安心して遠出できる理由、それが彼女の存在だ。


 家事もそうだが腕も立ち、一度盗みに入った強盗を10人も撃退した実績もある。 


「はい、特に変わりはありませんでした。――御夕食とお風呂の準備は出来ておりますのでどうぞ」


 落ち着いた笑みで出迎てくれたテトラに案内され、屋敷に入ったレイン達を出迎えたのは、ただ広いだけの屋敷。

 人の気配が全くなく、それがグランが落ち着くと言った理由だ。


「……他の使用人達は帰ったみたいだな」 


「そうだろうな」


 互いに理解している事を呟きながら一つの部屋に入ると、そこには縦長のテーブルの上に置かれた豪華な料理が準備されていた。


「おぉ、すげぇな相変わらず! 良い仕事するなレインの所の使用人は!」


 保温魔法で温度は整えられており、スープも冷めている様子はない。

 料理・掃除等、使用人達はそれらを行ってはレインが帰宅する前に出て行く。

 それが、この屋敷の日常だった。


「テトラ以外に会った事はないがな」


 十年以上このような生活を送っているレインだが、それを気にした事は一度もなく、屋敷に訪れる使用人の顔もテトラ以外は見た事がなかった。


 レインが十年以上前に父親に与えられた屋敷だが、滞在しているテトラと、不思議と口に合う食事があるだけで充分だった。


「すぐにご準備いたしますか?」


 既に食器等の全ての準備が出来ており、テトラがいつでも食事が開始出来る事を知らせると、レインはグランへ視線を向けた。

 

「……先に食べるか?」


「あぁ……いや、先に風呂に入らせてくれ」


 流石にゴーレムの破壊故に汚れも多く、グランは食事よりも風呂を優先したかった。

 マントや服にも破片や砂利が付いていて、グランは床に落とさない様に必死だ。

 

 そんなグランにレインは、そうか、とだけ言い、グランはそのまま部屋を出て風呂へと向かっていった。


「マントを頼む……あと、準備は最低限だけで良い。――グランと話もある、今日はもう自由にしていい」


「かしこまりました」


 残されたレインもマントを外してテトラへ預けると、テーブルの前に腰を掛けてグランが来るまで静かに目を閉じるのだった。


♦♦♦♦


 風呂から戻り、シャンプー等の香りを纏わせながらグランは、髪を後ろで一纏めにして戻って来た。

 そしてグランを待っていたレインも、彼が戻って来た事で二人は食事を取り始めた。


「いつも思うけどよ……美味いが多いよな?」


「そうだな……そして不思議な味だ」 


 料理の量はいつも一人用ではなく、ハッキリ言って多かった。

 食べきれないのが前提だが、今日はグランがいるので丁度良いとレインは思いながら、コーンスープを口へ運んだ。


 やがて、一通り食事を終えると今度はレインが立ち上がる。


「風呂に行ってくる……」


「おう! 俺はもう少し食ってるわ。ここの食事は優しい感じがあって好きなんだ」


 レインは夕食を先に終えると風呂へと向かい、グランはまだ食べる様で新しいワインのボトルを持ってきていた。


 それはレインが風呂から帰った後も続けていたらしく、戻って来ると既にワインの空ボトルが四本程テーブルに置かれていた。


「明日に響くぞ……?」


「大丈夫だ……俺は酒が強いからな」


 呆れた様子のレインにグランは笑いながら返した。

 実際、酒が強いのは知っており、様子を見る限り酔った様子もないが飲み過ぎに得はない。


「まぁなんだ、レインも一杯だけ飲もうぜ?」


 グランはそう言って返答を待つよりも先にグラスにワインを注いだが、レインは断った。


「明日は任務だ。俺は飲まん……」


「一杯だけだ。それに寧ろ、飲むべきだろ……明日の任務ルナセリア王女の護衛。言わば敵国の姫さんの護衛だ。――『妖月戦争』を……いや『神導出兵』の生き残りである俺等にとって特別な筈だ」


 そう語るグランの表情はどこか感傷的で、寂しそうだ。

 すると、そんな姿を見て、サイラス王へも断ったレインだったが『神導出兵』の言葉を聞いたことで記憶が蘇った。


『また……みんなで騒ぎたいなぁ……』


 嘗ての仲間の言葉が胸に響いて来た。

 もう忘れていた胸の痛みが強くなっていくのを感じると、レインは忘れる為に腰を下ろしてグラスを持った。


 そんな姿にグランは悪戯した子供の様に笑みを浮かべており、互いにグラスを掲げて口へと運んだ。


「……もう十年以上になるか」


 グランも気を遣ってくれたのだろうと、レインは何となく分かった。

 アルコールがなく、殆どジュースの様なワインを飲みながらレインが呟くと、グランも頷いた。


「……長かった筈なのに、あっという間だったよな」


 思い出すように呟く二人はそう言ってグラスを置き、テーブルの上にあるユラユラと揺れた蝋燭の火を眺めながら過去の事を思い出した。

 

「無意味な戦争だったよな……なのに、未来に必要な命ばかり消えちまった」


 ルナセリアとの間で起きた一つの戦争【妖月戦争】

 それは、一つの国が亡ぶほどの大戦争。その裏で起こっていたアスカリア最大の過ちだ。


【神導出兵】


 若き命が消え、生き残った者達は誰も、祖国であるアスカリアへは帰ってはいない。

――レインとグラン、そしてを除いて。


「……他の連中は何やってんだろうなぁ」


「……さぁな。だが死ぬような連中ではない」


 感傷に浸るグランとは違い、レインは薄い反応しかしない。

 何故なら、文字通り全員が化物みたいな実力者達だからだ。

 野垂れ死にも、どっかで戦死もする様な連中ではない事はレインも分かっていた。 

 

 そんな事を話していると、やがてグランは少し迷った表情でレインを見てた。 


「なぁ……レインよ」


「なんだ?」


 ワインを飲み干してグラスをテーブルの上に置いた後、レインは当然の様に聞き返すが、グランの目線は顔よりも腰の方に向けられていた。


――そこにあったのは黒刀魔剣・影狼。


 そんな一本の魔剣をグランは昼間の豪快な感じを一切出さず、真剣な眼差しで見詰めながら呟いた。 


「まだ、は残っているのか?」


 部屋の中に響く小さなグランの言葉。

 それは確かにレインの耳へと届いたが、返答せずに影狼を持って立ち上がった。

 けれども、腰掛けるグランの横を通り過ぎる時、レインは呟いた。


「――俺にも分からない」


 もう分からない、心とは何かなどと。昔と、どう違うのかも。

 そう言うとレインは部屋を出て行き、自分の寝室へと行ってしまった。

 

「分からない……か」


 今のレインの言葉を呟きながら一人残されたグランは、残ったワインの中身を全てグラスに注いで一気にそれを飲み干した。


「ふぅ……そう思ってるなら、まだ大丈夫じゃねえのか?」


 そう独り言を呟くグランの言葉は誰の耳に届く事もなく、部屋の中へ消えて行くのだった。

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