第3話:敵国の王女・ステラ
高い天井から降り注がれる光。
それに照らされた長いカーペットの上を、二人は何も言わずに歩き出す。
「今回は二人だけか……」
そんな二人の姿を、王座から見守るは二人の男。
眼帯をした緑の短髪、貫録ある中年男性<バーサ大臣>
短い髭を生やし、銀髪の歴戦の貫禄ある男性<サイラス王>
「……兵がいない?」
「なんだなんだおい、何があるんだ?」
不思議な事に、謁見の間には見張りの騎士が一人もいなかった。
それだけ重要な話でもある。今だけは王と大臣、四獣将含めて四人だけが謁見の間にいる事を許さない。
そんな重い空気と静寂が包む謁見の間を進み、レイン達が王座の近くまで来た瞬間にバーサ大臣の隻眼が光る。
「――止まれ」
その言葉に二人は静かに立ち止まり、バーサ大臣も腹に力を入れ、この場全てに反響させる程の声量で叫んだ。
「四獣将よ! 忠誠を誓いし王の下、己の存在の証を示し! 王に己の存在を示せ!!」
王が騎士団の中でも強さ・信頼を認めた四人の最上位騎士。
その四人は代々<四獣将>と呼ばれている。
アスカリア王国の守護獣である<狼・牛・鳥・獅子>を二つ名に入れ、代々受け継がれし武器だ。
それを持つのを許された四人の最強の騎士。
権限も王から上級貴族以上の力を与えられ、力・権力共に保証された選ばれし存在。
その責任の覚悟を認識させる為、王への忠誠を示す儀式を毎回しなければならない決まりだった。
「レイン・クロスハーツ!」
バーサ大臣の言葉にレインは一歩前に出る。
「四獣将であり、汝の存在――「黒狼」の証『魔剣・
その言葉に左腰に掛けていた黒刀――影狼を抜刀し、王に献上する様に掲げた。
「黒狼――レイン・クロスハーツ……ここに」
「うむ……今回もご苦労であったなレインよ」
サイラス王は静かに頷き、レインも頭を更に深く下げた事を確認したバーサ大臣は、次にグランの方を向く。
「グラン・ロックレス! 四獣将であり、汝の存在――「剛牛」の証『ハルバート・グランソン』を示せ!」
今度はグランの番だ。
バーサ大臣の言葉に頷き、グランは右手に魔力を集中させる。
「ハァァァ!!」
その集中させた魔力の粒子は徐々に槍の様な形状となり、やがて巨大な斧の刃と槍の刃が一つなったハルバート・グランソンが現れた。
刃も分厚く、剛々しい装飾、グランよりも長い身の丈。
見ているだけでも重量があると分かるが、グランはそれを片手で掴んで目の前で掲げた。
「剛牛のグラン・ロックレス……ここに」
「うむ……今回は魔力を暴発させなかったなグランよ?」
「ぐっ……!? へ、陛下……!」
楽しそうに髭を撫でるサイラス王の言葉に、グランの言葉が詰まる。
グランの武器は巨大故、持ち運び時は魔力を使って己の身体と一体化させ、必要な時に取り出していた。
その技術は下級騎士には難しいが、上級騎士達にとっては必須魔法。
だから四獣将であるグランも普通ならば出来て当然なのだが、不器用なのかサイラス王の前でグランソンを取り出す度に暴発させ、己の服をボロボロにさせた過去があった。
「フン――形にはなったか」
つい最近までの事でもあってレインは少し感心した。
サイラス王も楽しそうにからかい、バーサ大臣も今回は大丈夫だったと安心した様子で見ている。
逆に周囲の反応に、グランは何とも言えない気分だ。
「へ、陛下……今回の招集は、俺をからかう為なんですか?」
「ハハハ……残念だがそうではない。――お前達を呼んだのは他でもない」
基本的に人当たりの良いサイラス王は、日頃こんな感じに四獣将を召集しても世間話などを最初に話す様な自由な王。
けれども今回はそんな雰囲気は一切なく、二人は王がいつもと違う事を察する。
「今回の内容……それは【ルナセリア帝国】の事だ」
【ルナセリア帝国】
それはアスカリア王国から東に存在する魔法大国であり、アスカリア王国とは長い歴史の中、争い続けた敵国。
軍事力の総数はアスカリアよりも劣っているが、魔法大国である事から戦闘魔法や魔法兵器の扱いがズバ抜けている。
十年程前にも大きな戦争が起こったが“元凶”が滅び、争いの余波が他国や多種族にも及んだ事もあり、各国が仲介する事で終戦した過去がある。
だが現状はあくまで休戦であり、近年は国境付近で小競り合いが起きては互いに非難を続けるのが増えていた。
そんな敵国の名が王自らの口で語られる事に、レインの頭の中で関連する情報は一つしかなかった。
「……ただの噂話でしかないと思っていたが」
「まさか宣戦布告か……!」
ルナセリアとの間が緊迫する中でのタイミング。
最早、宣戦布告しかないと思った二人だったが、それを聞いたバーサ大臣が静かに首を横へと振っていた。
「いや宣戦布告ではない……が、無関係でもない話だな」
バーサ大臣は二人の言葉を否定しながらサイラス王へ視線を送るが、その表情を見る限り、厳格なバーサ大臣にしては珍しく不安な表情をする。
「バーサよ……不安なのは分かるが、これは既に後戻りは出来ぬ事だ」
サイラス王はバーサにの意志を察した様に言うと、バーサも諦めた様に溜め息を吐いた。
そんな王と大臣の奇妙な遣り取りに一体何なのかと、レインは横目で隣を見るが、グランも同じ様に自分を見ていた。
結局、どっちも分かっておらず、視線を戻すしかないとレインが思った時だ。
「出て来られよ……」
静寂な広い空間の中、サイラス王の誰かに語り掛けた。
その声はすぐに空間に呑まれ、再び静寂の空間になる中、コツ、コツ、と足音だけが謁見の間に響く。
「玉座の隠し通路からだと? 誰かいるのか……?」
この場の一人も動いていない。つまりは第三者の存在の足音だ。
レイン達は意識を集中させると、音の発生源はサイラス王の巨大な
玉座に隠された<隠し通路>の場所は、サイラス王の信頼のある者しか知らない。
そんな人物は決して歩みを止めず、そのまま姿をレイン達の前に現した。
――その正体にレインとグランは我が目を疑った。
「まさか……!」
「おぉ……!」
玉座の後ろから現れた人物を見て、レインの鉄仮面な無表情が崩れ、グランも思わず腰を抜かす。
何故なら、その人物は特別だったからだ。
アスカリアでは珍しい幻想的な腰まである青の長髪・ブルームーンの様な瞳。
周りを青で強調した装飾の純白のドレスを身に纏い、まだ幼さを残すも、凛々しさもある顔付きをした少女。
「何故、彼女がここに……?」
その少女とはレインも初対面の人物だったが、顔だけは知っていた。
レインだけではなく、グランもそうだ。
何故なら彼女は――
「お初にお目にかかります、レイン様、グラン様。私は――ルナセリア帝国・王女<ステラ・セレ・ルナセリア>と申します」
敵国・ルナセリア帝国のたった一人の王女だから。
「ステラ王女……!」
あり得ない。それがレイン達が最初に思った言葉。
さっきまで宣戦布告の話までしていた中、その敵国の王女が国内に、そして自分達の目の前にいるからだ。
「なんでルナセリア帝国の姫さんが!?」
「陛下、これは一体……?」
混乱すした様子のグランを横に置き、レインは真剣な表情で問い掛けると、サイラス王も静かに頷き、そして――。
「レイン・クロスハーツッ!! グラン・ロックレスッ!!」
身体の奥から震わせる様に、サイラス王の声が謁見の間に響き渡る。
広い謁見の間、その全てに反響する程の声量。それを一般騎士が聞けば耳鳴りを覚えた事だろう。
まさに王の一喝。その声に呼ばれたレインと混乱していたグランも我に返り、膝を付いた。
「今回、ステラ王女が我が国にいるのは“和平”の為であり、私はそれに応えようと思う!――故に両名に命ずる! この親書! そしてステラ王女を祖国【ルナセリア帝国】まで護衛せよ!!」
アスカリア最強の騎士、その内の二人に命じられたのは最大の敵国の王女を、その敵国までの護衛だった。
これが【クライアス】全土を巻き込む一つの物語の開幕なのを、レインは知る由もない。
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