3.お気に入りはメンマ

 花と二人で、中華そばという名のラーメンを堪能する。澄んだ醤油ベースのスープをレンゲで口に入れると、険のない醤油の香ばしさが広がり、もっとよこせと舌が割り箸を持つ手を急かす。具は薄く切られたチャーシューが一枚、メンマ五本程度、薬味として細かく切られた葱とわかめが少しずつ、なるとが一枚だ。

「メンマおいしい」

 向かいの席で、花がメンマを咀嚼している。薄味の柔らかいメンマは、花のお気に入りだ。

「花はここのラーメン好きだよね」

「でも花ちゃんは一人では来ねえんだよな」

 店主のおじさんが、私たちの会話に口を挟む。今日は雨が上がっても他にお客さんが来ていないようだから、暇なのだろう。

「うん。誰かと一緒がいいから」

「そうなの? 一人でもいいじゃない、好きなら」

 私たちの仕事はコンパニオンだ。宴会の席で客にお酌をしたり、野球拳などの遊びで宴会を盛り上げたりするのが表の仕事。宴席でお客さんに選ばれた女の子は、夜の相手もする。その中に、ショートとロングという種類がある。『お客さんと女の子の恋愛』という建前の裏の仕事は大体午前零時頃から始まり、ショートはそれから三時間程度、ロングは朝七時頃までという時間設定だ。ロングの方が稼げるのだが、実際にはショートを頼まれる方が断然多い。

「一人だと寂しいの」

「そっか」

 花はよく「寂しいのは嫌」と言う。だから私がこの島に連れてこられた時も喜んでいたのだ。仲間が増えてうれしい、と。

「あ、今日、実家に電話する日だ」

 言いながら私は、またレンゲですくったスープに口を付ける。おじさん曰く、鶏ガラと野菜を煮込んで出汁を取っているらしい。余計な香辛料は入っておらず、飲みやすい味だ。わかめや葱にもよく合っている。そんなスープが絡んだ細麺をすすると、時々葱が同時に口に入る。その瞬間が、私は好きだ。

「仕事の前にかける?」

「そうね」

 私のように騙されて売られてきた女の子たちは月に一、二回、実家に電話をしろと言われている。そうしないと捜索願を出されて面倒なことになるから、というのが理由だそうだ。だが、花は電話をしなくていい。何せ親に売られたのだから。

 口には出せないが、私はいつも電話で話すことに悩んでしまうため、花がうらやましい。女将や見張りの男がそばにいるところでは、「売られて島にいる」などとは言えない。たいてい「うん、元気だよ。……うん、そうだね……忙しくなかったら……」などと言葉を濁して逃げるように受話器を置くことになるのだ。

「いいなぁ。お父さんとお母さん、待っててくれてるんでしょう?」

 他意のない花の笑顔が、ラーメンの湯気とともにふわりと私を包んだ。

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