第16話 ミキ(春)

「……あ、あぁ……」


 呆けた様子でその場に突っ立っていると、幼い見た目に反して賢者のように落ち着いた声音で童女が話しかけてきた。


 たった一言で、しとやかで余裕のある人物、という印象を受ける。

 だが、そんな外見と内面とが相反する童女を前に、俺は違和感を覚えないどころか、どこかしっくりときていた。


 そうして、うながされるまま椅子に腰を下ろして童女を見つめる。互いに目を合わせたまま何も話さず、黙ったまま時間だけが流れていく。


 不思議なことに、その沈黙は気まずさを覚えるようなものではなく、むしろ居心地の良いものだった。


 それも相まってか、ついさっき言おうとした言葉が自然と口をついて出ていた。


「君は誰なんだ?」

「うん? 私の名前が知りたいのかしら? 私はミキよ」

「……ミキ……ぴったりで良い名前だな」

「ふふ、それはそうでしょうね」


 ……ミキという名前。やはりどこかで聞いたことがあるような気もする。だが、引っ掛かりを覚えるだけで判然はんぜんとしない。


「えっと、君は——」

「ミキでいいわ。あなたと同い年なのだし」

「そ、そうなのか」


 見た目によらず大人びているなと思ったが、どうやら本当に大人の女性だったようだ。


「……いえ、年下とも言えるのかしら?」


 どういうことか分からないが、とりあえず俺と同じぐらいの年齢ということなのだろう。


「——って、ちょっと待ってくれ」

「うん?」

「今、同い年って言ったよな?」

「ええ、言ったわね」

「俺は自分の年齢を言ってないはずだが……」

「……あぁ……」


 ミキは視線を落とし、しばし思案するように沈黙する。

 ……この様子、やはり昔会っていたのだろうか? ミキの表情を見るも、何を考えているのかは見当もつかない。


「それは——」

「……それは?」


 ゴクリと唾を飲み込み、次の言葉を待つ。


「ただの勘よ」

「……は?」

「ふふっ。冗談よ」


 ミキはくすりと静かに笑う。


「じょ、冗談って」

「私、占い師なの。だからあなたの年齢が分かったのよ」


 占い……そんなもので年齢が判るだろうか? いや、仮に判るならそれはもはや占いとは呼べないのでは。


「……ちなみに俺の年齢はいくつだと?」

「三〇でしょ?」

 合っている。ということは本当に……? ……いや、ここまで正確に当てられては占いというより、もっと別の何かが要因としてあると考えるのが妥当だろう。それこそ、やはり過去に会っていたというような何かが。


「もしかして、俺たちは昔どこかで会ったことがあるのか?」

「さあ、どうなのかしら」


 だがミキは答える気が無いのか、その問いを受け流すように一言呟くだけだった。この様子からして、これ以上同じ事を聞いても返ってくるのは同じ内容の似た言葉だけだろう。


 キリがいい数字ではあるのだから、ただ当てずっぽうだっただけということもあるし、深く考えることもないか。


「占い師ってことはここで働いてるのか?」

「ええ。まぁ私の場合は外から来ただけなんだけれど」


 なるほど、それならPLOWの制服を着ていないのにも納得できる。……いや、雰囲気を出す為にえて、ということも考えられるか。


 なんにせよ、他に人の気配が無い事からしてミキがこの階の主であることは間違いないだろう。言われてみれば確かに、彼女にはどことなく占い師特有の独特な雰囲気が漂っているようにも感じた。


「それで、ここは一体なんなんだ?」

「ここ?」

「この階だよ。花以外に何もないけど、まさかミキが占いをするためだけの場所ってわけじゃないんだろ?」

「いいえ? そのためだけの場所よ」

「そ、そうなのか?」


 これだけの広さがありながらミキの占いだけが売りなのか。それだけ腕が良いのだろうか。


 まぁ実際には休憩所として利用されることが多いのだろうが、随分と攻めている。まさか予算が足りなくて——ということは無いだろうが、混雑したらどうさばくつもりなのだろうかと思う。


「それで、占いってどんなのが出来るんだ? やっぱり花占いとか?」


 立ち上がって小窓から外の景色を見る。これだけ花があるのだ。そういったコンセプトの可能性は高いだろう。


「他の占いもできるけど、もちろん花占いもできるわ」

「へえ、じゃあせっかくだし何か占ってもらおうかな」

「何を占ってほしいの?」

「うーん、そこら辺は適当に任せるよ」

「分かったわ」

「料金は——」

「いらないわ。特別に無料で占ってあげる」

「え、いいのか?」

「ええ。それじゃあ、外の花を使って占うから」


 そう言いながらミキはカツッカツッという可愛らしい下駄げたの音を引き連れて外へ出ていく。


 ——主が消えた家の中には安穏あんのんとした空気が戻っていた。人あっての家。だが、今ここに関して言えば、家あっての人ではないかと思ってしまうほど、室内の静謐せいひつな空気に俺の心は支配されていた。


 はっと我に返りミキを追うと、彼女はすでにタンポポの綿毛を手にしていた。そして、優しく息を吹きかけ綿毛を飛ばす。それを二度三度と繰り返しているだけなのだが、その光景にどこか神秘的なものを感じて思わず見惚みとれていると、ミキはくるりと振り返る。


「分かったわ」

「分かった?」

「あなたの運命の相手よ」

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