第5話:王子の親衛隊

「全ては陛下の仰せのままに……!」


 己の覚悟を秘めながらレインは、サイラス王とステラへ膝を付いた。

 その隣でグラン達も同じ様に頭を下げ、話は纏まる。

――と思った時だ、閉じられていた謁見の間の扉が勢いよく開かれ、複数の騎士達が雪崩れ込んで来た。


「何事だ!」


 誰も入れない様に言っていたにも関わらず、入って来た騎士達にバース大臣は声を荒上げる。

 それをサイラス王は冷静に見定め、ステラも困惑しながらも落ち着こうとしていた。


「あいつらは……」


「チッ……やっぱり殿下のか」


 レインも謁見の間を騒がしくする原因へ顔を向けると、視界には入ったのは見覚えのある桃色と金色の鎧の騎士――アルセルの率いる親衛隊だった。


 けれども、勢いが良いの最初だけだ。

 彼等は、で未熟さを露見させながら整列。

 その真ん中を不満顔のライアと参謀のミスト。そして、その背後に隠れるアルセルがいた。


「国際的に重要な話し合いに殿下を立ち会わせないとは、これはどういう事だ?」


 王の前と思えない程、不満の表情を隠さないライア。

 彼女はズカズカと謁見の間を進むが、そんな態度にバース大臣の怒りに火を付けた。


「無礼者!! 陛下の前でなんという態度だ! そもそも貴様等親衛隊の入室など認めてはおらん! さっさと出て行かんか!」


「黙れ! たかが一大臣如きが! 我等は殿下の誇りある親衛隊だ! 下がりたければ貴様が下がれ!」


 ライアは、バース大臣の言葉に耳を貸す気は更々なかった。

 立場は明らかに大臣の方が高いが、そんな事に従う様ならば親衛隊の評価が下がる事もない。


 場所も状況も弁えないライアを見て、レインは万が一を考えて静かに構える。

 

「か、身体が動けねぁ……」


 周囲の親衛騎士はバース大臣の一喝を受け、他の親衛隊は臆して動かなくなっていた。

 だがライアとミスト、そして背中に今も隠れているアルセルは、バース大臣の言葉を無視して進んで来る。


 けれど今は重要な話の最中。

 これ以上は状況が酷くなるだけと判断し、レインとグランも動いた


「――待て。陛下は親衛隊の入室を認めていない」


「やっと話が纏まったんだ……邪魔も、これ以上の無礼も許さねぇぞ?」


 二人がライア達に睨みを効かせた事で、ようやく彼女達が動きを止める。

 

 ピリピリと伝わる程の殺気を放つの前にはライアも、そして他の親衛隊も思わず後退った。


 唯一、冷静を保ったのは参謀のミストだけだが、その額からは汗が流れている。

 

「……だ、黙れ! 元々は親衛隊長と四獣将は対等の立場だったのだぞ! それに重要な内容ならば殿下もいなければならない筈だ!」


「――その理由が分からぬか?」


 言葉を荒げるライアの声とは違い、冷静に且つ凛とした声が謁見の間に響いた。

 

 王の一声。サイラス王の言葉に思わず背筋が伸び、声が出せなくなる親衛隊。

 これで場がようやく静かになり、親衛隊が黙った事で何故アルセルを同席させなかったか語り始めた。


「アルセルよ、私は言ったな? 王族として立場、そしてその責任を理解せよと。だが、私の下に届く話は親衛隊の暴走……そして手綱を握る筈のお前が、誰かの背後で隠れてまともに動いていないと聞く」


「そ、それは……でも……」


 アルセルも自覚はあった。

 というのも、何かあればレインが全て何とかしていた。

 ライア達、親衛隊の尻拭いもそうだ。


 だが自覚はあろうが、アルセルは表情を曇らせて顔も下げてしまい、その様子にサイラス王は残念そうに首を振った。


「アルセルよ……父の言葉から逃げるお前に、どうして国の事を任せられる? 親衛隊の中には民にも害を及ぼしている者もおるのだぞ?――少なくとも親衛隊の手綱さえ取れぬ限り、お前を王子として見ず、国の政治にも一切関わらせん」


「なっ! なんだと……!」


 険しい表情で言い放つサイラス王の言葉。それに真っ先に反応したのは親衛隊長のライアだ。

 彼女は怒りで表情を歪ませ、あろうことかサイラス王を睨み付けていた。


「貴様……それでも王か! 実の息子である殿下に向かって、よくもそんな事を――!」


 本来なら、こんな無礼が許される筈ないが、ライアはそれだけでも飽き足らなかった。

 アルセルに盲信している事から、その怒りは簡単に燃え上がり、腰の剣に手を掛けて眉一つ動かさないサイラス王へ迫ろうとする。


――瞬間、レインは飛び出し、ライアの喉元にが突き付けた。


「……なっ!?」


 何が起こったのか分かっていないのだろう。

 レインの姿が見えなかったライアは驚愕し、瞳は動揺する様に揺れているが、やがて刃を突き付けているレインへ怒りの視線を向ける。

 

「おの……れ……殿下の親友である……癖に……!」


 まるで親の仇かの様に鋭い眼光だが、レインがそれに臆することはない。

 しかも、レインが行ったのはそれだけではない。ライアが払いのけようと自身の剣をを抜いた時にそれに気付いた。


「なっ! 刀身が……」


 ライアが剣を抜くと、そこには本来ある筈の刀身がなかった。

 刀身は鞘の中にあり、気付かない速度で折られていた――レインの手によって。

 

「おぉ~やるなレイン」


 素早く剣を折ってから首に刃を向ける、その早業を目撃したグランは拍手する。

 またサイラス王も、まるで余興を見たかのように満足そうに称賛の言葉を送る。


「うむ。流石だなレインよ……それに引き替え」


 サイラス王は呆れた様子で呟き、自分に剣を向けようとしたライアへ厳しい視線を向ける。


 王に剣を向けるなど、問答無用で処刑されてもおかしくはない。

 それも理解できない程に暴走しやすくなっている現状は、最早哀れにも見えていた。


「我を忘れ王へ剣を向けるか。――嘗ては四獣将と同等であった親衛隊長が、今は見る影もない」


「覚悟は出来ているであろうな?」


 失望の眼差しでライアを見詰めるサイラス王と、処刑を言い渡すかのように冷たい視線で見るバーサ大臣。

 レインとグランも身構え、逃げる様な真似はさせない。

 他の親衛隊震え上がり、この状況で助けようと思う者は誰もいなかった。


「く、くそっ……!」


 ライアも観念はしたのか、その場から動きはしないが、その目は己の罪を認めた者がする様な目ではない。

 恨みに満ちた瞳でレインへ睨み続けていると、アルセルが我に返った様にサイラス王の前に飛び出した。


「ち、父上! お願いします……待って下さい! ライアには僕が言っておきますので……どうか……どうか命だけは!」


 アルセルは必死に頭を下げ、ライアの罪の許しを請い始めた。

 王子として、その姿は見るに堪えない。

 

 その光景を見たグランを呆れた様に溜め息を吐くが、その眼光は鋭く、王の命令一つで王子ごと斬り伏せるつもりだ。

 

「アルセルよ……先程も言ったが、お前はまだ親衛隊を御しきれていない。その結果が王である私にさえ、剣を向ける様な愚かな行為も平然とさせてしまうのだ」


「で、でも……」


 その言葉にアルセルは、助け求める様にレインを見ると、レインは何が言いたいのか察した。


 親友であり、サイラス王からも信頼の厚いレインならばなんとかしてくれる。

 そんな甘い考えあっての事だろうと。

 

「……またかよ」


 それも見慣れた光景でしかなく、サイラス王とバーサ大臣は溜息を出す。

 グランですら展開が分かり、イラついた様子で頭を掻いた。

 分かっていないのはステラと、当のアルセルだけだ。


「……アルセル」


 いつまでもこんな事は続かない。自分に助けを求めるの問題の先延ばしにしかならない。

 レインはそれを分かってはいるが、アルセルの今後の事を考えれば収めるしかなく、サイラス王の前で膝を付いた。


「王よ……我が手柄を返上致します。ですので――」


「皆まで言うなレインよ。お前にもいつも苦労を掛ける……」


 申し訳ない様な雰囲気でサイラス王はレインを見下ろし、もう匙を投げたくなったかの様に大きな息を吐く。

 

「レインに感謝せよ……騎士ライアを半年独房に入れよ! またその間、親衛隊はどの様な任に着く事も禁じる。それでこの件は不問とする」


「甘ぇな……」


 処罰の内容にグランが小さく呟いたが、他国の王女の前でいつまでも恥を見せる理由もない。


 誰も特に言わないのは寛大な心ではなく、ただ相手にしていない無の心。

 それは当のサイラス王自身もそうであり、話を終わらせる為にそれで手を打っただけだった。

 

 けれど、そんな事を思いもしないアルセルは、能天気にサイラス王とレインへ嬉しそうな笑みを見せていた。


「ありがとうございます父上! レインも!」


 何度も何度も頭を下げるアルセルの後ろでは、ミストが他の親衛隊に手で指示を出し始めていた。


「親衛隊長を牢へ。これ以上の事は殿下への評価に関わります」


 冷静な口調のミストの言葉は指示を出した親衛隊だけではなく、しっかりとライアにも聞こえていた。


 実際はミストが敢えて聞こえる様に言っただけだが、ライアはアルセルの事になれば大人しくなるのは皆が知っている。


「……このままでは終わらん」


 顔を歪ませ、憎しみの形相でレインを睨むライアは困惑する親衛隊に連れて行かれ、謁見の間から姿を消した。

 これで乱入した者で残ったのは、アルセルとミストの二人だけだ。


「ところで父上……これは何の話が行われているんですか?」


「アルセルよ……!」


 状況が分かっていないのに騒ぎを起こしたのかと、この場を見渡しながら呟く息子の姿を見て、サイラス王は額を抑えながら嘆いた。

 

「アルセル、お前は何も知らないのか?」


「えっ、うん……ライアが何か行った方が良いからって」


 結局、四獣将達に敵意を抱いているライアに上手く言い包められ、アルセルは何の話なのかすら分かっていないで来ていた。

 

 揃わなくとも四獣将の招集。それは能天気な一般騎士ですら重要な話だと理解出来る筈。

 未熟を言い訳にしても、アルセルは少し迂闊すぎた。


「アルセルよ……このルナセリアの姫君であるステラ王女が、この城に和平と友好の為に来ているのは教えたな?」


「は……はい!」


 流石に政治には関わらせないと言っていても、敵国の王女が来ていることは教えていた。

 怒っているとはいえ、アルセルも王子だから。


「そして、そのステラ王女の帰国に護衛としてレインとグランを同行させる事にした」


「えっ!?」


 黙って聞いていたアルセルの表情が変わる。

 先程からチラチラと、ステラの事を見ていて上の空な彼だったが、サイラス王の言葉に過剰な反応を見せた。


「どうして父上! 彼女が帰国するなら王子である僕も行って――」


「くどい! 何度同じことを言わせるつもりだ! お前にはこの件に関わらせん! もっとやるべき事がある筈だ!!」


 謁見の間に響くサイラス王の怒号。

 それを聞いたバーサ大臣とグランは、やってしまったなと、小さく呟いて気まずい表情を浮かべる。

 隣で見ていたステラも、どうすれば良いかとあたふたしていた。


「か、家族仲が悪いのでしょうか……?」


 そんな問題ではない。

 ステラの呟きはレインも聞こえたが、天然な発言をするステラもまた一筋縄でいく人種ではないと判断した。 


「で、でも……でも……」


「ミストよ! アルセルを連れだせ!!」


 煮え切らないどころかオドオドばかり。今までの話も聞いていたかも怪しいアルセルに、サイラス王の堪忍袋の緒が切れた。

 そんな状況にミストもマズイと思い、一礼するとアルセルを止めに入った。


「殿下……流石にこれ以上は取り返しのつかない事態になります」


「あっ……うっ……わ、分かったよ。でも最後に……!」


 アルセルはそう言うとレインに掛け寄った。


「レ、レイン……そ、その……ステラ王女の事を頼んだよ……!」


「仰せのままに」


 レインは静かに頭を下げた。

 サイラス王同様、アルセルもステラの身の心配をしていると思ったが、次に発せられた言葉を聞いた事でやや混乱する事となる。


「けど……あんまり……しないでね」


 自分だけに聞こえる様な小さい声。

 レインの耳に確かに届いたが、その言葉の意味は分からなかった。


 任務に関する事かと思い聞き返そうとしたが、アルセルはそのまま逃げ出すように謁見の間を後にし、ミストも後を追って行ってしまう。


「ようやく静かになりましたな……」


 静寂が戻り始める謁見の間。そこでバース大臣がやれやれと呟き、サイラス王は深い息を吐いた。


「ふぅ……済まなかったなステラ王女よ。明日から旅立つのに情けないものを見せてしまった」


「……い、いいえ。私は何も見なかった。――それだけです」


 先程まであたふたしていた姿とは変わり、ステラは落ち着いた雰囲気を纏って首を横へと振る。


 目の前で起こった事はアスカリア王国の問題。

 自分が口出す事でもなければ、それで何かを考える資格もないと弁えている。

 ステラは文字通り、何事もなかった様に振る舞うと、明日、自分を護衛してくれるレイン達の下に来て静かに頭を下げた。


「レイン・クロスハーツ様。グラン・ロックレス様。……明日から宜しくお願いします」


「……お任せください」


「おう! こっちも頼むぜ姫さん!」


 レインは頷き、グランは気さくな感じに手を挙げて応えた。

 そんな二人にステラは再び頭を下げ、バーサ大臣に連れられながら謁見の間を後にする。


「これにて解散」


 残ったレイン達も、この言葉により解散。

 それぞれが謁見の間を出て行き、レインもこの場を後にしようとした時だった。

 不意にサイラス王がレインを呼び止めた。


「レインよ、少し待ってほしい。――話がある……後で我が部屋へ一人で来てくれ」


「仰せのままに」


 迷いなく応えるレインの態度にサイラス王も頷くと、静かに謁見の間を後にする。

 それを確認した後、レインもその場を後にした。

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