第17話 花占い
「えっ、恋占いだったのか⁉」
「ええ」
ミキは当然だと言わんばかりに堂々とした態度で頷く。
ただタンポポの綿毛を吹き飛ばしていただけのように見えたが、どうやらちゃんと占いをしてくれていたようだった。
「……あなた、なにか失礼な事を考えてない?」
「い、いや何も」
「ふぅん?」
内心を見透かすかのような微笑みをなんとか
「運命の相手は、あなたの目の前にいるわ」
「……ん?」
……どういうことだ? もしかして、俺は今告白されているのか? ……いや、何を真面目に考えているんだ。ただの冗談以外あり得ないだろう。
「ただの冗談よ」
「え? ああ、そうか……」
分かっていた事なのに心に傷を負った俺は、気まずさから目を逸らす。
だが、その一瞬。ほんの一瞬だけ。冗談と言ったミキの顔が少しだけ寂しそうに見えた気がするのは、やはり俺の勘違いだろうか。
「本当の占いは、今日
「今日ここで?」
それは占いというより、もはや予言なのでは……。
「占いって、もっと抽象的な感じだと思ってたよ」
「私は腕がいいから具体的に占えるのよ」
「へ、へぇ……?」
そういうものなのだろうか? タンポポを散らしていただけのように見えたが、占いとは想像していた以上に奥が深いものなのかもしれない。
そうしてミキは、花を避けるようにしてペタンとその場に腰を下ろし、どこか遠くを眺める。
「……奇跡って起きるものね……」
「奇跡?」
問いかけるもミキは答えない。なんにせよ、もう占いは終わった。ここに用は無い。……けど、もう少しミキと話をしたいと思った俺は、彼女について知っている唯一の事柄である占いについて聞いてみることにした。
「他にはどんな占いができるんだ?」
「うん? あとは……そうね、夢占いとかかしら」
「夢……」
その言葉に、船上で見た不思議な夢を思い出す。
「今日、夢を見たんだ。もうあまり覚えてないんだけど、何も見えない暗闇の中、光る花を追い続けてた。これってどういう意味があると思う?」
「その花の名前は?」
「あー、えっと、あんまり見たことがない花だったから名前までは……」
「そう。じゃあ、その花は一本だけだった?」
「……いや、かなり多かった。あれは……確か九九本だったと思う」
忘れていると思っていたが、話している内に少しずつ思い出してきていた。
あの夢の最後は悲しいような、ほっとしたような、そんな感傷に似た感情を抱いていたと思う。正直に言うと、あまりスッキリとした夢ではなかったから、何かしらの〝答え〟が欲しかった。
——以前、どこかで聞いた話を思い出す。人間は未知を恐れる生き物だと。だからこそ知的好奇心は止むことが無く、未知を既知に変えることで恐怖を克服していると。客観的に見て、自分もその〝占い〟という既知の型に〝夢〟という未知を当て
「花言葉なのだけど、九九という数字には〝永遠の愛〟という意味があるわ」
「ロマンチックだな」
それがあの夢と関係しているのかは分からないが。
「ほとんどの夢は、目覚める前に
「強い感情か……」
「花にはそれぞれ異なる意味が込められているの。——例えばこの花」
言いながら、ミキは足元に咲く不思議な形をした花を見る。
「私が一番好きな花なんだけど、〝ニゲラの花〟って言うの。この青紫色の品種はペルシャンジュエルというものね」
「その花にはなんて意味があるんだ?」
「…………やっぱりこの花を例に挙げるのはやめましょ」
「え、どうして?」
自分が一番好きだと言う花だ。話の流れからして花言葉を知らないはずがない。であるなら、理由は分からないが、ただ言いたくないだけということか。
「ともかく、潜在意識がそのまま夢に反映されている可能性もあるから、どんな花だったか次覚えていたら調べてみるのもいいかもしれないわね」
……花言葉を知らなくては潜在意識が反映されることもない気がするが、どこか真実味のある言葉だったのでツッコミを入れることは出来なかった。
「分かった。じゃあ、俺の見た夢がどんなものかは分からないってことか……」
「いえ、分かったこともあるわ。それは、——、————ということなのだけど」
「え? 今なんて?」
「————。——」
「ん……んん?」
どういうわけか、ミキの声が聞こえない。聞こえにくい、ではなく、そこだけスッポリと言葉が抜け落ちてしまっているかのような感覚だ。草花を撫でる風の音は聞こえるが、ミキの言葉だけがどうも聞こえない。……彼女にふざけている様子は無い。それなら、これは一体……?
「……そう、まだ駄目なのね」
「ミキ?」
そうしてミキは目と口を閉ざす。何か考えている様子だが、まだ駄目とはどういう意味なのだろう。
「……もうそろそろ別の場所に移動した方がいいんじゃないかしら」
その時、突然ミキがそんな事を口にする。
「え? そろそろも何も、まだ来たばっかり——」
その言葉に携帯電話を開いて確認すると、この階に来てからすでに四時間が経過しようとしていた。
「えっ⁉ もうこんな時間⁉」
体感では精々が一時間だった為、それを遥かに超える時間の進み具合に思わず声を上げる。
夕方に差し掛かるというのにまだ昼ご飯も食べていないことを思い出して、別れを告げようとミキに視線を向けるも、その寂しそうな目を見てしまった俺は思っていた事とは違う言葉を口にしていた。
「良かったら一緒に昼ご飯でも食べないか? といっても、もう夕方近くなっちゃったけど」
「……私はいいわ」
「……そうか」
考えてみれば当然だ。たとえ人が来なくともスタッフが持ち場を離れるわけにはいかない。
……というより、こんなに時間が経っているのに誰も来なかったが、そんなに人気の無い場所なのだろうか。自然が溢れていて落ち着くと思うのだが。
「じゃあまた会いに来るよ。……ここに来れば会えるんだよな?」
「ええ、きっと。——ああ、それと」
「ん?」
「明日のラッキーナンバーを教えてあげる。…………ラッキーナンバーは、一二よ」
「一二か」
「そうね、一二階にでも行ってみたらいいんじゃないかしら」
「ああ、そうだな。分かった。それじゃまた会いに来るよ」
その言葉を最後にエレベーターホールへ歩き出す。目的地は一階の飲食店。世界中から腕利きの料理人が集まっているとされている場所だ。
「——またね、志樹くん」
「え……?」
エレベーターの扉が閉まる直前、俺の名前を呼ぶミキの声が微かに聞こえた気がして振り返る。そこには、微笑みながらこちらを見つめるミキの姿があった。
そうして、はたと気付く。そういえば、俺はミキに名前を教えただろうかと。
「……気のせいか……」
そんな疑問が湧いて出たが、教えていなければミキが俺の名前を知っているはずがない。そんなこと流石に占いでも不可能だ。忘れているだけで、おそらく自己紹介はしていた。
そう自分に思い込ませ、再び一階へ向かっていく。
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