第4話:王女の護衛

――敵国の姫を護衛せよ。


 サイラス王から聞かされたのは、衝撃の任務内容だった。

 けれど目の前に存在する少女――ステラの存在が、ルナセリア王族のブルームーンの様に神秘的な魔力が、それが事実だと告げていた。

  

「……ルナセリア帝国の王女」


 彼女がここにいるのは並々ならぬ覚悟。両国で話し合いが裏で行われていないと不可能だ。

 自分達の知らない所で、既に事態は重要な局面を迎えていた事をレインとグランは察する。


「最初に言っておくが、私も別に隠したくて隠したわけではない……だが、今回の和平はそれ程までに慎重にしなければならなかった。嘗ての戦争……【妖月戦争】から、まだ十数年しか経っていないからな」


 レイン達へ、弁明する様に言うサイラス王。

 最も、弁明の理由は嘗ての戦争についてが関係していた。


 十数年前に起こったアスカリアとルナセリアの戦争――『妖月戦争』の事を思い出し、感傷に浸る様にその瞳を閉じてすらいる。

 

「――妖月戦争か」


 レインも思わず呟いく程の悲惨な戦争であった。

 クライアスで一番最近の戦争であり、最も悲惨な戦い。

 参加していたレインも身をもって知り、同じく参加していたグランも隣で険しい表情を浮かべていた。


 だが、レインからすれば過去のこと。今となってはのもあり、サイラス王へ話の続きを求める。


「陛下……続きを」


「!……そうだな」


 レインの声にサイラス王は我へと返ったらしく、一息入れてから話を再開させる。


「前の戦争から未だ十数年――両国の憎しみが癒えない中、近年になって増え始めた両国の小競り合い。再び両国から不穏な空気を私も感じていた。だが、だからこそ全てを慎重にせねばと思っていた。――そんな時だ、ルナセリア側から極秘に書状が届いたのは」


 サイラス王はそう言って隣に立つステラへ視線を向けた事で、レイン達は書状の内容を察する。


「和平の使者として、ルナセリアは王女を送り出した……?」


「そうだ。極秘でステラ王女を和平の件で受け入れて貰いたい。そうルナセリア側が伝えて来たのだ」


 レインの呟きにサイラス王は頷き、ステラの方を向いて再度頷くと、ステラも意味を理解し二人の前へ立った。


「我が祖国――ルナセリアに戦いの意志はありません。ルナセリアの願い……それは両国の戦いの歴史に幕を下ろし、クライアスの秩序を正す事です」


 ステラはそう言って、詳しく和平に至ったまでの事を話し始めた。


 その内容は妖月戦争から十数年が経過したが、両国の戦争の傷跡は未だに癒えていない事。

 荒れ果てている戦後の土地・力の弱体・流通の制限など、両国での問題は未だに山積みで、全く解決されていないとステラは以下の事を話した。

 

 一点目、戦争によって住んでいた土地を離れる事になった国民の生活の保障。

 二点目、戦争によって両国の兵力が弱った事で起こっている、一部のギルドの暴走。

 三点目、流通の問題もステラは真剣に話してくれた。

 

 そして四点目、新たなに生まれた凶悪な突然変異の魔物『はぐれ魔物』の深刻さ。

 近年、異常に力をもった亜種の魔物である。


 はぐれ魔物による国民への被害は増え、その問題の解決には両国の協力が不可欠だとステラは言った。


「流通や新たな魔物、そして違法行為を行うギルドの中には名立たる栄光の星を持つ者レジェンド・ギルドの存在も確認しております。既に自国だけの問題ではなく、両国が力を合わせる事で初めて、これらの問題に向き合えると私は思っています。――だからどうか、皆様のご協力をお願いしたいのです!」


 叫ぶようにそう言ってステラは深く頭を下げたが、その一国の王女の行動を見たレインも流石に何も言わない訳にはいかなかった。


「頭を上げて頂きたい……既に陛下が受け入れている以上、貴女様が頭を下げる事はない」


「そうだぜ。 王女様が今言った事も俺等にだって心当たりはある。事態の重大さを理解している以上、そんな簡単に頭なんか下げちゃ駄目だぜ?」


 一国の王女が頭を下げる、しかも敵国で。

 その影響はあまりに大きいのでレイン達は止めようとするが、ステラは頭を下げたまま首を横へと振った。


「いえ……例え和平が上手く行ったとしても、私達王族や政治家だけでは事を成せません。――動いてくれる方々、騎士の皆様を始めとした沢山の人達の協力が必要となります。ならば私達の代わりに動いて下さる方々へ、頭を下げるのは当然です」


 そう言って頭を上げたステラの表情は真剣なものであり、さっきまでの優しそうなだけの姫の姿ではなかった。


 今回の和平には彼女自身も、文字通り命を賭けていた。

 人の上に立つ者が持つオーラをレインは感じ取り、そう確信した。


「私は……民の為ならば私は何度でも頭を下げます。真に民を想う人達……信頼できる方々へ――!」


 そう言い放ち、ステラは更に一歩前に出た時だった。

 玉座に続く僅かな段差を踏み外し、バランスを崩してそのまま前方に倒れ込む。

 つまり、段差に引っかかってコケた。


「あれ……?」


 ステラも気付いたが既に遅く、そのまま床へ勢いよく倒れ様とした時だ。

 咄嗟にレインは飛び出し、倒れ込んできたステラを支えた。


「……えっ?」


 レインの腕に包まれた事で和平の為に訪れた国、その謁見の間でコケると言う恥を見せなくて済んだステラ。


 だが冷静になったのか、レインの顔を見ながら表情が真っ赤に染まってゆく。

 他国でコケ、更には異性にも触れられた。

 レインは仕方ないと思ったが、当のステラは収まらず、素早く離れて勢いよく頭を何度も下げて謝罪した。


「ああぁ!!? すみません! すみません! すみません! 私ったらなんて事を!!」


 ステラの後ろで纏めている青い髪が尻尾の様に激しく揺れるが、テンパっている彼女はお構いなし。

 取り敢えずは落ち着かせるつもりも含め、レインも頭を下げた。


「こちらこそ……失礼を」


 支える為だったとはいえ、他国の王女に無闇に触れてしまった事は間違いない。

 けれどレインが頭を下げると、その行動が更にステラを慌てさせる事になった。


「そ、そんなぁ! 頭をお上げください! 私が転んだのがいけないんです……うぅ」


 ステラは恥ずかしくて顔が上がらず、先程までの凛とした態度や雰囲気は既にない。

 けれども結果的に、これが本来の彼女の姿なのだと理解するのにも時間は掛からず、その様子を見ていたサイラス王は豪快に笑いだした。


「ハッハッハッ!……最初に出会った時もそうであったなステラ王女よ?」


「サ、サイラス陛下……」


 どうやらステラは、サイラス王と出会った時も転んでしまったらしい。

 サイラス王の話に気の毒な程に顔を真っ赤にし、両手で隠していた。


「さて、空気も柔らんだ事で続きを話せそうだ。――レイン! グラン! 出立は明日、明朝。王族のみに許された転移魔法にて、ルナセリアの護衛団が待機している国内の合流地点へ送る。その後、護衛団の者達と共にステラ王女と親書をルナセリアへ送り届ける事になるだろう」


「……国内にルナセリアの騎士達を入れたってのか。こいつぁ本気どころか失敗は絶対に許されないぜレイン?」

 

 暗殺や奇襲の可能性もある中で敵国の兵を国内に入れた事実に、レインは事の重大さを理解して無意識に雰囲気が変わる。

 

 今までの和平。どうせ互いに難癖を突きつけ合うだけの和平ではなく、時代を変える可能性を秘めている重みのある和平だと。


「誰も死なせてはならないか」


 護衛の最中、ステラの身に何かあれば文句無しの開戦。

 同時に、自分達のどちらかにも万が一の事が起きれば、戦争推進派や若い騎士達が何をするか分からない。


 しかし、レインの答えは最初から決まっていた。


「当然だな……陛下の勅命である。何を犠牲にしても達成させるのが騎士の役目」


 今までと同じ事。どれだけ危険だろうとも達成してきた任務と同じく、目的のみに意識を向けていれば良い。


――王女の護衛・親書の死守。


 己が意識を向けるのはそれだけであり、和平、強いては任務の障害になるモノは全て排除するのみ。 


――それが例え、守るべき存在の民だとしても斬り捨てるまで。


「全ては陛下の仰せのままに……!」


 レインは静かに頭を王へと下げた。

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