第6話:密命

 レインが謁見の間を出ると、先に出たグランが扉の前で肩の力を抜くように一息入れていた。


「ふぅ……んじゃ、今日は後は休むとするか。――そうだレイン。今日はお前の屋敷に泊まって良いか? そうすれば何かあった時に便利だ」


「構わん。ならば先に行っていろ……俺は少し用がある」


「えっ……お、おう」


 それだけ言ってその場を後にするレインに、残されたグランは困った様に立ち尽くすのだった。


♦♦♦♦


 アスカリア城・最上階。そこにサイラス王の部屋がある。

 王都グランサリア全体を一望できる、城の最上階の部屋だ。


 階段で上るには中々に酷だが、王はその為に<転送魔法>の陣を配置しており、王の許可を持つ者は城の行き来は容易だ。

 レインもその一人であり、陣から王の部屋前まで辿り着くと、サイラス王は部屋の前に立って待ってくれていた。


「よく来てくれた、レインよ」

 

「遅くなり申し訳ありません……」


 顔色変えずにレインは頭を下げ、サイラス王はその様子に困った様に笑みを浮かべるも部屋の扉を開けてくれた。


「さぁ、入りなさい」


「失礼致します。陛下」


 レインはそう言って、部屋の中に足を踏み入れた。


――相変わらず静かな御部屋だ。


 その部屋は一見、王の部屋とはすぐには気づく事は出来ない。

 ベッドやランプ。そして本棚ぐらいは豪華な物だが、それ以外の物はあからさまな豪華さもない。


 テーブル・椅子・グラス等の食器、小物は細かい部分に力を入れている一品ばかり。

 俗に言う、分かる人には分かる品がサイラス王の趣味だからだ。


「相変わらず、無駄に豪華な物は好きになれなくてな……」


 サイラス王も周りからの自室の評価を知っており、小さく笑いながらグラスを二つ程取り出してテーブルの上へと置いた。


 また、質や温度を守る保存魔法を掛けていたワインのボトル、それをベッドの下から取り出して見せた。


「最近はバーサがうるさくてな。ベッドの下に隠しているのだ、バレたら怒られてしまうな」


 サイラス王は困った表情を浮かべるが、その表情には笑みも含まれている。

 まるで悪戯を隠す子供の様だが、口ではそう言いながらもボトルを掴む手を止める素振りはなかった。


「まぁ飲めレインよ」


 サイラス王は自分のグラスにワインを注ぎ終わり、レインの分のグラスへ注ごうとした時だ。

 レインは片手で制止した。


「陛下、申し訳ありませんが……」


 明日は任務。ステラ王女と親書を敵国へ届けなければならない。

 そんな重要任務の前日、ワイン等を飲めるはずがない。例え、忠誠を誓う王からの誘いでも。


 その行動は無礼とも取れるのだが、サイラス王は怒らなかった。

――寧ろ笑っていた。


「ハッハッハッ! 相変わらず真面目だなレインよ!」


 今までもこんなやり取りがあり、サイラス王は怒るどころか楽しそうに豪快に大笑いする。

 

 このぐらいの誘いを断る程度で怒りを現す様では、王は務まらない。

 その結果、サイラス王は断られてはしまうが笑いながら一人でワインを飲み、飲んだ後用に水差しを取り出した。


 このやり取り、一見すれば完全に王の息抜きなのだが、その姿をレインは黙りながらも何かを見抜いた様な鋭い視線で見つめた。


「……陛下」


「……ハァ。やはり隠し事は出来ぬか」


 レインの鋭い視線にサイラス王は観念した様にグラスを置き、両手を上げた。

 

 元々、レインは目の前のサイラス王の行動に違和感を感じていた。

 いくら一般騎士までフレンドリーに接するサイラス王とはいえ、重要な任務の前日に下手に酒を進める程、能天気な方ではない。


 この席に共に任務に赴くグランがいない事も決定的であり、置いたグラスの中身も殆ど減っていない。

 飲みの誘いは建前で、ならば呼ばれた理由は一つしかなかった。


「……密命でしょうか?」


「うむ……その通りだ」


 サイラス王の目付きが変わる。先程までとは全く別人の様に鋭い眼光だ。

 自ずと部屋の空気も重くなり、不穏な空気が部屋を包み込んだ。

 

「……レインよ。今、我が国は重大な選択を迫られている。――勿論、ルナセリアとの和平の事だ」


 ルナセリアとの和平。

 今まで長い歴史の中で争い続けていた両国が和平を行い、これからは共に協力しながら歩もうとしている。

 その事を念を押すように言う理由。それは密命がステラ王女か和平に関係しているとレインは察した。


「嘗ての戦争である【妖月戦争】――その戦争の中で我がアスカリアがお前達にしてしまった神導出兵しんどうしゅっぺいと言う名の“大罪”――その精算すら出来ていない中、私はお前にまた大きな罪を背負わせるやもしれん」


「騎士として……それは覚悟の上」


 王と一対一での話。

 内容も普通ではないのだが、レインは表情一つ変えずにそう言い放ち、サイラス王はその様子に根負けして悲しそうに頷いた。


「そうか……ならば、もう何も言うまい」


 サイラス王はグラスの中のワインを一気に飲み干し、決意した様な真剣な表情でレインを見た。


「レインよ! 護衛の最中、もしステラ王女にを感じ取ったならば迷わず――ステラ王女を暗殺せよ!」


「――仰せのままに」


 レインは顔色一つ変えずに言いきった。

 

 戦争回避の為の護衛任務。 

 その護衛任務の最中での暗殺任務――そんなを下す王の心理、それをレインは理解する必要はない。


 王からの任務が全て――であるからこその四獣将・黒狼のレイン。

 ステラ王女に異変が起きた時、それが意味するのは開戦の火蓋を切るのが己だという事だ。 


「話は以上だ……明日に備え、今日はもう休んでくれ」


「それでは俺はこれにて失礼いたします」


 サイラス王は疲れた様に額を撫でながら弱弱しく言い、まるで先程の発言を後悔している様だ。

 だがレインはそんな事を気にすることなく礼をして出て行き、その姿を見送った後に深い息を吐いた。


♦♦♦♦


 レインが部屋を出て行った後、サイラス王は深い溜息を吐いていた。


「ハァ……何も起きなければそれで良い。それが良いのだ……もう二度と、レイン達の様な者達を生み出す様な戦争をさせてはならぬ」


 椅子に掛ける手が震えていた。

 勿論、自分とへの怒りでだ。


「レインよ。ステラ王女を……どうかから守って上げてくれ……!」


 それは先程、レインへの密命とは真逆とも言える言葉だ。

 けれども、レインしかいないのだ。どんな結末が訪れるのか分からないが、きっとレインならば可能性を変えてくれる。 

 確かな信頼がある騎士であり、自分達の罪の象徴。


「託すぞ……神童達よ」

 

――そんな王の傍でが揺れ動いていた。


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