第9話 ホログラム

 確か入場ゲートで案内をしてくれた女性の名前もリリィだったが、まさかあの女性を呼ぼうとしているのだろうか? 周りにそれらしき姿はないし、無線機のようなものを使っているようにも見えないが——。


「——どうかしましたか? 春ちゃん」

「うわっ⁉」


 背後から急に女性の声が聞こえて、思わず飛び上がりそうになる。


 反射的に振り向くと、そこには入場ゲートで話した女性——リリィが立っていた。こんなに近くにいたら気付くようなものだと思うが、入場ゲートの際もリリィの存在に気が付けなかったことだし、気配を消すのが相当上手いのだろう。


「あ、来た来た。ちょっと頼みたい事があってね!」


 対する春佳は、最初からリリィが近くに来ていたのを知っていたのだろう。驚くような素振りは一切見せずに、平然とした様子で話している。


「悪いんだけど、簡単でいいから志樹にPLOWの説明をしてあげてほしいの」

「志樹?」


 リリィは首を傾げながら俺を見る。


「あら、またお会いしましたね!」

「どうも」


 軽く会釈をする。


「え、なになに? もう知り合いだった?」

「ちょっと話した程度だよ」


 食い気味で聞いてくる春佳を冷静に制す。


「ふぅん?」

「春ちゃん、せっかく来てくれたのにお話しだけで時間を取らせても申し訳ないから、そろそろ」

「それもそうだね、じゃあお願いっ」


 リリィは春佳の言葉に柔らかな笑みを浮かべた後、急に真面目な表情に変わった。所謂いわゆる〝仕事モード〟というやつだろう。


「それでは、今からPLOWについて説明をさせていただきますね。まずは私について話しておきましょうか」

「え~、もう話しちゃうの?」

「ここについてほとんど知らないなら、多分私の事も勘違いしていると思うから、ね?」


 口を尖らせてブーイングする春佳をリリィは優しくさとす。

 ……しかし、勘違いとはなんのことだろう?


「む~……。まぁいっかぁ」

「あまり情報を仕入れていない柊さんでも、ここPLOWには最先端の人工知能——AI技術が使われていることは存じていると思います。PLOWの枕詞まくらことばにもなっていますし」

「ええ、それは知ってます」


 最先端のAIが安全管理をしているということで、ニュースで話題になっていた。今さらだが、その時ホログラムについても耳にしていたような気もする。


「ここでは、そのAIがお客様の案内もしているんです」

「……AIが?」


 確かに最先端の技術を用いているとは聞くが、しかしAIに細かい案内など出来るだろうか? 記録している情報量こそ多いだろうが、人間の機微きびを汲み取る力があるかについては疑問を感じざるを得ない。


 ……いや、そもそも話の流れからしてリリィの話をするんじゃなかっただろうか?


「はい。かく言う私もPLOWで働くAIなんですけどね」

「……え?」


 思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまう。これは彼女なりの冗談なのだろうが、どうツッコミを入れていいものか。助け舟を求めて春佳に視線をるも、ニヤニヤしながら俺の顔を見ているだけで、まるで頼りになりそうにない。


「えっと、これは嘘や冗談でもなく本当にそうなんです」


 俺が戸惑っている事に気付いたのか、リリィが本当なのだと補足してくる。


「いや、本当って言われても……」


 どこからどう見ても普通の女性。姿形に違和感は無く、こうしてやり取りをしていても会話に齟齬そごはまったく無い。そんな女性に私はAIです、などと言われても当然信じる事はできなかった。


「リリィの言ってることは本当だよ。本当にAIなの」


 ようやく助け舟を出してきたと思ったら、春佳までそんな事を言い出し始める。


「……あまりツッコミに期待されても困るんだが」

「う~ん、じゃあ証拠見せよっか」

「証拠?」

「リリィを触ってみれば分かるよ」

「触ってみればって……」


 女性の身体にそう気安く触れていいものではないだろうと躊躇ためらっていると、それを察してらちが明かないと思ったのか、リリィが近付いてきて俺の胸の前で手をかざす。


「失礼します。……驚かないでくださいね?」


 そう言うや否や、かざした手をゆっくりと俺の胸へ近づけてくる。


「っ……!」


 頭ではそんなわけが無いと思っているものの、心では何かがおかしいと感じているのか、心臓が早鐘はやがねを打つ。

 そうして、少ししてリリィの手が俺の胸に触れ——。


「——えっ⁉」

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