第2話:四獣将・剛牛のグラン

 森や、まともに整備されていない田舎道。

 レイン達が馬を走らせること三日目の昼、首都【グランサリア】へ辿り着いた。


 アスカリアの首都である【グランサリア】

 それは円状に、巨大な城壁に囲まれた要塞の街。

 

 中心にサイラス王が治めるグランサリア城が君臨し、北半分が貴族街・南半分が市民街の街。

 そんな王都に、レインとアルセル達は南の城門より帰還を果すが、残念ながらすぐ城に帰る事は叶わなかった。


「アルセル殿下!! お帰りなさいませ!!」


「レイン様!! 任務ご苦労様です!!」


 その原因である、レイン達の迎い入れる大勢の人々。

 騎士達が城までの道を確保し、英雄を迎える凱旋の如く、道が市民達に覆い尽くされていた。


「殿下~!! レイン様~!!」


 市民達がお祭りの様に騒ぎ、それに答えるようにアルセルが苦笑しながら手を周りに振って行進するが、表情は疲れ切っている。


「なんで、こんな大袈裟になっているんだろう……」


 疲れ気味にアルセルは呟いた。レインもそれに同感だった。

 本当なら普通に帰還する予定で、パレードの規模で数千近くの市民が待っている事実は聞いていない。


 するとアルセルの隣にいるライアが、誇らしげに語り始めるのを見てレイン達は全てを察した。


「私が鳩を事前に飛ばしておきました! アルセル様が帰還なされるのですよ? これぐらいの規模で出迎えるのが当然じゃないですか!」


「でも、こんな大事にするのは……」


 城まで続く騎士と民の道にアルセルは気まずそうにし、他の親衛騎士達は溜め息を吐いた。

 自分達の行った任務は、ただの辺境の魔物退治。なのに凱旋の如き歓迎が、逆に彼等を惨めにさせる。


 また、溜め息を吐いていたのは親衛騎士だけではない。

 アイゼルとミストも流石に溜息を吐いていたが、レインは自分達を見ている国民にもいた事に気付く。


「おい、確か殿下達が出て行ったのって一週間程前だろ? 四獣将と親衛隊を引き連れた割に、帰りが早いって言うか……」


「知らないのか? 今回の遠征は辺境の魔物退治で、あくまで殿下の評価稼ぎに過ぎないんだって話をよ」


「マジかよ……たかがそれだけで、なんで四獣将が?」


「陛下が殿下の親衛隊を信用してないからだろ? 親衛隊長は無能だから、殿下と親しい<黒狼のレイン>様を同行させたのさ」


 民の者達はそんな話をしながら、苛ついた様子でアルセル達を睨みつける。 


「送りと出迎えだけで幾らの税金が使われたんだか……」


「下らない事に金を使い過ぎなんだよ……」


 結局、民達の会話はアルセル達が通り過ぎてもグチグチと続き、レインは民の不満が混じる歓声を聞き続けた。


♦♦♦♦


「殿下! こちらへ!」


「えっ! ライア!?」


 城へ到着した後、アルセルはレイアに連れら、そそくさと行ってしまう。

 

 これ以上、レインとアルセルを傍に置かせない。


 そう思っての行動だが、レインは陛下に報告する予定があるので気にしない。

 何も言わず、中庭で馬を近くの騎士に預けた後、城内へ入城するだけだった。

 

「任務、お疲れ様ですレイン様!」


「そちらも務めご苦労」


 城内に入ると気付いた騎士達から一斉に敬礼を向けられ、レインも礼で返す。

 一週間前とは変わらない城の様子。それを感じながら城内を進んで行くと、周囲から噂話がレインの耳に届く。


「おい聞いたか? 【ルナセリア帝国】が『傭兵ギルド』を筆頭に、各地のギルドを雇い始めたってよ」


「馬鹿な……緊迫した状態とはいえ、まだ開戦する程ではない筈だ。そんな事をすれば、我等や周辺国へ警戒させるだけだぞ?」


「しかし……あのドワーフ達からも武器を購入しているとも聞いた。本当に噂だけなのか?」


 聞こえてくるのは敵国に関する噂話ばかりだが、レインも、その手の噂は多少気になっていた。


――ルナセリア帝国の動向が不明過ぎる。


 魔法大国であり、アスカリア最大の敵国『ルナセリア帝国』

 その不穏な動きの噂は最近になって聞くようになったが、事実である根拠はなかった。

 そもそも、戦争推進派が周囲を煽らせる為のガセの可能性もある。


――亜人達からも、その手の話は聞いてない。


 南の地に住む獣人・ドワーフ・エルフ達の亜人達も、基本的には人の戦争には介入しない主義だ。


 商売ならばともかく、戦争などの問題を起こすのはいつも人間。

 他種族からすれば迷惑なだけであり、稼げたとしても喜んでどっちに味方すると事は一度もない。

 

 無論、それでも取引はするだろう。

 ただ開戦の事前準備、それ程の取引に気付かない程、どこも平和ボケしてはいない。


――物は売るが人間同士の争いには中立を貫く亜人達。

――国家という枠から外れる『ギルド』の存在。

 

 どちらにしろ不安要素であり、頭の隅に置きながら歩いていると、不意に自分に近付く豪快な足音に気付いた。


「おっレイン! 戻ってたんだな!」


「……か」


 豪快に手を振りながら歩いてくる人物。それは長い茶髪を後ろで一纏めしている大柄な青年だった。


 青年の名は<グラン・ロックレス>――二mはあるであろう身長に広い横幅、強靭な肉体を持つ騎士だ。

 豪快な姿をして威厳を感じるが、それでもレインが思い出す限り、年齢はこれでも27歳で、本人も若干の老けた雰囲気を気にしている。


「殿下と親衛隊のお守りは終わったんだな。 俺も今さっき帰って来たばかりだ。――つうか聞いてくれ! どっかの魔術ギルドの連中がゴーレムを暴走させやがって、その数20体だぞ? まあ全部、ぶっ壊して止めたけどよ」


「まさに『剛牛』か……」


 豪快に笑うグランの相変わらずの姿を見て、レインは遠回しに脳筋とも取れる発言をする。

 だがグラン自身は気にした様子はなく、寧ろ誇らしげに羽織っている茶色のマントを見せつけた。


「そりゃそうだろ! このマントの『剛牛』が見えんだろ? この四獣将が一人!――<剛>のグラン・ロックレスがゴーレム如きに負けるかっての!」


 四獣将――<剛牛のグラン>

 それが彼の二つ名であり、レインと同じくアスカリア王国・最上位騎士の一人だ。


「変わらない奴だ」

 

 レインとグランは既に十年以上の付き合いだ。

 腐れ縁からの親友。と言うよりも、グランが勝手に言い続けた結果レインが折れた親友の関係。

 そんな何年経っても変わらない親友に、レインは諦めた表情を浮かべながら歩く速度を早めた。


「先に行く……」


「あっおい!? 俺も行くって!」


 グランも急いだ様に追い掛けて来ると、そのまま横に並んで歩き始めた。

 そして少し歩くとグランは伸びをし、天井に飾られている国旗を見上げる。


「毎回そうだが、見るたびに引き締まるぜ」


 <太陽の十字架>と、それを囲む<四体の獣>が描かれる、アスカリアの国旗。

 その四体の獣をグランは歩きながら見つめ、やがて大きな溜め息をグランが吐いた。


「はぁ……どうやら今回は全員は揃わねぇか。少し前に連絡が来たぜ?」


「……は、やはり任務が長引いているか」


 グランの話を聞いたレインは、ここにいない残りの四獣将の事を思い出す。


艶翼えんよくのミア>


炎獅子えんじしのファグラ>


 双方共、四獣将の名に恥じない実力のある騎士だ。

 ただ今は担当している任務が長引いているらしく、来ること叶わない事が鳩によってグランの耳に届いていた。


 けれど、二人のの特殊性を考えれば仕方ない。


「【港街ソウエン】に現れた幽霊船調査。三大盗賊ギルドの一角、その討伐。どれも簡単に片付く任務ではないか……」


「あぁ……だが、流石に今回の招集は余りにも急すぎるからなぁ。陛下も大目に見てくれるか」


 ミアもファグラも、四獣将とはいえ厄介な任務を言い渡されたものだと、レインもグランも同情する。


 内容が内容だ。自分達よりも難易度の高い任務故、帰還できないのも仕方ない。

 だが今回に限ってはそうはいかない。

 レインは内ポケットに手を入れながらグランに視線を向けた。


「それこそ陛下の話、その内容次第だ。四獣将全員を招集……只事ではない」


 そう呟き、レインが内ポケットから取り出したのは一通の手紙だった。

 アスカリア王国の王印が刻まれたこの手紙。任務中に届いた王から四獣将への招集状だ。


 これのせいで二人は任務の素早い達成。出来る限り素早く帰還せざる得なかった。


「……だよなぁ」


 レインの言葉に、グランも自分に来た招集状を見ながら不安そうに頭を掻く。

 というのも今回は比較的軽い任務内容だったが、基本的にレイン達の任務難易度は高い。


 一般騎士ならば達成は不可能なものばかりで、通常は突然の招集に間に合う事はなく四人全員が集まる事が稀だ。

 

「ただの世間話……で、終わらねぇよな?」


「それもすぐに分かる」


 怠そうに呟くグランを横目に、レインは足を止めて目の前の巨大な扉を見上げた。

 城の天井まで届く高さ。覚悟無き者を拒むかのような<謁見の間>への扉。

 二人は身なりを整えてゆっくりと手を翳し、認められた者の魔力が反応した事で扉が静かに開いてゆく。


「行くぞ」


「おぉ!」


 二人は王の待つ、謁見の間へと入って行った。


 

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