第一章:旅立ちと密命

第1話:王都へ

アスカリア王国・首都【グランサリア】――それよりも西へ行った辺境の一つの村【サロス村】での魔物退治を終えたレイン達。

 

 彼は護衛対象であるアルセルの隣でウマに跨り、村人達から頭を下げられている彼を見守っていた。


「本当にありがとうございました……アルセル殿下! レイン様!」


「ありがとうございました!」


 村人達は、脅威を払ってくれた事で深々とレインとアルセルへ頭を下げ続けているが、それは感謝からだけではない。


 こんな辺境の村の魔物退治。

 それを王子であるアルセル、そして護衛としているレインが対処するのは異例の事で真意が分からず不安だった。


 けれど不安の原因――アルセルは村人の様子に気付いた様子はなく、照れ臭そうに笑っているだけだった。

 

「そ、そんなに頭を下げないで……これは当然の事。これが王子である僕と、騎士であるレインの役目なんだから」


「しかしアルセル殿下自ら来てくださると思ってもおらず、更に<黒狼のレイン様>までも、こんな田舎村一つの為に……!」


 二人を見上げる高齢の村長の表情。

 ただ不安からの解放による安心があったが、同時に恵まれ過ぎている現状への不安が隠しきれず、暇あれば額の冷や汗を拭いている。

 

「そんなに深く考えないで良いんだ。これはあくまでも僕が――」


 基本的にアルセルは、田舎の村人とは立場故に関りがない。

 その為、彼等の態度に気付かないまま話を続けようとするが、レインはそれを不意に遮った。


「これは国内視察のついでに過ぎない。本来ならばこの規模の村一つの為に殿下と俺が動く事はない。お前達は運が良かった……それだけだ」


「そ、そうですか……!」


 ハッキリと言うレインの言葉により、先程より笑顔が消える村人達だったが、同時に不安の方も消え去る。

 全ては偶然。仕方ない。そんな投げ槍感で、村人達がホッと息を整えているのをレインは気付いていた。

 

「……どこも同じか」


 レインは立場上、このアスカリア国内を王都から辺境まで渡り歩いている。

 故に辺境の村人達とも時折だが関わりがあり、どうすれば彼等が不安要素にならないかを理解していた。


「レ、レイン!? そんな言い方……!」


 けど言い方が少し悪いと、アルセルに注意されてしまう。

 アルセルも悪気がある訳ではなく、レインがオブラートに言えると思っているからの言葉だったが、それを見ていた村長は慌てて頭を下げ始めた。


「よ、良いのですアルセル殿下!――寧ろ、安心できました」


「えっ……安心って?」


 村人の言葉を不思議に感じたアルセルは理由を聞こうとしたが、けれどもレインが口を挟む。


「殿下、そろそろ……」


 レインはそう言いながら後方へ視線を向けさせると、少し離れた場所に金銀等で装飾された特別感のある騎士達が馬に乗って佇んでいた。

 彼等は親衛隊。その面々が此方を見ていた。

 

「ごめん、もう行かないと……」


 自分の親衛隊とはいえ、待たせるのは申し訳ないとアルセルは思い、村人達に謝った。

 それには深い理由は無く、アルセルが非が無くても謝る様な性格だから。

 王子なのに臆病、自分の意思を出すのが苦手だからの行動。


「そうですか……この様な村ですが、何かあれば訪れください。出来る限りの歓迎をさせて頂きます」


 アルセルへ、村人達は再び頭を深く下げた。

 その様子にアルセルは頷き、馬をその騎士達の下へと走らせる。


「それじゃあまた来るよ!」


 背を向けたアルセルと村人の距離はすぐに開き、村人からはアルセルの姿はすぐに小さくなる。

 その一方、レインはその場にまだ留まっていた。

 

――まだ伝えるべき事がある。その為に。


「……村を襲ったのはシャドウファングと言われる狼型魔物。その変異体――だ」


「はぐれ魔物……! 最近、増え始めているという魔物の変異種ですか?」


 レインの言葉に顔色が青白くなり、ざわつき始める村人達。

 その理由は近年になって増え始めた<はぐれ魔物>と言われる変異体だから。

 本来の種とは違う進化をした魔物で、その能力も本来の種よりも強力で危険だった。

 

「確か他の街だと、退治するのに戦闘ギルドでも犠牲が出たった聞いたぞ!?」


「そんな変異魔物がこの村にいたのか……!」


 国内外で話題になっているだけあり、村人達は今まで辺境での目撃情報がなかった為、半信半疑で困惑状態。  

 しかし、そんな村人達へレインは容赦なく口を開いた。

 

「特徴が合っていた以上……間違いない」 


 レインの言う特徴――はぐれ魔物の共通する特徴の事。

 顔のどこかに必ずがある事。

 はぐれ魔物は必ずする事。

 

 群れで行動していた種でも、はぐれ魔物となれば単独で動き始める。

 その特徴等が由来となり<はぐれ魔物>と名付けられていた。


「だが討伐したことで村の安全は確保された。――後の事は、自警団やギルドの者達でも対処が可能だ」


「わ、わかりました……」


 村長は息を呑みながら頷いた。


 今までの被害は畑や家畜だけであったが、行動の読めない変異魔物。

 もしかしたら次の餌は自分達だったのかも知れない。そう思うと村人達は恐ろしくなり、ざわつきが静まらない。


 ただ、レインも彼等が静まるまで待つ気はなかった。


「……ではな」


 知ることを伝え終え、レインは自分の役目は終えたと馬の縄を握り直す。

 そのままざわつく村人達に背を向け、アルセルの下へ向かおうとした時だ。

 村人の中から一人の男の子が現れ、レインの乗る馬の真横に飛び出してきた。


「!」


 危うく轢いてしまう所だったが、レインの咄嗟の判断と馬が利口だったこともあって大事にはならなかった。

 しかし子供に自覚はなく、無邪気な笑みでレインを見上げていた。 


「レイン様! ぼくも……ぼくもいつか騎士になれますか! レイン様みたいな立派な騎士……<四獣将>のような、ほこりある騎士に!」


「なっ……こ、こら!」


 子供と言えど失礼な態度だと。それを見た村人が慌てて一斉に少年を止めた。

 貴族主義が無くなったとはいえ、立場は今も完全な平等ではない。


 しかもレインは、王国の中でも選ばれし<最上位騎士>の一人だ。

 子供だろうが、この場で斬り捨てられても文句は言えない。

 だが、レインにその気は微塵もなかった。


――任務でもなければ、この程度で斬る理由はない。


 レイン自身は別に、子供が密偵や暗殺者でもない限り、この程度で斬り捨てる気は更々なかった。

 だから気にする事なく少年を見下ろす。

 そして輝かせている瞳で見てくる少年を見て、ある危機感を感じ取っていた。 

 

「……危うい」


 レインは小さく呟く。

 少年が騎士と言う存在を、己の憧れだけの認識で見ている事に。


 それは能天気に輝かせている目を見れば察するのは容易く、騎士が命を奪う存在である事を微塵も思っていない。

 綺麗な所だけで判断した憧れは厄介でしかないのだ。


「騎士は誰でも容易になれる存在ではない」


 だからレインは厳しく、ハッキリとした口調で言い放つと少年の表情が曇った。

 お前の様な子供になれる存在ではない。そう言われたと感じたから。


「だが……」


 しかし、レインの話は終わっていない。


「これから先、お前に必ず訪れる大きな分かれ道。それまでに現実を知り、それでもその心が変らなければ――いずれは俺とも共に戦う時も来るだろう」


「そ、それって……?」


 その言葉に少年は聞き返そうとしたが、レインはそのまま馬を走らせる。

 

「レイン様! ぼくは!! 絶対に騎士になってみせます!! だから……待っていてください!!」


 背後からの、少年の言葉が届いた。

 レインも少しだけ顔を横向け、軽く振り返るが視界で少し確認しただけで、すぐに視線を戻す。

 

「わぁ……!」


 だが、少年にはそれだけで十分だった。

 こんな田舎の一人の子供に対し、騎士の中の騎士である『四獣将』のレインが反応してくれた、その事実だけで。

 

「必ず、ぼくは騎士になってみせます……!」


 そう心に決めた少年の目に、レインの後姿が焼き付く。

 

――マントに描かれるの姿が。


♦♦♦♦


「なにかあったのかい?」


「……いえ、問題はありません」


 遅れて追い付いたレインに、アルセルは心配そうに聞いてくるが村人達との事は何も言わなかった。


 村人はともかく、子供に足止めを食ったなどと騎士が言える筈がなかったが、そのレインの様子が気に食わない者が一人いた。 


「ふんっ……殿下を待たせるとは、流石は四獣将。良い御身分だな」


 敵意を隠そうともせずに睨んでくるのは、アルセルの隣に馬を付ける一人の女騎士だった。

 短く薄い茶髪を風に揺らせ、親衛隊特有の桃色と金色の鎧を身に着けているが、彼女の鎧は他の親衛隊よりも差別化されていた。

 

「ラ、!? いくら親衛隊長だからってレインにそんな事を言っちゃ駄目だ!」


 慌てて止めたアルセルの言葉に女騎士――<ライア・レイロス親衛隊長>は目つきを鋭くし、更にレインを睨み付けた。


「殿下に守られるとは情けない男だ……」


 止めるどころか、レインへの敵意を更に強めるライア。

 彼女は親衛隊長でありながら、獣道に対応できず置いて行かれ、更にアルセルがレインを頼りにしているのが気にいらなかった。

 そんな感情的な敵意に対し、レインは騎士として駄目だなと、正面を見据えたまま無視する。

 

――いつもの事だ。だが、これが親衛隊長とはな。

 

 ライアからの敵意は今に始まった訳ではないと、レインは気にすらしなかった。

 慣れている、騎士として言うまでもないと、相手にすらしなかったが、逆にその態度がライアの表情を怒りへと染めた。 


「き、貴様!」


「いい加減にされよ!!」


 ライアの怒りの声に異を唱えたのは、彼女の隣にいた厳格な高齢の騎士だった。

 顔の皴は隠せないが、長髪の白髪と肩幅の広いガッチリした体格で、纏う雰囲気は歴戦。

 決して老兵とは侮れない風格の男だった。

 

「<アイゼル副隊長>……!」


「親衛隊長とはいえ、立場は四獣将のレイン殿の方が上。……己の肩書に酔い痴れ過信なされるな!」


「だ、だが……! 嘗ては親衛隊長と四獣将の立場は同格だったのだぞ!」


 ライアは、副官であるアイゼルに止められても納得しなかった。

 そもそも、この任務も親衛隊だけで護衛に付く筈だったのだが、国王であるサイラス王が異を唱えた。


『今のお前達だけでは不安が残る……すまんがレインよ、アルセルに同行してもらえぬか?』

 

 彼女の記憶には、今でも王が言った言葉が鮮明に覚えていた。

 王が自身の信頼の厚いレインを同行させた事、それも彼女の敵意を強める要因である。


 しかし、その原因はライア自身にあった。彼女の性格が一番の原因。

 感情を抑えられず、騎士の間で悪い意味で有名なのは王の耳にも届いており、それをライア自身が知らなかった。 


「その立場をお下げになられたのが誰か、お忘れですかな!」


「なっ……!」


 反省の色がないライアへ、アイゼルの喝が飛ぶ。

 原因を自身のせいにされていると思ったライアは、痛い所を突かれた様に表情が固まった。

 やがて、アイゼルの鋭い視線を受けてから、僅かな間が空いた後、やがて感情を爆発させるように怒鳴った。


「無礼者!! 親衛隊副隊長でありながら隊長である私を愚弄するのか!」


「自覚があるのならば態度を改めなされよ! その傲慢な態度がどれだけ殿下の評判を下げているのか分からんのですか!!」


「こ、この……!」


 アイゼルの怒号に対し、更に怒りで赤くするライアだが、その口がそれ以上は開く事はなかった。


 何故なら、本気になれば実力が上なのはアイゼル副隊長の方だから。

 勝てない相手にも噛み付く彼女だが、部下の前でも本気で手を出してくる相手には黙るしかない。

 

「――感情を抑えられない騎士は夜盗以下だ」


 目の前の現状を見て、というよりも以前からレインは、ライアへの評価をそう判断していた。

 それで結果を出せているなら目をつぶる。だがライアは結果を出していない。

 現に、周囲の騎士もライアの様子に反応せず、影口の様にコソコソと話していた。

 

「またか……いい加減にして欲しいものだ」


「奴のせいで殿下の評判も悪いしな」


「いや、親衛隊隊長の任命は殿下に任されている。殿下も責任がない訳ではない。今もオロオロしているだけだしな」


 嘗て親衛隊は騎士の中でもエリートであり、周囲からも四獣将の次に憧れていた役職だった。

 だが、それは過去の事。今ではライアが立場と評判を下げまくり、周囲からは疎まれるだけの集団と成り果てた。


「今じゃ奴の私兵扱いだ……」


 その評価は、実力で親衛隊にまで上り詰めた者には堪ったものではない。

 その為、徐々に親衛騎士の中でも不満が溢れ始め、それぞれの不満がヒートアップしてきた時だ。

 それに待ったを掛ける者がいた。


「――そこまでです」


「ミ、ミスト・ファルティス親衛参謀長……!」  


 黒髪の短髪にインテリ眼鏡を掛けた細身の青年<ミスト・ファルティス>

 彼の芯の入った声により、親衛騎士達の口は一斉に閉じる。


「聞こえていないとは言え、あまり関心できませんね?」


「で、ですが、ライア……親衛隊長は親衛隊を私情で動かし過ぎています。殿下も、その事を決して咎めないのは……」


「故に責任は殿下達にあると? しかしそうなのでしょうか?」


 眼鏡をクイッと指で上げるミストの言葉に、親衛騎士は首を傾げる。

 まるで他に原因がある、そんな言い方に。


「どういう意味ですか?」


「責任があるのは殿下だけなのでしょうか? 何か言われても、興味ないと振る舞う黒狼殿にも責任があると私は思います。――王国最強の四人の騎士である『四獣将』なら、騎士の手本を見せるべきです。なのに、彼はライア隊長へ何も言わないのはどうなのでしょう?」


「い、一理あると思いますが……それは少し強引なのでは?」 


 親衛騎士達はミストの言葉に困惑を隠せず、レインが傍にいるので言葉を詰まらせてしまう。

 無論、レインも聞こえてはいたが反応しない。特に何も感じなかったのもあるが、それよりも重要な事があるから。


「まあ、ここで何か言い合っても仕方ありません。首都に着くまでの二、三日、ずっと愚痴を言うのも疲れるでしょうからね……」


 涼しげな、だが嫌味な笑みを浮かべながら自分達を見るミストへ、親衛騎士達は口は閉じるしかなかった。

――首都に着く、その日まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る