第7話:親衛隊参謀ミスト

 それはサイラス王との話が終わり、レインが城の城門に続く廊下を歩いていた時だった。 

 

「待っていました……黒狼のレイン様」


「……ミスト・ファルティスか」


 廊下の左右にある大きな柱。その内の一本の前で佇みながらレインを待っていた一人の男――ミスト・ファルティス親衛参謀長。

 彼は用があった様にレインの姿を捉えると、そのまま目の前まで移動してきた。


「ここで待っていれば、必ず会えると思っていました」


「……そうか。それで何の様だ?」


 先程のライアの一件がある。半年の独房で済んだ事とはいえ、その噂もすぐに周囲に知れ渡るのも時間の問題。


 今頃それを知ったアイゼル副隊長達が奔走している筈だ。

 レインの目の前にいるミストもまた、その内の一人には確実に入っている。

 だから本来ならば自分の所に来る暇もないので、レインはそこだけは疑問だった。


 そんなレインのどこか他人事の様な問い掛けにミストは、やや厳しい視線でレインを見てきた。


「あなたに聞きたいことがあったからです。――何故、殿下の近くにいながらも助言等もせず、ライア親衛隊長の好き勝手にさせていたのですか?」


 ミストは知っていた。レインがアルセルから親友と言われている程に親しく、ライア就任をどうするかと相談された事もあったのを。


 更にはライアの暴走時、四獣将達への無礼もレインが一言何かを言えばここまで悪化はしなかったとも思っていた。

 だから、ライアを増長させた原因の一つとミストは思っていた為、咎める様な口調でレインへ言うが、当の本人は表情一つ変えない。


「俺は立場上、国内と他国に行くことが多い。だからずっと殿下の傍に要られた訳ではない。――なにより、親衛隊に関しては全て殿下が一任されている事。俺が口出しして良い事でもない」


「それでも最上位騎士ではないですか! 一言でも、せめて一言でも何か言っていればここまで酷くは――」


? 俺が言えば殿下はその通りにしただろうが、俺がのか? その意味を考える事もなく言われたままにしかせず、やがては自分で考える事を殿下は止めてしまう」


 レインはそう言うと歩き出し、ミストの隣を横切って行く。

 要するに話は終わりだと言っており、そのまま去ろうとするレインを、ミストはその背中へ向かって呼び止めた。


「それでも親衛隊長だけでも……ライアだけでも、どうにか出来た筈ではないですか!」


「それこそ殿下が向き合う課題だ。俺が地位や力で抑え込もうが、奴は更なる反発をする。陛下の言った通り、親衛隊の手綱を握るのは殿下自身だ。――先程も言った通り、俺が何か言えば殿下も言う通りにライアを抑えるだろうが、俺は殿下を……にするつもりはない」


 言い終えるとレインは再び歩き始めたが、すぐに歩みを止めた。

 まだ何か言いたげな雰囲気に、ミストも視線をレインの背中に合わせたまま固まるが、ハッキリ言って何も期待はしていない。


「……アルセル殿下に、何かを期待出来る筈がないだろうに」


 ミスト自身は、レインがもっと考えて積極的に動いてくれると思っていた。

 親衛隊の参謀長の肩書があるが、アイゼルや他の親衛隊員は聞いてくれるが、最終的な決定権を持つ隊長のライアは大抵は聞いてくれない。


『殿下の親衛隊に相応しい行動ではない!』


『それが作戦だと! それは作戦ではなく卑怯者の悪知恵だ!』

 

 声を荒げてそんな事も良く言われたが、彼女自身が提案する作戦は上手くいった試しはなかった。

 その為、そんな彼女のせいで親衛隊の質も評判も落ちている事は、他の隊員が愚痴る以前からミストにも分かっていた事だ。

 

 けれど、だからこそレイン――否、四獣将や他の騎士将軍の方々にも動いて欲しかった。

 口には出さないが、今のアルセルに期待など出来る筈がなかった。

 民想いなどの優しい性格なのは別に構わない。

 

 けれど、着飾るだけで何もできず、ライアに好き放題させ、民からも馬鹿にされ始めている王子に何が出来ると言うのか。

 

 苦労も溜まり、期待もされなくなった自分達の救いになる言葉。

 少なくともそんな物はないだろうと、ミストは仕方ないといった心構えでレインの言葉を待っていた時だった。


「――ミスト・ファルティス」


 不意に自分の名を呼ばれた事に若干驚きはするが、すぐに冷めてミストはいつもの口調で返事をした。


「なんでしょうか……?」


「お前はもっと


「――なっ!?」


 予想外の言葉にミストの頭は真っ白になるが、己の理性を動かして我に返った。


「ど、どういう事ですか……?」


 ズレた眼鏡をかけ直してレインへ聞き返すが、レインはそのまま振り返る事もなく歩きながら呟いた。


「そのままの意味だ。お前の動きと指揮を見ていたが、磨けば更に上へ行けるだろう」


「!……あ、ありがとうございます」


 思わず礼を言ってしまったミストだが、その間にレインを呼び止める事を忘れてしまい、レインはそのまま城の外へと出て行ってしまった。


「……な、何だったんですかいきなり」


 心を落ち着かせるにつれてレインの言葉の真意を考えるが、相手が世辞を言うような人間ではない事は知っている。

 つまりは言葉通りの意味であり、ミストは思わず口を抑えていた時だった。


「ファルティス参謀長」


「!……なんですか?」


 不意に声を掛けられたミストが振り返ると、そこにいたのは同じ親衛隊所属の部下であり、彼はミストが気付くと敬礼してから答えた。


「ライア・レイロスを収容致しました。また、この一件による話の為にアイゼル副隊長から招集をかけられております」


「分かりました。すぐに向かいます……」


 部下の手前、変な所は見せられない。

 既に手遅れかも知れないが、ちゃんとした姿を見せていればその内に忘れるに決まっている。


 ミストはそう言って返答し、呼吸を整えてから行こうとするのだが、何故か部下の騎士は目の前で立ったままだった。


「なんですか? まだ何か報告が?」


「い、いえ……ただファルティス参謀長はレイン様と何か接点があるのかと感じまして……」


「……別にそういうのがある訳ではありませんが、何故ですか?」


「その、レイン殿がファルティス参謀長を、もっと上に行けると言っていた時なんですが――」


 どうやらこの騎士は最後の辺りから聞いていた様であり、ミストは嫌な所を見られたと自己嫌悪した。

 だが――


「その時の参謀長……凄くでしたよ?」


「なっ――何を馬鹿な事を。そんな事は良いですから、すぐに向かいます」


 誤魔化し、そして信じられないと言う様に騎士を手で払うとミストは親衛隊の集会所へと向かおうとしたが、これが最後という感じで騎士がもう一声かけた。


「あの……参謀長とレイン様は一体、どういう関係なんでしょうか?」


「あなたが詳しく知る理由はありません。――それに、一方だけが深く知っている関係だって、世の中にはあるって事ですよ」


 そう言い捨てると、ミストは照れ隠しの様に早歩きでその場を去って行くのだった。



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